おかしなふたり 連載941〜960 |
第941回(2006年06月22日(木))
「ま〜これ位で勘弁してあげるよ」
「あ、ああ…」
どきどきしている歩(あゆみ)の胸の鼓動。

イラスト おおゆきさん
Cカッププラスの胸が今までにも増して軽く上下している。
「じゃ〜帰っていいよ。部屋に」
山のようなツッコミどころはあったのだが、とりあえずその案を呑むことにした。
廊下に向かって部屋のドアを開けた瞬間に両親のどっちかと鉢合わせする可能性もある。
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第942回(2006年06月23日(金))
その時にどこの誰とも知らない女(今の歩(あゆみ))が、妹とお揃いのウェイトレスの制服で出てくれば一騒動である。
この間踏み込まれた時にはお互いに性別と服装が入れ替わった状態だったので何とかなった。
だが、現在は歩(あゆみ)だけが一方的に性転換&女装している状態だ。
髪型が全く違うとはいえ、最も合理的な解釈は「歩(あゆみ)が女装している」という結論である。そうでもないのならばこの能力をまた誰かに知られることになる。
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第943回(2006年06月24日(土))
…それを防ぐには結論として誰にも見られない様に部屋に飛び込んで翌朝まで施錠しておくしかない。
「携帯の電源入れとけよ」
というのを忘れずに「部屋移り」ミッションを敢行した。
そう言っておかないと、いざという時に「戻せ!」という指令が送れないからだ。
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第944回(2006年06月25日(日))
さて、結論から言うと、特に波乱も無く歩(あゆみ)は自室に帰ることに成功したのだった。
それなりに時間も遅かったし、特に用も無ければ無闇にプライベートに干渉する両親ではないのだ。
遂に歩(あゆみ)は妹の監視の目から逃れて「その状態」で密室に篭(こも)ることに成功したのである。しかも魅力的な衣装と共に。
その晩に何があったかは省略しよう。
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第945回(2006年06月26日(月))
高校生にとって「試験期間」というのは特別なものがある。
歩(あゆみ)は中学生の頃にはバスケットボール部に所属していた。
しかし、公立中学校の球技部である。別に全員がプロの選手を目指しているという訳でもない。大きな大会も確かに用意はされているが、それに使命感を燃やしている部員など皆無だった。
これが私立だったならば少しは違ったのかもしれないが、歩(あゆみ)が所属していたバスケ部は顧問からしてルールが不案内に近い体たらくだった。
その上意味無く先輩後輩の関係が厳しく、正直うんざりだった。
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第946回(2006年06月27日(火))
運動がお世辞にも得意ではない歩(あゆみ)は、恐らく「自分なりのペース」で少しずつレベルを引き上げていく様な方法であったならば継続的な体力増進を計れたのかも知れないが、残念ながらその部は息が上がってくる生徒の尻を蹴り上げる様な歪んだ根性主義の罷(まか)り通る場だった。
それで結果が付いてくればまだ救われるのだが、他校との試合でも歴史と伝統のある相手に勝てる筈(はず)が無い。正に「応援し損」だった。
その日常が二学期のある日に突如変わる。
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第947回(2006年06月28日(水))
知識も見識も無い脳まで筋肉で出来ている様な体育会系の教師が起こした暴力沙汰疑惑によって何とバスケットボール部そのものが空中分解してしまう。
突然放り出された格好になってしまった歩(あゆみ)たちはその日から「帰宅部」になってしまう。
悲惨なのは二年生と三年生たちで、別の運動部に編入した意欲のある生徒達もいたが、その多くはそのまま受験勉強に移行していった。
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第948回(2006年06月29日(木))
歩(あゆみ)は僅か一ヶ月程度で「部活動」そのものを挫折することになってしまって、結局中学ではそれ以降は運動部に所属しなかった。
その余波は後を引き、高校に入学してもそのまま「何となく」所属しないまま二年生になってしまった。こうなると今から所属するという道はありえない。高校の部活動は三年生の一番最後の大会までの実質二年強程度なのだ。もう半分を過ぎていることになる。
ちなみに聡(さとり)の方は全く違う学生生活を送った。
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第949回(2006年06月30日(金))
陸上選手や格闘家では「兄弟」の内、年齢が下の方、つまり弟や妹の方が活躍する例が多い。
歩(あゆみ)達が物心ついた時には活躍していた「兄弟横綱」も弟の方が強かったし、有名な運動選手、格闘家などの家族構成を調べてみると兄や姉がいる例が非常に多いという。
何が言いたいかというと、要するに妹である聡(さとり)の方が圧倒的に運動神経には恵まれていたということである。
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第950回(2006年07月01日(土))
何と妹は運動部を「掛け持ち」していた。
中学の時にはソフトボール部とハンドボール部に所属し、高校では陸上部とサッカー部に所属していた。高校では「体験入部」が尾を引いて少し長めに所属していただけらしく、今はサッカー部専属である。
幸か不幸かそれほど熱心な学校ではないので、部活動も週に一二度しかなく、勿論休みの日に呼び出されたりはしないし、「朝練」も無い。まあ、修学旅行をキャンセルしてまで部活動に打ち込む学校からしてみればあるのか無いのか分からない程度の部活である。
それでもいっぱしの「スポーツ少女」なのは間違いあるまい。
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第951回(2006年07月02日(日))
話がここで元に戻る。
遂に時期は7月に突入して暫(しばら)く日数が経過した。
学生にとってこの時期は「期末テスト」直前ということになる。
いい年こいた社会人になってすら「テストが迫ってくる悪夢を見る」と言われるこの時期、正に学生時代の真っ只中の城嶋兄妹にとって切実な問題だった。
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第952回(2006年07月03日(月))
中間試験が終わって暫(しばら)くした時期に突如発祥したこの「お互いを性転換&異性装させることが出来る能力」をめぐるてんやわんやで正直「勉強どころではない」日々を送らされている歩(あゆみ)であった。
正確な日付を覚えている訳では無いが、そろそろこの能力に気が付いてから丸一ヶ月になる。
もうそこいらのファッションモデルにも全く負けていない種類の衣装を着せられている。数なんて数えるのを忘れた。
今では電車で可愛らしい女子高生の制服を見かけても「あ、あれはまだ着(せら)たことの無い制服だ」と無意識にチェックしてしまっている。う〜ん。
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第953回(2006年07月04日(火))
ともあれ、遂に期末試験期間に突入することになった。
初日が終わり、あと二日を残すのみとなったのだ。
確かに憂鬱な期間である。
だが、これが終わると夏休みということになり、その意味では「最後の関門」的な意味合いもある。
そして…年頃の高校生達にとって案外大事なのは…「学校が早く終わる」ということなのだった。
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第954回(2006年07月05日(水))
高校生ともなると、学校が終わるのはかなり遅い。
やれ「6時間目」「7時間目」ともなると、季節によっては外は真っ暗になってしまう。
歩(あゆみ)には無縁だが、部活動や生徒会活動となると季節によっては学校で菓子パンで夕食をとらざるを得ないほどの時間になるのが通例だった。
それが、お昼過ぎ、午前中のみで終わってしまうのである。
今日も試験、明日も試験という状況下だと、まだまだ陽の高いこの時間帯に解放されるというのは何ともいえない開放感とも罪悪感ともつかない複雑な気分になる。
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第955回(2006年07月06日(木))
歩(あゆみ)は二年生なので去年一年分の学期試験の経験はあるのだが、こういう日というのは無闇に興奮してしまって結局何もしなかったり、本屋に入り浸ったり、ゲームセンターで妹が何十人と連続して勝ち抜いているところに遭遇したりということが多かった。
でもっていざ自宅に帰り着いてみると、普段の人時刻的には全く変らなかったりするのだ。
だが今回は違う。
悔い改めたという訳では無いが、今回は真面目に勉強することにした。
だからまっすぐ帰ったのである。
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第956回(2006年07月07日(金))
「ただいま〜」
玄関を潜ったのは午後2時だった。
「はいお帰り〜」
即座に母親の声がする。城嶋母は父の方針によって専業主婦なのである。
「あゆみちゃん、今日は早いね」
ニコニコと面白そうに言う母。このキャラは明らかに妹に受け継がれている。高校二年にもなった息子に「あゆみちゃん」は無いだろうと思うのだが。
「だから今日早いって言ったじゃん」
ぶっきらぼうに聞こえるかも知れないが、年頃の息子なんぞこんなもんである。
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第957回(2006年07月08日(土))
「さっちゃんもいるよ」
がくっと肩が落ちたような気がした。
「さっちゃん」とは勿論聡(さとり)のことである。
「あとそれから…恭子ちゃんもね」
「えっ!?」
「あゆみちゃんも恭子ちゃんが転校して来たんならもっと早く言ってよね!」
台詞だけ読むと怒っているみたいだがすごく楽しそうな表情だ。正しく母娘である。
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第958回(2006年07月09日(日))
幼馴染だった京恭子とは当然家族付き合いがあったから母も仲良しである。
「何だか一緒に試験勉強するんだって」
って恭子ちゃんは二年生で聡(さとり)は一年生ではないか。一緒に勉強しようがない。全く適当な奴である。
「あたし買い物して来るからもうすぐ出かけるね」
「あ…そっか…うん。いーよ」
歩(あゆみ)や聡(さとり)が学校に行っている今頃の時間帯は主婦達は買い物に行ってその晩のおかずの用意をするのだ。あまり直(じか)に目撃しなかったので、こういう時に改めて自覚することになる。
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第959回(2006年07月10日(月))
それにしても恭子ちゃんが来てるのか…何だか不穏な予感がする。
一番やばいのが「あゆみちゃん」のことを追求されることだ。
幸か不幸かめぐさんこと八重洲恵(めぐみ)にはこちらの事情が全てばれているが、それ以外の人間にはばれていない。
可能ならば出来る限りこの情報は隠しておきたい。
ましてや同級生の女の子になんて絶対にばれたくない。
…と、考えて靴を脱いだ。
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第960回(2006年07月11日(火))
あの「電車内でウェディングドレス」事件以来、玄関で靴を脱ぐ時にもあのぞろっとしたドレスのスカートの海を掻き分けて靴を拾い、両手にスカートの束を抱えて階段を駆け上がった思い出がトラウマの様に思い出される。
「あ、お兄ちゃん!お帰り!」
…いきなり第一関門は崩れた。
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