おかしなふたり 連載511〜520

第511回(2004年02月14日(月))
 日曜日の太陽が燦燦と降り注いでいる。実にいい天気だ。
 まだ午前中だ。特に何も変わったことが起こる訳でもないのだが、これから一日がまだ始まってもいない・・・と考えることで何となくいい気分になる。
 歩(あゆみ)は駅に向かって歩き始めた。

 城嶋家は神奈川県の閑静な住宅街にある。
 二車線以上の道路は駅の反対側にしかなく、そこここに自然の残った狭い道と公園に恵まれている。
 道が狭いので地図の上では「都会」と呼んでいい位置づけだが車も殆ど通らない静かな所である。
 しばらく歩いて二回ほど角を曲がれば駅に着く。ゆっくり歩くと15分というところ。急げば10分位。通学路にコンビニが一軒、通学路から外れればもう二軒くらいはみつかる。駅前には商店街がある。
 聡(さとり)には残念なことにゲームセンターは無い。であるからいつも我が妹は学校帰りに渋谷とかで闘っているのである。
 まあ、仮にあったとしてもこんなところでは「プレイヤーのレベルが低い」ということになる・・・らしい。以前聞いたことがある。

 今日は日曜日で、時間も中途半端。人口はかなりいると思うのだが人通りは殆ど無い。歩(あゆみ)が自宅の玄関を出て200メートルほど歩いた時のことだった。


第512回(2004年02月15日(火))
 ぞわわ・・・と首筋が逆毛立つ気がした。
 何だろう・・・?。
 人間には五つの感覚の他に「第六感」があるという。その感覚・・・ではないかと思った。
 黙って立っていても汗ばむほど暑いのに寒気を感じるなどありえない。風邪も引いていないし、・・・まさか聡(さとり)の奴、また約束を破ってこちらを女にしようとしているのじゃないか?
 自分の身体を見下ろしてみた。
 特に変わりが無い。男の制服のままだ。
 はて、何だろう?
 確かにこれまでの様に身体に変化があるということはない。身体はどこも変わっていないのだ。
 じゃあ何だろう?分からない。
 歩(あゆみ)はその場に立ち止まっていた。


第513回(2004年02月16日(水))
 きっと何かが違うのだ。これまでとは?
 何が違うのだろう?
 お互いにお互いを性転換して、服まで変えた。
 ここまでは一緒だ。
 そしてお互いに戻した。・・・ここも一緒だ。

 考えても仕方が無い。正体が分からないのだ。
 立ち止まっていた歩(あゆみ)が歩き出そうとする。
 その時に強烈な違和感を感じた。
 ・・・何だこれは?
 その瞬間頭の中で何かがスパークした。
 そうだ!あれが違うんだ!


第514回(2004年02月17日(木))
 ふわり、と何かが「もも」に当たった。それも直接。

 ・・・直接?

 何故直接当たる?自分は確かにズボンを・・・。
「えええええええっ!?!?!?」
 思わず声を出してしまった。
 心臓が飛び上がるほど驚いた。
 余りの驚愕振りに本当に空中に浮かび上がってそこで静止しているのではないかと思った。
 これまで散々性転換も女装(?)もさせられて来ておきながら今更驚くのも何だが、目の前の光景が信じられなかった。まるで現実感覚が無かった。
 目の前のリボン、そして可愛らしいスカート・・・ってこれはさっきの女子の制服じゃないかああああああっ!

 歩(あゆみ)は脱兎のごとく駆け出していた。


第515回(2004年02月18日(金))
 頭の中が真っ白になっていた。
 突き破る程の勢いでドアを開け、頑丈なドアが割れるのではないかと思われるほど叩きつけて閉めた。
 元から暑いのにライオンから追いかけられたとしてもこんなに速く走れないだろうと思われるほどの凄まじいダッシュだった。
 歩(あゆみ)はひんやりと冷たい玄関の床にお尻を付けてへたりこんでいた。
 スカートの中のトランクスが冷たい。
「さ、さとりぃーっ!!」
 思わずガラガラになってしまった声で叫んだ。
 そこにいるのはつんつるてんの女子の制服を着た男子高校生・・・つまりは、ごく普通(??)の女装少年だったのだ!


第516回(2004年02月19日(土))
 そうだったのだ。
 何が違うかといえば、「身体は戻しているけど服はそのまま」だったのである!
 もっと言えば「一部戻して一部は戻さない」という感じだったのだ。
 それこそ先ほどの様に「おっぱいだけ女の子」みたいなものだったのだ。
 どたどたと階段を駆け下りてくる音がする。
「お、おにいちゃん!」
 それは勿論聡(さとり)なのだが、予想通り先ほど歩(あゆみ)が着ていた服を着ている。
「おにいちゃん・・・ぱ、ぱんつ見えてるよ!」
 と言ったきりその場で大爆笑を始める。
 これまでのような美少女でもなんでもなく、単なる細身の男子が着ている“可愛い女子高生の制服”姿は目一杯この妹のツボを押したらしい。
 その場で転げまわって笑い転げていたのだった。


第517回(2004年02月20日(日))
 当然歩(あゆみ)はその場で剥ぎ取るように制服を脱ぎ捨てて自分の部屋に駆け込み、適当に着替えた。
 紛れも無い妹の制服を玄関の床に放り出したのは悪いとは思うがそんな問題ではない。延々妹の制服なんぞ着てられるかっての!それも当の妹の前で!

 シャツとパンツ一丁になったまま弾丸の様に部屋に飛び込んだ歩(あゆみ)は、すぐに適当な服を上からかぶった。
 つい先ほど、女子の制服姿にさせられていた現実を打ち消すかのように。
 その後やっとこさお互いにそれぞれの性の服装に戻って対面、歩(あゆみ)が聡(さとり)を散々に説教したのは言うまでも無い。
 まあ、当然妹は余り真面目に聞いている風でもなかったのだが。

 結局ここで分かったのは、そういう「ちぐはぐな体制」は長続きしない、ということだった。
 服だけ、或いは身体だけお互いに異性のものに変えた状態というのは「長続きしない」ということだ。やるんならどっちも異性のものにしっぱなしにするか、或いはきちんと戻すかだ。


第518回(2004年02月21日(月))
 結局その日はお互いに自分の服を着て・・・要するに「突然元に戻る」状態になりようが無いもの・・・にして出かけることになった。
 一度この兄妹が持つ「能力」によって変えられた服は、もしもペアである「身体」が元に戻ってしまうと、ほぼ同時に「元に戻ろう」とする性質があるらしい。
 身体が変わったままであるならば服が「自動的に」戻ろうとすることは恐らく無いらしい。だが、身体だけ戻ってしまうと服までは意識しなくても自然と戻るらしい。

 ・・・ともかく、ヒドイ目に遭った。


第519回(2004年02月22日(火))
 今回はたまたま自宅から200メートル程度の所で戻ったから良かったようなものの、もしあれが衆人環視の中で起こったとしたら・・・。
 考えるだにおぞましい。
 まあ、こちとら走る電車の中でウェディングドレス姿になってそこから「生還」した経験だってあるわけだが、あの時は身体だって女になっていた。
 あれだけごてごてと飾り立てた衣装だったから体型も分かりにくい・・・ってことは無いな。あれだけでかいスカートで細いウェストが分かりやすくなっているのだから。
 ともかく、身体ごと女にされてウェディングドレス姿にされるのと、身体は男のまま女子高生姿にされるのでは・・・間違いなく前者を選ぶだろう。

 ・・・危ない所だった。

 まあこれで「身体を張った実験」が出来たことになる。
 よほどのことが無い限り、聡(さとり)の能力で「変えられた」男物なんぞ“絶対に”着ないことだ。それはいつ「女物」に戻るかも分からない「爆弾」なのである。これが分かっただけでもよしとしよう。
 それにしても・・・妹にはまたガツンと言っておかなくてはならないな、と思った。


第520回(2004年02月23日(水))
 その晩のことだった。
 勿論、「お互いに変化させた服を交換したはいいが、すぐに服だけ戻って女装状態になってしまった」日曜日の夜のことだ。
 ゲーセンで連勝して席を立てず、思わぬ遅さになってしまうことはあるが、必ず夕食時には帰って来る健全な女子高生の聡(さとり)はもう自室にいる。

 ノックをする歩(あゆみ)。
「あいよー」
 軽い調子で返って来る返事。
 ドアを開けて部屋に入る歩(あゆみ)。本来なら一歳違いの異性の兄弟なんてこの年代の女の子は「最も部屋に入って欲しくない」人種なのだろうが、この兄妹は特殊だった。歩(あゆみ)の方も・・・着せ替え人形にされるためにではあるが・・・毎晩の様に入っているのでもうそろそろ違和感が無くなっている。
「聡(さとり)、ちょっと話がある」
 いつになく神妙な顔つきの歩(あゆみ)である。
「ん?」