晶くんシリーズ 6

「うさぎ」

作・真城 悠

晶くんシリーズ・トップに戻る


 僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。

 性別不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。

 でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。

 

 

 何かに夢中になっているその最中、突然ふっと「思考モード」に入ってしまうことは無いだろうか。僕はその時そうだった。

 それは国語の授業中だった。

 つつがなく行われている授業。まだ二年生、しかも公立なのでそれほど受験受験とうるさくはない。それでもやはり授業はかなり固い雰囲気で行われる。

 が、しかしそれは問題ではない。僕はやはり自分の体質について思考を巡らさざるを得なかった。

 もはや「傾向と対策」など取り様があるのだろうか?そう思うと憂鬱になって来る。

 とにかく不随意に性転換してしまうのである。最近の2件の場合で言えば、どっちもクイズ、というか疑問の「答え」を教えてくれようと、連想しやすい姿に変えられてしまったのだ。いや「メイドのみやげ」はそうですらない。単に相手が口走った言葉に「反応」してしまったとしか思えない。

 …そうか、「反応」も原因の一つになり得るのか…。

 意外にも僕はまた冷静に分析を始めていた。というより考えるより他に無いのだ。逃れられない運命なのだから。せめて心の準備だけはしておかなくてはならない。

 授業の方はつつがなく進んでいる。冬の陽気というのだろうか、久しぶりに晴れ上がった上天気に船をこいでいる者多数。が、こっちは頭をぐるぐるに回している。眠くはならない。

 …ふむ、つまりこういうことか。その疑問に「答えてやろう」としなくても、身体が勝手に「答えて」しまうのだ。でなくてはブルマン・コーヒーを答えるのにブルマ姿になってしまうようなトンデモない展開になどなるまい。

 これに関しては「対処療法」しかないよな。つまり、「能力」がやりそうなことを先回りして…対策するしかない。

 でも、「対策」ってどうやるんだ?

 これまで散々考えてきたその「対策」が実を結んだことは一度も無い。先輩にモデルの調達を頼まれた時も先輩に色々思考誘導をかけたものの、結局僕がヌードモデルを務めることになってしまった。あの場合は完全に外的要因か…。

 やはり「防げない」のか…。そうか、なら「防げない」のならせめて状況をマシに持って行くだけの「思考誘導」をするというのはどうだろう?

 これまでは言わば「無防備」にその「性転換」の被害を食らった様な形になっている。何しろとてもそうとは思えない様なところから「性転換」にこじつけてくるのだ。

 が、ここまで来れば話は別だ。自分に関する何かがあれば、それらはまず「性転換」に結び付けられると考えていい。それならそこに先回りしてそれを操作してやる。例えばこの間の「ブルマ」事件でも、もう少しマシな結末を迎えられたはずだ。「被害」の受け方も良く分からないが、「解決」もきっと同じ次元で操作出来るはずだ。

「白鳥」

「は、はいっ!」

 考え込んでいる所にいきなり指名されてしまった。

「何だ?答えてみろ」

 や、やばい!考えるのに夢中になって質問も何も聞いてないぞ。

 僕は「答えられない」ということにも恐怖したが、この絶好の機会を「能力」が見逃すはずも無いことにも恐怖していた。きっとこの程度の問題であっても、「答えられない」つまり「ピンチ」とおせっかいな解釈をしてしまうのだ。

 判断は一瞬で行わなければいけない。ええい、ままよ!「せめてみんなに見えない様になれ!」

「どうした?聞いてなかったのか?」

「あ…は、はい」

「まあいい。座れ」

 へ?

「はい、他に解る者、いるか?」

 何と言うことだ。教師はさっさと次の生徒に向かって声を掛け始めたのだ。

 その瞬間、あのおっぱいの先っちょのむずむずする感触が走り始めた。や、やっぱり!

「はい、もういちど質問するぞ」

 僕は必死に声を押し殺した。こんな衆人監視の真ん中で、お、女の子に…

 そんなことを考えているうちにも身体つきが柔らかくなっていくのが解る。お尻も段々大きく…

「獣というか、動物なのに、1羽2羽と数える動物は何かな?」

 座り込んだ机の上に置いた手が見る見るか弱く、美しいそれに変貌して行く。結果は解っていたものの、下腹部に手を伸ばした。やはり男のこの大事な部分は跡形も無く消えていた。

 もう、完全に女の子に…。

 僕は落胆しつつもあることに気が付いた。

 髪の毛が長くないのだ。ショートカットってやつだ。近道の方じゃない。しかもその…。

 僕は自分の乳房を見下ろした。やっぱり。

 僕が性転換した後の姿というのは胸は豊かな場合が多かった。というかほぼ百%大きかった。「巨乳」に近い場合すらあった。だが、今回の場合は…「貧乳」って奴だ。いわゆる「ペチャパイ」である。若干膨らんではいるものの、無理やり男だと言い張れば通らないことは無い様な大きさと言えよう。そういえば…

 僕は不審に思われないように注意しながら自分の身体を見下ろした。

 やはり、全体的に幼い体型だ。た、確かにこれなら気付かれにくい…ってちがーう!

「あっ…」

 僕は甘い声を上げてしまった。反射的に口を押さえ込んで周囲を見まわす。

 小さい声に収まってくれたのだろう。誰も気にしていない様だ。し、しかし…。

 僕の小さな胸を何かが締め付ける。

 ま、またぁ!?

 その感覚は胸からくびれの少ないウェスト、そしてお尻までを覆って行くその感覚。

 何だ?これまでに無い感覚だ。敢えて言えばウェディングドレス姿になった時の「ボディスーツ」と呼ばれる下着に似ていなくも無いけど…。

 首の周りに何かが取り巻いていく。次は手首…。想像もつかない。

 が、しかし次にははっきりした。僕の細い脚をきつい感覚が締め付けて行く。こ、これはもしや…「網タイツ」って奴かぁ!?

「よし、二村。答えてみろ」

「はい。「うさぎ」です」

「よし」

 ま、まさか…その連想なのか?僕は「うさぎ」という答えの為にバニーガールになってしまったと言うのかぁ?

 でも…僕は今回の変化がこれまでと違うことにも気付いていた。皮膚感覚はバニースーツに網タイツという恥ずかしいものなのに、見かけが全く変わらないのだ。これまでと同じ男子用の制服、ブレザーなのである。

 ま、まさか…

 僕はそう思って、襟を前に伸ばしてそこを覗きこんで見た。

 やっぱり…

 そこには貧相な乳房を包み込むバニースーツがあった。そう、僕は制服の下にバニーガールの衣装を着こんだ状態になってしまったのだ!

 確かにこれなら「そうは見えない」かも知れない。ご丁寧に体型もそれほど女性的な部分が強調されている訳でもないし、頭の耳飾など「見える」部分については男のままだ。

 僕の心臓が凄い勢いで動悸を始めた。

 言うまでも無く、バレたらどうしよう?と思い始めたのだ。こんな教室の真ん中で「服の下はバニーガール」だなんて…

 僕が足をちょっと動かすと、ゴツ、という反動が返ってきた。思わず足を見た僕は驚愕する。ハ、ハイヒールじゃないか!

 そこには漆黒のエナメルの黒光りもまぶしいハイヒールが顔を出していた。これじゃあ頭隠して足隠さずだぁ!

 しかも、なんとお尻の部分から白いポンポンまでが露出しているでは無いか!

 僕は休み時間になった瞬間に走ってとりあえずトイレにでも駆けこもうかと思っていたけど、これじゃあその前にバレちゃうかもしれないじゃないか…。

 

 

 十数分後、教室を出て走り始めた瞬間に、制服が一瞬にして消滅しバニーガールの衣装になってしまい、泣きそうになりながら走って行く男子生徒が目撃されたという。