不条理劇場 1

「新春サービス」

作・真城 悠

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 その二人に暗さは無かった。

「おお、ここだよ」

「何だか派手だな」

 そこは新規開店のカラオケ屋であった。正月だというのに盛況である。男二人でラフな普段着でのこのこやってくるところでは無い雰囲気であるが、そこは客商売である。

「いらっしゃいませー」

 正装したボーイが恭しく出迎える。

「はあ」

 軽い気持ちで入ってきたこっちが面食らってしまいそうだ。まあ、最初だから気合が入っているのだろう。

「本日はミレニアム記念として新春サービスを実施させていただいております」

「そうですか」

 何だか知らないが、まあ呉れるって言うんなら貰っとくのが自然ってもんだ。

 部屋に通される二人。

「こちらで…」

 その時だった。

 これまで経験した事の無い奇妙な感触が全身を包み始める。

「…?」

「お、おい…」

「何だ?」

 信じられなかった。自分の胸が、まるで女性のそれのようにむくむくと豊かな乳房を実らせ始めたのだ!

「ああ!」

 その驚きによって身体が揺れ、上半身を覆い尽くす美しい黒髪が波打つ。

「な、何だぁ?」

 目の前で自分の掌がぐぐぐ…とか弱く、美しい女性のそれに変わって行く。脚が内股に曲がって行き、ウェストがきゅうっとくびれる。ヒップが張り出す。

「お…お前…女…に…」

「お、前…こそ…」

「へ?…あ、あああぁ!」

 青年二人は美しい若い女性二人組みへと変貌していた。

 変化は次の段階に移った。

 この寒い時期にふさわしい厚手の長袖がきゅきゅきゅと縮んで行く。

「あ…ああ…」

 遂には袖そのものが消失しただけでなく、肩の部分の生地までが無くなってしまった。それだけではなく、同時に空気にさらされた肩にピアノ線が食い込んで来る。

「い…た…」

 同時にむぎゅり、と乳房が押さえ込まれる。

「あっ…」

 そして服が漆黒に染まり、女性的な体型にぴたりとフィットする。ボディを包むその生地は、鋭く切れ上がり、超ハイレグを形成する。

「あ…い…いや…」

 踵の下から何かがぐいと突き上げてくる。思わず姿勢がつんのめる。

「わっ!」

 スニーカーは黒光りするエナメル質のハイヒールとなっていた。

「こ、これ…は」

 長ズボンがぴっちりと脚に吸い付き、網タイツとなって包み込む。

「い、一体…何が…起こったん…だ?」

 目の前で美しいその手に真紅のマニキュアがさして来る。その瞼に付け睫毛の重みがのしかかり、濃いメイクが表面を彩って行く。

「そ、そんな…」

 小さなサクランボの様な唇に真っ赤なルージュがきゅううっと走る。

「ああっ!」

 何時の間にかそのお尻には白いポンポンが、あの頭にはウサギの耳を模した髪飾りが乗せられている。

 ついさっきまで青年だった彼は、一瞬にして妖艶なバニーガールとなってしまったのだ!

「お、お前…」

 可愛らしい声の先には、自分の黒に対して赤いバニースーツに身を包んだかつての親友がいた。

 ゴツ、という重い音と共に一歩ニ歩と間を詰める二人のバニーガール。ハイヒールによって踵が押し上げられ、歩きにくいことこの上ない。

「あ…」

「…その…」

 ぽっと頬を朱に染める初々しいうさぎたち。何となくその手が触れ合い、真紅の付け爪同士がかちかち、と極小さな乾いた音を立てる。

「も、申し訳ありません!」

 すっかり存在を忘れていたボーイが血相を変えて飛び出して行った。

 きょとん、としてそちらの方を見ている二人娘。

 ボーイはすぐに責任者とおぼしき男を連れてきた。その男はカラオケボックス内のバニーガールというシュールな光景にすぐに謝意を表した。

「も、申し訳ありません!どうやら 2000年問題の様でして…その…誤作動が起こってしまいました!」

「ご、誤作動ぉ!?」

 可愛い声にもめげずに大声を上げてしまう。そしてその男は、さも当たり前の様にこう言った。

「兎年は去年でした」