ちょっと不条理劇場

達句 英知

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第三次帝国金星派遣隊記録日誌

別動一班班長のボイスレコードより

 

 

本星時間 皇紀二七一一年七月三一日 二三○○時 外気温 摂氏三○一度 室内気温三八度

 

主冷房装置の故障から丸二日が過ぎた。副冷房装置の稼働にも限界が見え始めている。

本隊からの連絡はまだ無い。本当に修理班はこちらに向かっているのだろうか。

部下の隊員達もまだ二三日は大丈夫だろう。だがそれもいつまで持つか。外気温は上がり続けている。

室内の各所にある外気温の表示装置は、容赦なく三○○度を超える表示をし続けている。

栄光ある我が大日本帝国金星派遣隊、別動一班の死への足音が聞こえてくるような気がしてならない。

いや、班長たる私が弱音を吐いてはいけない。

助けは必ず来る。そう信じよう。

 

 

本星時間 皇紀二七一一年八月一日 二三○○時 外気温 摂氏三二五度 室内気温四三度

 

悪い知らせがあった。

命綱とも言える水タンクが破損していたのだ。

部下達の飲料水の制限をしなければならない。

この状態における水の制限は精神的にも大きい。班員達の中には精神の錯乱を訴えるものまで出てきた。

よい知らせもあった。

本隊修理班は五十時間後に到着すると連絡が入った。

あと五十時間耐えることが出来れば我々は生き延びられる。

しかし暑い。

ただでさえ少ない、割り当て分の水は、混乱した部下に与えてしまった。

本当に残り五十時間無事でいられるだろうか。

 

 

本星時間 皇紀二七一一年八月三日の筈だ 目が霞んで時刻と気温が確認できない

八人いた部下の中で、今動けるのは一人だけだ。私も座席に座るのだけで精一杯だ。

水の残量は、零に近い。生命の危機にある班員に優先して回しているのだ。

体の水分に対する渇望は限界を超えている。

とにかく気温を確認しなければ。

何か飲むものが欲しい…

 

壁を見る。いくつかの数字が目に入る、…あの数字は…

 

突然めまいにも似た感覚が私を襲う。

 

なんだ、体がおかしいぞ。

暑さで知覚が狂っているのか。

体が縮んでいく様な感じだ。

体に何か巻き付いているようだ…白い…布か?

頭に何か被さる。頭が重い。

顔や手に何かが付着する。

 

隣で作業中の部下はどうしただろう。

横を向くと部下が私に何かを渡そうとしている。

器に入った液体…幻覚だろうか。

幻覚でもいい。

 

ごくり、ごくり、ごくり。

 

うまい。のどごしだけで味など判らないが、とにかくうまい。

私は部下に器を返した。再度部下も飲んでいるようだ。

器が戻ってきた。まだ液体は残っている。

 

もう一度飲もうとしたとき、意識がはっきりしてきた。

 

自分の姿が見える。

手や顔が白い。

白い服を着ている。

頭に白いものをかぶっている。

 

部下の方を見る。

黒い…我が国の民族衣装を着ている…作業服ではない。

 

手の中を見る。

朱塗りの杯?

 

胸と腰に違和感を感じる。

 

俺は…女の…体になっているのか?

 

もう一度壁を見る。外気温の表示が目に入る。

 

 

「三三九度」