「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第21回〜第30回

連載第21回(2002.10.11.)
 突然の“飛び道具”の登場に店内が息を呑む。
 それはこれまでのものとも違っていた。
 一層「巻き添えになるかも知れない」可能性が強まったのだ。
「へへへ・・・どうだ?」
 理香は震えていた。それを背後にかばうような少女。
「それでどうしようっての?」
 少女は相変わらず冷静の様に見える。
「いいから帰るんだよ!理香!俺と一緒に!」
 銃口を2人に向ける男。
「そんなものに頼ってどうすんのよ。はっきり言うけどアンタはフられたの!諦めて退散しなさい!」
 ビシリ!とポーズを決めて言う少女。
「うるせえ!俺はお前から離れねえぞ!」
 何度も投げ飛ばされているせいなのか、実際には襲い掛かって来ない男。
「どーやら思い知らせないといけないみたいね」
 ポキポキと指を鳴らす少女。
「へっ!確かにお前は強いかも知れねえが、だから何だよ!」
 必要以上に怒鳴り散らす男。
「この場でどんなに俺を投げ飛ばしてもどうにもならねえぞ!理香あ!」
 ビクっ!とする理香。
「テメエこんな訳の分からないことしてタダで済むと思ってんのかよ」
「お姉ちゃん関係無いって言ってるでしょ」
「理香あ!」
 男は被害者の方をピンポイントで責める方策に出ていた。





連載第22回(2002.10.12.)
「帰ったら“おしおき”だぜ・・・」
 寒気がした。正真正銘人間のクズだった。
「いいから掛かってきなさいってば!」
 少女も流石に焦ってきている様だった。
「ヤサ(家)分かってんだからな・・・今夜はこのまま俺を追い払えてもいつまでも付きまとってやる・・・お前は俺に貢ぎ続けるんだ!」
「あたしもうそんなにお金無いよ!いい加減にして!」
 必死の強がりだった。
「いいのかお前?そんな口の聞き方してよお・・・」
「だって・・・あたしタダの事務員なのよ・・・そんな毎日お金取られて・・・」
 泣き声だった。
「テメエ・・・“取る”ってのは何だ?貸して貰ってるだけだろうが・・・」
 いつものサディスティックな会話が戻ってきたせいなのか口が滑らかになる男。
「だから風俗行けって言ってるだろうが!」
「そんな・・・」
「あー、はいはいそこまで」
 少女が割って入る。
「へっ!テメエもトンだ“正義の味方”だな!」
「ええそうよ」
「へっ!テメエがどんな暇人か知らねえが、俺をいつまでも監視してられるのか?・・・俺はいつまでも付きまとってやる・・・ははは・・・ハハハハハハハアァー!」
 気が違った様に高笑いをする男。
「やれやれ・・・どうしようもないわね。でもお姉ちゃんは助けるよ」
 ピクリ、と反応する男。これだけ言ってもこの少女は全くその態度を変えることが無い。
 その根拠の無い自信は一体どこから来ているのか?






連載第23回(2002.10.13.)
「“助ける”だぁ?どうするんだよ?俺を殺すのか?」
「お望みとあらば」
「やれるもんならやってみろよ!“正当防衛”するぞゴルァ!」
 露骨な脅迫だった。
「ふーん、そうなんだ。やってみれば?お兄ちゃん18歳前には見えないけど?」
 「少年法」前提の発言だろうか?いずれにせよ小学生の女の子の台詞とも思えない。
「あんだとテメエ?」
 コロコロ投げ飛ばされたのも忘れてすっかりいつもの脅迫モードに入っている。その手の飛び道具で気が大きくなっているのだろうか?
「それにお巡りさんのお世話になって困るのはお兄ちゃんの方じゃ無いの?」
「・・・」
「さっきからの会話を店内のみんな聞いてるしね。常習だからね」
「“民事不介入”だ。警察なんか動きゃしねえよ」
「忘れてない?あたしさっきからボコボコにされてるじゃない。目撃者一杯いるよ。こんな小さな女の子相手にはどんなに頑張っても“正当防衛”は成り立たないわね。そんな裁判官いないわ」
 次から次へと予想外の台詞が飛び出すので男は少々面食らっている。
「・・・だ、だから何なんだ!どうせ大した罪になんかならねえよ!すぐに出てきて同じ事を繰り返してやる!」
「うーん・・・」
 またぽりぽりと頭を掻いている少女。
「そこが問題なのよね」





連載第24回(2002.10.14.)
「そもそも罪になんかならねえよ。なあ!そうだよな理香!」

 またビクっ!とする理香。
「お前・・・お巡りのところなんか行ったら・・・どうなるか分かってるんだろうな・・・」
 凄みのある声だった。
「ふん・・・折角の法律もこれじゃあ蟷螂の斧ね」
 ギャラリーも少しはこの会話を理解した。「前科」は市井の一市民にとっては消せない汚点であるが、一旦諦めてしまえばそれは抑止力にならない。それに実際問題、ストーカーの様に度を越えた情熱で被害者を追いまわす加害者には警察力もとても追いつかないのである。
「でもさあ・・・忘れてない?」
「何だと」
「あんた刑法と少年法は読んだの?」
「うるせえな!」
「14歳以下は人を殺しても殺人罪には問われないんだよ」
 この小さい女の子の口から出るフレーズは、底冷えのする恐怖を漂わせていた。
「・・・テメエ・・・」
「しかも、あなたの言う通り“正当防衛”が成立するわね。その上、普通に考えればとても勝てる相手じゃないから、きっとあなたが勝手に転んで頭打って死んだことになるのが関の山かな」
 店内が静まり返った。
 ただのおしゃべりな女の子では無い。先ほどからの立ち回りを見ているとこの男では到底格闘では敵いそうも無いではないか。
「それにさあ・・・」
 ふたたびぽりぽりと頭を掻く少女。
「オタクも大事なこと忘れてるよ」





連載第25回(2002.10.15.)
「あんた・・・お兄ちゃんはこのお姉ちゃんを絶対逃がさないって言ったよね?」
「だ、だから何だよ!」
「でもってあたし・・・この“トンだ正義の味方”にはどうしようもないって言ったよねぇ」
「うるせえ!」
「どうして見かけで人を判断するかなあ・・・お兄ちゃんだってその爽やかなルックスで沢山女の人騙して来たんでしょ?合コンとか」
 理香がうつむく。図星であった。
「あたしが“正義のためには手段を選ばない”存在だとか思いも寄らないのかな?」
 不敵ににやりと笑う少女。
「何だと?」
「お兄ちゃんだって夜は寝るでしょ?」
 何を言い出すのか?
「明日から寝る時には気をつけるんだね。何が起こるか分からないよ」
「て、テメエ!」
 トンだ言葉の反撃を受けて男は明らかに動揺していた。そう、これまで自らが得意としていた、相手をじわじわと精神的に追い詰める脅迫を自ら受けることになったのだ!
「け、警察呼ぶぞ」
 この様な状況でも無ければバーテンは爆笑していたかも知れない。
 ついさっきまで警察何するものぞと強がっていたならず者が言うに事欠いて警察に言いつけるだと?その失笑は密かに店内を駆け巡っていた。
「言えば?小学生ぐらいの女の子に脅迫されましたって」
 そろそろクスクス笑い声が漏れ始める。
「あんたがそうである様にあたしも“正義のため”なら何でもやるよ」
「う、うるせえっ!」
 轟音が鳴り響いた。





連載第26回(2002.10.16.)
 キャーっ!という悲鳴が店内にこだまする。
 その音は後を引き、長く静寂の中に鳴り響いた。
 硝煙が立ち昇り、なんとも言えない匂いが鼻の奥を突き刺す。
「・・・!?」
 男は怪訝な表情をしていた。その男が発砲したのは間違いなかった。
「あ・・・あ・・・」
 誰の声とも知れなかった。遂に拳銃が火を噴くという、平和な日本では殆ど見られる事の無い状況に居合わせてしまったのだ。
「・・・ん」
 理香が崩れ落ちた。
「・・・?お姉ちゃん?」
 少女が背後にかばっていた理香に向き直る。
「きゃああっ!」
 少女が悲鳴をあげる。
 これまで強気一辺倒だった少女が初めて見せた態度だったかもしれない。
「い、いやその・・・」
 男が何か言いたげである。
 理香はお腹を抑えていた。
 固唾を飲んで見守っていたギャラリーからも悲鳴が上がった。
 理香は抑えるその部分から鮮血がドクドクと噴出していたのだ!
「お姉ちゃん!お姉ちゃああああんっ!」
 少女が慌てて抱き寄せる。だが、出血は全く収まらない。
「ち、違・・・。こいつが勝手に・・・」
 再び轟音が轟いた。
 同時に理香の胸からどす黒い鮮血がほとばしった。
「きゃああああああ〜っ!」





連載第27回(2002.10.17.)
 男は顔面蒼白になっていた。
「ち、違う!俺は・・・俺は撃ってない!この銃が勝手に!」
「ひ、人殺し・・・人殺しよお〜っ!」
 女性客が叫んだ。
 理香は昏倒し、床に血溜まりが広がっていく。
「し、死んでる・・・」
 少女がつぶやいた。
 確かに、その惨劇の光景は疑い様の無いものだった。
「せ、折角・・・折角助けてあげようとしたのに・・・」
 返り血を浴びた少女が顔を上げる。
「ち、違う・・・違うんだ・・・」
 先ほどまでの強がりはどこへ消えたのか。歯の根が合わないほどに震えている男。
「もう許さない・・・。“正当防衛”でお兄ちゃんもあの世に行ってもらうわ」
 すう・・・と何やら拳法を思わせる構えを取る。
「あ・・・あああ・・・」
 だが、男の方はとても戦える様な状態ではなかった。
「ああああああーっ!」
 銃を放り出してドアを蹴破るばかりに突進していく。
「待ちなさい!」
 後を追う少女。
 ドアの外には入り口に向かって降りている階段がすぐに控えている。この店は2階にあるのだ。
 転げ落ちる様に逃げていく男。
「ひ、人殺しい!人殺しよ〜っ!」
 渾身の声で絶叫する少女。これでもかとばかりにその背中に叩きつける。
「逃げても無駄だよ!地の果てまで追い詰めてあげるからねーっ!」

 この日、涙とよだれを撒き散らしながら逃げるホスト風の男が確かに目撃されている。





連載第28回(2002.10.18.)
 店内に戻ってくる少女。
 静まり返っている。
 そして血の海に沈んでいる理香の元に。
「お姉ちゃん・・・」
 床に膝をつく。そのふりふりの衣装にべっとりと血のりが付着する。
 うつ伏せのその肩をゆする少女。
「お姉ちゃん・・・もういいよ」
 ・・・と、ぴくり、とその身体が動いた。
「・・・もう行っちゃったから大丈夫」
 ねちゃり、と音を上げてむっくり起き上がる理香!
「・・・ホント?」
「うん。もうバッチリ!」
 ウィンクする少女。
 店内にわあ〜っ!という声が上がる。
 理香が起き上がるのを助け起こす少女。
「あ、皆さんご協力有難うございましたー!」
 今度は拍手で大歓声である。
 1人、2人と歩み寄ってくる。
「いやー、本当に強いねえ」
「びっくりしちゃった」
「いやー、まー、それほどでもー」
 照れている少女。
「それにしてもヒデエ奴だったな」
「いい気味だわ」
 と、バーテンがグラスを置いた。
「お嬢ちゃん、おごりだよ」
「あ、有難うございます」
「ちょっと、子供にお酒はまずいわよ」
「グレープフルーツジュースだよ」
「あの・・・」
 少女が困った顔をしている。
「どうしたの?」
「ストローの方が・・・いいな」
 店内に笑いがこだまする。
「でもコレで大丈夫。お姉ちゃん。もうあのサイテー男は二度と寄ってこないから」
「・・・有難う・・・」
 そう、これはこの少女が仕組んだ芝居だったのだ。





連載第29回(2002.10.19.)
 あの手の男は、少々痛めつけた程度では参らない。むしろ逆恨みして被害者がより痛めつけられる場合すらある。
 かといって、警察力はこういう細かい事例への対応が難しく、また運良く検挙出来たとしても、2度と刑務所から出られない訳でもなく、根本的な解決にならない場合が少なくない。
「でも・・・ちょっとやりすぎじゃあ・・・」
 ギャラリーの1人である30歳程度の男が言う。
「何言ってるのよ!あの程度じゃ足りないくらいだわ!」
 ガールフレンドなのか、女性がすぐに返す。
「まあ、結構効いたのは確かだよ」
 少女がストローから口を離して言う。
「普通にやっつけただけじゃまた来ちゃうでしょ。でもこれなら2度と寄ってこないだろうし」
「てゆーか、街であなたの顔見かけたら逃げ出すわよ」
 血のりべっとり状態の理香に笑いかける。
「あはは、そりゃそうだ。お化けだもんな」
 そう、目の前で死んだ事になっているのである。これ以上のストーカー対策はあるまい。その上良心の呵責もある。ちょっと調べれば死んでいないことは分かるかもしれないが、もう付きまとう気も起こるまい。
「大丈夫お姉ちゃん?」
「うん。ありがと。本当に・・・助かったわ」
「じゃあ、危ないから最後の1ついくよ」
「ええ」
 少女が手元のリモコンのボタンを押すと、理香の腹部でボンっ!という音と共に血が飛び散る。他愛の無い仕掛けである。
「これって・・・あなたが作ったの?」
「まーね」
「あの技も凄いよねえ・・・柔道の足払いみたいな」


連載第30回(2002.10.20.)
「お相撲で似たような技はあるけど、あれは中国拳法ね」
「そうなんだ」
「その・・・手が短くて届いてないんだけど、あれは七星蟷螂拳(しちせいとうろうけん)の低牽推(ていけんすい)がイメージなの」
「とうろうけん・・・ってあのカマキリの動作を取り入れたっていう・・・」
「よく知ってるねお兄ちゃん」
 小さな女の子に「お兄ちゃん」と呼ばれて悪い気はしない。
「とにかく・・・あたしはこれで帰るわ。あ、ジュース有難うございます」
「あ、待って!」
 理香が声を掛ける。
「・・・何かな?」
 笑顔で答える少女。
「その・・・ありが・・・と」
「お安い御用よ!困った事があったらまた呼んでね!」

 直後に少女は駆け出して行ってしまったらしい。
 このケースでは少女は名乗っていないのであるが、目撃例などから「ナナシちゃん」と呼ばれる少女と見て間違い無いと思われている。
 これまでは暴漢をのしてしまうといった目撃例が多かったが、このケースでは事件の根本的な解決まで踏み込んでいる。

 次第に「ナナシちゃん」の噂が抑えきれなくなってきていた。