「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第41回〜第50回

連載第41回(2002.10.31.)
「分かりました。先輩のほうにこいつの電話番号教えます。電話してみて下さい」
「あたしが?」
「向こうに教える訳には行きませんよ。僕の知人だっつっても嫌でしょ?」
 まあ・・・そりゃ嫌だけど。
「そいつに限ってありませんが、進藤真里の携帯番号はそんなに安くありません」
「ありがと」
 周囲はその間も関係者が走り回っている。テレビ局は忙しい。
「先輩・・・ぶっちゃけどう思います?」
「どうって・・・“ナナシちゃん”のこと?」
「ええ」
 黒田の表情がいつになく真剣である。
「そうねえ・・・いいことだとは思いますけど・・・」
「先輩って『ダーティーハリー』って映画観たことあります?」
「いや・・・題名聞いたことしかないわ」
「元々この映画って原題は『死んだ権利』って言うんですよ」
「『死んだ権利』・・・」
「ミランダ権って知ってます?」
 それにしても色々よく知っている。
「いや、知らないわ」
「犯罪被疑者の権利ですよ。よくアメリカ映画で犯人を捕まえた時に「お前は弁護士を雇う権利がある云々」って読み上げるでしょ?あれです」
「ああ、ああいうのね」
「マグナム44とか、イーストウッドの荒くれ刑事ぶりばかり取りざたされるんですけど。あれは実際には「法で裁けない」犯罪を巡る映画なんです」




連載第42回(2002.11.1.)
 真里は実は映画はそれほど好きでは無い。
 いや、映画自体は決して嫌いではないのだが、その薀蓄を語りたがる手合いはどうにも好きになれなかったのだ。
「よく惹句で“法で裁けない悪に立ち向かう”なんて言うでしょ?実はあれって、現代ではその・・・心神喪失者のことなんですよ」
 真里の表情が曇った。
 それはマスコミ関係者なら誰でも知っているタブーであった。
 特に実際にカメラの前で生で喋る事の多いアナウンサーはマニュアルによって「放送に載せてはいけない」用語を徹底的に叩き込まれる。新人アナウンサーはまずここをクリアしなくてはならないのである。
「確かにあの人たちは“法”では裁けません。」
「それと何か関係が・・・」
「ダーティハリーの犯人は「さそり」って言うんですが・・・こいつは犯人であることは間違いないんですが、ハリーが無茶やってミランダ権を説明しなかったばかりか拷問によって口を割らせたんで犯人は釈放されちゃうんですよ」
「そういう映画なんだ」
「ネタバレになりますが、結局ハリーは“正義のために”犯人をぶち殺し、刑事を辞職します」
「・・・」
「それだけならいいんですが、この後があります」
 真里は時計を気にした。
「続編においてハリーは何故か復職、法で裁けない犯人を殺しまくる警察有志のバイク隊の前に立ちふさがるんです」
「・・・反権力のヒーローが権力の犬になったって言いたいの?」
「僕は“ナナシちゃん”に夢を見てますよ。笑われるかもしれませんけど」
 真里はしばらく考えた。
「危険な・・・夢に聞こえるけど」
「アナーキスト(無政府主義者)ですか?・・・まあいいですよ。僕はロマンチストなんでね」
 歩いて去る黒田。
 それをしばらく眺めている真里。





連載第43回(2002.11.2.)
 長い呼び出し音だった。
「はいもしもし」
「あ、あの・・・私東京放送の進藤と申します。安宅さんですか?」
「あ・・・進藤さん」
 思っていたより普通の声だった。さぞかしオタクっぽいのが出てくると思っていたので意外だった。
「黒田から聞いてます。“ナナシちゃん”についてですよね」
「ええ」
「時間はいいですか?」
「え?」
「ちょっと長くなるかもしれないんで・・・」
「まあ・・・いいですよ」
「僕の得ている情報も大したことは無いんですけど・・・進藤さん」
「はい」
「“ナナシちゃん”について知ってどうなさるおつもりで?」
「いやその・・・」
「一応マスメディアの方ですよね。報道してもらえるんですか?」
「今の時点では無理だと思います」
「じゃあまずお伺いしますけど、どの時点になれば報道する現実性があると思います?」
「その時点・・・というと」
「ナナシちゃんが、その名の通りナナシちゃんでないことが仮に分かったとしますよね。どこでもいいんですけど、都内在住の山田花子ちゃんである、と分かったとしますよね」
「うん」
「ここまでくれば報道できます?」





連載第44回(2002.11.3.)
 真里は考えた。どうなんだろう?それは現実的には“1人自警団”のようなものだろう。
「普通に考えれば難しい・・・と思いそうですよね。日本では自力救済が認められていないので、公になれば警察権力がナナシちゃんを押さえ込みに掛かる・・・」
「でしょうね」
「僕の予想ですとそれは難しいと思うんですよ」
「どうしてです?」
「僕の知る限り“ナナシちゃん”は一度も不法行為を行っていません」
「え?・・・そうなの?」
「最も典型的なナナシちゃん目撃談は辻斬りみたいな暴行事件からの救済です。レイプ事件もあれば、“親父狩り”もある」
「聞いたことあります」
「この場合加害者を攻撃、逮捕することには何一つ違法性を見出せません。仮にひどい怪我を負わせたとしたら過剰防衛になるかも知れませんが、せいぜい投げ飛ばしたショックで打撲傷を負った程度です。骨折者もいるみたいですけどまあ正当防衛の範囲内でしょう。少なくとも急迫不変の危機を回避する段階にとどまっています」
「・・・」
「最近注目されている“ナナシ物件”は、ストーカー男を退散させた件です」
「それは・・・聞いたことがありません」
「でしょうね。一応この事件で初めてナナシちゃんの写真が撮影されたということになっているんですが」
「あ・・・」
 それは先日見せてもらったものだ。
「黒田に・・・黒田君に見せて貰いました」
「黒田でいいですよ。僕も呼び捨てですし」
「はい」
 安宅に説明された事件の概要はにわかには信じがたいものだった。年少の少女がセットアップしたとはとても思えないほど精巧だったのだ。
「一応他ならぬ進藤さんだからお教えしましたけど、なるべくこの件は伏せてください」
「どうしてです?」
「可能性は低いんですが、ヒモ男が全貌を知れば彼女が生きていることが分かります。そうなればナナシちゃんの努力が無になってしまう」
「あ・・・そうか・・・」






連載第45回(2002.11.4.)
「これらの事件はナナシちゃんのスタンスを知る上で役に立つと思います」
 黙って聞いているしかない。てっきりアニメ講座をやられるのかと思っていたが、なかなか示唆に富んでいるではないか。
「この2パターンの違いは分かりますか?」
「そうですね・・・行きずりの犯行と、人間関係・・・かしら」
「お見事。その通りです」
 かさかさと何かをいじっている音がする。ペーパーにまとめた資料でもめくっているのだろうか。
「ナナシちゃんの行動原理はシンプルです。とにかく目前の危機の回避、これに尽きます」
「はい」
「ゆきずりのレイプ犯は問答無用で投げ飛ばしますが、ストーカー化する可能性のある顔見知りに対しては“人間関係を解消させる”方策で望んでいる・・・ゆきずりの犯人は2度と遭わないでしょうけど顔見知りに関してはそういうわけにはいかない・・・僕は後者の方に圧倒的に興味を惹かれますね」
「民間の“別れさせ屋”みたいなものでしょうか」
「似ているとは言えると思います」
「その・・・話を聞いていると無償の便利屋みたいですよね」
「おっしゃる通りです。問題なのは“法で裁けない”悪を合法的に解決しているってことです」
「・・・これでも“合法的”なんですか?」
「違法性は殆どありません」
「・・・それは民間企業では出来ないんですか?」
「どう贔屓目に見積もっても数百万円は必要になるでしょうね。・・・それより大事なポイントがあります」
「何です?」
「ナナシちゃんの圧倒的な格闘戦における強さです」
 それは聞き及んでいた。黒田に実演までしてもらったのだ。





連載第46回(2002.11.5.)
「一見知恵と勇気さえあれば誰でも出来そうですが、どんな相手でも確実に勝てる・・・少なくとも負けないという自信がないと出来ないですね」
 確かにそうだった。「何でも屋」的な側面ばかりが強調されていたので見落としていた。
「しかも蹴り飛ばされ、ガラス製のテーブルを粉砕しているにも関わらず全く無傷だったらしいですからね」
 分からない・・・一体“ナナシちゃん”とは何者なのだろう?
「それこそK-1のチャンピオンでも嫌がると思いますよ。街で襲い掛かってくるチンピラの類なんて冗談抜きに試合の対戦相手よりも危険です」
 誰でも考えることは同じらしい。




連載第47回(2002.11.6.)
「進藤さんはポーの「盗まれた手紙」は知っていますか」
「あ、いや・・・」
 どうもこの人たちと話していると自分がよほど物知らずの人間に思えてくる。
「古典なんでネタバレしちゃいますけど、『木は森の中に隠せ』という諺を体現した様なお話でね。ポーと言えば推理小説の父なんですが、「心理トリック」とでも言うべきものの最高峰ですよ」
「それは・・・」
「見つかったら致命的になる手紙を読みさしの二束三文の手紙の束の中に突っ込んでおいて危機を逃れようとする、というネタなんですけど。これはありそうですがありえません」
「はあ」
「よく考えてみて下さい。敵が血眼で探しているその大事な手紙をその辺に置いておけますか?」
「・・・」
「ナナシちゃんも同じです、物理的には決して不可能ではない、しかし絶対にありえないんです」



連載第48回(2002.11.7.)
 高森は夜道を歩いていた。
 自宅に向かうまでの数百メートルの距離である。
 高森の自宅は郊外にあり、その閑静なたたずまいが気に入ってた。毎日残業に持ってきてこの距離だと辛いけども、結婚相手にも可愛い子供にも恵まれ、幸せな生活を送っていた。
 敢えて問題点を挙げるとすれば、30代に突入して目立ち始めたお腹くらいだろうか。
 この日も、何事も無い帰宅途中の一場面のはずだった。
 残酷な運命は、この日を境に高森の人生を暗転させることになる。



連載第49回(2002.11.8.)
「待ちなさーいっ!」
 その甲高い声は、その集団に届かなかった。
 肩で息をし、苦しそうにしているその少女は舌打ちをし、その集団に飛び掛っていった。
 その集団は、壁際を囲み、何かに対して攻撃を加えていた。
 “気合”が鳴り響いた。
 やっと外部からの介入に気が付いた瞬間、若者の1人が猛烈な勢いでわき腹に加激された。
「ぐわああっ!」
 その衝撃は殆どが体内に吸収されたので飛ばされる事無く、その場に崩れ落ちた。
「はあっ!」
 ドシン!と強く地面を踏みしめる音と共に若者の身体に猛烈な衝撃が襲って来た。
「ぎゃああっ!」
 直線状に並んでいた若者が一斉に弾き飛ばされる。




連載第50回(2002.11.9.)
 訳が分からなかった。
「て、テメエっ!」
 やっと何者かに「体当たり」で転ばされた事に気が付いたらしいのである。
 最初に中段の突きを食らった若者はわき腹を抑えてうずくまったままだった。
 全員金髪やらド派手な色の髪型にピアスやネックレスなどの装飾品で身を固めており、浅黒く日焼けし、だらしない服装をあちこちはだけていた。
 彼らは突然襲い掛かってきた敵対者の姿を見て仰天した。
 それはド派手な原色の衣装に身を包んだ、小さな女の子だったのである。