おかしなふたり 連載271〜280

第271回(2003年06月13日)
 一斉ににどたどたと玄関に向かう城嶋家一堂。
 この親子は神奈川県に済みながら平屋の持ち家を持っている珍しい一家である。それほど裕福では無いが、決して困窮にあえいでいる訳では無い。
 うう、何かドキドキするなあ。
 お客さんを迎えるのは久しぶりである。
 それに、第三者のいる環境ではこの妹に性転換&女装はさせられまい、という甘い目算もあった歩(あゆみ)だった。
 恐らくこれから真希お姉ちゃんと一緒に外食、というコースのはずだ。大勢だから中華かな?
 この点でも楽しみだったりして。
 玄関ではいつもの城嶋家の並びになった。
 一番前に膝をついている聡(さとり)に、その後ろで様子をうかがっている歩(あゆみ)。でもって更にその後ろの父が控え、そして母親がドアを開ける。
「いらっしゃ〜い」
「こんにちは〜!」
 妙齢の美女がそこにはいた。真希お姉ちゃんである。


第272回(2003年06月14日)
「まー久しぶりー!」
「どーもー!」
 元気そうだった。
 すっかり“人妻”“主婦”という感じになっていたが、小さい頃よく一緒に遊んだ面影はしっかり残っていた。
「あゆみちゃんさとりちゃん久しぶり〜!」
「あ、どうも」
「こんちはー!」
 相変わらず賑やかな妹。
「うーっすっ!」
 歩(あゆみ)が真希お姉ちゃんに声を掛けようとしたその時だった。
 視界の下のほうからヘンテコな声が響いてきた。


第273回(2003年06月15日)
「あ、こらこら!」
 真希お姉ちゃんが明るくたしなめる。
「ん?何だお前は?」
 そこには生意気そうな子供がいた。
「翔ちゃん?」
 これは聡(さとり)。
「おう!」
「きゃー!久しぶりー!おーきくなったねー!」
「わひゃひゃひゃひゃー!」
 ヘンな笑い声を上げるとそのクソガキ・・・もとい、翔・・・は聡(さとり)に飛び掛った。
「きゃあ!」
「あっ!」
 殊勝にも女の子らしい悲鳴をあげた妹が後ろにひっくり返って歩(あゆみ)に当たった。


第274回(2003年06月16日)
 一緒になってバランスを崩す城島兄妹。
「あわわ・・・」
 ひょい、と飛びのく男の子。翔。
「ご、ごめんなさ〜い!」
 真希お姉ちゃんが慌てて言う。
 実はこの人も聡(さとり)に似ていつもにこにこして天然ボケに見える感じなのであまり罪の意識がある様に見えなかったりする。
「なーんだ!」
 大きな声で翔が言った。
「あんまりおっぱい大きくないな!」
 ・・・・・・・・・・。
 余りの出来事に城嶋家一堂凍りついた。


第275回(2003年06月17日)
 ま、色々あったのだがここは客間。
 目の前にはちょっと乾燥したまんじゅうとお茶が湯気を上げている。
 問題の翔は・・・なんだか妙な形のおもちゃをいじっている。
「へーえ、そうなの。ふーん」
 父母と真希お姉ちゃんは他愛の無い世間話に興じていた。
 勿論親戚だから交流はあるのだが、それぞれの子供が大きくなるにつれて何となく疎遠になっていった。歩たちはまだ高校生なんだけど今年のお正月にはお年玉を貰わなかった気がする。
 余りにも身近過ぎて恋心という意味での「好き」とかいうのとは違ったけれど、大好きだった真希お姉ちゃんのことなので歩(あゆみ)にも興味がある。
 あるんだけど・・・なんというかもう“人妻”である。
 自分なんかが口を挟んでいいのだろうか?という気になってしまって中々話せない。
「菓子とかねーのー?」
 ・・・雰囲気を切り裂く甲高い声。
 翔だった。


第276回(2003年06月18日)
 「あ、これやってみてよ」
 興味があっちこっちに行く翔は、聡(さとり)の膝にのしかかる様にして手にしたおもちゃを目の前に突きつけて来る。
「ん?何かな?」
「こらこら!もお!」
 真希お姉ちゃんも自分の子供の傍若無人ぶりにも他人事みたいだ。ま、いかにもウチの家系の従姉妹ではあるが。
「まあ、5歳の子供だからね。退屈してるんだろう」
 これは城嶋父。
「これはTSフォーマーだよ!」
 『TSフォーマー』とは子供向けのおもちゃで車や飛行機などが人型に変形するギミックで高い人気がある。
 歩(あゆみ)も子供の頃アニメで見た憶えがある。おもちゃだって買ってもらった。
「へー、ちょっと見せてよ」
 真希お姉ちゃんの手前、少しは“いいお兄ちゃん”ぶりを見せないと・・・という訳でも無いのだが、心にも無い態度に出る歩(あゆみ)。
「ん?出来るのかおっさん」
 びしいっ!と歩(あゆみ)の眉間に青筋が走る。


第277回(2003年06月19日)
「や、やったことあるからね・・・」
 真希お姉ちゃんの手前、怒りを抑えながら言う歩(あゆみ)。
 そう、確かに歩(あゆみ)はこの「TSフォーマー」というおもちゃに一時期夢中になったことがある。
 やれ車だの飛行機だのに変形する。そういえば恐竜とか昆虫なんてのもあったな。
 その内両手両足に変形して合体するものだとかが発売されまくったものである。
 流石にそこまで買っては貰えなかったのだが、友達のうちで見たことがある。しかし「変形」という意味では大した事は無い。どれも似た様な変形しかしないのだ。
 それはそうだろう。手足が交換出来るというコンセプトなのでどれも似た様な形になってしまうのだ。
 そんなこんなで歩(あゆみ)はタカをくくっていた。
「ほら!やってみろよ!」
 いちいち高飛車なものの言い様である。どうにも神経に悪いガキだ。


第278回(2003年06月20日)
「よ、よーし」
「いいのよ歩(あゆみ)ちゃん。無理しないで」
 実は真希お姉ちゃんにも「あゆみちゃん」と呼ばれている歩(あゆみ)だったりして。
「出来るよ。なんとか」
 従姉妹というのは微妙なもんで、一回りも年上なのに真希お姉ちゃんにはタメ口だった。
 クソ生意気なガキである翔(しょう)からぐちゃぐちゃに乱れた状態のおもちゃを受け取る歩(あゆみ)。
「出来るの?歩(あゆみ)ちゃん?」
 これは聡(さとり)。
 実はこの妹は「お兄ちゃん」と「あゆみちゃん」を併用するのだ。幼稚園の時から変わっていない。
 どーも年下の女に「あゆみちゃん」とか言われると複雑である。
 小学生の頃ならそれもいいだろうけど、いい加減プライドみたいなものが芽生えてくる思春期の男の子・・・いや、男としてそれはちょっと辛い。
 まあ、そんなことを言ったら毎日性転換されて制服だのドレスだのを着せられているのだから「男としてのプライド」なんてものは、今の歩(あゆみ)にとっては風の前のチリみたいなもんなのだが・・・。
 手にとってそのおもちゃをがちゃがちゃさせる歩(あゆみ)。
 ・・・だが、その物体は容易に思い通りに動いてくれなかった。


第279回(2003年06月21日)
 ・・・何だこれ?
 歩(あゆみ)は軽く焦っていた。
 たかが子供のおもちゃなんだけど、その機構は恐ろしく複雑で、変形する知恵の輪みたいだった。
「どーだー!むずかしーだろー!」
「ん・・・まあ・・・その」
 がちゃがちゃやっているが一向に解決の糸口も見当たらない。
「無理しないでいいのよあゆみちゃん。あたしも何回やっても出来ないんだから」
 にこにこしながら言う真希お姉ちゃん。
「壊すんじゃねーぞ!高いんだからな!」
 血管がぶちぶち音を立てて切れそうであるがなんとかこらえる歩(あゆみ)。
「あー、無理無理!もう1分になるよ。できっこないって!」
「しょーちゃん?」
 聡(さとり)が間に入ってくれた。
「もうちょっと待ってよ。このお兄ちゃんが何とかするから」
 ・・・プレッシャーが増してしまった。


第280回(2003年06月22日)
 それから約1分はそのおもちゃと格闘した歩(あゆみ)だったが、結構惜しいところまで行くものの、完全に変形させることが出来ない。
 絶え間なくクソガキ・・・もとい、翔(しょう)・・・が茶々を入れるのでやりにくくてしょうがない。
 その間に少しこちらに来ていた注目は逸れ、また話し始める真希お姉ちゃんと両親。
「いー加減にしとけよ!おいじじい!」
 血管がぶちっ!とキレた。
「こーらっ!なんてこと言うの!」
 機先を制する様に掛けられる“母親”たる真希お姉ちゃんの一声によって手を振り上げることも出来なかった歩(あゆみ)。
「はーい」
 従順に従う様なことを言いながらも引きちぎるかの様におもちゃを取り返す翔(しょう)。
 そして、まるでルービックキューブを1分で全面揃えるベテランみたいにあっという間に人型に変えてしまう。
「ほーら!みてみろよ!」
「へー、こりゃ凄いね」
 これは聡(さとり)。
「翔ちゃん、お菓子どーぞ」
 助け舟なのか母が割り込んでくれる。
「ん?ああ」
 なんだこの態度は?
 段々怒りの沸点が低くなってくる歩(あゆみ)。
「ちょっといいかな?」
 突然聡(さとり)が立ち上がる。
「お姉ちゃんの部屋に遊びに来ない?」