おかしなふたり 連載341〜350

第341回(2003年08月22日)
 見ると即席で出来上がった男子校生・・・つまりは男の子に変身している聡(さとり)だが・・・はこくこくと頷いている。
 何に納得しているのか分からないが、これまでと同じ心構えではいけないことは充分分かったのだろう。
 普段は自分からスキップするキャラの勝利画面をスキップしなかった。
 大抵の場合は勝利と関係ないのでさっさと飛ばしてしまうものなのだが、せめて『間』を取りたかったのだろう。
 その辺りの心理は一応兄として対戦格闘ゲームの先輩として感じ取ることは出来た。
 勿論、それはむなしく対戦台の反対側に座っている相手によって破られ、即座に次の試合が始まる。

 始まると同時に距離を取る聡(さとり)。
 警戒具合が伺える。だが、相手はそれすらも読んでいた。丁度バックステップを出した場合のみひっかかる技が見事に決まる。
 一進一退の攻防の末、なんとか聡(さとり)が競り勝つことに成功する。これで一本ずつ取り合ったことになる。

 この後、奇跡的に連続で空中コンボが決まり最後の一本を取って勝利するものの、次に入ってきた相手に遂にひねられてしまった。
 それも決して「強い」とは言われていないキャラだったので聡(さとり)はもとより、歩(あゆみ)も驚くことしきりだった。

 元々元手が少ないからこそ延々勝ち抜いて退屈しのぎをしていた聡(さとり)である。ここで対戦研究に付き合うほどのジャンキーでは無い。
 いさぎよく席を立つとさっさとゲーセンの外に向かって歩き出す。
「あ、おい・・・」
 自分よりも背の高い美青年を追いかけるツインテールで同じ学校の制服の少女、という構図だった。


第342回(2003年08月23日)
 うーん、と伸びをする聡(さとり)。勿論男の子の姿のままだ。
「じゃ、帰ろうか」
 即座に提案する歩(あゆみ)。勿論こっちは女子高生スタイルのままである。
「うん、そだね」
 珍しく即座に同意してくれる聡(さとり)。
「あれだけやれば満足だろ?」
「うん、結構強かったしね」
「さっさと帰ろう」
 実はどこでどうやって元に戻るのかというのは結構大きな問題だった。性別が変わる関係からトイレが使えないのだ。それに変身する瞬間を目撃される訳にはいかないので、二人一緒に密室に入る必要がある。
「で・・・どうする?」
 こういえば分かるはずだった。このままうちの玄関をくぐる訳にはいかないのはこの妹も同じはずだからだ。
「うん、ちょっとトイレ」
「あ・・・お、おい!」
 構わず行ってしまう。


第343回(2003年08月24日)
 まさか一緒についていく訳にもいかない。
 ゲームセンターのトイレは狭いのである。
 いくら姉弟に見えるとはいえ、あんな狭い空間にうら若い男女が一緒にというのは何だかである。
 全く・・・。
 本当にマイペースな妹である。分かってたことだが。
 ここはゲームセンターを出てすぐのところである。
 すぐ後ろの自動ドアがひっきりなしに開いたり閉じたりして、中の冷気が漏れ出してくる。
 ジュースの一杯でも買おうかな・・・。
 七月の陽気である。じっと立っているだけで、短いスカートのお陰でむき出しになった脚から汗が滲んでくる。
 健康な男子校生なのにこんな格好させられて気が気でない歩(あゆみ)だったが、そのたたずまいは渋谷という街にはよく溶け込んでいた。
 その時だった。
「・・・あゆみちゃん?」
 飛び上がるほど驚いた。


第344回(2003年08月25日)
「あわわわわ・・・あ」
 しどろもどろになってしまう歩(あゆみ)。
「あゆみちゃんだよね?」
 そう、目の前にいたのは恭子だったのだ。
「可愛〜い!何その髪型!」
 ツインテールのことを言っているのだろう。確かに女にされた回数を数えるのをやめてから結構経つが、その歩(あゆみ)にも初めての髪型である。
「これはその・・・」
 「聡(さとり)にやられたんだ」と言おうとして慌ててやめた。何しろ架空のキャラクターである「あゆみ」を創造してその立場で振舞わなくてはならないことになってしまう。
「しかもそれ・・・うちの制服じゃん!」
 血の気が引いた。
 そうなのだ。この「あゆみ」は一体どこの学校に通っているのか?
「こ。これはその・・・聡(さとり)に貸して貰ったんだよ!うん!」
 慌てて自前の物でないことにした。
 もしもみんなと同じ、うちの学校に通っていることになったりしたら大変なことになる。


第345回(2003年08月26日)
「へー、そうなんだ」
 にこやかながらも興味津々といった様子の恭子。当たり前だが、女になった状態で二人っきりになるのは初めてである。
「あの・・・」
 何と言っていいやら分からない。それはそうだ。そもそも恭子にこんな姿を見せることだけでも計算外どころではない話なのに、女になったときの人格を「あゆみ」ということにされてしまったのである。
 と、その時だった。
 すっかりうちの制服にも馴染んだ恭子の携帯が鳴り始めた。
 その旋律には聞き覚えがあった。
 というより、歩(あゆみ)にはそのイントロだけで瞬時に察知することが出来た。「歌姫」と称される当代の大人気歌手・沢崎あゆみのヒットナンバーではないか!
「あ、ちょっと待ってね」
 そう言ってボタンを押し、携帯電話に話しかけ始める恭子。


第346回(2003年08月27日)

 街中だが、構わず携帯電話を取って話し始める恭子。
 少し“助かった”という気になる歩(あゆみ)。
 このままだったら間が悪いことこの上ない。
 さ、聡(さとり)ぃ・・・早く帰ってきてくれよお・・・。
 ん?ちょっと待てよ。
 歩(あゆみ)は考え直した。
 もしも今ここに聡(さとり)が現れたらどうなるのか?
 あいつは今男になっている。
 しかも今回の変身は特にお互いになり切っている訳でもない。特に考えずにお互いを異性の姿にしているだけだ。
 例えば聡(さとり)は自分・・・歩(あゆみ)・・・をこうした見事なツインテールが出来るほどのロングヘアにしているけど、場合によっては自分と同じショートカットにして周囲を煙に巻くことになる。
 でも今回の変身は何もその辺りのことを考えていない。
 ・・・ということは、もしも男の子の姿のまま聡(さとり)がここにやってくれば・・・もう一人キャラクターが増えてしまうことになる!
「うん、じゃーねー」
 考えている内に恭子の電話が終わろうとしている。
 まずいまずいよ。これはまずい。
 考えられる最善の策は、今この場で聡(さとり)を遠隔操作で変身させて自分そっくりにすることだ。
 しかしそれでは「お互いの監視下でしかお互いを変身させない」という紳士協定に反してしまう。緊急の場合なんだけど、あの妹である。これをいいことにまた衆人環視の中で性転換&女装させる格好の口実にしてくるに違いない。
 そう、あの「電車内でウェディングドレス」の再来になりかねないのだ!


第347回(2003年08月28日)

 ピ、という音と共に恭子の電話が終了する。
「ごめんねー。待たせちゃって」
「あ・・・ははは」
 ひきつった笑いがこみ上げる。
 どうしよう。“急用が出来た”とか何とか言ってこの場を逃走しようか。でも、そうなると聡(さとり)とはぐれてしまう。携帯電話があるとはいえ、それは避けたい。何しろこの能力では自分で変身・・・というか性転換&異性装・・・をすることも解くことも出来ない。
「え・・・と・・・あゆみちゃんって今ヒマ?」
 なかなか積極的な恭子。
 いや、今は“あゆみ”なのだった。この辺りは結構複雑である。
「いやその・・・聡(さとり)と・・・」
「え?さっちん?」
 そうだった。聡(さとり)は親しい同級生には“さっちん”と呼ばれている。名前を呼び捨てる友達もいるのだろうけど、いとこ同士というのはまた違うのだ。・・・“あゆみ”が城嶋兄妹の“いとこ”という設定を今思い出した。
「なんかあゆみちゃんってさっちんといつも一緒だよね。たまたまかな」
 “あゆみちゃん”という呼ばれ方が男のときと全く変わらないので、これまた何とも複雑である。
「そ、そうだね・・・」
 と、突然恭子が身体を寄せてきた!


第348回(2003年08月29日)
 余りに突然の出来事に一瞬経ってから衝撃が襲ってきた。

「え・・・」
「さっちん来ないうちに聞くね」
 な、何だかいい匂いがする・・・。
 七月の陽気で何だか汗ばんでいる恭子の肌の温かみまでお互いの間にほんの少ししか無い空気を通して伝わってくる様だった。


第349回(2003年08月30日)

「あの時って・・・何だったの?」
「え?」
 何を言い出すのだろう?恭子ちゃんは。“あの時”ってなんのことだ?
「その・・・今もそうなんでしょ?これってさっちんの制服じゃないの?」
「え・・・ええ??」
 状況が分からない。何を言ってるのか。
「あゆみちゃんってあたしたちと同い年くらいに見えるけど・・・小さい頃って会ったこと無いよね?遠くに住んでたのかしら」
「はあ」
 この状況で“はあ”も無いもんだが、そう答えるしかない。恭子は一体何がいいたいのだろうか。
「まあ何だ・・・さっちんって悪い子じゃないけど、結構“押し”が強いからさあ・・・嫌なら断ってもいいのよ。あたしが替わりに言ってあげようか?」
 分かった!
 歩(あゆみ)はその瞬間、恭子が言わんとすることを理解した。


第350回(2003年08月31日)

「いやその・・・」
 恭子は、“いとこ”であるところの架空の存在である「あゆみ」が聡(さとり)の着せ替え人形として色々な格好をさせられていると思い込んでいるのである。
 確かに、実は男である歩(あゆみ)が妹の聡(さとり)の特殊能力によって性転換され、その上女装されて放り出されているなんて一体誰が思い至るだろうか。というか思い至る方がどうかしている。
 そうなると今まで恭子の前に「あゆみ」が現れたのは3回あるのだが、どれも割合とっぴな服装ということになる。
 後で気づいた形だが、最初の出会いのインパクトが凄かった。
 電車の中で純白のウェディングドレス姿で所持金も無く右往左往しているところを救われた。
 二回目は歩(あゆみ)が来るはずのカラオケにピンクハウス姿で熱唱していた。
 そして今回、違う学校の制服姿で街中に取り残されているのだ。
 合理的な説明をしようと思ったら、「聡(さとり)に無理矢理着せられている」と思うのが一番腑に落ちるのだろう。
 実はこの構図はそれほど外れてはいない。勿論そのまま説明するわけにはいかないのだが。
 歩(あゆみ)何とかリアクションを返そうとしていた時、また恭子が携帯電話を取り出した。
「うーん、ごめん。ちょっと急ぎなの」
 最近の子供は携帯電話を時計代わりに使うのだ。常に液晶の待ち受け画面に時間が表示されているので時計を持つ必要が無い。
「じゃあ、さっちんによろしく言っといてね!」
 風のようにその場を去ってしまう恭子。