華代ちゃんシリーズ(番外編)
こちょうのゆめ 流離太 *「華代ちゃんシリーズ・番外編」の詳細については http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan02.htmを参照して下さい ある晴れた春の日。ぽかぽか陽気に包まれている公園をたくさんの人がいます。 小学生位の男の子と女の子はバトミントン。 手をつないで歩いているお兄さんとお姉さん。 犬の散歩をしているおじいさんもいます。 どの顔もみんな、幸せそうです。 そんな中、お花畑の真ん中にあるベンチに、眼鏡をかけたお兄さんが座っていました。お兄さんは、漢字のいっぱい書いてある難しそうな本を読みながら、ため息をついています。 「あーあ、荘子なんてわからないっての! はぁ、うちに帰ってTS小説でも書きたいなあ。といっても、何もアイデアが浮かばない……」 このお兄さん、どうやら「少年少女文庫」の常連のようです。ネタが思い浮かばず、気分転換のためにここに来たのでしょうね。ですが、読みたくもない本を読んでも、気分転換にはなりませんね。さぞ、周りの笑顔が恨めしいでしょう。 その時、目の前に小さな手が現れました。思わず顔を上げるお兄さん。 そこには、三つ網をした五歳ぐらいの女の子がいました。その百合の花弁のような手には、桜色の折り紙でできた蝶々が乗っています。 「はい、あげる!」 女の子はそれだけ言うと、てててと母親の方へ走っていきました。 お兄さんはしげしげとそれを眺め、笑顔になりました。どうやら、寂しい心もすっかり溶かされたようです。 穏やかな気持ちになったお兄さんは、そのうちぐっすり眠ってしまいました。 それからしばらくして、お花畑に六、七歳くらいの女の子が現れました。 その女の子は真っ白な帽子にお揃いの色のワンピースを着ていました。髪はカラスアゲハのように黒く、肩には花柄のついたバッグがかかっています。赤、白、黄の花畑の横を飛び跳ねる様子は、まるで一羽の蝶のようです。そう、あの子は華代ちゃんですね。 「お兄さん!」 華代ちゃんは、先程のお兄さんに声をかけました。 ですが、お兄さんは本を開いたまま、こっくりこっくりと気持ちよさそうに眠っています。何度声をかけても、全く起きそうな様子ではありません。 「むー、仕方ないですねえ。鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギスっと!」 お、結構博識ですね。 とにかく華代ちゃんは、お兄さんの横にちょこんと座り、起きるのを待つことにしました。 そのうち、華代ちゃんもうつらうつらとしてきます。 まぶたが重くなり、もう寝てしまう……そんな時。 ごっちぃん!! 華代ちゃんの頭に鈍い衝撃が走りました。隣のお兄さんが、倒れてきたのです。 「ふ…………ふにゃぁ……」 こてっ…… かわいそうに、華代ちゃんはそのまま気絶してしまいました。 あれ? すぐ目を覚ましましたよ。気絶したにしては、目覚めるのが早いですね。 「いてて……、なんだよ一体」 そう言って頭を押さえる華代ちゃん。なんだか、言葉遣いがおかしいですね。 「ん、なにこれ、帽子? こんなのかぶってたっけ?」 華代ちゃんは目を擦りながら、帽子を脱ぎます。 その次の瞬間、華代ちゃんは目を見開きました。 「な、な、女の子になってる!!? しかも随分小さいなおい!!」 あらあら、どうやらさっきのお兄さんと華代ちゃんが入れ替わってしまったようです。華代ちゃんの中のお兄さんはすっかり取り乱しています。 すると、バッグの中からたくさんの紙がばらばらと落ちてしまいました。それを拾い上げるお兄さん。 そこには「ココロとカラダの悩み、お受け致します。 真城 華代」と書いてあります。少年少女文庫にいる者なら誰でも知っているあの名刺です。 「お、俺が華代ちゃんに……」 しばらく、周りの時が止まりました。 「ま、なってしまったもんはしょうがないな。今は、この力を有効に使うことだな。なんたって、セールスレディですもの!」 意外と前向きなんですね、お兄さん。そのままお兄さんは、ぴょんぴょんとどこかへ去っていきました。 その時、目を覚まします眼鏡のお兄さん。当然、中身は華代ちゃんです。 華代ちゃんは、軽やかに去っていく女の子と自分の体を見比べ、慌てて立ち上がりました。 「はわわわわ! どうしよう!」 さすがTS知識の豊富な華代ちゃん、一目で何が起きているかわかったようです。とりあえず、そこに落ちている一枚の名刺をポケットに入れ、とたとたお兄さんを追いかけていきます。 「そおれ!」 セミロングの活発そうな女の子がラケットで羽を軽く叩きました。紅いジャンパースカートの可愛い子です。 羽はくるくると気弱そうな男の子に向かっていきます。 「たあ!」 ラケットは空を切り、地面にポトリと落ちました。 女の子はスカートをひらめかせながら駆け寄ってきます。 「あはは、本当に緑って運動神経0ね! それでもお兄ちゃん?」 女の子の言い様に、ムッとする男の子。 「お兄ちゃんって、桃よりちょっと先に出てきただけじゃないか!」 ああ、双子ですか。どうりで顔が似ていますね。 「あーあ、でもその運動神経はまずいよ。男として」 「う……」 言葉に詰まる男の子。どうやら、押しに弱い性格のようです。 その時。 「お困りですか? よければ、私が解決します!」 二人が振り向くと、そこには名刺を差し出した華代ちゃんがいました。もちろん、中身はお兄さんです。 男の子が名刺を受け取ると、華代ちゃんは両手を振り上げました。 「え〜と、頭の中で思い描くんだよな……とりとりつけつけみらくるぱわぁ!!」 華代ちゃんの掛け声と同時に、男の子の体が変化していきました。 髪が肩くらいにどんどん伸びていき、胸に少しふくらみがでてきます。ズボンの穴が一体化し、あっという間にスカートに。まだ幼さの残る、柔らかそうな手足が可愛いです。 ほどなく、双子の妹と瓜二つの女の子がそこには立っていました。 「う〜ん、やっぱり双子は姉妹の方が映えるな〜。んじゃあ、これで体力に悩むことは無いでしょ?」 呆然とする双子の姉を残し、華代ちゃんは去っていきます。 「あ! ちょっと!!」 そう言って追いかけようとする姉を、妹は抱きしめました。 「キャー! 私、お姉ちゃん欲しかったんだ!」 「え!? ちょ、桃!?」 あらあら、顔を赤らめてわたわたしてます。仲のいい姉妹ですね。 「でさあ、このブラウスがさぁ!」 大きな大木の下、髪の長いお姉さんがファッション雑誌を広げて服のことを話しています。 ですが、隣で聞いている茶色い髪のお兄さんは興味がなさそう。 「ちょっとぉ、聞いてるの!」 「あぁ、はいはい……」 お兄さんはうんざりした声で応えました。 ムッとするお姉さん。 「はぁ、由樹がファッションの話に少しでも興味持ってくれたらな〜」 「なるほど、それがお姉ちゃんの願いですね!」 突然足元でした声に、お姉さんは思わずそちらを見ました。あ、やっぱり華代ちゃん。 「だはは、言っちゃったよお姉ちゃんとかって! 腹痛てえ!」 おなかを抱えて笑う華代ちゃんを、お姉さんは不審そうに見ています。 「じゃあ、いこうか。とりとりつけつけみらくるぱわぁ!」 その途端、お兄さんの体は変化していきました。 髪が腰に向かってどんどん伸びていき、肌が一度も日に当たったことのないように白くなっていきます。筋肉質だった体全体が細く、丸くなっていき、逆にどんどんせり出していく胸。ぼろぼろだったジーンズの裾が一体化し、やがて柔らかな生地のスカートに。かかとのつぶれたスニーカーは、純白のパンプスへと姿を変えます。 「キャア! なんなの!? って、何この声!!?」 お兄さん、声もすっかり高くなっていますねえ。 「言葉遣いはアフターサービスってことで! じゃあ、これからも仲良くしてくださいね! お姉ちゃんたち」 華代ちゃんはそれだけ言うと、てててと去っていきます。 「まったく、なんなのあれ! ん、あんたなにしてるの?」 元お兄さんの彼女はしげしげとその姿を見ています。 「うーん、今一なコーディネートねぇ……よし、これから街行こう!」 そう言って、二人のお姉さんは街に行ってしまいました。 その後も、華代ちゃんの中のお兄さんはやりたい放題やりつくしました。 そんなことをやっているうちに、あっという間に夕方です。公園の池も出店も遊具も、すっかり橙色に染められています。 「んー、そういえばこの後どうするか全然考えてなかったなあ。華代ちゃんって、どこか帰るのかなあ?」 そう言って歩いていますと、目の前に犬を連れたおじいさんが見えました。 「ポチや、さあ、帰ろう」 橋の上で、おじいさんは一所懸命犬に話しかけていました。 ポチは尻尾をふりふり、おじいさんに甘えています。でも、おじいさんは少し寂しそう。 思わず、声をかけてしまいました。 「おじいちゃん」 その目をこちらに向けるおじいさん。 「ん、ああ? どうしたのお譲ちゃん? こんな時間に」 おじいさんは優しく微笑みかけます。 そのしわだらけの顔を見て、去年なくなった自分のおじいさんを、お兄さんは思い出しました。 「ねえ、どうしてそんな寂しそうな目をしているの?」 顔を伏せ、おじいさんは語りだします。 「参ったなあ、やっぱり子どもにはわかるんだねえ。わしはなあ、一人暮らしをしていて、遊び相手はこのポチぐらいなんだ。ポチはいい子だ。だが、人間と違ってポチは話さない……。いや、わしの我が侭かな? ポチは今で満足かもしれないのに……」 そう言って、寂しそうに笑うおじいさんを見て、華代ちゃんは唇をかみました。すっかり、なくなったおじいさんと重ねて見ています。 「そんなことないよ! ポチだって、おじいちゃんと話したいと思う!そうだよね、ポチ……」 ポチはまるでそれに応じるかのように「ワン」と鳴きました。 華代ちゃんは名刺をおじいさんに差し出します。 「お、あたし、一流のセールスレディです! その誇りにかけて、なんとかしてみせます!」 ポチの方を向き、力を込める華代ちゃん。 「とりとりつけつけ――みらくるぱわぁ!!」 その途端、一陣の風が吹きました。 思わず目を瞑るおじいさん。 うっすら目を開けると、そこには小学生くらいの女の子が立っていました。怪訝そうに、おじいさんは首を傾げます。 「お譲ちゃんの……友達かい?」 それに対して、華代ちゃんは満面の笑みで答えました。 「違います! ポチですよ!」 茶色いワンピースを着たショートカットの女の子は、八重歯を見せながら微笑みます。 「おじいちゃん、ずっと話したかった。これからは、ずっと一緒だよ」 何一つ証拠があるわけではありません。ですが、おじいさんはその女の子がポチだとわかりました。 「ぽ……ポチ!!」 目に涙を浮かべ、おじいさんは女の子を抱きしめます。 華代ちゃんもその光景に、思わず涙ぐみました。 「よかったね……おじいちゃん」 その時です。 「やっと見つけましたぁ! 観念してくださぁい!」 声の方を向くと、そこには猛烈な勢いで走る眼鏡のお兄さんが。 ああ、華代ちゃんですか。 でも、どうやって戻るつもりでしょう? あ、石に躓いてお兄さんが転びました。 丁度そこには華代ちゃんの頭が。 ごっちぃんっ!! あらあら、二人は仰向けに倒れ、気絶してしまいました。 気がつくと、お兄さんはベンチの上でした。手には開かれたままの荘子の本があります。 大きく伸びをするお兄さん。辺りはすっかり暗くなっています。 「夢……か」 家に帰ろうと思い、ポケットに手を入れると、なにやら紙のようなものがあります。出してみると、それは折り紙の蝶々でした。 それを再びポケットに入れ、お兄さんは家に帰ってしまいました。 ポケットを探った時、白い紙が地面に落ちたとも知らずに……。
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