「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第01回〜第10回

連載第1回(2002.9.21.)
 恐怖の余り声も出なかった。
 走っても走っても追いかけてくる。
 その路地には人気が無かった。当然それを見越してのことなのだろう。
 迂闊だった。
 きっと大丈夫だろうとタカをくくっていたのだ。
 会社帰りのOL、鈴木涼子は駅から自宅までの長い夜道で突如見知らぬ男に襲い掛かられた。
 悲鳴をあげ、男の顔面に一撃を食らわせたが、逆に手負いとなった暴漢は野獣の様に追いかけて来たのだ!
 顔面への一撃が効いているとはいえ、タイト気味のスカートにかかとの高い靴、と涼子のスタイルはとうていスプリント向きではない。何より体力には全く自信が無かった。
「はあ・・・はあ・・・」
 目の前がぐるぐると回る。
 もう駄目だ。これ以上走れない。
 男は・・・男は撒いただろうか?
 電信柱に手をついてたまらず休憩する。
 その瞬間だった。
「きゃああっ!」
 思いっきり襟首を掴まれ、物凄い力で壁に叩きつけられてしまう。
 節くれだったその手のひらで口を押さえつけられる。
「・・・!!!」
 声を出すことが出来ない。思い切り噛み付いてやろうとも試みたがそれもならなかった。何より、ついさっきまで息が上がっていたところに口をふさがれたのだ。その苦悶にばたばたともがく涼子。
「えへへへ・・・」
 男の表情がはっきりと分かった。
 欲望に目をぎらぎらさせている、が、理性を失ってはいなかった。その眼光の奥に、こちらを馬鹿にした様な意思が見える。
「お前がいけないんだ・・・お前が・・・こんな夜中でそんな男を挑発する様な格好で歩いて・・・」
 その手が涼子の身体をまさぐ・・・ろうとしたその時、
「ちょっと待ったああああーっ!」
 その声は一段高い所から降りてきた。



連載第2回(2002.9.22.)
 声の元を振り返る暴漢。
 声の主は、塀の上にいた。
「その手を離しなさいっ!」
「・・・?」
 暴漢は怪訝な顔をした。状況が飲み込めなかったのだ。
「離せって言ってるでしょーが!」
 そこにはどー見ても小学校低学年程度にしか見えない女の子がいた。しかも、電信柱の薄暗い中でもはっきりと分かる原色の衣装に身を包んでいる!
「とりゃっ!」
 飛び降りる女の子。
 ふりふりのスカートが空気に煽られてぶわり!と広がる。
「きゃっ!」
 着地したと同時に慌ててスカートを抑えてしまう女の子。
 暴漢の目に邪悪な光が宿った。
 通りすがりの被害者・涼子はへなへなとその場に崩れ落ちてしまう。
「えへへへへ・・・お嬢ちゃん・・・ひとり?」
 何と言うことだ。この男はロリコンでもあったらしい!
 体制を整えた女の子は立ち上がり、暴漢の方をビシリ!と指差してはっきりと言う。
イラスト 水原れんさん

「大人しく観念しなさい!暴行未遂の現行犯で逮捕よ!」
 その瞬間だった、野獣と化した暴漢がのしかかる様に襲い掛かってきたのだ。
 だが、その瞬間、暴漢は思いっきり背中の真中を蹴り飛ばされていた。
「ぐはあ!」
 どさり、と崩れ落ちる暴漢。
 物凄いせきを連発する。
「それくらいじゃ捕まんないよ」
 いつの間にか派手な女の子は背後にいるでは無いか。
 暴漢のせきはまだ止まらない。かなり苦しそうだ。
「うーん、まともに入ったみたいね。でも自業自得よ!さあ!観念してお縄を頂戴しなさい!」
 どうも時代かかった台詞の多い娘である。
「う・・・おおおおおーっ!」
 暴漢は再び立ち上がり、状態を倒してタックルの様な姿勢で突進してくる。
 が、次の瞬間には襟首を掴まれ、足をひっかけて思い切り身体をねじられていた。
 空が見えた。
 猛烈な衝撃が背中に直撃した。
 ドシン!という音と共に道路に暴漢がのびていた。
「ふう・・・」
 ぱんぱんと手を払っている。
「うーん・・・気絶してるか・・・受身もロクに知らなそうだったから・・・でもこれくらいは天罰よ!」
 気絶してるんなら相手には聞こえていない訳だ。・・・どうも独り言の多い娘である。
「さて・・・と」
 その女の子は壁際でこの様子を震えながら見ている他は無い涼子のもとにてくてくとやってきた。



連載第3回(2002.9.23.)
「お姉さん大丈夫?」
「・・・」
 涼子はまだ震えていた。
「もうあのスケベは倒しちゃったから安心して!」
 パチっ!とウィンクする女の子。
「あの・・・あなた・・・は?」
 それほど高くないその身長を下から上まで舐めまわす様に見てしまう涼子。
 真っ赤な靴に白いソックス。膝まで出たそのスカートは中に針金でも入っているかの如くに広がっている。その原色の衣装はあちこちがひらひらの装飾に彩られている。何だかアニメの世界から抜け出してきたみたいな出で立ちそのまんまである。
 そしてその年の頃はどう見ても小学校低学年程度・・・にしか見えない。身長は130〜140センチ程度ではないか。
「あたしはその・・・別に名乗るほどの者でも無いわ」
「そ、そうなの・・・」
 口数が増えてきた。元気になっている証拠だ。
「ちょっと待っててね!すぐに戻るから!」
「え・・・あの・・・」
 その少女はスカートを翻してピュー!と走り去ってしまう。
 ・・・・・・。
 一体何だったのだろう?
 白昼夢・・・ではないけど深夜に幻覚でも見たのだろうか?
 でも・・・。
 先ほど一大アクションが展開されたあたりを見てみると、確かにあの暴漢が伸びている。
 現実なのだ。
 確かに現実なのである。
 それにしても・・・あの少女は一体何者なのだろうか?
 自分の倍の背丈はあろうかというあの男をいともたやすく放り投げてしまった。あんな事私でも・・・いや、いい年こいた大人の男にも容易なことでは無い筈だ。
「あ!あそこよあそこ!」
 あの少女の声がした。
 見ると、警官の運転する自転車の後ろに「女乗り」で鎮座した少女がこちらに向かってくるではないか。
 キキッ!と目の前で止まる自転車。
 ひょい、と羽の様に舞い降りる少女。実に軽やかだ。
「どうも。そこの派出所の者ですが・・・」
 落し物の相談をされているみたいな口ぶりである。こっちは襲われかけたってのに!
 涼子の心に怒りが戻ってきた。
「お巡りさん!この人ですこの人!タイホしちゃって下さい!」
 涼子は乱れかけた衣類を直すと、謎の少女と共に伸びている暴漢のそばに連れてこられた。
「で、この人に襲われたと・・・」
 こ、“この人”!?あたしはこのドスケベに危く・・・
「そうです!こいつがいきなり襲い掛かってきたんです!」
 金切り声で即答した。
「はあ・・・」
 何だか状況が良く分かっていない様子の警官。
「間違いありません!あたしが証人ですっ!」



連載第4回(2002.9.24.)
「はあしかし・・・」
 状況が良く飲み込めないのだろう。それはそうだ。“襲った”ことになっている側が地面に伸びているのだから。端的に言えばどっちが被害者で加害者なんだか分からない。
「あたしです」
 手を上げる少女。
「君・・・が?」
「やっつけました」
「・・・あのねえお嬢ちゃん」
「そうです!」
 涼子が加勢する。
「この子がやっつけたんです。その・・・柔道の技で」
「柔道?」
 それにしても頭の回転の鈍い警官だ。
 ・・・とは言えそれも無理は無い。体格的にも体重的にもとても格闘して大人の男に勝てる様な姿ではない。よく“柔よく剛を制す”と言うがそれにしても限度がある。見たところ小学生の女の子じゃないか。
「暴行未遂の現行犯です!タイホして下さいタイホ!」
 遥かに下の方から声が響いてくる。
「そうですか・・・ともあれ、じゃあちょっと交番の方に・・・」
 やっと事態が動いた。少女が少し安堵する。
「お巡りさん、ちゃんと調べてよね。あのスケベ。別件で色々やってる常習かも知れないのよ!」
 中々ませた子だ。この年頃の女の子には似合わない難しい言葉がそのさくらんぼみたいな口からポンポン飛び出す。
「お姉さんもしっかりしてよね!暴行罪は親告罪だからお姉さんが訴えないとほっぽらかしよ!」
「あ、あのねえ・・・」
 警官が流石に咎める。と、言うより痛いところを衝かれて「このままだと仕事が増える」と苦々しく思ったのかもしれない。
「まあ、とにかくお嬢ちゃんも交番に来なさい」
「いや、私はいいです」
「“いいです”じゃないよ。大体こんな遅くまで外を出歩いちゃ駄目だよ」
「何言ってんの!こーゆーのは本当はお巡りさんの役目じゃないの!」
 やれやれ、といった仕草をする警官。
「まあ何だ。流石にお巡りさんがついていれば安心ね。とりあえず私はこれで帰りますから」
「いや、だからちゃんと証言してもらわないと」
「もうあたし証言したもん!しっかりしてよお巡りさん!」
 しゅっ!と2人の間を走り抜ける謎の少女。
「あっ!」
 涼子が声を掛ける。
 振り返る謎の少女。
「お姉さん。夜道は気をつけて歩かなきゃ駄目よ!」
「せめて名前だけでも・・・」
「名前・・・名前・・・だから別に名乗るほどじゃあ・・・っていうか考えて無いし・・・じゃなくて・・・じゃあ「ナナシちゃん」でいいわ!」
 自分で名乗るのに「ちゃん」を付けるとは・・・。「悪魔くん」みたいな娘である。
「それじゃあ!」
「き、君!待ちなさい!」
 だが、謎の少女は夜の闇に消えていった。
 これが、数多い「ナナシちゃん」目撃談の典型的なものの1つである。



連載第5回(2002.9.25.)
 彼にはそれが黄泉の国に見えた。
 校舎はのしかかる様に聳え立ち、弱者をそれだけで圧殺してしまいそうである。
 気分が重い・・・。その少年は靴を引きずっていた。
 その隣を黄色い声をあげて走り抜けていく少女たち。その様子は小学生の子供のものでも、女子高生の嬌声でも無かった。中学生独特の雰囲気を持っていた。
イラスト 水原れんさん

 あの人たちの先には何があるんだろう。
 その少年はそう思った。
 突然衝撃を感じた。
「・・・っ!」
 声をあげることも無くよろける。
「じゃまなんだよ!」
 いがぐり頭の目つきの悪いガキが威嚇してくる。
 メガネがずり落ちそうになるのをこらえて必死に道の端で動かないようにこらえる。
「けっ!バイキンが」
「おい、よせよ。相手にするな」
 汚い物を見るかの様によけていく集団。
 ・・・これだ。
 いつもこれなんだ。
 どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
 校舎の入り口までの数十メートルが遠い。

 雑然とした下駄箱には埃っぽい空気が充満している。
 堀井浩太は自分の上履き入れの前に立った。
「・・・あった・・・」
 誰に聞かせるでも無く小さく声に出ていた。
 あることは珍しかった。
 彼の買った上履きは数日を経ずしてどこかに消えてしまう。
 ある時は学校そばの側溝の中で泥にまみれ、ある時はズタズタに切り裂かれて廊下に捨てられていた。
 もう新しいのを買ってから3日目になるのである。未だにあるのは奇蹟に近かった。
 毎日の様に上履きの存否を気にしているのだから小さな人生だ。
 中学生位の男の子はとかく哲学的である。他のどの年代よりもある意味世界と自分を引き換えてしまう年頃かもしれない。
 安心して下駄箱に指を入れ、上履きを引き出そうとした。
 浩太の表情が曇った。



連載第6回(2002.9.26.)
 そこに入っていた上履きは白く染まっていた。
 ・・・これ・・・は?
 しばらくかかったが、やっと脳の中の思考がリンクした。
 これは鳥の糞だ。
 浩太のメガネの下の表情が自嘲的に歪んだ。
 これは・・・凄いな。
 大した暇人ぶりだ。
 ここまで念が入っていると却って感心してしまう。
 いずれにしてもこれは履けないな。
 浩太はまた直接廊下を歩くことを選択せざるを得なかった。今度は手の中にある以上、洗えばなんとかなるはずだ。

 あと・・・あと半日だ。
 少年は忍従の時の算定を始めていた。図らざる日課であった。
 教室のドアをがらっと開けた。
 楽しそうな空気が一瞬冷たい風に置き換わる。
 しばらく入り口を見た後、また友達との馬鹿話に花を咲かせるクラスメートたち。
 嫌な予感を噛み締めつつ、自分の机に向かう。
 その変化は教室の入り口から分かった。
 靴下の裏が直接床をさする。
 遠からず靴下の裏は真っ黒になるだろう。これを2回も繰り返した靴下はもうどんなに洗ってもある程度以上は白くならない。
「・・・」
 その前に佇んだ浩太を、それとなくクラス中のみんなが注視している。
 軽く後ろを振り返る浩太。
 その視線を避けるようにまた話に夢中になるクラスメート。
 机の中身が全て床の上に出されていた。
 一昔前のいじめの様に中身を切り裂いて「バカ」だの「死ね」だのは書かないのだ。最近は。
 何しろそれをやったんではすぐに教科書が無くなってしまう。
 だからこうしてじわじわと攻め立てていくのだ。



連載第7回(2002.9.27.)
 無いとは思っているが椅子の座るところを確認する。
 別に画鋲は無い。椅子の脚も問題なくついている。
 教科書、ノートの類を持ち上げ、机の中に押し込む。
 やれやれだ。
 そして椅子に座る。
 そう、連中は目標があたふたする様子を見て楽しんでいるのだ。特に反応を示さなければ面白くなくなっていつかはやめるさ。
 ・・・様子が変だった。
 誰ともなくクスクスと笑っているのである。
 特にあの教室の前の方で覿面に笑っているキツネ目の女はいじめの先頭に立っていると言っても過言では無いのだ。
 そういえば・・・。
 さっき教科書を押し込んだ時、何だか妙な感触がした。
 急に立ち上がると教科書を引っ張り出す。
 悪夢だった。
 ドロドロの液体が一緒に流れ落ちる。
 その奥にはびしょびしょにぬらされた雑巾が詰め込んであったのだ。
 浩太は気が付くと後ろ手で教室のドアを閉めていた。
 閉まった瞬間に爆笑が巻き起こる。
「・・・」
 震えていた。
 こらえていた。
 勤めてクールに構えていたはずの浩太が、その表情を崩し始めていた。
 いいことがある。きっとその内いいことがある。
 そう思わなければやっていけない人生もある。
 メガネは嫌いだ。
 目との間に空間が出来ると自然に涙を拭きにくい。
 視線の端にそれは目に入った。



連載第8回(2002.9.28.)
 それは担任の教師だった。
 年齢不詳の男で、典型的な“デモシカ”教師である。それを授業中に公言する事を憚らないという凄まじい根性を持つ。
 その教師は、教室から追い出されて悔しさに打ち震えている浩太を、他の生徒たちと同じ汚い物を見るかの様な目でねめつけた。
「何だお前・・・また来てたのか」
 この男は他に目撃者がいるところではこんなことは言わない。恐ろしいほど計算の働く狡猾な男である。
 世の中に“向かない”職業というものは存在する。そして教師には「他のだれをしてもいいから、こいつだけは教師にしてはいけない」というタイプがこいつだった。
 長狭木(ながさき)というこの教師は、何かを言おうとした浩太の機先を制して言葉を発した。
「甘えたことを言っても通用せんぞ。いじめられる方にも原因はあるんだ」
 まだ何も言っていない。
「はっきり言うがな・・・迷惑なんだよ。お前さえいなけりゃこのクラスにはいじめ問題なんか存在しないんだ」
 浩太はこの男に感謝した。
 涙が引いたからである。これはこの男の作戦だったのだろうか。
 いや、それは無いだろう。公になっていないだけでこいつの担任したクラスからはかなりの数の不登校者が出ているはずなのだ。

 長狭木に続いて教室に入ってきた浩太に教室中が沈黙した。長狭木はいじめを止めない。流石に推進はしないが。
 根性があるのは悪い事ではない。だが、この場合の浩太のやせ我慢めいた打たれ強さはいじめを間違いなく増長させていた。



連載第9回(2002.9.29.)
 彼女はアナウンサーだった。
 高倍率の入社試験を突破して、同期の中では出世頭である。配剤もあって、入社5年目にして報道原稿もかじらせてもらっている。
 進藤真里がそれを目撃した時、特に何とも思っていなかった。
 それが頭の中でリンクするのは、幾つもの大きな事件を目撃してからだった。
 その主を、彼女はきちんとは憶えていなかった。誰かが携帯電話相手に話していたのだけは何とか憶えている。
 しかし、そんな光景など全く珍しくない。真里がその光景を憶えている原因は、その声の主が異常に低い位置で話していたからである。
 恐らく声の主は男の子だと思う。女の子では無かった。
 メガネを掛けていた。
 その程度しか真里の記憶には残っていない。どうしてこれだけのことを印象的に憶えていたのだろうか。
 これといった原因は指摘できない。ただ“気になった”ということだ。それ以上でもそれ以下でもない。

イラスト 水原れんさん

「ねえ、進藤」
 先輩アナウンサーが声を掛けてきた。
「はい」
「“ナナシちゃん”って聞いたことある?」
「・・・何ですって?」
「“ナナシちゃん”よ“ナナシちゃん”」
「いえ。知りません。何です?それ」
 妖怪変化の類だろうか。真里は「京極夏彦」が大好きで隅々まで読み込んでいたので、ちょっとした妖怪ファンになってしまっている。
「私も噂でしか聞いたことないんだけどさ・・・その小さな女の子らしいのよ」
「“トイレの花子さん”ですか?」
「いいえ。・・・ちなみに進藤の頃って学校で“トイレの花子さん”っているとか言われてた?」
「ええ。はい」
「あたしの頃はいなかったんだけど・・・」
 何の話だろうか?真里は掴みかねていた。
「ん?何なの?妖怪の話?」
 真里にとってひとつ年下の売り出し中のディレクターの黒田が話しに割り込んでくる。若干オタクっぽいところはあるが、真里にとっては気楽に話せるいい同僚である。
「“妖怪”って言うか・・・ホントか嘘か分からない話なんだけども・・・」





連載第10回(2002.9.30.)
「何です?」
「いえね。この間レイプ被害の話を流したじゃない」
「ああ、昼のニュースのコーナーですね」
「うんそう。」
 頷いて聞くしかない真里。アナウンサー業は忙しいので必ずしも熱心なテレビ視聴者では無いのだ。
「そこでその・・・大体10人くらいに話を聞いたんだけども・・・そのうち3人が言ったのよ。“ナナシちゃんに助けられた”って」
「・・・・・・・・・・・はぁ?」
 真里と黒田の声がハモった。
「じゃあその・・・“ナナシちゃん”って実体があるんですか?」
「“実体”って言うか・・・まあ、間違いなくあるのよ。それで暴漢を一撃でのしちゃったんですって」
「はは、“正義の味方”って訳ですね」
 黒田がからかう。
「噂話じゃ無いんですか?「都市伝説」の類じゃあ・・・」
 付け焼刃の知識でくいさがる真里。
「まあ・・・1人目の段階ではあたしもそう思ったんだけど、これが2人、3人と続くと・・・ちょっとね」
「でも、ワイドショーのコーナーのネタですね。報道が扱うような題材じゃない。ほら、あのアザラシの「キンちゃん」みたいなもんですよ」
 この頃どういう訳か日本の川に北極海から流れてきたとも言われるアゴヒゲアザラシの「キンちゃん」が出現し、話題になっていたのだ。
「その“ナナシちゃん”ってどんな姿なんですか?「助けられた」ってことは目撃もしてるんでしょ?」
 真里はこの話題に興味がありそうだ。
「それがね・・・どんな姿だと思う?」
「そうですねえ・・・見上げる様な大男・・・ってんじゃ如何にも面白くないんで、やさ男の柔道の達人なんてのは?」
「ふん・・・進藤は?」
「え・・・」
 考え込む真里。
「そうですね・・・“ちゃん”なんて名乗るくらいだから、女性なんじゃないですか」
「そこは当たりね」
 ひゅー、と口笛を吹く黒田。
「レイプ被害から救ってるって言うし・・・何となくですけど」
「でも二人合わせても50点くらいね。実は、・・・信じられないかも知れないけど・・・女の子だったって言うのよ」
 一瞬沈黙。
「女の子・・・ですか?」
「それもどう見ても小学生の低学年くらいだったんだって」
「・・・そ、そりゃ幾らなんでも嘘でしょ。だって暴漢をのしちゃったんでしょ?」
「そう。それも柔道の技で」
「何ですって?」
「本人が名乗ったんだそうよ。“柔道の技だ”って」
「女の子がですか?
 これは真里。
「でも、警官は目撃してるのよ」
 空気が変わった。これは目撃の信憑性としては最強の証言である。