おかしなふたり 連載1361〜1380

第1361回(2007年10月21日(日))
 その途中にもめぐさんこと八重洲恵さんから電話があった。
 幸いにもめぐさんは聡(さとり)に状況を説明して元に戻してくれるという…ここまで来た訳だ。
 一応密室に閉じこもった形になって、そこまではいいんだけど…一番の問題はここが女子トイレであるってことである。

第1362回(2007年10月22日(月))
 と、そこで携帯電話が振動した。
「うわっ!!」
 思わず可愛らしい声を出してしまう。
 慌てて携帯を取り出す。
 その窓にはめぐさんの名前が光っていた。


第1363回(2007年10月23日(火))
 考えている暇は無い。とにかく一刻も早くこの危機を脱さないと。
「もしもし!」
『あら、まだ女の子なのね』
 相変わらず調子のいいめぐさんの罪の無い声がする。
「それどころじゃないんですよ!女子トイレに閉じ込められたんです!」

第1364回(2007年10月24日(水))
『…状況が見えないんだけど』
 そりゃ見えないだろう。
『もしかしてよからぬ相手に捕まって監禁されたってこと!?』
「…なんでそんなに楽しそうな声なんですか」
『いやー、そんなはず無いと思ってね』
 分かってるだけに悔しい。


第1365回(2007年10月25日(木))
「で?どうだったんです?話合いは?」
 この勢いで夢中になって喋ったら次に入ってくる人には丸分かりである。
 いずれにせよこのトイレの中で元に戻る訳には行かなくなった。状況が変わったのである。
 ああ、ややこしい。
『うん、色々話したんだけどさあ』
「そ、それで!?」

第1366回(2007年10月26日(金))
『とりあえずあゆみちゃんの状況を確認するのが先じゃないかって』
 賢明な妹で助かる。…と頭の中で嫌味をかます。
『で、どうなのよ?』
 歩(あゆみ)はどうにかファーストフード店までたどり着いたはいいが、女子トイレに入る羽目になってしまったことを説明した。
『なるほどそりゃ面倒な話ねえ』


第1367回(2007年10月27日(土))
『誰にも見られずに変身する方法かあ…そうだ!』
 何か思いついたみたいに声を上げるめぐさん。
『あんたがたの能力があるのに使えないなんて勿体無いよ。この際「変身道具」とか準備したらどう?』
「…何ですかそれは」


第1368回(2007年10月28日(日))
『表でも変身出来る様にすんのよ。そうねえ…電話ボックスに入るとか』
「そんなもんありませんよ今どき」
 携帯電話の普及以来、とんと見かけなくなった。
『確かにそーよねー…あたしらが子供の頃にはみんなあの中で変身してたもんだけど』
「嘘ですよね?」
『うん』
 八重洲恵が言っているのは、海外ドラマ「スーパーマン」の変身シークエンスのことなのであるが、歩(あゆみ)の年代では分かるはずがない。
「大体駅前の電話ボックスとか透明じゃないですか」
『モロバレよね〜』


第1369回(2007年10月29日(月))
 何を面白がっているのか。
『んなら大きなコートを常に引っ掛けとくってのはどう?変身する時にがばっ!と被(かぶ)るの。でもって出てくるときには可愛い女の子になってるって寸法』
 頭の中で思い描いてみた…が、えらくシュールな光景である。
「ん〜、どうでしょう?僕ら着てるものは全部変わっちゃいますから、それだとコートも縮んで何かに変化するかもしれませんよ」


第1370回(2007年10月30日(火))
『え?何それ?どういうこと?』
「めぐさんはこの間の変身しか知らないでしょうけど」
『あのブルーのカラードレスとスチュワーデスの制服ね』
 口に出さなくて言い様に言いまわしたのにわざわざ強調してくれる。
「…アレ以外にも色々例があるもんで」
『例えばどんな?』
 とんだところで「講習会」となってしまった。


第1371回(2007年10月31日(水))
「その…例えば、手に持ってるカバンが変化したりとかですよ」
『ああ、あゆみちゃんが花嫁になった時ね!』
「聞いてたんですか?」
『うん。聞いてた』
 今もトラウマになっている電車の中でウェディングドレスを着せられて家まで走って帰らされた時のことである。


第1372回(2007年11月01日(木))
 あの時に、いつの間にか手にはどこからともなく出現したウェディングヴーケが握らされていた。
 ドレスのスカートを掴んで走るのが精一杯だったのだが、何かムシの知らせで強引に持って帰ったのである。


第1373回(2007年11月02日(金))
 果たしてそのウェディングヴーケなる花束は聡(さとり)の部屋の中で元の男子高校生の姿に戻してもらった時には、学生カバンへと変貌していたのである。
 あの時、電車内で投げ捨ててきたならば今ごろ行方不明となっていただろう。
 だから、身に付けているものが変化後に従ってどの様に変化するのかなどまるで予測がつかないのである。


第1374回(2007年11月03日(土))
「だからコートを羽織るなんて無理ってことです。きっと一緒に何かに変わっちゃいますよ」
『そうかなあ…』
 歩(あゆみ)は嫌な予感がした。
 何か“わるだくみ”をしていそうな「声色」なのである。
 この辺りの「カン」はあの妹に付き合わされることで自然と醸造されてしまったものである。


第1375回(2007年11月04日(日))
「とにかく、今は無理なんでしばらく変化させない様に言っておいて下さい」
『いいけど…その間どうするの?』
「どっか別の密室を探してそこに篭りますよ」
『見つかりそう?』
「探すしか無いじゃないですか」
 堂々巡りである。


第1376回(2007年11月05日(月))
『そもそも何で戻れないのよ。部屋に』
「さっき説明したじゃないですか」
『うん。まあそうなんだけど』
 しばし沈黙が訪れる。
 早くしないと誰かこのトイレに入ってこないとも限らない。
『この際彼女にも話しちゃえば?』


第1377回(2007年11月06日(火))
「ば、馬鹿言わないで下さい!!」
 歩(あゆみ)は長い髪を震わせて赤くなって大声を出した。
『何でそんなに怒るのよ…』
「めぐさんには分かりませんよ!」
『ま、そりゃ妹に好きなように性転換されて女装させられる兄の気分とか分からないけどさあ』
 そんなの分かる人間はこの世に一人しかいない。
 …今のところは。


第1378回(2007年11月07日(水))
『歩(あゆみ)ちゃん発想が硬いよ。もっと柔軟に考えないと』
「でも…」
『案外理解してくれるかも知れないよ』
 歩(あゆみ)は少し考え込んだ。
 本当にそうだろうか?


第1379回(2007年11月08日(木))
 少なくとも自分は「弟に不随意に男に性転換されて男装させられる」彼女がいたとしたらちょっと付き合うのに二の足を踏むと思う。
 もしも…もしもだけども二人っきりでロマンチックなシチュエーションになっている最中に彼女がムクムクと男に変身したら台無しだろう。

 女性にとっては「いつ女に変わるか分からない男」ってのはそういうものなんじゃないだろうか?


第1380回(2007年11月09日(金))
「別に彼女とかじゃないですし…」
『恭子ちゃんのことでしょ?でも幼馴染みなんだよね?』
「…どこまで知ってるんです?」
『とりあえずこの辺までは』
 げに恐るべきは女同士の情報網である。この調子では聡(さとり)の奴がどれだけめぐさんに情報を漏洩したのか分かったもんじゃない。
『聞いた話じゃあ、幼稚園の頃は三人できょうだい同然だったんでしょ?』
「…まあ…」