晶くんシリーズ 1

「一攫千金」

作・真城 悠

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 僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。

 性別不詳の名前だけど、れっきとした男の子だ。

 それまではごくごく普通の生活を送る平凡な高校生だった。でも、まさかあんなことが起こるなんて…



「あっくーん、何か届いてるわよー」

 母親の声が玄関から響く。それは日曜の朝、まだ午前中の早いうちのことだった。

「んー?」

 僕は特にすることもなく、ただぼーっとしていたところだった。いや、情報誌を読んで時間をつぶしていたところだ。

「はいこれ」

 それは封筒だった。少し厚くて重い。どうやら本らしい。

「ん?」

 そこには特に差出人の名前は書かれていない。聞いたことも無い出版社の名前だ。

「何だこりゃ?」

 まあ、ダイレクトメールの類だろう。僕はその程度に考えていた。

 

 

 バリバリと封筒をめくる。独特のインクの匂いがかすかに鼻腔をくすぐる。

 その本の表紙には「根暗な蜜柑」という変な名前が書かれている。特に意味も無いような無機質なというか幾何学的な模様の表紙は、一体何の雑誌なんだかさっぱり分からない。しかし、発行年月日などの文字はきちんと書いてある。

 晶はしきりに首をひねった。封筒の中には雑誌以外にはメモの1枚も入っていない。

 その雑誌をぱらぱらとめくる。やたらに文字の多い雑誌だな、と思った。

 色々読んでみるが、方向性がさっぱり分からない。政治経済について書いてあるかと思えば、芸能ニュースみたいなのもあるし、科学的新発見、サブカルチャーについても紙面が裂かれている。

 はっきり言って面白いとは思わなかった。僕はその雑誌をぽいと机に放り出すとベッドに突っ伏した。

 ふう、と顔を押し付けた布団にため息をつく。

 ああ、疲れたよ。毎日のテストだ行事だってさあ…高校生は忙しいんだよ。

 僕は何時の間にか深い眠りについていた。

 

 

 起きろ。

 ん?

 起きるんだ。

 え?誰?

 誰でもいい。

 は、はあ…

 お前の望みは何かな?

 てゆーかあんただれ?

 ふむ…難しいな。説明するのは。

 そうなんだ。

 お前らの言葉を借りれば「悪魔」かな。「神」でもいい。

 何それ?変な話。どっちなんだよ。

 口の聞き方を知らんガキよのう。

 姿が見えないんだけど…

 見えなくとも良い。そもそも見えればお前は正気を保っていられないぞ。

 妙な夢だな。ま、いいけど。

 ともあれ、俺はお前の保護者になった。

 「保護者」ねえ…。

 お前とはいつでも会える訳ではない。まあ、会わなくともよいしな。

 何か勝手に話が進んでるんだけど、別にそんなこと頼んでないよ。

 お前の意向など関係無い。詳しく説明すると長くなるが、とりあえずそう言うことになっとる。

 強引だなあ。借金の取り立てみたいだ。

 ん?何だって?

 あ、いやいや。何でも無い。どうせあんたに説明するには骨だし。

 何て口の悪いガキだ。以前は私の存在だけでビビっておったもんじゃが。

 ふーん。

 お、そうそう。何が望みじゃ?

 望み?何望みって?

 望みは望みじゃ。色々あるじゃろう。憎い奴に復讐したいとか。大金が欲しいとか。

 ふふん。そうはいかないね。どうせ魂を寄越せとかロクでも無い事を言うんでしょ?そこは騙されないもんね。

 疑い深い奴じゃな。別に心配することはない。

 誰が悪魔の言うこと信じるもんかい。古典的な手法だね。

 どうも最近の人間は妙な知識がついとるな…だが心配はいらん。そもそもその「悪魔」というのはお前らの認識上の問題だ。我々は別次元からこちらの世界に顔を出している存在というだけじゃ。その心配はいらんよ。

 どうせ「お金が欲しい」とか言ったら身近な人が交通事故で死んじゃって保険金が入ったとかそういうのでしょ?騙されないってば。

 うーん。この疑いを晴らすことは難しそうじゃなあ…そうだ。ではこんなのではどうだ?

 いやいや、聞かない。そんな上手い話があるわけないもん。

 まあ、聞くだけ聞け。お前に優先権…というか発動のコントロールを与えよう。

 ん?それはどういう意味?

 つまり、例えば「機会」があっても、それに乗るかどうかはお前次第じゃ。「危ない」と思えば近付かなければいい。

 なんだか分かったような分からない様な…

 役目は果たしたぞ。これを生かすも殺すもお前次第じゃ。

 じゃあ、強引な押し付けとかは無いわけだ。

 何度も説明したじゃろ?そういう事じゃ。この能力はお前が自主的に使おうとした時、及び危機を回避しようとした時に発動する。それじゃあな。気が向いたらまたお前の元に現れる。

 ふーん。バイバイ。

 最後にヒントをやろう。一攫千金を得たかったら午後二時までに「真城グランドホテル」一階の一番奥の部屋に行って見ることだ。

 

 

 「ん、うーん…」

 変な夢だな、と晶は思った。ごろりとベッドの上を転がって上半身を起こす。

 …夢…だよな。何だか能力を与える様な事言ってたけど…

「アホくさ」

 声に出して言うと、テレビをつけるとゲームを始める。

 ゲームをしながらでも、さっきの夢の事が気に掛かる。僕に「発動権」があるって?良く分からないなあ。例えばここでちょっと小銭が欲しい、なんて言ったら空からお金が降ってくるとでも?

「あっくーん」

 母親の呼ぶ声がする。ゲームもいい加減飽きてきたのでさっさと居間に向かう。

 

 

「こんにちは」

 そこには愛想良く笑う婦人が座っていた。

「信州のおばさんよ。挨拶なさい」

「あ…どうも…」

 僕は最近の子供なので余り会ったことの無い人には結構緊張するんだ。

「こんにちは」

 目尻の皺をひきつらせて笑うおばさん。よそ行きの装いなのかお馴染みのナフタリン臭い匂いがぷんぷんする。

「晶君いくつ?」

「17歳です」

「じゃあ、高校二年生だ」

「はい」

「来年は受験ね。大変でしょ」

「まあ、先週の日曜も模試だったし…」

 他愛の無い世間話は続いた。

「じゃあ、あたしもう行くわ」

 おばさんには悪いけど開放されるってんでちょっとせいせいしていた。

「じゃあ、少ないけどこれ…」

「あらあらいいんですよ。そんなの…」

 とか何とかやり取りしつつも、おばさんは財布から出した五千円を僕に押し付けた。

「はいこれ」

「あ、ありがとうございます…」

 そして、嵐の様に去って行った。

 母親は何だか送って行くとかで一緒に出て行ってしまう。父親は休日出勤でいない。

 一気に静かになったマンションの中。

 ふう、とため息をつき、次の瞬間はっとした。そして改めて自分の手を見る。

 そこには間違い無くさっきの五千円があった。

「当たったんだ…」

 反射的に壁の時計を振り仰ぐ。

 時計はご前11時を指していた。

 

 

 そのホテルは電車で二十分位のところにあった。

 ついでだよ。ついで。

 僕は自分に納得させていた。と、同時にちょっと取らぬ狸の皮算用を始めていた。

 僕は「小銭」と思っただけなのに結果として五千円が手に入った。これで「一攫千金」なんて話だったら一体幾らなんだろう…自然と笑みがこぼれる。

 いやいや、単なる偶然だってこともある。てゆーか普通偶然だよ。ま、それはそれで別にいい。臨時収入もあったことだし、何も無ければそのまま街で遊んで帰ればいいってだけだ。

 それにしてもどこだったっけな…確か一階の奥の部屋とか言ってたな。

 大きなホテルだった。駅からも近いし、かなりの高級ホテルだ。

 何か大きなイベントでもあるんだろうか。車の行き来も激しいし、しかも黒塗りの豪華な車ばっかりだ。多分お金持ちが多いんだろう。多分それがらみで…まあいい。その部屋を目指そう。

 

 

 変なところに迷い込んでしまった。何だか完全に裏側…というか窓の無い廊下が続いている。

 一番奥の部屋、一番奥の部屋…と。

 途中で一箇所だけ上に続く廊下があった。そこから花輪がずらっと並んだ様子が見える。

 凄いなこりゃ。何かめでたいことでもあったのかな。

「あ、ここだ…」

 そのドアには聞いたことの無い女性の名前が書いてある。

「?」

 と、中から何やら言い争う様な声が聞こえてくる。次の瞬間、バタン!というけたたましい音と共に一人の女性が駆け出してくる。ぼさっと突っ立っていた晶はたまらず衝突してしまう。

「うわっ!」

 尻餅をつくその女性と晶。女性のほうは髪を振り乱し、すぐに立ち上がって駆け出して行く。何やら聞き取れないほどヒステリックな金切り声ともつかぬ悲鳴をあげながら。

 後から飛び出してきた中年の女性がその後を追う。

 な、何なんだ?一体?

 ともあれ、お尻をさすりながら立ち上がる。

 半開きになったドアの中を恐る恐る覗いてみる。

 その部屋の中は無人だった。

 ええい!ままよ。

 晶は思いきって入ってみた。

 やっぱり壁には大きな花束が沢山飾ってある。そして、さっきの女の人が座っていたらしい椅子と鏡台、姿見まである。

 化粧品の匂いなんだろうか。独特の甘い香りがする。ただ、さっきの争った跡なのだろうか多少の乱れが見られる。

 晶は首をかしげた。

 この部屋は何なんだろう?ここに来れば一攫千金って話だったけど、特に大金が落ちているって訳でも無いし…良く考えればもしも落ちてたとしたってそんなの持って帰れば犯罪じゃないか。…でも御伽噺なんかでは善意でプレゼントしてもらえたりするんだよな…

 ま、どうでもいいや。帰ろ帰ろ。

 僕が振り返ったその時だった。

「…?」

 僕は身体に違和感を覚えた。

 いや、もっと正確に言えば全身…それも…その…胸の先に特に違和感を覚えたのだ。

 ふと自分の胸を見下ろしてみる。

 …何となくいつもよりも大きいような…

 などとのんきに構えていられたのはそれまでだった。次の瞬間にはもう、見た目にもくっきりと分かるほどに僕の胸はむくむくと、まるで女の人みたいに成長し始めていたのだった。

 「わあっ!」

 服が内側から押し上げられる。その膨らみには間違い無く、確かに自分のものである感触があった。

 僕は自分の身体が自分のもの以外のものに変貌して行く現実に戦慄した。背中に電流の様な刺激が走り、血の気が下がって行く。歯がガチガチと鳴り、手が震える。僕は震える手で服の上からそっ…と掌で押さえてみた。

 柔らかい…僕は思いきってワシ掴みにしてみた。

「あっ…」

 思わず出た声に赤面する。これまでに体験したことの無い感覚だ。

 僕の身体の変化は止まらなかった。

 お、おなかが…

 ウェストがきゅうっとくびれていくのが感じられる。

 僕は胸から手を離すと、思わず胴回りの太さを測るかの様に手を当ててみた。

 どきっとした。

 そうすることによって胸の大きさを始めとする女性的な身体のラインがより強調されたのだ。

 次の瞬間、それに呼応するかの様にむくむくっ!とお尻が大きくなった。

「わあっ!」

 お、お尻が…上に上がっていく…あ、脚が勝手に…う、内股…に。

「ま、まさか…」

 僕は恐る恐る下腹部に向かって手を伸ばそうとした。まるで僕の手から逃れるかのように、僕の大事な所は身体の中の方に引っ込んで行ってしまった。…様な感じがした。

 上から押さえる。

「無いっ!」

 無かった。そこはただぺったんこなだけだった。

 次には頭皮がむずがゆくなってきた。

 もう問答無用だった。まるでそれが本来のあるべき姿であったかのように、さらさらの髪が長く長く伸びてくる。

「そ…そん…な…」

 耳やうなじ、首周りなど、これまで自分の髪に覆われた経験の無い部位がストレートのロングヘアに隠されて行く。

「い、一体…何が…起こった…んだ?」

 その髪を押さえつけ、手の中に握りこんでみるその手が目に入ってきた。その手はか細く、美しい手へと変わって行く最中だった。

「手まで…」

 僕はその声を聞いて息を飲んだ。

 それまでに聞いたことも無いような澄んだ、可愛らしい声だったのだ。

 もう血の気が引くなんて段階は通り越していた。

 ぼ、僕は…女の人に…なってしまった…のか?

「どうして…こんな…」

 言ってみたところで解決しないし、夢からも覚める気配が無い。

 ゆっくりあちこちを動かしてみる。やはりその髪は長く、乳房の先端は少し動いただけで服の内側にこすれ、敏感な刺激を伝える。

「あっ…」

 ガチガチ鳴りつづける歯の隙間から反射的に甘い声が漏れる。

 それでいて、下腹部の大事なところには相変わらず何も無い感覚しかない。

「?……!?ん?」

 その手…というか服に変化が起こり始めていた。袖がぐんぐんと伸びているのだ。

「な、何だぁ!?」

 袖の生地は手首から先までぐんぐんと伸び、遂には指先まですぽっと覆ってしまった。

 そしてとろけるチーズの様になめらかに変形し、手をぴっちりと包み込む形になった。

「あ…ああ…」

 その色は真っ白となり、柔らかく、すべすべの感触をしていた。そしてその表面につややかな光沢が乗っていく。そして、それが手の先から腕全体に、身体の方に向かって侵食するかのように迫ってくる。

「わ、わあっ!」

 それから逃れ様と手を振ってみるが、そんなことをしている間にも肘までが白い生地の手袋に覆われてしまう。そして肘から肩にその白さが侵食する。

「こ、これ…は…」

 良く見てみると手の甲側には、美しい刺繍が刻まれているでは無いか。二の腕全体を白く染めたその現象は、肩のところまで来ると、今度は肩の部分をぶわりと膨らませ始めた。

「あ…」

 かぼちゃブルマの様に大きく膨らんだ肩の部分にも同じく美しい刺繍が乗っていく。そしてそれは遂に身体にまで及んできた。

「ふ、服…が…」

 首元が大きく開いてくる。最早服全体が純白に染まっている。そしてその切れ込みは、胸の谷間の一部が見えるところまでに至っていた。

 間違い無く自分のものとして存在する目の前の「胸の谷間」に殴りつけられた様なショックを受ける晶。

 次には背中が寒くなってきた。服の背中の部分が無くなって背中が露出してきているんだ!そこにロングヘアの先端がちくちくと当たる。

「あ…あっ…」

 その胸…乳房を何かが掴むように締め付けた。いや、乳房だけではない。胸から下の部分全体をぎゅうっ!と締め付けてくる。

 ブ、ブラジャーだ…。女物の下着の感触なんだ!

 晶は直感的に感じた。

 鎖骨まで見えたその首元から変化は胴、腰に向かって進む。

 蜂の様にくびれたその腰にぴっちりと張りつき女性的な体型を強調した後、直後に純白に染まっていく服。そしてやはり光沢と共に刺繍がその表面を彩る。

 自分の脚を見ていた晶は、これまでで最大規模の変化を目撃した。

 既に白くなっていた生地だったが、そのズボンの二本の脚の生地が、一つに融合して行くのである。

「あ…あああっ!」

 しゅぽんっ!と一つになる生地。

「こ、これは…」

 僕は自分の脚がざらざらしたものが包み込んで行く感触を味わった。それは腰の部分から吊るされている様な、奇妙な感覚だった。

 一つになった生地は、腰の部分から放射状に猛烈な勢いで広がり始めた。

「そんな…」

 もう疑い様が無かった。それはスカートだった。まぶしい光沢を放つそのスカートはあっという間に直径1メートル以上はありそうなほどの立派なものになった。腰から放射状に広がるスカートはまるで風船の様に大きく膨れていた。それに従ってかなりの重さが腰に掛かってくる。

「あ…う…」

 ただ広がっていただけだったそれの表面に、やはり美しい刺繍が刻まれる。そして背後のすそはするすると伸び続け、畳1枚は楽に覆い隠すほどの長さにまで到達した。

「こ…これは…ひょっとして…」

 その時、かかとの下に何かが出現し、ぐいと押し上げてくる。

「ああっ」

 かかとが持ち上げられ、前につんのめる様な窮屈な靴が晶の足を包み込む。

 今度は長い髪の番だった。

 それはひとりでにするすると巻き取られ、アップにまとめられて行く。

「あ…ああ…」

 首の周りを何かが一周した。それは真珠のネックレスだった。

「そ、そん…な」

 耳たぶに何かがぷらん、とぶら下がったのが感じられた。それはイヤリングに違いなかった。

 まつげが重くなってくる。顔全体にくすぐったいような感触が襲う。

「い…いや…」

 唇を隅からきゅうっ!と押さえるような感触がなでていく。

「ああっ!」

 まだ終わらない。手が勝手にお腹の正面に揃えられる。その手の中に花をあしらった装飾…ヴーケがどこからともなく出現した。

「これ…は…」

 ぱちぱちとまばたきをする度、長いまつげの先が視界に入り、その重さを実感させられる。

 そして頭の頂点にまとまった髪を何かの飾りが押さえつける。

「あ…う…」

 そしてそこから薄いヴェールが広がってくる。

「ひゃ…」

 そのヴェールは顔はもとより、ほぼ上半身全体を覆い尽くした。

 長い沈黙。

 変化は…漸く収まった…らしい。

 僕は目の前の姿見を見て呆然とした。

「こ…これが…僕…?」

 そこには純白のウェディングドレスに身を包んだ美しい花嫁がいたのである。

 このイラストは「オーダーメイドCOM」によって製作されました。
 クリエイターの天音えるるさんに感謝!

 ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。

 鏡の中のお嫁さんもやっぱり瞬きしている。

 僕は恐る恐るゆっくりと手を動かしてみた。

 やっぱり同じ方の手を動かす花嫁さん。

 僕はゆっくりと鏡の方に向かって一歩踏み出した。

 ドレスの重さが身体全体に掛かってくる。しゅるる…と衣擦れの音がイヤリングの下がった耳を刺激する。背後の床に大きく広がったドレスのスカートを引きずりながら、花嫁は一歩歩いた。

 僕は鏡のすぐそばまで来た。

 これが…この綺麗な人が…僕?

 まだ信じられなかった。信じられるはずも無かった。僕はついさっき、この部屋に入るまではごくごく平凡な男子高校生だったのだ。どうして。どうしてこんなことに…。

 僕は純白の手袋に覆われた手で自分の顔をヴェールの上からそ…と押さえてみる。

 ナチュラル・メイクの施されたその顔は、これまで慣れ親しんだものでは…かすかに面影は残していたけれど…無かったが、確かに自分のものに間違い無かった。

 ぼ、僕は…お嫁さんに…なっちゃったんだ…。でも、どうして?

 そこから先は、半分夢の中の出来事の様だった。

 どこからともなく何人かの従業員らしき人達が入ってきて、ウェディングドレス姿の僕を外に連れ出した。僕は自分のスカートを苦労して持ちながら廊下を歩き、階段を上った。後ろから付いてきてくれている女の人達もスカートを持ってくれている。

 僕は、会場の裏手みたいな所に連れてこられた。そして僕を残してみんないなくなってしまう。その内の一人が僕に声を掛けて来た。

「お嬢さま。今日は本当におめでとうございます。本当にお綺麗ですよ」

 なんと答えていいのか分からない。いや、僕は男なんです…。

「あの方は資産家のご子息というだけではありませんよ。本当に心のお優しい方です。では…ばあはこれで…お幸せにさってください…」

「あ、あの…」

 答えも聞かずにその人は去って行った。

 でも、ほんの少しだけ状況が分かって来た。僕は誰かと人違いされているらしい。「お嬢さん」だって?

 その瞬間、僕の頭の中にあの部屋に入る前に飛び出してきた女の人の姿がフラッシュバックした。

 あの人だ!きっとあの人だ。

 僕の中で、恐ろしい考えが実体化してくる。

 ま、まさか…僕はあの人の身代わりに!?

 自分の身体を見下ろしてみる。やっぱりウェディングドレスを着ている。しかも立派な大人の女性の身体だ。

 でも…どうして僕が身代わりにならなきゃいけないんだ?僕はただ、ここに来れば「一攫千金」になるからって…

 僕の頭の中にさっきの人の「資産家の息子」という言葉が浮かんだ。

 そ…そうか…そうだったんだ…。

 僕は「玉の輿」に乗ったんだ…。だから結果として「大金を手にした」つまり「一攫千金」と同じ事に…

「よっ」

 びっくりした。

「早かったな」

 突然自分よりも頭一つ高い位置から声をかけられたのだ。それは驚く。

 そこには正装した若い男が立っていた。

 僕は反射的にピンと来た。この人だ…。この人が僕の…結婚…相手。

 そこまで考えるとぽっと頬が赤くなった。

 な、何を…何を考えているんだ…。僕は男だぞ。男。どうして男と結婚しなくちゃならないんだ!

「今日はとっても…綺麗だよ」

「え…」

 胸がきゅんとなる。な…何でこんな…どきどき…するんだ…。こ、こんな…僕は男なのに…

 改めて男の顔を見てみる。

 抜群の好青年だった。にっこりと笑顔を返してくる。

 素敵…

 と、一瞬思ってすぐに否定する。

 ば、馬鹿!僕の馬鹿!何を男にときめいているんだ!

 でも胸の動機は納まらなかった。熱いものがこみ上げてくる。

 ま、まさか…精神まで…女…に?

 でも…

 僕はもう一度その人の方を見た。

 僕とこの人って…その…夫婦…に、なるんだ…よね。ということは僕はこの人にあんなことやこんなことを…

 僕は耳まで赤くなった…んだと思う。何しろ自分では見えなかったから。

「さ、もう始まるよ」

 僕は、思わず控えめな声でこう答えていた。

「…はい」

 そしてその人の手に僕の純白の手袋に覆われた手をからませる。

 目の前の扉が開き、聞きなれた音楽が聞こえてくる。

 僕は手を引かれて、披露宴会場に入っていった…。