不条理劇場 9

「四人の女」
第3節 掲示板連載分001〜030


作・真城 悠


このイラストはオーダーメイドCOMによって製作されました。
クリエイターの平岡正宗さんに感謝!


001(2002.9.9.)

 大野は呆然として鏡を見詰めていた。
 何とも言えなかった。
 正直、ここまでの近距離で他人の顔を凝視したことなど記憶に無い。
 これが・・・自分の顔・・・か・・・。
 美人だと思う。
 世間的な基準に照らせば間違いなく美人だろう。
 ショートカットに健康的な薄いメイク。・・・どこか芸能人で似た人を見かけたような気もする。
 “だから何なんだ!”
 反射的に悪態が浮かんできた。
 よくよく考えるまでもなく、今身の回りは問題山積なのだ。たまたま自分の変身後が美人だから安心してるのか?
 顔を下げた。
 ショートカットとはいえ、これまでに経験していた髪型よりはずっと長い。
 顔の周辺に天然のカーテンを作って人口光を遮る。
 そのさらさらの髪質がなんともうらめしい。
 視界には細い細い指が洗面所の白い容器に掛かっている様子と、そして光沢を放つブラウスの胸元の胸の谷間がひっかかる。
 ・・・ああそうだよ。確かに安心していた。
 大野は自分の卑劣なところを認めていた。
 みんな気軽に女の子になれたら、とか女に生まれていたらなんて口にするが大事なことを忘れている。それは「可愛い」或いは「綺麗な」という連体詞だ。
 生物学的に女でありさえすればいい訳では無い。
 ああそうだよ俺は美人だよ!何か分裂気味の文章だがその通りだ。正直ブスでなくて安心してる。
 再び振り仰いで鏡を見る。
 そこには数瞬前に確認した美人がいた。これまで慣れ親しんできたうだつの上がらない男の顔では無い。他人の顔があった。
 かかとの高い靴を履いていることもあるし、そしてこのモデル風の体形もあってやはり視界が高くなっている様だった。何か目の前視界の“たたずまい”に違和感を憶える。
 何度も、いや何百回も瞬きをする。
 鏡の中の女も全く同じ動きをひたすら繰り返した。

002(2002.9.10.)
 ・・・?
 何か物音がした。
 次の瞬間には荒々しくドアを叩きつける音がし、何やら部屋の中に物音が響く。
 ・・・花嫁さんだ。
 帰ってきたんだ。
 打ち合わせ通り部屋のドアには鍵をかけていない。
 何やら唸り声が聞こえる気がする。
 ・・・泣いているのか。
 こちとらユニットバスに篭りっきりで何とも分からないが・・・当然だろう。こっちだって暴れたい。
 ・・・本当に暴れたいのだろうか。
 理性的には暴れてもどうにもならないと思っているから暴れないだけじゃないのか。
 大野は“花嫁さん”の溢れそうな生命エネルギーに嫉妬した。
 そして、出るタイミングを失った。


003(2002.9.11.)

 途端に背筋が冷たくなった。
 これって・・・かなり“間が悪い”んじゃ無いだろうか。
 舌打ちしたくなった。
 どうして俺はいつもこうなんだ・・・
 このままここにいればいつ「花嫁さん」に乱入されるか分からない。俺だって部屋にいれば洗面所なんてすぐに入るだろう。それほど広くない部屋だが、より狭いところに入ると落ち着くということはある。
 その時ここにいることを見つかったら?
 何だか隠れて様子を伺っていたみたいじゃないか。
 いや、そんな積りは無い。でも結果としてそうだ。
 ここでノコノコ出ていく?
 ・・・あのプライドの高い「花嫁さん」が嗚咽するところを・・・って決まったわけじゃないが・・・物陰から聞かれていたなんてことが分かれば胸中穏やかではあるまい。
 大野はへなへなとその場に座り込んでしまった。
 大きく股を広げられないタイトスカートがギッ!と悲鳴をあげる。
 ストッキングがするすると滑ってべたん!とお尻をついてしまった。
「・・・」
 今の音が「花嫁さん」に聞こえただろうか?
 それにしても・・・
 ユニットバスの床に座り込む妙な女と化した自分のなんと滑稽なことよ。
 憧れの対象であった「制服」も今や寝乱れ、実にだらしなく見える。
 もう3日ほど風呂に入っていない。
 季節は多分冬から春にかけてである。それほど暑くない。むしろ寒いくらいだ。
 しかしそれでも汗はかく。
 化粧の匂いに混じって何ともいえない女性的な体臭が気になってきた。単なる汗臭さというのでもない、独特のものだった。
 ・・・自分は一体何をしてるんだろう。
 どことも知らない場所に飛ばされ、女に変えられ、OLの制服まで着せられ・・・そして逃避行の果てホテルのユニットバスで座り込んでいるのである。
 思わず顔を覆った。
 反射的に覆った手を顔から離す。
 髭も当たらず、さらさらの感触だった。
 そして・・・何よりその雪の様に冷たい“女の手”に触られた感触に戦慄したのだ。
 いつしか意識が遠くなった。


004(2002.9.12.)
 ここは・・・どこだろう?
 大野は会社の中にいた。
 ああ・・・ここはバイト先じゃないか。
 そうだ・・・伝票に一箇所よく分からない個所があったんだっけ。
 店長がいない・・・。
 大野はうろうろした。
 俺は物覚えが悪い。
 確かこの伝票の書き方は何度も教わった。
 しかし、憶えられない物は憶えられないし、分からないものは分からないのである。あの店長はそんなことも分からないのだろうか?
 時計を見た。
 交代の時間まであと・・・2時間だ。それまでにつじつまを合わせなくちゃ・・・
「いらっしゃいませー」
 惰性で声をあげる。
「大盛り一丁。頭の特盛お皿で一丁。つゆだく。味噌汁二つ。卵一個!」
 複雑な符丁が飛び交う。もう頭が一杯だ。


005(2002.9.13.)
 必死でオーダーに対応する大野。
 瞬く間に時間は過ぎていった。
 ああ・・・もうごまかせない・・・。
 いつもはあんなに渇望している休憩時間がこんな時に限って欲しくない。いや、欲しいんだけど・・・。
 こんな些細なことで悩む俺は馬鹿なんだろうか?ほんの小さなことでも全世界の様に悩み、煩悶としている要領の悪い人間は俺くらいなのじゃないのか?
 現に一緒に働いている女子高生はなんのかんのと上手くやっている。
 それほど仲の良くない友達に紹介して貰ってなんとかバイトにありついた俺なんかと違って、実にバイト慣れしている感じだ。
 他にも自称フリーターやら学生やらがテキパキと働いている。
 彼らの様子を見ていると気持ちのいい体育会系の現場にいる様な気になる。
 どちらかといえばひきこもり気味で、人見知りする上に不器用で要領の悪い自分はなんだか明らかに場違いである。
 一応最年長に近いのでみんな敬語で接してはくれるが、なんだか「触らぬ物にたたり無し」といった風に見えてしまう。
 ・・・考えすぎなんだろうか?
 とにかく何をどう考えようと目の前の伝票の疑問点だけはうまく解決しないとどうにもならない。
 ・・・。
 大野は憂鬱だった。
 限りなく、果てしなく憂鬱だった。


006(2002.9.14.)
 細かい理屈なんてどうでもいい。将来がどうのなんて分からない。ただ、今目の前の問題を乗り越えるのに救急としている自分が嫌になった。
 どうして俺はこんなに能力が無いんだろう。記憶力が悪いんだろう。要領が悪いんだろう。
 分からないポイントを店長に徹底的に食い下がって聞く気は起きなかった。そうしないと後で自分が困る事になるのは分かっていたのにそれをしなかった。
 なぜならその場でそれが理解出来たとしても、この程度の障害はそれこそその後に幾らでも出てくるであろう事はわかっていたからだ。
 きっとその内ドン詰まりになって何か大きな問題を起こす。
 ・・・何だよ!これを解決する方法なんて無いじゃないか!俺は一体どうしたらいいんだ!黙ってこの運命に巻き込まれるしかないのか?
 そうさ、俺はいつまで経ってもこうなんだ。そう、部屋の外で荒れ狂う花嫁さんを尻目に、間が悪くなってユニットバスに篭りっきりになってしまう様に・・・
 え?「花嫁さん?」

「・・・」
 人工的な明かりが目を突き刺す。
「あ・・・」
 水の底から浮かび上がるかのように意識が戻ってきた。
 見慣れない天井だった。
 首が痛い・・・。
 そうだ・・・。
 大野は全てを思い出した。
 そうだ。俺は今女でOLで・・・そうか。結局バスルームで寝てしまったのか・・・。
 壁から身体を起こす。
「あたた・・・」
 壁にもたれたままずるずると滑り落ちる形で意識を失ったらしい。首が寝違えたようなことになっている。元々乱れていた服装は更に乱れ、ブラウスはのきなみスカートからはみ出し、でろりと垂れ下がっていた。
「やれやれ・・・」
 動きにくいタイトスカートに苦戦しながら滑るストッキングにも負けず立ち上がり、ブラウスをスカートの中に押し込む。
 大きなお尻だな・・・
 こんな細いウェストから見せつけるような大きなお尻をこのシンプルなスカートで強調していたんではオッサンもセクハラで触りたくもなるわな・・・
 20代も半ばで会社に勤めた経験も無い大野は、身近に制服姿のOLなど縁が無かった。今、その距離が0になった訳だ。
 ・・・今何時だろう。
 ユニットバスに飛び込んだ時にはまだ10時にはなっていなかった筈だ。直後に花嫁さんが帰ってきた。その時に「随分早いな」と感じた覚えがあるからそえrは少なくとも10時前だろう・・・仮に1時間寝たとしたら・・・よく分からない。
 まあ、こんな状況では1時間や2時間経ったからなんなのかという気がするが。
 ・・・花嫁さんはこのユニットバスには入ってきてないだろうな。
 入ってくれば馬鹿女がぐーすか寝ているのだ。汗を流そうにも邪魔だから叩き起こすだろう。

 ・・・出てみるか。
 大丈夫だろう。これだけ時間が経っていれば待ち伏せだの何のと難癖はつけられまい。
 あ、でもそうなると帰って来たはいいけど部屋を開けてどっか行っちゃった格好になってる訳か・・・えーい!考えていてもしょーがない。

 大野はユニットバスの扉を開けた。


007(2002.9.15.)
 ・・・暗いな。
 そうなのだ。こういったビジネスホテルは部屋の中の照明は貧弱なのである。
 それは明らかにわざとだった。
 まあ確かにビジネスホテルに泊まったらすることは1つしかない。寝る事だ。
 天井から煌々と照らす照明など必要無い。枕元の照明があればいい。

 ひょっとしたらそこらじゅうのものが破壊されてひどいことになっているんじゃないかと思っていたのだが、意外に片付いていた。まあ、よく考えれば我々には持参している荷物なんてありはしないのだ。着替えも・・・
 そうだ、着替えが無いじゃないか。
 風呂に入ったとしてもこの汗臭いOLの制服をもう一度着るしかないじゃないか。
 何だかおかしくなってきた。
「あ・・・」
 小さく声が出た。
 部屋に二つあるベッドの一方に人の気配がした。
 そこにはあの「花嫁さん」・・・と思しき人物が死んだように眠っていた。


008(2002.9.16.)
 大野は安堵した。
 なーんだ。あの冷血漢でわがままし放題だった花嫁さんも所詮は人の子、疲れりゃ寝るし、悲しけりゃ泣くんだ。
 てっきり一晩中にらみあって気まずいことになるんじゃないかと心配していたんだけどこれなら安心。
 大野はOLスタイルのまんま布団に腰をおろした。
 さて・・・こちらも寝るか・・・。
 ふと自分の姿が目に入る。
 ・・・ブラくらい外さないとな・・・。
 でも・・・ブラを外すってことは・・・。
 背中がむずむずした。
 何を今さら恥ずかしがることがあるか!
 ・・・と1人叱咤激励してみても始まらない。
 もうこの珍道中が始まって3日目になる。最初のうちは上半身を縛り上げられているかの様だったブラジャーの拘束感にも慣れて来た。・・・そもそも車の中で夜明かししたこれまではブラのまんま寝ているじゃないか。
 でも・・・寝間着がある訳じゃないし・・・。
 このブラウスにブラジャーを外しただけで寝るのか?何ともイメージが湧かない。
 まあ、せめてストッキングだけでも脱ごう。
 大野はかがみこむ。
 むにゅり、と乳房が胸板とももに潰される。
「・・・」
 うーん。
 流石に靴下を脱ぐような訳にはいかない。そもそもタイトスカートを履いたままストッキングを脱ぐなんて卵を割らずに目玉焼きを作るようなもんだ。
 仕方ない。
 観念した大野は立ち上がり、スカートのフックに手をかけた。


009(2002.9.17.)
 と、思いきやなかなか上手く行かなかった。
 寝乱れた時に色々あっただろうにフックの位置は綺麗に背中側に来ていた。
 そうなのである。女性のスカートは・・・少なくともOLの制服においてはスカートのフックは背中側にあるのである。
 この年まで女性の衣装などに全く縁の無い・・・着るほうは勿論、“脱がせる”ことにおいても・・・大野は恥ずかしながらスカートに「向き」があることをこうして着せられることによって初めて知ったのである。
 あれは中学校の頃だったか、同級生の女の子が制服のスカートからティッシュを取り出すのを目撃して仰天したことがある。そう、スカートに「ポケット」があるなんて思ってもみなかったのだ・・・ってこうして書いてみると一体スカートを何だと思っていたのかという感じである。
 しかし・・・
 大野はもう何度目になるのか、完全に女のそれとなった自らの下半身をしげしげと眺めた。
 やっぱり前も後ろも無いよな・・・
 大野はタイトスカートをめくり上げた。
 刺繍に縁を彩られた下着が顔を覗かせる。
 が、目一杯持ち上げてもストッキングは脱げそうに無かった。
 これがひらひらの女子高生のミニスカートならばスカートを履いたままストッキングを脱ぐことも出来たのだろうが、タイトスカートではそうもいかない。
 あ、これも中学校の頃だったか。
 女子がスカートの上から・・・というか下からブルマを履き、その後でスカートを脱ぐことで一瞬で「早変わり」を見せたのを思い出した。
 ああそうだよ。スカートって便利だよなあ・・・とはその時は思わなかったが・・・って何を考えてるんだ。
 肌の一部であるかのように張り付いたストッキングをふとももから引き剥がす様に下に向かって引っ張ってみる・・・が、とてもではないがこの調子では脱げそうに無い。今にもストッキングが裂けて破れてしまいそうだ。
 ・・・やっぱりスカート脱ぐしかないか・・・。
 そうなのである。大野は、これまでただの一度も女装なんかした事無いのに、その経験を一気に飛び越えて「女物を脱ぐ」ことを初体験することになってしまったのだ。


010(2002.9.18.)
 ごくりと唾を飲む。
 覚悟を決めるしかない。
 う・・・何だか心臓が高鳴ってきた。呼吸が乱れる。目の前のピンク色のベストを押し上げる小高い丘が大きく上下する。
 両手を背中側に回す大野。
 ・・・この仕草・・・
 何とも女っぽい。
 ・・・考えすぎだ!
「・・・?・・・」
 フックのあたりに手は来ているんだが、どこがどーなってるのやら良く分からない。一生懸命引っ掛けたり引っ張ったりするがなかなかフックは外れてくれない。
 あーくそ!イライラするなあ!
 あ、そうだ。ファスナーを先に下げればいいんじゃないか?
 更にそこから悪戦苦闘し、やっとこさ見つけたファスナーの先の金具を掴んで、じじじ・・・とファスナーを開ける。
 そこから手探りでやっとフックの位置を探し当て、お互いの方向に押し込む。
 外れた・・・。
 やっと外れた。
「・・・」
 大野は大きく深呼吸した。
 そしておもむろに自分のお尻を両手ではさみこみ、スカートをずずずっと真下に下げていく。
 スカートの裏地と肌着がこすれあう。
 ええいままよ!
 一気にスカートを押し下げる。
 そこには一見素足と変わらないストッキングに包まれた脚、そして縁の女性物の下着特有の刺繍がぞろりと姿を現す。
 どきりとした。
 “下着姿”というのは何ともはや「そそる」ものには違いないが、上半身をブラウスにベストで決めた状態でのそれはなんともアンバランスである。
 両足をスカートから1本ずつ抜く。そして・・・スカートのフックを再びはめ、ファスナーを上げる。
「・・・」
 目の前のピンク色のスカートをひょい、とベッドの上に置く。
 しかし・・・女性の下着というのはどうしてこうもデコラティブなのか。
 ブラジャーはいい。ブラジャーは。
 生物的に不必要なほどの大きさの乳房を持っているのだ。現実に必要だろう。しかし、この女性用の下着はこんな刺繍やら、どこを触ってもつるつるですべすべである機能的必然性など皆無ではないか。
 ・・・まあいい。
 大野はそのベストの下からはみ出した下着をお尻の方からめくり上げた。


011(2002.9.19.)
 ええと・・・
 このストッキングというのは一体どこまで続いているんだ?
 男の頃はこんなの脚にだけはめている様な印象があったのだが、お腹のあたりにまで達しているではないか。
 やっと上弦をさぐりあて、指を差し入れて押し広げる。そしてその大きなお尻を回り込ませる。
「・・・っと」
 一緒にパンティまで押し下げてしまいそうになり、丁寧にこの作業を続ける。
 しかし、どういう因果で深夜のホテルの一室で女物の下着をめくり上げ、パンティが脱げないようにパンストを脱いでいるのか。どうしてこんなことになってしまったのか・・・。
 膝までストッキングを下げる。
 今まで見たこともない様な、無駄毛1つないその美しい脚線美がホテルの暗い照明の中、目の前に姿を現す。
 両足ともももまで押し下げた所で、片足ずつ抜いていく。
 ふう!
 一気にストッキングを脱ぎ捨てる。
 着ている状態はともかくも、脱いだ後のそれはどーしようもないほど不細工であった。
 それにしても・・・
 あれだけ快適な履き心地・・・というか履いていることすら意識していなかった・・・とばかり思っていたストッキングだが、こうして脱いでみるとなんと開放感があることか!あー気持ちいい!
 しかし・・・こうなると身体全体のアンバランスが気になってしまう。
 女として気が付いて今までスカートを履いていたとはいえ、ストッキングの上からなので逆にある意味ズボンよりも脚に対する拘束力があったのだ。
 大野の脚は今や3日ぶりの自由を満喫していた。
 そうなのだ、こうなると上半身・・・はっきり言えばブラジャーの締め付けがうざったくて仕方が無いのである。もう殆ど鎧兜を着込んでいるかの様な拘束感なのである・・・って鎧兜なんて着たことないけど。
 ・・・脱ぐか・・・。
 いつまでもOLルックで押し通せる訳じゃない。というかこんな目立つ格好はもう今日までだ。今夜は着替えがないから引っ掛けたまんま寝てやるけど明日にはまた軍資金でカジュアルな服装を入手して・・・
 上も・・・脱ごう。
 大野は覚悟を決めた。


012(2002.9.20.)
 考えていても仕方が無い。
 大野はピンク色のベストの大きなボタンに指を掛けた。
「・・・?」
 一つ一つ外していく。
 あまり意識したことは無かったが、この制服は今の自分の胸の大きさに比べてかなり小柄みたいが。ベストがパンパンに張り詰めている。
 ・・・本当に女の身体だよなあ・・・。
 それにしてもこの違和感は一体なんだろう。男だ女だ言うのと全然別の次元でのもやもやしたものが感じられる。
 ベストのボタンを全部外し終わり、手を掛けて腕を抜いていく。
 つるつるのブラウスにこすれ、ベストの内側のこれまたつるつるの裏地がしゅるるるるっと音を立てる。
 ・・・全く・・・このブラウスってのはなんて頼りない衣装なんだろう。形だけはYシャツと一緒だが全く似て非なるものだ。
 両手を抜き終わると、真中から2つに折ってスカートの上に重ねた。
 さて・・・後はブラウスだけだ。これを脱げばブラジャーとパンティ、そしてスリップだけになってしまう。
 ・・・夜も遅いしな。一体いつまで続くのか分からないが、この身体とはしばらく付き合わなければいけない可能性もある。ブラウス1枚脱ぐのにいちいち考え込んでいては何も出来ん。
 再びボタンを1つずつ外して・・・・・・・そうか!分かった!
 大野はようやくその違和感に気が付いた。
 そう、ボタンが反対についていたのである。
 男物の服のボタンは「左前」であるが、女物は「右前」なのである。だから男のときと同じ感覚でボタンを外そうとしてもうまくいかないのだ。
 小さい事でいちいち発見がある。やはり男と女では違うもんだなあ・・・。
 1つ外す度に胸が開放されるように楽になっていく。
 そして・・・やっと全てのボタンを外すことに成功した。 


013(2002.9.21.)
 慎重に両手首のボタンまでを外す大野。
ごくり、と何度目かの唾を飲み、両手でボタンを外された量大陸を持ち、左右に向かって広げる。
 遂に・・・ブラジャーに包まれた自らの乳房が空気にさらされた。ブラジャーの直下からスリップが太ももあたりまでその身体を隠している。
 男の衣類にこれに当たる物は無い。なんとも不思議である。スカートに準拠しているのか?とも思うが世の中にズボンを履いている女など星の数ほどいる。
 大野は更に両手を押し広げ、その肩を剥き出しにした。
「・・・」
 複雑な気分だった。
 剥き出しにされたその肩に、ブラジャーとスリップのひもだけが掛かっている。
 両手を下に向かって下ろし、重力にまかせてブラウスするすると下ろしていく。途中から右手だけを抜き、その手を使って反対の手も抜く。
 ブラウスを軽く畳もうとして、そのふにゃふにゃの感触に苦労する。・・・?何だこれ?
 ああ、これか。これが有名な「肩パット」って奴か。
 どうも妙な形だな、と思っていたがこんなものが服の中に内蔵されていたのか。
 これって何か意味あるのか?女性が「なで肩」だからそれを矯正するため?いいじゃんか別に肩が下がってても。
 まあいいや別に。
 畳み方がいい加減だったのでくしゃくしゃになってしまったブラウスを、スカートとベストの上に置く。
 さて・・・もう毒くわば皿まで。
 肩ひもを・・・どっちだ?ああ、こっちだ。
 スリップの肩ひもを肩から外側に向かって下げる。
 うーん、この肩を剥き出しにしてひもだけが肩に掛かり、胸から下をカバーされている状態って、これもまた女性特有だよなあ。
 以前からあの女性の「ノースリーブ」という衣装に関してやっぱり男女の違いを感じさせられてきた。女性は一年中ノースリーブでもその気になれば別に不自然では無いが、男にこんなに肌を露出する服などありえない。
 そうだ・・・今自分の身体は女なんだよな・・・。
 この2〜3日何度それを感じた事か。
 でもその・・・女ってことは別に女装してもおかしくないんだよな。
 今の自分の運命の先にその・・・何だセーラー服とか。
 どうやら今の自分は20代半ばの女になっているみたいだからセーラー服は辛いか・・・
 でもその・・・看護婦さんとかスチュワーデスとか・・・それこそバニーガールとか・・・着ても・・・おかしくないってことだよな・・・。
 うーん、女の服としてこんなのしか浮かばないというのも問題だが、とにかくそれは間違い無いのだ。
 そうそう、女子便所だって入れるし、銭湯だって女湯に・・・。
 いや、違う。女子便所に「しか」入れないし、男湯には「入ってはいけない」のだ。
 不思議なもんで、この2〜3日あまり考えた事の無かったこれからの人生、「女として」どうするかを考え始めている自分がいた。
 まあ、おいらもいい年だ。20数年生きてきてよほどの事が無いと前後不覚なほどのパニックなんか起こさないもんだ。
 世の中に幽霊なんていないし、一見超常現象にしか見えないことも何かの見間違いでしかあり得ないのだ。UFOもネッシーも、面白そうな話は結局ありえない。
 よく考えれば「怪談」の類は子供の頃の方が恐かった。経験が足りず、世の中がよく分かっていない頃の方が感動が大きかったと言える。
 車でここまでやってくる途中にも、「この衝撃の事実が世間に公表されたらパニックになるんじゃ」とかかなりスケールの大きなことを考えていなかったと言えば嘘になる。
 しかし・・・それはあり得ないだろう。
 普通に考えれば男が女になり見知らぬ土地に放り出される。それは確かにあり得ない。あり得ないんだが、それを世間が信じて大騒ぎしてくれることもまたあり得ないのだ。
 世の中はそうそう面白くは出来ていない。
 ・・・ひょっとして・・・ひょっとしてだけども、これまでの人類の歴史の中、今の俺たちみたいな境遇の人っていたんじゃないのか?だってそんな話、誰も信じたりはしないだろう。
 俺が「元に戻る方法」を真面目に考えようとしないのも、こうなった瞬間には諦めていたからなんだろう。

014(2002.9.22.)
 また自分の姿を見る。
 肩からずれたスリップのひもがなんともいやらしい。
 ・・・正々堂々と女装が出来るからといってそれが一体何だと言うのか。やれ女物の制服を着ている男は滑稽だが、必要も無いのに制服を着ている女も同様に、いや下手をすると男よりも滑稽ではないか。そもそも「制服」というのは着る人間の資格もまた要求するのだ。女子高生の制服は女子高生が着なくては意味が無い。
 ・・・結局男だろうと女だろうと、地に足をつけて生きていかなくてはいけないんだ。
 何の結論も出ていないが、そう考えるしか無かった。
 肩ひもを広げ、するすると全身にまとわりつきながら、ついにスリップが床に落ちた。
 脚を抜き、くしゃくしゃにしてブラウスの上に重ねる。
 遂に大野は、数日前には考えられなかったブラジャーとパンティだけを身につけた妙齢の美女となってベッドの脇に佇んでいた。
 ・・・スッポンポンで寝るのか?
 いや、ブラジャーを外したら上にブラウスを引っ掛けて寝よう。
 考え様によっては丸裸よりもいやらしい格好だが仕方が無い。
 では・・・
 背中に手を回す大野。
 予想はしていたがこれは苦戦した。
 何しろまず手が該当個所に届かない。
 届かせるだけで精一杯なのにそこで精密作業なんて出来るものか。
 この奮闘は数分に渡って続いた。もういい加減腕が痛くなってくる。胸をそらして背中側を丸めてみたりと色々やり、なんとかかんとか「ぷちっ」と外すことに成功した。
「あ・・・」
 遂に女になった瞬間からその器官を押さえつけていた矯正機から解き放たれたのだ。
「・・・」
 心なしか呼吸も楽になった様な気がする。
 これが・・・これが俺の・・・おっぱい・・・。
 改めて言葉にすると何とも気恥ずかしい。
 ホックが外れただけの中途半端な状態から、肩ひもと横ひも(?)の間の三角の部分から腕を引き抜く。
 ・・・しかし、立体的な衣装だ。こうして外してしまうと畳み様が無い。
 ふう・・・確かに楽になった。なるほどこんなものしながら寝たんでは健康を害するかもしれない。
 大野は、ブラジャーもまたスリップの上においた。
「・・・」
 ゆっくり・・・ゆっくりとその両手を自らの乳房に近づけていく大野。
 両手の手のひらで優しく鷲掴みにしてみる。

015(2002.9.23.)
「・・・」
 手を離した状態よりも持ち上げられる自らの乳房。
 ふん、重力に従ったままだと確かに限りなく垂れていくかも知れない。
 ブラジャーも確かに必要だ。
 ・・・いざこうして女の肉体を持ってみると如何にして美しく保つかを、「出来ればやっておきたい」程度の課題では無く、ごくごく自然に意識される当然のこと、として迫ってくるのが不思議だった。
 勿論女若葉マークである大野の認識など甘いものであるのは違いない。第1何をどうしていいやらさっぱりなのだ。でもブラをして乳房の形を保つとか・・・今はそれくらいしか浮かばないけど色々。
 何故?
 何故だろう。
 別に男に持てたいからでは無い。全く無い。それは断言出来る。
 その・・・なんだ。“折角綺麗なんだからちゃんとしないと勿体無い”というか・・・
 それはつまり実利的な目的は全く無く、絶対的に「美しさ」を尊重している、というのか・・・
 何とも不思議だった。
 しかし、今この手のひらの中にある脂肪の塊は現実なのだ。
 軽く力を入れて握ってみる。
「・・・」
 柔らかく弾力を持ってなすがままにされる乳房。
 ・・・特にその・・・別によがり声を上げて快感に打ち震える・・・とか言う事も無い。ごく普通に身体の一部を触っている感覚である。
 やっぱりその・・・ち、乳首を・・・
 ぶるぶるっ!と首を振る大野。
 ショートカットが踊る。
 だ、駄目だ駄目だ!いきなりそこまでは・・・
 も、もういい!寝るんだ!これ以上は明日!明日だ!
 大野は上に乗っていたブラジャーとスリップを掻き分けてブラウスを引っ張り出した。
 寝るんならスリップだけの方がいいのかな・・・
 知らん知らん!そんな作法だの常識だの知ったことか!俺はブラウスでいいよ。十分だ。
 ブラウスを引っ掛ける大野。
 袖を通し、生まれたままの上半身の正面で合わせる。
 あ・・・乳首に直接・・・ブラウスが・・・当たって・・・

 今度という今度は始めての経験・・・では無かった。
 そう、男にだって乳首くらいはあるのである。そういえば「世界三大役に立たないもの」の1つに「男の乳首」という項目があった気がする。あんまりアホらしいので憶えていた。残りの二つが何なのか知らないけど。
 反対向きの留め方向なのでひたすら留めにくいボタンを、2〜3個所留めた状態で手を離し、また自分の胸元をじいっと見る。
「・・・」
 や、やらしい・・・。こ、これが「胸の谷間」って奴なのか・・・。

016(2002.9.24.)
 
これまでテレビやらドラマやら漫画やら、マスコミで散々垂れ流されてきた「記号」のつるべ打ちだった。
 ちょ、直接乳首にブラウスが・・・
 どういう事なんだろう?
 自分が信じられなかった。
 どうして乳房を持っている自分をこんなに誇らしく感じているのか。「どうだ!見ろ!」とでも言いたくなる気分である。
 何故?何故なんだ?
 そんなに女性化願望があったのか?・・・いや、別に無い。

017(2002.9.25.)
 ブラジャーから抜け出したその胸は、薄手のブラウスの表面にくっきりとその先端の突起を浮き出させていた。
「・・・」
 す、す。とブラウスの下のほうをつまんで左右に降ってみる。
 乳首の先がブラウスの内側にしゅるしゅるとこすれる。
 ・・・っ!
 何か感じた気がした。
 ぶるるっ!と再びショートカットを躍らせる大野。
 今のが・・・今のが「女の・・・快感」・・・?
 反射的にぶわり!と布団をめくり上げる。
 いや、ホテルのベッドの布団は親切の積りなのかなんなのか知らないが、布団の縁の方を「これでもか」とばかりにきつくベッドと布団の間にねじこんである。それほど多くない大野のホテル経験でも、仰向けに寝た際にきつくきつく押し付けてくる布団のお陰でつま先が一晩中押し付けられてえらく痛い思いをしたのは印象深い。
 めくりあげるやいなやばふっ!と飛び込むのが理想だったが、なかなかそういう訳にもいかず、間抜けにも力任せに挟まった布団を引き抜く。
 ふう、ちょっと息が上がった。
 とにかくこれで寝るんだ!今度こそ寝るんだ!
 パンティ一丁にノーブラでブラウスをいい加減に引っ掛けただけの女は、そのままの格好で布団にもぐりこんだ。
 え、えーと・・・仰向けの方がいいのかな?それともうつ伏せ?
 うつ伏せだと・・・お、おっぱいを体重でつぶして・・・仰向けだと・・・。
 仰向けにしよう。
 布団の中でぐるりと身体を回転させる。
 ホテルのひんやりと冷えた布団に、無駄毛1つ無い瑞々しいその肉体が接触する感覚が大野に波状攻撃をしかけてくる。
 さっきからひっきりなしにあちこちに触れ、こすれ、おしつけられる感触が乳首をくすぐっているのだが、大野は必死にこれを理性で否定した。

018(2002.9.26.)
 眠れないときのおまじないというのは各国にある。
 メジャーなのは「羊の数」を数えるものだ。別に羊の数を数えることはどうでも良くて、要は「眠ろうとする」ことから意識をそらすのが目的らしい。
 とあるメーカーが音声合成で「羊が一匹、羊が二匹」と数えてくれる時計を開発したが、何匹まで数えることが出来るのか気になって却って眠れなくなったという笑い話がある。
 大野は目を閉じた。
 ・・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・。
 お、重い・・・。
 胸が重い・・・。
 ドキドキした。
 これが・・・これが女の身体か・・・。
 布団とブラウスの感触がなんともちぐはぐだ。
 意識として、乳房はもうそれこそ“腫れ物に触れる”様に扱わなきゃいけないのかな、とか思っていたのだが、どうもそれは本当ではないのか・・・。いや、何を言っているのか俺は。
 ・・・それにしても重い。
 身体に何か重しを貼り付けているかの様だ。
「・・・」
 結局目を開けてしまう大野。
 実はさっきから頭の、というか顔やら首筋やらあちこちにちくちくとあたる髪の毛の先端の感触にも違和感を感じていたのだ。
 今、今俺ってどんな風に見えるんだろう?
 さっき鏡で見た女が目を閉じて寝ているんだよな・・・
 当たり前のことを頭の中で反芻した。
 おいらの乏しい想像力で頭の中に思い描いて見ても、そのビジュアルはかなり興味深いものだった。
 自然と頬がほころぶ。
 い、いかんいかん!何を考えてるんだ!女に・・・女になって喜んでいるなんて・・・
 でも・・・
 妄想は先ほどの段階に立ち戻っていた。
 でもその・・・女になったってことは。今までは“女装”だった格好もおおっぴらに出来るってことだよな・・・。
 別にコスプレめいた格好しなくても普通にカジュアルでおしゃれで・・・。
 どうせ男でも大した人生じゃない。こうして客観的に見てもそれなりの女に生まれ変わってしまったんだ。こうなったら女として生きていくのも悪くないんじゃないか・・・。

019(2002.9.27.)
 一見ヤケクソの様に感じられるこの考え方だが、あながち的外れでも無かった。というのも、“元に戻れる”保証などどこにも無いのである。階段で異性と一緒に転がり落ちただとかこれといった「原因」が無いのである。
 どうせ戻れないのなら、新しい人生に希望を見出すのは、まあ言ってみれば「生活の知恵」である。戻れたのなら戻れたでめっけもんだ。
 仰向けになった状態で身体の上に掛かった布団をそ・・・とめくり、その中を覗きこむ。
「・・・」
 部屋が暗いので何も見えない。だが、その先には「胸の谷間」が、そして女の肢体があるはずだ。そしてそれは思うままに扱う事の出来る自分のものなのだ・・・
 錯覚なのかもしれない。いやきっと錯覚だろう。だが、とてつもない所有欲の満ち足りた感情がそこにあった。
 別に男を引っ掛けたいとか思わない。モテたいとか思わない。
 男に・・・モテ・・・る?
 頭の中で現実化されたその言葉に深く考え込む。
 そうだよな・・・女であるからには男が相手になるわけだよなあ・・・
 てんで現実的では無い話だった。いい意味でも悪い意味でもなく、夢みたいな話だった。
 そもそも男の頃だって女に縁が無かったのだ。そりゃ男一匹20代も半ばになれば知識くらいはある。所謂「エロ本」の類も「自然と」目に入ってしまうのである。
 これは女性には分かりにくい話かもしれない。だが、現実にそうなのだ。それこそ「女に飢える」状態でなくとも、男として生活をするにあたっては、そういった情報は嫌でも入ってくる。もしもこれらを拒絶しようと思えば、よほど熱心にそういう情報から目を逸らしつづけなくてはならないだろう。
 漫画雑誌を見ていれば毎週の様に女性の裸が覗き、週刊誌などかなり「一般誌」といわれるものであってもヘアヌードが載っていたりする。
 もしも大野が女性経験が豊富ならもっと違った感慨もあったのかも知れない。だが、あくまで彼の中の女性はバーチャルな存在であり、記号的なものでしかなかった。

020(2002.9.28.)
 大野はその性格からどうしても過剰にへりくだる・・・というか自らを過小評価するところがあった。

 その・・・なんだ、自分みたいな半端なのが女やっててもいいのだろうか・・・。
 恐らくどんなに器量悪い女性であってもそうはなかなか考えないだろう。
 ・・・想像出来なかった。
 自分1人で、それこそ自分の部屋に戻ってあんなことやこんなことをして・・・という所までは想像できる。
 もうすっかり何もかも解決した気でいるのが調子がいい。ついさっきまではこの非現実的な「旅」が終わってしまうことに関して嘆いていたではないか。
 だが、この身体を持って女性として生活するところまでは何とも・・・。
 いっそ社会と全く関わりを持たないでいられればいいのだろうが、そういう訳にはいかない。これでもバイト生活だ。一体どうやって暮らしているのかサッパリ分からない100万人に上るという引き篭もり諸君ならともかく、大野はこれでもいっぱしのフリーターである。働かなくては食って行けない。
 働く・・・ということは、今のバイト先にそのまま入るの入らないのという小さな問題はさておき、女として社会に関わる、ということだよな・・・。
 これは大野にとっては恐怖だった。
 何しろ男として社会に出るのすらままならないのである。この慣れない身体で、社会の「女とはかくあるべし」という要請に応えていけるのだろうか?
 別に女らしい仕草をしろとか女言葉を使えとかそういう表層的なことでは無い。もっと根本的なことだ。
 バイト1つとってみても、最近まで働いていた牛丼屋などは動きやすさを考慮して男女ともズボン着用だったが、もしも喫茶店やらファミレスで働くとなれば・・・当然ウェイトレスの制服を着なくてはならないだろう。
 ・・・俺が?
 そう、そうなのである。