次元管理人フォスター・シリーズ 「アンゴルモア・ ジャスティス」 作・真城 悠 フォスターシリーズ・トップに戻る |
時空に暗躍する犯罪者を追って、今日も過去に未来に飛び回っている。 タイム・パラドックスを引き起こす犯罪者は許せない! 私はタイム・パトロールとして少々の「修正」を権限で認められている。その時代、位置に相応しくない出来事にはその権限を行使する場合もあり得る。 私のモットーは「細かいことは気にするな」だ! さて、今回の仕事は…
突然走るその閃光。 交差点の真ん中に何かが出現する。けたたましい急ブレーキの音とともにバスが横転する。湧き上がる悲鳴。 その交差点の中心部から全身銀色のコスチュームに身を包んだ男が銃のようなものを持ってすたすたと歩いてくる。 大勢の野次馬の中に平気でつかつかと入っていくその男。 きょろきょろと周囲を見渡している。そこにかぶってくる救急車のサイレン。
トビー・ロメロは息を殺していた。あと一箇所でこの接続が終わるのである。 汗が流れ落ちる。 その真剣な表情。 「出来た…」 そこは粗末な部屋だた。いや、「部屋」と呼べるようなものではない。壁も無く、ただセンチ単位の埃が見渡す限り積もっている。そこは巨大な「劇場」の屋根裏だった。 「よせ…やめるんだ。今ならまだ間に合う」 声を上げている男、ハリー・ライミ。 それを見つめるトビー。そのあどけない表情は少年そのものだった。年の頃は17〜18といったところ。 「刑事さん」 トビーは言った。 「刑事さんには分からないよ」 「違う!そんな事は無い!」 「違わなくない!」 ハリーは落ち着いていた。いや、必死に落ち着こうとしていたのだ。 全身を縛り上げている縄が腕に食い込む。 畜生…思いっきり固く締め上げやがって…。 いや…これでいい。これでいいんだ。 それはハリーの計算だった。 「知ってるさ。お前の事情なら」 「ならどうしてあんたがガタガタ言えるんだ」 トビーはまた何やら作業を始めている。 何とか…何とか奴を止めなくては…ハリーは搦め手から攻めることにした。 「大体おかしいとは思わないか?」 「…何がさ」 掛かった!こっちの話に乗ってきた。 「ヒロシマに落ちたのはどうやって爆発した?ナガサキでもいい」 「何がいいたいのさ?」 「あの頃のと比べて今のはどうだって言ってるんだ。そう、戦術核レベルでもいい」 「全く分からないね」 「嘘だな」 しばし沈黙。トビーの無言の作業音のみが響く。 「お前に分からないはずが無い。あいつは地上二百メートルで爆発した。今の…それこそお前がいじってるそれは何だ?」 トビーは黙り込んでハリーの方を見た。その表情がどういう意味を持つのか、ハリーには計りかねた。 「それは俺の考えるべきことじゃない」 また「仕事」に戻るトビー。 畜生…このロープさえ無ければ…こうしている間にも「連中」は別の場所で準備を整えているに違いない。が、しかしここが目玉なのは間違い無い。さっきはああ言ったが、実際には地表近くで爆発させても核爆発なら充分な威力を発揮できる。 このトビーは爆発物のスペシャリストである。正確には確認されていないが、トビーの仕掛けたと思われる爆発テロは10件を越えており、いずれの場合も爆発物の解体には失敗している。そして遂にその手が核爆弾にまで伸びたのである。 核爆発のメカニズムは決して難しいものではない。要はプルトニウムを4キロ以上一箇所にまとめればそれで「臨界」が発生するのである。実際、ロシアでは地下水脈で流されたプルトニウムが一箇所に固まり、それによって「自然核爆発」が発生している。 「じゃあ、お前は知っているんだ。それがどんなに無意味なことなのか」 また手が止まる。 しかし、こいつの事情からして簡単にやめるとは思えない。家族を人質にとられているのだ。その組織はこの世紀末に合わせて人類の滅亡を策謀する危険なテロ組織だった。 壊すのは簡単だ。いつでも。 ロシアから流出した核物質はその多くが行方不明になっている。その一部でもあれば十分だ。確かにこんなローカルな爆発程度では瞬時に全ての人類を滅亡させることなど出来はしない。しかし、深刻な放射能汚染を引き起こすことは出来る。恐らくバックに付いている…いや、トビーを脅迫している組織の規模から考えても今日のミッションが「最後の賭け」になるはずだ。今日1日で数十万人の命が蒸発し、放射能汚染によって数百年に渡って全ての食べ物と飲み物が内部被爆を引き起こす猛毒となる。それは数週間を経ずして季節風、貿易風によって全世界へと波及するのだ。 「今回に限って言えば救えない。誰もな」 「意味がわからない」 「それじゃあお前は単なるテロリストだって言っているんだ!」 「…黙れよ」 「いや、黙らない。お前のその爆弾が爆発すれば…遠からず人類は滅びる」 「くだらない脅し文句だ」 「お前が一番知っているだろうが!」 小さく小さく何度も首を振るトビー。 「きっと連中に言われてんだろ。失敗すれば親兄弟を殺す、実行しなければ殺す」 「…」 「だがな、今回は無理だ。失敗すれば確かに人質は殺されるだろう。しかし、成功すれば成功したで結局家族もろともみんな死ぬんだ!」 「俺はそこまでは聞いていない。ただ、ここで解体不可能な爆弾を仕掛けろと言われただけだ」 それは恐らく本当だろう。全く酷い話だ。 「逆に聞きたい」 意外な反撃だった。 「あんたの話が本当ならあの人たちも死ぬことになる。そんな馬鹿なことってあるのか?」 ハリーは考えた。確実にこいつは傾いている。しかし、どこまで話していいものだろうか?17歳にしてその程度の理屈がわからないとも思えないが。 「あるのさ。そう言う考え方をする奴らはいつの時代もいるんだ」 「あんたの仮定には一つの可能性が欠けてる」 「ん?」 「仮にあんたの話が全て事実だったとしよう。そしてあんたが言うように俺がこの作業を止めたとする」 ハリーは黙って聞いていた。 「そうしたら死ぬのは俺と俺の家族だけじゃねえか!」 「違う。それは違うぞ」 「うるさい!あんたはそうやって傍観者の立場で好き放題いいやがって!」 「いいから聞け!今、我々の組織がお前の家族の奪還に向けて動いている。頼むからもう少し待ってくれ」 「…何だと?」 いける。まだ行ける。実際そういうミッションがあるのは事実だが、生存は絶望的だろう。とにかく1秒でも長引かせるしかない。 「本当だ」 「それはどうやって確認できる?」 「こうして縛られていては確かめ様が無いな」 自分では無理の無い持って行きかただと思うのだが相手にはどう響いたか? 「上手いな。流石だ」 「ただ、とにかくその手を止めろ。でないと真偽は確かめない。交換条件だ」 一方的に不利な条件ではある。しかし、こういう時には逆に下手に出過ぎてもいけないのだ。なめられないように交換条件、フィフティーフィフティーにまで持ちこんで持ちかける。 「確かめるのに交換条件?馬鹿馬鹿しくて話しにならない」 「もしもお前にそこまでやらせて何も無ければ好きにしていい」 「どういう意味だ?」 「そのまんまの意味さ。煮るなり焼くなりどうにでもしていい」 「携帯電話か?」 「ああ」 しばし沈黙。 上出来だ。よくここまで持ってきた。とにかく味方の応援を待つしかない。 「電話の最後は俺がじかに聞くぞ」 「好きにすればいい」 「本当に何してもいいんだな」 「ああ」 「自信ありってことか」 ビンゴだ。この言葉をこいつの口から引き出した。 「そうだ」 じっとトビーの瞳を見返す。こういう時には絶対に目をそらしてはならない。 「よう」 全く別の方向からヘンな声がした。思わずそちらを見てしまう二人。そして、その余りに非日常的な光景に言葉を失う。 そこには全身を銀色の衣装で固め、手に銃のようなものを持った男がすたすた歩いてくる光景があったのだ。 「やあ、私がフォスターだ」 場の雰囲気を全く無視して誇らしげに言うフォスター。 「なかなか埃っぽい部屋だな。やれやれだ」 「あんた、使いの者か?」 トビーが尋ねた。 「ん?いや、間に合っているから心配しなくていい」 「いや、そうじゃなくて…」 「実は開演時間が迫っているんだ」 「俺の家族はどうしたって聞いてるんだ!?全部言われた通りにしたぞ!これであと十分後には爆発する!俺以外には解体は不可能だ!もうこのミッションで最後だって言ったよな!確かに言ったよな!」 「ああ。有難う。俺が好きなのはイチゴだ。ところで途中で見つけてきたこの人たちと協力して頼みたいことがあるんだ」 と、ぞろぞろと三人の男女が姿をあらわす。 「と、トビー!トビーじゃないか!」 「母さん!父さん!兄さんまで!」 何てこった!畜生め!ハリーは飛び上がりそうだった。とんだ救世主のお出ましじゃねえか! 「実はなんだか交通事故とかで劇団員が来れないそうなんだ」 家族の元に向かって駆け出そうとしているトビーの背中に向かってその手に持っている銃を発射するフォスター。 「あ!あんた!」 父親が叫んだ時にはもう遅く、その光線はトビーに命中していた。 「きゃあ!」 悲鳴が上がる。 そして一瞬の間…が、しかしトビーは全くの無傷であった。 「ついては代わりをやってほしいんだ」 その場の空気が凍りつく。 「あ、あんた!冗談にもほどがあるぞ!」 「そうか、協力してくれるのか。いや本当に助かる」 「きょ、協力も何もあんた返事も聞かずに撃ってるじゃねえか!」 「ん?しつこいな。漬物は嫌いだと言ってるだろ?」 トビーの兄が怒鳴る。 「う…うう…」 と、トビーが自分の胸を抱きかかえるように苦しみ始めた。 「どうしたんだトビー?」 「い、いやその…胸が…」 「胸?」 トビーの胸は、押し上げられる様にむくむくと大きくなってくる。 「な、何だ!?」 そしてその髪がさらさらになって長く伸び、脚が内股に曲がっていく。 「あ、あああ…」 腰がきゅうっとくびれ、お尻が出っ張ってくる。 「そ、そん…な」 目の前で自分の手が、きめ細やかな美しい肌のそれに変わっていく。変化はそれだけに留まらない。全身を包んでいた粗末なジーンズルックが白く白く染まっていく。その足、靴の先には何やら「つめもの」が入り込み、装飾が奪われていく。そして、遂には薄皮1枚のシンプルなものになってしまう。それはトゥシューズだった。 「こ、これ…は…」 ところどころにほつれのあったジーンズはすべすべの表面のタイツとなり、ぴっちりと肌に張り付いてその脚線美をさらす。 肩の部分のシャツの生地は消失し、その部分には肩ひもが残される。豊かな乳房にはカップへと変形したシャツの一部ががっちりと掴み、包み込む。 「あっ…」 引き締まったウェストを包むその衣装のつるつるの表面に美しい刺繍が刻まれていき、胸のカップを羽毛が縁取っていく。豊満なヒップの少し上の部分から真横に向かってスカートが次々に生えてくる。 「こ、これ…は一体…何が…起こったん…だ?」 長くなっていたその髪がアップされ、健康的なうなじが露出する。耳たぶにピアスがはめ込まれ、まとまった髪の頂点を髪飾りがつなぎとめる。 「そ、そんな…い、いや…だ…あっ…」 その美しい顔に、舞台映えのする濃厚なメイクが乗っていく。 「い、いやああ!」 トビーは、いまやすっかり美しいバレリーナになってしまった。 「と、トビーいいい!」 「きゃああー!」 「き、貴様あ!息子に何をしたんだ!」 「ま、そんなんで君たちも頼むわ」 ビビビと照射。 「うわっ!!」 見る見るうちに、また美しきバレリーナが誕生する。 「ああっ!に、兄さん!!」 「こ、これは…?」 「ついでにもう一人」 「うわっ!!」 「あああっ!」 「ああ!!と、父さん!!」 逞しい男は、見る間に可愛らしい年頃の美少女へと変貌し、そしてその衣装はバレリーナのチュチュとなる。 「な、何だ?こ…これ…は?」 その可憐な声に似合わない口調で言う三人目のバレリーナ。 「お、おい!あんた!」 思わずハリーは怒鳴った。と、 「お、そんなところにもう一人いたのか」 殆どハリーの方を見もせずに撃ってくる。 「うわあ!」 敏腕刑事、ハリーもまたバレリーナになってしまった。 「そ、そんな…」 美しく変わり果てた自分の身体に呆然とするハリー。 お互いの姿を見つめ合う、粗末な背景を背にした銀色に輝くお揃いの衣装に身を包んだ四人のバレリーナたち。それは実に幻想的な光景であった。 「お、そうそう。王子役も足りないんだった。そんなんでよろしく」 今度は母親に向かって照射。 「きゃああ!」 「ああ!か、母さん!!」 母親はあっという間に二枚目の若い男になってしまう。そればかりか、その中年女性の普段着はりりしい王子役の衣装へと変わり、よく揶揄される男性ダンサーの下腹部の膨らみさえ再現していた。 「な、何よこれ…?」 「はい。これで全員揃ったな。俺は観客席にいるからあと頼むわ」 それだけ言い残すとフォスターと名乗った男は去っていった。 埃っぽい天井裏にぽつんと取り残される踊り子たち。 四人のバレリーナの輪に、彼女たちよりも頭一つ大きい王子が歩み寄る。 「お、お前…」 一人のバレリーナが言う。 むき出しになった無駄毛一つ無いそのか弱い腕。浮き出した鎖骨がそのはかなさを引きたてる。 羞恥に頬を朱に染め、視線をそらす娘。しかし、ふわりと広がったスカート、チュチュに身を包んでいるという事実が変わるはずも無い。 「お、お前の前で…こんな姿に…」 と、王子はそのバレリーナの腰にそ…と手を添える。しゅるるっという衣擦れを起こしながら腰を掴んで姫を手元に引き寄せる王子。 「あっ…」 今や抱き止められるはかない存在…白銀色のチュチュに身を包んだ美少女バレリーナと成り果てた一家の大黒柱はそのほっそりとした肢体をねじってその恥辱を押し殺した。
先ほどの銀色尽くめの男が、がらがらの客席の中で満足げに舞台を見上げている。 団員の大半を怪我で欠いているにも関わらず舞台の上では大勢のバレリーナが華麗に舞い、いつもと変わらぬ美しい空間を出現させていた。 多くのバレリーナはチケットを買ってやってきた者であったのは言うまでも無い…。
ダンサーたちは、勝手に動くその身体で無事に舞台をやりおおせたのだった。
なかなかいい舞台だったぞ。やっぱり過去の世界にもたまには行って見るもんだな。それにしてもその交通事故とやらを起こしたのは一体どこのどいつだ。全く腹が立つ。 あ、そうそう。あそこで動いていた時計は何だったのかな?まあ、ワームホールに捨てといたが、プルトニウム製の時計というのは感心せんな。 ともあれ、戦士にもたまには休息が必要だ。これからも時間犯罪者は容赦せんぞ! |