晶くんシリーズ 7

「白鳥」

作・真城 悠

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  僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。

 性別不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。

 でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。

 

 

 今まで考えたことも無かった。

 何かって、当然誰かに相談するって事さ。

 それにしても病院ってどうしても薬臭い匂いがするもんだな、と思う。

 晶は病院の長椅子で考え込んでいた。

 今日はたまたまここまで無事でこられてるけど、道を歩いていてどんな些細なきっかけで性転換した上女装させられるかわかったもんじゃない。

 しかしこの問題は医学の範疇なのだろうか?ただ単に性転換するだけだったらともかく、着ている衣服まで変わってしまうのだ。これは間違い無く超常現象だろう。その超常現象に慣れてしまっているってのもかなり問題だが。

 まあ、しかしある程度コントロール出来ることは解った。先日はとりあえず教室の中にいるときだけは「みんなには見えない」ことは実現できていたのだから。

 …そういえばあの声の主…

 あの時は明らかに夢だと思っていたけど、こうなりゃ認めざるを得ない。

 あの声の主にもう一度会いたい。いや、あの時だって実際に会った訳じゃないけどもう一度話がしたい。もはや日常生活に支障を来すレベルだ。何だか知らないけど、こんな「能力」はもう沢山だ。

 今の時点で解っていることは…結局回りの影響で性転換しちまうってことだ…その程度しかない。

「はくちょうさーん」

 反射的に振り返った。そこには、クリップボードを持った、ちょっとぼんやりした雰囲気の可愛い看護婦さんがいる。

「はくちょうさーん…?あ、じゃなくってしらとりさーん」

 もう遅い。僕は逃げ様かと思った。が、しかし今度の変化は慣れているはずの僕でさえ戸惑うほどのスピードで進行した。

 むくむくと盛り上がる乳房、さらさらと流れ落ちる黒髪、きゅうっと引き締まるウェスト、ぐぐぐと内股に曲がって行く脚…。

「は、早っ!」

 当然その声は少女のそれだ。

「あ、あの…」

 あらゆる人体の不思議を経験している…であろう看護婦さんも目の前で繰り広げられる性転換絵巻には度肝を抜かれた様子だ。

 僕はその場で立ち尽くしてしまった。入り口にはおじさんおばさんが鈴なりで身動きが取れないのだ。

 と、気が付くと服の肩の部分の生地が無い。

「あっ!」

 そしてその肩には細い肩ひもがある。そしてまたぎゅっ!と乳房が締め付けられる。

「…!」

 女性の衣服というのはこんなのばっかりなんだろうか。ともかく今度という今度は心構えも出来ている。が、そんなことで喜んでいてどうするのか。

 今度は足に変化が感じられる。

 見てみると運動靴が白くなって行く。

「ま、まさか…」

 薄皮一枚にまでなったその靴は、つま先部分に詰め物を形成して足全体を包み込んだ。ズボンがぴっちりとその脚線美に張りつき、柔らかくすべすべの生地に変化する。

「そ、ん…な」

 黒髪がしゅるるっとアップにまとめられ、髪飾りと共に舞台栄えのする濃いメイクが施される。胸から下の服の生地は純白の光沢を放つ刺繍を走らせる。

「だ、駄目!駄目ぇ!」

 必死に腰の部分を押さえたが、結果は一緒だった。その手を押し上げるかのように腰回りにシャンプーハットの様なスカートがにょきにょきと生えてきた。

 僕は「はくちょうさーん」と呼ばれてから数十秒を経ずして清楚なバレリーナへと変貌してしまったのだ。

 看護婦さんがクリップボードを取り落とす。プラスチックの乾いた音が響く。

 ふと気が付くと周囲は好奇の目で爛々としたおじさんおばさんに囲まれていた。

「い…いやあの…その…これは…」イラスト 如月 澪さん

 病院の待合室のきらびやかな衣装のバレリーナはまさしくシュールな光景と言うほかは無かった。

「あ…か、身体が…か、勝手に…あ、ああっ!」

 そのバレリーナの踊りは見事なものだったと言われている。