次元管理人フォスター・シリーズ

「インペンティング・

     ディザスター」

作・真城 悠

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 私は次元管理人フォスターだ。

 時空に暗躍する犯罪者を追って、今日も過去に未来に飛び回っている。

 タイム・パラドックスを引き起こす犯罪者は許せない!

 私はタイム・パトロールとして少々の「修正」を権限で認められている。その時代、位置に相応しくない出来事にはその権限を行使する場合もあり得る。

 私のモットーは「細かいことは気にするな」だ!

 さて、今回の仕事は…

 

 

 黒田は愛用のパソコンに向かっていた。持ち運び自在のノートパソコンという奴である。

 快調に指が走っていたのは一時間ほど前までのこと。考え込み、コーヒーをすすることの方が多くなっていた。

「よろしいですか?」

 顔を上げると、そこには身だしなみの整った男がいる。しかし、目には大きな銀色の眼鏡を架けている。ちょっと異様ないでたちではある。

 黒田はあたりを見渡した。

 確かに席は殆ど埋まっているが、何も自分のところに来ることはないではないか、と黒田は思った。どう見ても仕事中なのだから。

 構わずにどっかと座る男。

 黒田は不快そうな顔をする。

「ところでですね…」

 男は話しはじめた。

 

 

 気分を変えるには丁度良かったので黒田は男の話に付き合うことにした。彼の話はタイム・パラドックスについてのそれだった。その話ぶりでは明らかに素人のそれではない。幾つかカマをかけてみたが、実に見事な答えが返ってくる。

 話は白熱し、人の多いファミレスでこれ以上続けるのを止め、場所を変えることにした。

 黒田の行き付けの地下喫茶店だ。「地下」と言っても別にいかがわしいところではない。その立地が地下にあるというだけである。薄暗く、馴染みでないと入りにくいが人気も少なく、静かで快適である。店の名前は「シュレーディンガーの猫」。

 コーヒーをすすりながらまだまだSFオタク二人の話は続いた。その内アルコールも加え、深く、ディープに盛り上がる。

 談笑の合間に、少し静寂が訪れる。と、男の方が改まった口調で話し始めた。

「ところでですね…」

「はい、何です?」

「驚かないで聞いて頂きたいんですが…」

「ええ」

「…彼方はSF作家でいらっしゃる」

「初耳ですね」

 と言って苦笑する。

「話せば長くなるのですが…」

 

 

 何杯目かのグラスを空ける黒田。

「つまり、あなたはタイムパトロールなんですね?」

「まあ、そうです」

「フィル・ディックでしたっけ?名作の執筆を妨害したのは」

「…」

 黒田は、アルコールが回っているのか、顔が赤い。

「ひょっとしたら凄い名作のアイデアでも?」

「いえ、そうではありません」

「実は「永遠の終わり」を書いたのは私だった…と言う風に歴史の改変でも?「輪廻の蛇」でもいいですけど」

「どちらも違います」

「…一応聞きますけど、そのあなたの「仕事」というのは私に関することなんですか?」

 まるで信じていない、といった口ぶりである。

「はい」

「伺いましょう?」

「…あなたは私の話を信じていらっしゃらない」

「そんなことはありません。ここのコーヒーが居酒屋よりも高いことに比べれば信じられますとも」

 若干ろれつの回らない口調になりつつある黒田。

「…出来たら目の前で実証していただきたいですね。それなら信じます」

「それは「歴史を変えてみろ」という意味ですか?」

「まあ、そうです。私がとあるタイム・パトロールに聞いた話では、彼らは歴史を自分の判断で少々なら「修正」する権限があるそうですからね」

 男の話をなぞる黒田。挑発しているのだろう。

「残念ですが、そういう要求にはお答えできません」

「理由は?」

「私達がその「権限」を行使するのは限られた場合のみです。無闇に歴史に介入すれば無用の混乱を招きます」

「…いい答えですね」

「は?」

「いや、私が「タイム・パトロール」でもそう答えるだろうなあ、と思いましてね」

「…」

 ぐいっとグラスをあおり、空にすると立ちあがる黒田。

「どちらへ?」

「話す義理は無いですね」

「待ってください」

 じっ…と男の方を見る黒田。

「…まあ、なかなか面白い話でしたよ。しかし、最後のは言うべきではなかったですね」

「どういう意味です?」

「それは冗談にならないんですよ。酔いも覚めますね」

「では、あくまで信じてくださらないと」

「愚問ですな」

 歩き始める黒田。

 先回りして立ち塞がる男。

「どいて下さい」

「どきません。まだ話は終わっていない」

「失せろ電波野郎」

 どん、と肩を押す黒田。

 男は後を追うことは無かった。

 入り口付近で23人の黒服に羽交い締めにされる黒田。程なくして無理やり席につけられる黒田。

「手荒なことをして申し訳ありません」

「…」

 答えない黒田。

「そうですね…仕方がありません。「証明」してみましょう」

 そう言うと、男は黒田に関することを話し始めた。それは人生における大きなイベントから、取るに足ら無い些細なことまで微に入り犀をうがったものだった。それは黒田本人にしか知り得ない情報を数多く含み、そして全て正確なものであった。

「如何でしょう?」

「…そんなのは調べれば分かることだ」

「そうですか?」

「…」

「その気になればあなたが自分でも知らないことも並べられますよ。趣味から癖、いつ自慰を覚え、何月何日何時何秒に実行したかもね」

「…話し合いに来たんだよな」

「そうです」

「だったらこいつらを離させろ。もう逃げない」

「それでは…」

「仕方が無いだろう…」

 何やら合図するとどこへともなく去って行く黒服たち。

「それじゃあ、こちらも幾つか質問をさせてもらう。それが条件だ」

「そうですね。機密に触れない範囲でお答えしますよ」

 ふ…と苦笑をもらす黒田。

「…どうせ俺はこのままじゃ済まないんだろ」

「…それも「質問」ですか?」

「そうか…まだ聞かない方がいいのか」

「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアはお好きですか?」

「……そういうことなのか…?」

「…まだお聞きにならない方が…」

「そうだな、うん」

 何か納得したような黒田。

「まず聞きたいんだが、おたくが来た世界では時間航行は可能なんだな」

「まあ、そういうことになります」

「それは政府が管理している?」

「はい」

「それはありふれた技術では無いんだな?」

「「ありふれた」と申しますと?」

「要するに、その辺で掃除機でも買う様な感覚でタイムマシンが買えるわけじゃないのか、ということですよ」

「はい。流石にそこまでは普及していません」

「そうか…じゃあパソコンくらいのものかな」

「いえ」

「素朴な疑問なんだけど、そういう時間航行が可能になった世界、というのはこの未来の延長線上に存在するんだよな?」

「はい」

「そういう世界では「時間軸」そのものの存在が意味を失うんじゃないのか?仮に2100年にタイムマシンが開発されたとしても、それを持って1900年に行くことも出来るんだから「ある時期から先の世界にはタイムマシンが存在する」という言い方は一種の自己矛盾だろう?」

「…」

 答えない男。

「詳しい説明は省きますが、我々の宇宙は意外によく出来ていますよ。少なくとも因果律に矛盾が生じるようなことは起きないんです」

「「起きないんです」ねえ」

 微苦笑する黒田。

「俺が読んできた海外翻訳ものでは、時間航行が出来るようになるとすぐにヒトラーを殺しに行こうとするんだけど、おたくの世界ではそういう提案は出なかったの?」

「…」

 考えている男。

「いよいよ核心に近づいて来ましたね。流石はSF作家、いい質問です」

「本職に誉められるとは光栄ですね」

 身を乗り出し、小声になる男。

「基本的に我々は歴史に介入はしません。が、しかし歪められたそれには「修正」を施す場合があります」

「ヒトラーを殺すと歴史が変わるってか?」

「端的に言えばその通りです」

「さっぱり分からんね。時間航行の発見は基本的には「歴史への介入」が目的じゃないのかい。ところがそれを防ぐのにあんたらがいる。つまるところ時間航行そのものが無ければ起こる筈も無かった問題の発生だ。そんなもの開発しなければいいって話になる」

「…」

「それにあんたらはこうして俺に接触してしまった。仮にそれによって「歴史の修正」が成功したとしてもその「修正された歴史」はどうやっても以前のそれには戻ることは無い。あんたくらいのSFオタクなら「観測者問題」を知らんわけじゃあるまい」

「それを「観測する」という行為自体に影響されて観測対象自体が姿を変えてしまい、結局観察前の姿を知ることは決して出来ない、という奴ですね。勿論知っています」

「それなら話が早い。ひょっとしたらあんたがたが「歴史の改ざん者」になっている可能性もあるんだぜ」

「幾つか誤解があるようなので順を追って説明しますね」

 水を飲む男。

「我々は始めから歴史の改ざんを目的として時間航行を発見したわけではありません」

「ほう」

「むしろ実際は逆です」

「逆?」

「はい。先にまず「時間犯罪」があり、それに対抗するために我々のような組織が作られたのです」

「…」

 考えている黒田。

「それならなんとなく分かる」

「察しが良くていらっしゃって助かります」

「最後にもう一つだけ教えてくれ」

「はい」

「仮に原始時代に行ったとするな」

「はい」

「そこで虫の一匹でも踏み潰せば歴史ががらりと変わる可能性もある。人類どころか脊椎動物そのものの撲滅も可能かも知れない。まず民間で発見され、あんたらが必死でその規制と管理に乗り出そうとしている能天気な時間航行者によってこの世界自体が崩壊するような事態は起こらないのか?俺のイメージでは単に歩いただけでもその程度の影響は出そうな感じだ。ましてやある意図を持って積極的に歴史の改ざんを目指せばどんな破局が起こっても不思議は無い感じだが…」

「心配は無用です。それは因果律に反します」

「…そうか…どうあっても今の…というのも変だが…この形でタイムマシンが作られているという未来に変化は無いわけだ」

「そう、その通り。ついでに言えば我々よりも過去の人類が、少なくとも個人以上の単位で時間航行の存在を知ることもありません。それは「循環理論」で否定されます」

 ふむふむ、と頷いている黒田。

「分かって頂けましたか?」

「まあ、理屈はね」

「それではいよいよ本題に入りましょう」

「随分長引かせるよな」

「それだけの価値はある問題だからです」

「話の腰を折って申し訳無いんだけど、仮に俺が将来のヒトラーだったとしてもこうして丁重な扱いはしてもらえるんだよね?」

「ええ」

「…済まん。続きをどうぞ」

「ではお話しましょう。実はですね」

「おう!」

 そこに素っ頓狂な声がかかる。

 思わず振りかえる二人。そこには、全身銀色のコスチュームに身を包んだ場の雰囲気から浮きまくっている男がいた。

「おう。私は次元管理人のフォスターだ」

「…な、何何だあんた」

「ん?いや、別に気を使ってくれなくてもいい。私なら大丈夫だ」

「別チームか…ここは私に任せてくれ」

 ぱらぱらと「フォスター・メモ」をめくっているフォスター。

「この辺りで次元航行の痕跡があるんだ。お陰で私のメモと違う事実がある」

「いや、だからそれは我々なんだって」

「という訳で修正させてもらう」

 そう言うや否や、腰から銀色の銃器状のものを取り出して男に向かって照射する。

「うわっ!」

「な、何だぁ!?」

 しかし光線をモロに浴びた男は特に命に別状は無い。

「こ、この馬鹿が…」

 再びぞろぞろと集まってくる黒服の男たち。

「そんな考えも無しに軽はずみに修正行いやがって…」

「あ、こいつもタイムパトロールなのか?」

「そうです。どうも最近苦情が多いと思ったら…!?」

 そこまで言うや否や、胸を押さえて黙ってしまう男。

「…ま、まさ…か?」

「おい、どうしたんだよ?」

 ぱっ!と手を離す男。するとその下に出現していた膨らみがぷるるん!と弾ける。

「…!?」

 黒田は信じられなかった。目の前でその男の身体は変化を続けた。

「…そ、そんな…これは…一体…!?」

 男が目の前にかざした自分の手は見る見る細く、か細く変わっていく。角刈りに近かった頭から黒々とした光沢を放つストレートヘアが垂れ下がってくる。

「あ…ああ…」

 その臀部はふっくらと膨らみ、腰周りがきゅうっとくびれてくる。

「あ…ああ…あんた…お、女に…」

 身長が一回り縮み、くりっとした瞳の美少女がそこにはいた。

「き、貴様あ…なんて事を…」

「えっと…」

 相変わらず「フォスター・メモ」を見比べている。

「そりゃ」

 再び光線を照射する。

「うわっ!」

 と、今度はその服にまで変化が始まる。

 灰色のスーツはそのズボンと共に一体化し、すべすべの生地に変わっていく。

「あ…こ、これは…」

 全身の締め付けがゆるくなり、適度な開放感にさらされる。そのスーツはネグリジェへと変貌していたのだ。

「むーん。なかなか美しいな。あ、そうそうお前らもな」

 といって黒服たちにも光線を照射する。

 ほどなくしてパジャマ姿の少女達が量産される。

 うおー!あああー!と言った男達の叫び声は、やがてきゃーきゃーといった黄色い嬌声に変わる。その間にもフォスターは客という客、店員と言う店員を全てパジャマ少女に変えていく。

「よし、まあ大体いいだろう」

 そう言うと今度は建物に向けて光線を照射する。壁が、梁が歪み、変形して全く違うものに変わっていく。大勢いた少女たちは出現した壁の向こう側に行ってしまったのか見えなくなる。

 気が付くと、そこは個室だった。可愛らしい装飾の典型的な「女の子の部屋」である。その部屋の中にはすっかり美少女になってしまったかつての「男」とフォスター、そして黒田だけがいる。

「な、何が…起こったん…だ?」

「いやなに、ここは俺のメモでは女子高の寮があるはずの場所なのさ。簡単な歴史の修正に過ぎん」

「お、お前…なんて事を…」

 変わり果てた自分の体を見下ろしながら言うかつての「男」。

 そう言われてみると、壁には女子高生の制服が掛かっている。

「だとしても…さ」

 かろうじて黒田が口を開く。

「どうして俺は男のままなのさ」

「うーん、それがなあ。今日この寮に間男が侵入することになってるらしいんだ」

「ええ!?」

 驚きの声をあげる「女子高生」。

「残念ながら私は基本的に歴史に介入することは出来ない。ここまでだ。ではさらば!」

 そう言って消えてしまうフォスター。

 しばし沈黙。

「なんてこった…」

 頭を抱えている「女子高生」。

「こうなったらまずは本部に連絡を…」

 と言って振りかえると、そこに間近に接近している黒田の顔がある。

「…!!…あ、あの…」

「か、可愛い…」

「え?」

「なんて可愛いんだ…」

 動物的本能で危険を察知した「女子高生」はじりじりとあとずさる。

「ちょ、ちょっと…理性的になって下さい黒田さん…私は男ですよ」

 犯罪的に可愛らしいその姿での言葉は全く説得力が無かった。

 部屋のすみに追い詰められて行く。

「あ…あの…い、いや…やめ…」

 そのネグリジェ姿の女子高生は泣きそうな顔をした。

 

 

 今回も私は大鉈を振るってしまった。

 しかし、タイムパラドックスを許すわけにはいかない。少々の犠牲はつき物と言わねばなるまい。しかし、私のメモにもたまには書き間違いもある。日付が十年ほどずれていたが、まあ細かいことは気にしないことだ。

 それにしてもこの時代に限らないがタイム・パトロールは命がけの仕事だ。同じ時代に出張していたチームが同じ日に集団で行方不明になったらしい。時空犯罪者の犠牲になったのかも知れない。痛ましいことだ。

 この尊い犠牲をバネにして、私は今日も戦い続けるのだ!