おかしなふたり 連載361〜370

第361回(2003年09月11日)

「さ、さとりいいいぃいいっ!!!」
 バシン!と一年の教室のドアを開ける歩(あゆみ)。
 何だかきゃーきゃー黄色い悲鳴が聞こえた気がするのだが、気が付いたら妹の手を掴んで人気の無い屋上まで走ってきていた。
「きゃーきゃー!」
 声だけ聞くと悲鳴だが、実際はスマイリーマークみたいなにこにこ顔で口先だけで「きゃーきゃー」言っているのだった。
「お、おっおっお前!これは何だぁあっ!!」
 思いっきり雑誌を突きつけた。


第362回(2003年09月12日)

 歩(あゆみ)が広げたその紙面には「街で見かけた超カッコいい男の子!」というタイトルと共に・・・美男子になっている聡(さとり)が微笑んでいたのだった!
「これは一体どういうことなんだぁあ!」
「これ・・・あたし」
「見れば分かるんだよ!そーゆーことじゃなくって!」
「いやー、思わず呼び止められちゃってさあ!」
 上機嫌な聡(さとり)。
「お・・・お前・・・普通こんな気軽に撮影に応じるか?しかも・・・」
 変身している状態で取材を受けたのだこの能天気娘は。
「大体何だこの名前は!」
 そう、その紙面には写真と共に名前まで思いっきり「城嶋 聡くん」と書いてあるのだ。
「普通偽名を使うとか色々あるだろーが!」
「大丈夫大丈夫。だってよく見てよ!」
「よく見るって・・・」
 その部分を凝視してみた。
 すると・・・なんと。
「ばっちりでしょ?名前変えてあるし」
 確かに変えてあった。変えてあったのだが・・・。


第363回(2003年09月13日)

 そこにかいてあった名前にはなんと「城嶋 聡」とあった。
 これだけなら別に構わない。いや、構わないことは無いんだが。
 問題はその上の「ふりがな」だった。

 「じょうしま さとし くん」

「な、何だよこれはあああっ!」
「いやー、折角だから男の子っぽい名前にしよーかなーなんて」
「工夫しろよ工夫!そのまんまじゃないか!」
「え?だってあたし“さとり”だよ?」
 無邪気にきょとん、として言う。
「あああああああああ〜っ!」
 どうしてこの妹はとかくネーミングセンスに関してこんなに適当なのだろうか。
 そもそも歩(あゆみ)が女の子に変身した時の名前も読みそのまんまの「あゆみ」なのである。
「だあってえ!もう説明するのが面倒なんだもん」
 確かに聡(さとり)の名前は一風変わっている。初めてで「さとり」と読める人は、まあいないのでいちいち
「さとり、と読みます」
「へえ、おしゃれな名前ですねえ!」
 といったやりとりを経なければならないのだ。歩(あゆみ)が見ているだけでもかなりの回数があったのだから、あちこちのクラスで自己紹介したりする度に同じことを繰り返してきたのだろう。
 歩(あゆみ)も「“ふ”さん?」などといわれたりすることもあるが、まあ大体は「あゆみ」と呼んでくれる。
「まーいーじゃないの!めでたいことなんだから!」
 ちっとも危機感が無い。


第364回(2003年09月14日)

「“めでたい”ってお前・・・」
「お兄ちゃん心配性だよ」
「お前は“心配しなさ過ぎ症”だあっ!」
 その時、はっ!として背後を振り返った。
「もしかしてあれって・・・」
 目に飛び込んできたのは校門あたりに大勢たむろしている多幸の女子高生たちだった。
「うん、今日発売の雑誌だったんで噂を聞きつけて集まってきたみたいね」
「まさか・・・その・・・」
「うん。お兄ちゃんは知らないかも知れないけどこの雑誌って最近評判なのよ。素人の格好いい人を発掘するんでね」
「あれって、お前目当てなのか?」
 女子高生軍団を指差す歩(あゆみ)。
「そーみたいね」
「ひょっとして、今朝珍しく早く学校に来たのは・・・」
「うん。少しでも早く読みたくってさあ、コンビニで買ってきたの」
 そ、そういうことだったのか・・・。何しろ昨日は聡(さとし)はうちの制服を着ていた。それほど珍しいという訳でもないが、ブレザーの色が特徴的なのでその気になればすぐに特定出来るのだ。
 それにしてもなんてめざとい娘たちだろうか。
「ほら!みんな見てるよ!」
 よく見るとみんなこっちに向かって手を振っている。
 な、なんてことだ!・・・人気の無いところに来たつもりが一番目立つところに来てしまったのだ!


第365回(2003年09月15日)

「お兄ちゃん、手ぇ振ってあげなよ」
 にこにこ面白そうに言う聡(さとり)。
「お、お前なあ・・・」
「折角来てくれたんだからさあ」
 そうか、あの群集は自分・・・というか変身した聡(さとり)・・・の“にわかファン”たちなのだ。
「どうすんだこれから。これで先生たちにもばれちゃったし、親にも・・・」
「まあ、大丈夫なんじゃないの?あちこちで似たようなこと起こってるらしいけど」
「似たようなことって・・・あれがか?」
 校門前の一団を指差して言う歩(あゆみ)。
「うん、あれは“おっかけ”集団だよね」
「何てこった・・・」
「いいから手を振ってあげなって。もうお昼休みも終わりだし、それで満足して帰るから。きっと」
「しかしなあ・・・」
「だったらあたしを変身させてよ。もとはと言えばあたしの変身後の姿なんだから」
「そうだよ。これからどうするんだ」
「これからのことなんてどーだっていいの!とりあえず今を凌がなきゃ駄目でしょ?ほら、先生たち出てきたよ」
「何?」
 慌てて振り返ると、「さっさと帰れ」と校門にたむろする女の子たちを散らそうと用務員のおじさんが出て来ている。
「さっさとしないと・・・」
 何やら胸のさきっちょがむずむずしてきた。
「わ、分かったよ!」
 こんなところで女にされたのでは適わない。
 歩(あゆみ)はその一団に向かって手を振った。
 きゃー!と黄色い悲鳴が上がった。
 歩(あゆみ)の笑顔はひきつった。


第366回(2003年09月16日)

「で?どうだった?」
 教室に帰ってきて歩(あゆみ)に掛けられた第一声である。
 なんとなく教室全体が歩(あゆみ)に注目している。
「いやその・・・」
「それにしてもお前もやるよなあ。普通屋上にまで上がるか?」
 実はあの後、妹ともども職員室に呼ばれてしまったのである。
 特に校則で禁じている訳でもないし、芸能活動(?)について取り決めがある訳でもないのだが、やはり騒ぎが大きくなると学校側としてもほうっておく訳にはいかないのだろう。
 とりあえず聡(さとり)も一緒に連れて行くことで何とか釈明することが出来た。
 これはたまたま街頭で出会った雑誌記者に撮影されただけで、そんなに大袈裟なものでもないこと、とっさに偽名(バレバレの上、何故か妹の名前)を使ったことなど含めて洗いざらい話した。
 ・・・というかどうして聡(さとり)の釈明を自分がしなくてはならんのか!と歩(あゆみ)は大いに不満だったが仕方が無い。

 別に硬派という訳でもないが、こうした一種軽薄とも言える行為と普段の歩(あゆみ)が結びつかない先生たちは不思議がっていたが、別に犯罪を犯したという訳でもないので、早々に開放された。
 もう五時間目が始まってしまうので、とりあえずこれからのことは家に帰ってから話し合おうと聡(さとり)に言い含めて教室に帰ってきたのである。


第367回(2003年09月17日)

 それから後の展開は、想像半分それ以下半分だった。
 さぞかし全校生徒を巻き込んだ大騒ぎになるかと思ったのだが、必ずしもそういう訳でも無いみたいだ。
 物珍しそうに眺めに来る女子も何人かいたが、教師によっては全くその話題に触れずに淡々と授業を進めてそのまま帰っていくのも多かった。
 この頃のテレビは毎日の様に素人が登場しているし、メディアに対して素人の垣根が非常に低くなっているのである。
 都心にある高校ということもあって、近所に有名人も住んでいるし、当校出身のお笑い芸人なんてのもいることはいるのである。
 まあ、歩(あゆみ)たちですら聞いた事の無い泣かず飛ばずの連中ではあるのだが。
 だからと言って学校を挙げて応援している!という風でもないし、淡々としたものだ。
 元々東京や神奈川なんて、地元土着の人々というよりも地方から寄り集まってきた田舎者の集合という側面もある。郷土愛という意味でははなはだ心もとないものがある。

 結局、一時の話題にはなったが、大勢の女の子に追いかけられてもう大変!・・・ということにはならなかった。
 ・・・こうなると複雑なことがあったりなかったりだが、ともあれ聡(さとり)に比べればよっぽど目立つのは好きでない性格なので幸いである。
 どうやら昼休みにやってきていたのは、筋金入りのあの雑誌のマニアの女の子たちみたいだった。
 やれやれ、ぬか喜びさせるよな、というところか。

 そんなことを考えながら家路を歩いている歩(あゆみ)だった。


第368回(2003年09月18日)

 こんこん、と音がした。
「入っていいかなお兄ちゃん」
「んー」
 珍しく勉強しているところだったが、まあ特に邪魔ということも無い。
 返事を聞くか聞かないかの内にドアを開けて入ってくる聡(さとり)。
 別にそっちの方を観るでもない。
 背後に人の気配がする。
 うろうろしているみたいだ。
 部屋の中を見回しているのだろう。
「ふーん、結構殺風景よねえ」
「そうか?普通だと思うが」
 歩(あゆみ)の部屋には確かにアイドル歌手のポスターなんかが所狭しと貼られていたりはしない。カレンダーもあることはあるが、近所の銀行で配っていそうな風景画に一年分が詰め込まれたものだ。
 文字が小さすぎて実用になるとは思えない。
 勿論、アニメ風ポスターなんかも無い。別にオタク嫌いという訳でもないが、特に興味がある訳でもない。
「・・・何だよ?」
 入ってきたはいいが、何も喋らない妹に声を掛ける歩(あゆみ)。
「・・・実はねお兄ちゃん」
 猫なで声になった。
 歩(あゆみ)の全身を猛烈に嫌な予感が走り抜けていく。


第369回(2003年09月19日)

「・・・なんだよ。またよからぬ事を考えてるだろ」
「あによその言い方」
 台詞だけ聞くと怒っているみたいだが、実際は笑顔である。だから余計に怖いとも言えるのだが・・・。
「いや、別にどうってことないんだけど・・・」
「何だよ」
「今週の土曜日ヒマ?」
 意外な問いだった。またデートでもしようと言うのだろうか?
「別に・・・特に予定とか無いけど」
「恭子ちゃんと会ったりはしないの?」
「う、うるさいなあ!」
 実はそうだったのだ。
 何しろ妹ともどもこの能力に目覚めてしまってから、次から次へと新しいことが起こるのでそんな精神的余裕が無かったのだった。
 恭子も恭子で、その社交的な性格から転校生にも関わらず早速友達を作りまくって楽しくやっているらしい。
「ふん・・・だったら大丈夫ね」
「おい!勝手に決めるなよ。こっちの返事も聞けよ!」
「えー、でも・・・」
 嫌な予感が的中していそうな雰囲気だ。
「・・・何だか知らないけど・・・ひょっとしてもう動かせないのか?」
「・・・分かる?」
 上目使いで可愛らしく言う聡(さとり)。
 歩(あゆみ)はよく友人に「あんな可愛い妹がいたら、お願いされたら何でも聞いちゃうな」などと言われている。
 そいつらにも一度でいいから今の歩(あゆみ)の立場を経験させてやりたい・・・。二度とそんな口は利けなくなるだろう。
「言ってみろよ」


第370回(2003年09月20日)

「あのねー・・・芸能界って興味無い?」
「・・・は?」
 余りに突飛な話だった。
「いや、いきなりって訳じゃないんだけど・・・」
「話が回りくどくてちっとも分からん!結果から言えよ」
「えへへ・・・」
 にこにこの聡(さとり)。
「怒らない?」
「そんなこと・・・聞いてみなきゃ分からん」
「お礼に今日は女の子にしないであげるから」
 どんな交渉だ。
「実は・・・」
「実は?」
「ギャラの一部回してあげるから」
「へ?」
 何だそれは?
「この間の雑誌覚えてる?」
「覚えてるけど・・・」
 例の街頭で取られた写真が載っていた雑誌だろう。親戚筋には隠したけど・・・まったく飛んだ迷惑だったものだ。
「それに関係ある話なんだよね〜」