こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。
最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。
さて、今回のお客様は…。
白い空間。
既に時間の感覚がない。遠くに唸るような音が常にしている。
山男が歩いている。
いや、歩いているというより、疲れ切った身体を「引きずっている」というのが正しいか。
すっかり目測を誤り、吹雪のただ中に突入してしまったのだ。しかし、彼の山男としての勘は、宿営地になりそうな洞穴の存在を身近に告げていた。それが彼を奮い立たせていたのだ。
倒れ込むように転がる山男。激しい息遣い。
懇親の力を振り絞って洞穴の奥へ奥へと身体を引きずり込む山男。
さんざん苦労して荷を下ろし、燃料を取り出して火を起こす
「誰?」
反射的に奥に目を向ける山男。
「こんにちは…はは」
それは余りに場違いな存在であった。見かけはせいぜい小学校低学年程度の少女が分厚い防寒服に大きな荷物といった登山ルックに身を固めているのである。
「ああ、そのようだな」
どうして口を開いたのか山男は自分でも分からなかった。普通、あり得ない事実である。しかし、「信じられない」からといって、それは事実でないということにはならない。大学の恩師も言っていた。それに、後になって考えると、無理矢理にでも声を出す事によって安心しようとしていたのかも知れない。
「ああ、暖かそう。当たってもいいですか?」
起こってくる炎。気が付いた様に言う山男。
「ああ。構わんよ」
ちょこんと座って手をすりすりこすり合わせている少女。
「あまりこすらない方がいい」
「え?」
「凍傷になりかかってる。そういう場合は患部を直接こすると余計に腫れあがっちまうんだ。それよりも患部の周囲をこすって血行を良くした方がいい」
「あ、そうなんですか…。はい」
しばし沈黙。吹雪の吹きすさぶ音は鳴り止まない。
「君は?」
「はい?」
「君も本隊とはぐれたのかい?」
「ええ。まあ、そんなようなもんです」
この切迫した状況下でまるで脳天気な少女にあきれる山男。
「あきれたな…」
「え?」
「いや、君みたいな娘を連れてくる様な山じゃない…何を考えてるんだ…」
「すみません…」
「君が謝ることじゃない」
途切れる会話。
「止み…ますかね」
「ん?んん…」
口ごもる山男。
「何とも言えんね。俺の山男としての勘ではもう止んでる筈だった」
「そう…ですか」
「腹は減ったか?」
「え?いえ。そんなことは」
ごそごそと荷物を探っている山男。
「乾パンだ。食いな」
「いえ。いいですよそんな」
「いいから食え!俺たち大人はいい加減体力がある。食わんでも二三日は持つ。しかし子供はそうはいかん。身体が小さいんだ。体力が持たんぞ」
強い口調で言う山男。
小さく頷いて容器を受け取る少女。
「ありがと…ございます」
「いいさ」
あらぬ方向を向いてしまう山男。フードからはサングラスに覆われた目とびっしりと生えそろった髭が覗いている。
ぽりぽりと乾パンをかじり始める少女。
「君、サングラスは?」
「いえ?」
「目は見える?」
「見え…ますけど」
「雪の中を歩いた?」
「ここ一日は結構」
「まずいなそりゃ…」
「どうしてです?」
「雪目になる。一時的に失明する可能性があるぞ」
「ええっ!?」
「とにかく君はしばらくここを動くな。小止みになったら救助を呼びに行く」
「無理しないで下さい。この様子じゃ当分止みませんよ」
「… 」
イラスト 水神 奈月(なつみかん)さん
残念ながら少女の言葉は事実だった。吹雪は尚、勢いを増し、止む気配どころか弱くなる気配すら見せなかった。
ふてくされる様にどっかと座り込む山男。
「くそ…」
「大丈夫。何とかなりますよ」
山男、ふっと苦笑する。
「何がおかしいんですか?」
「いや、女の子に励まされちまったなあ、と思ってね」
「ご不満で?」
「いやいや、逆だよ。羨ましくてね」
「そう…なんですか?」
「うん。… 俺にも一ついいか?」
「え?ああ!そりゃ勿論!」
容器を差し出す少女。一つだけつまみ上げる山男。
「さっき子供には体力が無い、と言ったが、ありゃ嘘だ」
「え?」
「いや、嘘じゃ無いんだが一部そうじゃない場合もある」
「どういう事です?」
「雪山で生き残るにはやせ形よりもデブ…というか肥満体の方が向いてるってのは知ってるかい?」
「あ、聞いたことがあります」
「うむ。同じ理屈で大人の男よりも、いわゆる「女子供」の方が生存率が高い。皮下脂肪が厚いから保温効果が高い。それに栄養が失調するとその脂肪を燃やしてエネルギーに変えるから体力が長持ちする」
「詳しいですね」
「これでも山に賭けた人生でね」
苦笑する山男。
「男の人はどうして女の人に比べて皮下脂肪が無いんですか?」
「別に無い訳じゃない。あくまでも一般論だよ。それこそものすごいデブの男なんかは一般的な女性よりも皮下脂肪に恵まれてる」
「あはは」
「…男の場合はその部分が筋肉細胞になるんだ。これは体質的な問題で、だから一般的に女性は男に比べてどんなにトレーニングしても筋肉がつきにくい」
「何か損ですね」
「ふ…。必ずしもそうでもないさ。皮下脂肪の厚さはしばしば衝撃への耐性にも繋がるんだ。お嬢ちゃんはもう知らないかも知れないけど、十年以上前に大きな飛行機事故があってね」
「華代です」
「ん?」
「華代。真城華代」
「ああ、華代ちゃんね。いい名前だ。ともかく、その事故で五百人以上が死亡、生き残ったのはたったの四人だった」
「…」
「その四人が四人とも女性だ」
「凄い…」
「少々寓話的になるけどもやっぱり柔らかい方が衝撃を吸収するからね。ガラスの瓶とゴム鞠を高いところから同時に落としたことを考えてみるといい」
「んー」
「あと、えーと」
「華代です」
「華代ちゃんってフェミニストじゃないよね」
「はい?」
「いや、何でもない。一般的に女性の方が情緒が不安定だと言われている」
「はあ…」
「これも必ずしも不利じゃないんだ」
「そう…なんですか」
「「ヒステリー」って意味は知ってる?」
「キーッてなることでしょ?」
「あはは。そうじゃない。言葉の意味さ。ギリシャ語で「子宮」って意味なんだ」
こくこくと小さく頷く華代。
「ふむ。俺も見たことは無いんだが、女性は精神的な極限状態でしばしば気絶するんだが、これはいわゆる電気製品のヒューズが飛ぶのと一緒で、一種の「防衛本能」なんだ」
「へー」
「一時期に大量に体力を消費すればすぐに力つきてしまう。が、休み休みならある程度までは持つ。これは分かるよね?」
「はい」
「男は…それこそこんな雪山の中で遭難した時、しゃにむに突進して、結果力尽きて死んじまったりする。まあ、場合によっては無我夢中で進まにゃならん場合もあるんだろうが、これはうまくない。対して女性は」
「すぐに気絶する、と」
「ああ。そして適当に体力を回復した所で目を覚まして、すたすた歩き始めて助かったりする」
「あはは。でも、吹雪の中で寝ちゃったりしたらそのまま死んじゃうんじゃないんですか?」
「そういう場合もあるってことさ。百パーセント確実って訳じゃない。ただ、それこそ皮下脂肪の厚さが生存率を上げてくれるだろうね」
「なるほどねえ」
「こんな話は退屈かい?」
「いえ!そんなことないです」
「ついでにこんな話もしてあげよう。イスラエルって国は知ってる?」
「中東の?」
「ああ。そうだ。あの国では我が国と違って常に臨戦態勢なんで徴兵制がある」
「はあ」
「徴兵制について考えたことはある?」
「あれですよね。戦争の時に兵隊に取られるってことですよね?」
「ああ。まあ、アメリカや韓国見ても分かるが、戦争でなくても徴兵はされるがね。ともかく、この徴兵で引っ張られるのは間違いなく男だけだ」
「え?そうなんですか?」
「ホッとしただろ?」
「はい(笑)。でも、何でですか?何か不公平だなあ」
「そりゃ男の言い分だろう(笑)。しかし将来的に日本が徴兵制になったときには間違いなく男だけだろう」
「ふーん」
「きっと徴兵遺棄の為に性転換する奴とか出るだろうね」
「あはは。でもあたしが男の子でも考えると思うなあ」
「うん。実際に性転換しなくても、戸籍をいじって「名義上」性転換したり、男とも女ともつかない名前を付けたりはするんじゃないかな。実際、女子供を優先して救命ボートに乗せたタイタニック号でも女装してボートに潜り込んだしたたかなのもいたらしいしね」
「へーえ。何かおかしい」
「…。さっきの話に戻るんだけど、実はイスラエルでは男女とも徴兵される。実際前線に出ていた時期もあったらしい」
「そうなんだ」
「しかし、現在は女性兵は後方支援のみ。前線には出ていない」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
「女の子が「やだ!」って言ったとか」
「それならいいんだが、そうじゃない。女性兵が戦死する時にはどういう訳か一般兵、つまり男だな、これを平均二人巻き添えにする事が明らかになった」
「…」
「それは「足を引っ張る」って…」
「いや、逆だよ。女性兵は一般に優秀で、決して一般兵に劣るものじゃない。邪馬台国時代の昔にも分隊長レベルの女性兵の遺跡が出土してるし、ナチスも拷問係に女性を当てたら、あまりにむごたらしい拷問をやるんで、慌てて男に戻したなんて話があるくらいだ」
「じゃあ、何で?」
「男がかばうんだな」
「え?」
「本来なら歩兵なんかは使い捨てだ。だからほうっときゃいい様なもんだが、男が本能的に庇っちまうらしい。生物的には「メス」を保護しないことにはその種は滅びる…ということじゃないかな」
「…なーる…」
「ま、これもまた一般論だ。映画の「戦火の勇気」なんかを見ると分かるが、アメリカ軍は前線にも女性兵がいたりするし、まあ国によって様々だよ」
と、少女…華代はうつらうつらと船を漕いでいる。苦笑して自分の装備をかけてやる山男。
足下に落ちている紙切れに気付く山男。その紙には「ココロとカラダのお悩み、お受けいたします 真城 華代」とある。
小首を傾げ、やはり苦笑して同じ場所に置く山男。自分のバックパックを見る山男。装備は空である。火の勢いが次第に衰えてくる。
吹きすさぶ吹雪のさなか、二人のいる洞穴の方に向かって接近してくる人影がある。
「…おじちゃん…」
「ん?どした?」
「この火が消えたらどうなるの?」
「しばらくは持つさ」
「どれくらい?」
「もって二三時間かな」
「その後は?」
「…」
「どうなるの?」
「ここは冷凍庫になるな」
「じゃあ…」
「いや、まだ何とかなるさ」
「どうやって?」
「華代ちゃんは女の子だし」
「じゃあ、おじさんは…」
「それも大丈夫さ」
「どうして?」
「…いい気持ちはしないかも知れないけど…」
「何?何でも言って」
「…人肌で暖め合うのさ」
「え?」
「山男には古来から言い伝えられている方法だよ」
「…ひょっとして裸で?」
「まあ、そうだな。勿論、寝袋の中でだけどもな」
「それで助かるの?」
「二人は無理かも知れん。でも君だけは助けるさ」
「いいの!あたしはどうにでもなるわ!おじちゃん!「助かりたい」って言って!」
「いや、いいよ。山で死ねるなら本望だ」
「駄目!本人にその気が無いとあたしは依頼を受けられないの」
「依頼?」
「あたしはセールスレディなの。出来る限り依頼は承るから!」
「ひょっとしてこれかい?」
名刺をつまみ上げる山男。
「そう!それよ」
「じゃあ、頼もうかな」
何かが吹っ切れたような笑顔を浮かべる山男。
「無事に生きて帰れるようにしてくれ」
「まかせて!」
「… う… 」
その言葉が最後だったかのように昏倒する山男。
「おじちゃん!」
「ふう!」
登山青年が荷物と共に洞穴の中に倒れ込む。荒い息使い。しばらくそのままだったが、気を取り直したかのように立ち上がり、奥に向かって歩き始める。
「ここなら…なんとか」
独り言を言う登山青年。
と、燃え残っている焚き火の後を発見する。
「人がいたのか…!」
倒れている人影を発見する登山青年。慌てて駆け寄る。しかし暗くてよく見えない。
自分の持っていた燃料で火を再び起こす登山青年。
息を飲んだ。寝袋にくるまれた美しい女性がそこにはいたのだ。胸が高鳴る。反射的に手袋を毟り取り、口の前に手を翳す。息がある。まだ生きているんだ!
装備を外す登山青年。その美貌に早鐘のように鳴る登山青年の鼓動。脳裏に「白雪姫」の文字が浮かぶ。そっとその唇にキスをする。
「ん…」
後ずさる登山青年。しかし、その美女は悩ましく表情を変えて寝返りをうっただけであった。
ほっと胸をなで下ろす登山青年。
再び近づく。
「やるしか…ないよな」
寝袋のジッパーを下ろす登山青年。さらさらの髪が波打つように広がる。丁寧に服を脱がしていく。ちょっとぽっちゃりしているが、素晴らしいプロポーションの肢体が目の前に広がる。同じく服を脱いでいく青年。
一糸纏わぬ、生まれたままの姿で寝袋に収まる男と女。
「ん… ん!?」
気がついたらしい美女。
「静かに!動かないで!」
もの凄く驚いている様子の美女。
「大丈夫!暴れないで!」
そうは言っても一向に収まらないその女性の狂騒。
「仕方ないなあ」
強引に唇を奪う青年。柔らかい身体を抱きしめる。
「ん…んん…」
そのショックのせいなのか、気を失ってしまう美女。
青年は、その身体を抱きしめたまま身を挺して暖め続けた。
あたしが下山した翌日、救助隊に一人の女性が救助されたそうです。彼女のそばには青年の凍死死体があったとか。いやはや。
どのような状況下でも生の希望を捨ててはいけません。そんな時に私は皆さんのお力になれれば、と思っています。それではまた…。
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