「仕事」

作・真城 悠

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 一応職業上の秘密なんですけどね。ご依頼主の方とターゲットの方のお名前、職業などを明かさない、という条件でしたらお話できますよ。

 それでは…このケースなんかかなり大掛かりでしたねえ。何しろ会場を押さえるところから始まって100人に迫るエキストラまで調達しましたからねえ。ええ。これがその写真です。大きな会場でしょ?そう、結婚披露宴ですよ。

 ご依頼主はこの新郎、そしてターゲットがこの新婦です。

 ええ。勿論。男性ですよ。「元」ですけど。

 基本的に私達は依頼を承るだけですので、動機と申しますかその目的までは詮索しないことになっておりますが、それもここだけの話ですが表向きの話です。はい。今後のマーケティングリサーチと申しますかよりよいサービスを心がけるためにも、その辺りはそれとなく聞かせて頂いております。ええ。

 何でも幼馴染というか、腐れ縁の仲だったみたいですよ。実力伯仲、常に何をするにもライバル関係の好敵手ですね。

 ただ、そうは言ってもある時期から泥仕合と言いますか、正々堂々とした戦いから足の引っ張り合いになっちゃったみたいですね。詳しくは聞き出せなかったんですけど、女性を巡ってのトラブルもあったみたいです。

 私、この仕事長いんですけど本当に「男の嫉妬」って怖いですねえ。女性のそれも凄いんでしょうけど、男性のそれは本当に…。

 結局、嫉妬なんですよね。相手への過剰な思い込みと申しますか、この方もライバルを過剰に敵視していましてね。何時の間にかそれが「憎悪」そのものに変わったみたいです。はい。そして遂には精神的にも肉体的にも屈服させるところまで思いつめられてしまいました。

 そして、私達が依頼どおりに披露宴をセッティングしたんです。実はこのケースからなんですよね。仕事の一環としてイベント事業もからめるようになったのは。そういう意味では感謝しています。

 ええ。そうです。ライバルの方が相手を性転換させて欲しい、と依頼なさってきたんです。そしてその上で結婚したい、と。

 私の価値観では相手を屈服させるためにその相手を性転換させるところまではともかく、結婚するというのはよく分からないんですが…。

 ともあれ、この方のこだわりはそれはもう半端では無かったですよ。特にウェディングドレスのデザインなんか何回リテイク出されたことか。肌触りがどうこう言って材質にまでこだわっていらっしゃるんですよ。そして、当日も花嫁の着付けは自分がやるとおっしゃって、実際になさいましたからね。まあ、流石にメイクまでは全ては出来なかったみたいですけどね。全ての工程に渡って立ち会っていらっしゃいましたよ。

 恐らく歪んだ愛情と申しますか、そこまで行っていたんでしょうね。相手の方もそりゃもう驚いたことでしょう。何しろ会社に出勤して、いつもの様に仕事をしていたら気を失って倒れ、気がついたら身体が女性化していたんですからね。

 ええ。出来るんですよ。半催眠状態といいますか。意識はこの上なくはっきりしているんですが、身体が言うことを聞かずその時に話し掛けている人間の言うなりになるんですね。

 はい。そして、女性化し、自由が利かなくなっていた所にライバルの方がいらっしゃってウェディングドレスを着せられた訳です。ええ。勿論です。下着も全て着付けられました。イヤリングや真珠のネックレスなんかも同様です。

 憎き相手の女性化した所に頬紅をはたき、口紅を引くという感覚ってどんなもんなんでしょうね。私には知る由もないですけど。しかも後催眠で両親のところに…ええ、呼んでいたんです、勿論催眠状態ですけど…に「結婚の報告」までやらせてます。ええ。あの「お父さんお母さん今まで有難うございます」って奴です。勿論ウェディングドレス姿でですよ。当然じゃないですか。

 VTRありますよ。これですね。いやあ、本当に綺麗な花嫁さんですね。ありゃりゃあ。スモークまで焚いちゃって。「ハデ婚」って奴ですね。

 いつもの通り会社に行ったら純白のウェディングドレスの花嫁にされた上、延々数時間に渡る本格的な披露宴ですからね。ちなみにお色直しもちゃんとやってます。色とりどりのカラードレスに、こちらは和装ですね。文金高島田。ちなみにこの後すぐに新婚旅行に行かれたみたいですね。はい。

 え?今ですか?多分ご一緒に暮らしていらっしゃると思いますよ。基本的に私達の領域では無いですからね。まあ、データは無いことも無いですけど、流石にこれ以上はご勘弁下さい。

 結婚式はまだあります。これですね。これはホテルでの披露宴では無くて教会婚ですね。

 これですか?これは精神交換です。ええ。このタキシードの二枚目の方の中に花嫁さんの魂が、同様にこちらのウェディングドレスの美人の中に花婿の魂が入っています。勿論催眠状態ですね。身体が勝手に動いています。ええ。意識ははっきりしてますよ。ですからほら、この誓いのキスをする瞬間なんか…かなり精神的に抵抗したんでしょうね…花嫁が嫌がってます。中身は男なんですから、花嫁として「自分」にキスされるなんてそりゃ嫌でしょうな。

 ご依頼主ですか?これもまた男性なんですよ。示せませんけどこの式にも列席していらっしゃいますよ。ええ。何でも失恋したらしいです。この花嫁さんを結婚式直前にこの花婿に奪われたとかで…。まあ、よくある男女の色恋沙汰なんですけど、確かにこれ以上の「復讐」もそう無いでしょうからね。我々としては金銭的条件が折り合えばどんな依頼でも受け付けますから。はい。

 結婚式がらみではもう一つあります。これです。神前結婚式ですね。はい。これも精神交換です。こちらの紋付袴の方が中身が女性、こちらの白無垢の方が男性です。勿論中身が。

 これの依頼主は女性です。男性にフラれたんですね。やはり嫉妬は怖いです。なんでもこの二人に思い知らせるというのが口癖だったとか。お役に立てて幸いです。はい。

 他のパターンですか?勿論ございますとも。

 この辺りのファイルは動機があまり書いてないんですけど、えーと起きてみたらセーラー服姿の女子高生になってた、ブレザー姿の女子高生になってた…これなんか怒られた会社の上司を腹いせに女子高生にしちゃったみたいですね。うかつに部下も怒れませんねこりゃ。

 相手を自宅で起き掛けに性転換させておくという、最もベーシックなコースではもう無数にありますよ。チアガールとかテニスウェアとかスクール水着とか…、特にコスチュームではない普段着とかパジャマとか。全裸、なんてのもありますね。

 同時に自宅を改造して少女趣味の内装にしておく、なんて依頼も多いですね。手の込んだ依頼ではマンションを買って一家丸ごと用意した、なんて例もありますよ。ここまで来ると予算も相当なもんでしょうね。他人事ながらちょっと心配になってきます。

 これなんか個人的にかなり痛快な事例ですね。ターゲットは起きたら女性化していた上にバニーガールの扮装をさせられてます。しかも…これから先はじかに読んで見て下さい。

 …。

 どうです?怖いでしょ?依頼主の女性ってお仕事でバニーさんをやっていらっしゃったらしいんですけど、一度たちの悪いお客を冷たくあしらったら以後ストーカー行為をされるようになったとかで、その「復讐」ってわけです。

 え?やっと「正しく」使っている例を見れた?いやあ手厳しいですね。

 ちなみにそのストーカーなんですけど、一向に止む気配が無いらしいんですよ。どうやら人違いだったみたいですけど、もうやっちゃったものは仕方が無いですね。はい。

 …えー、…気を取り直してこちらのケース見てみましょうか。

 こちらは珍しくてお子さんの依頼なんですよ。何でも資産家のご子息らしいんですけど、我々とすれば料金をきちんと払っていただければ全く構いませんからね。

 えーと、中学生…だったかな?詰襟にセーラー服という学校です。そしてこの…同級生達を次々に少女に変えて行ってます。勿論制服姿のですね。昼休みに体育館で眠らせてというんですからこれまた…。でもいじめられっこだったらしいですから。最近のいじめはたちが悪いですからね。きっとかなり酷いこともされたんでしょう。

 大人の例もありますよ。このサラリーマンなんかは…あ、営業マンらしいんですが…自分よりも成績が上回りそうな同僚を次々にOLにしています。起きてみたら女性になっていて、用意されているのは女性の服ばかり…もちろん会社に来てみればOLの制服が用意されている…というわけです。言うまでも無いことですけど、そのまま「OL」として働き続けている方はいらっしゃいません。いやはや職場紛争もここまで来たか、という感じですね。ちなみにお金はキャッシングローンで用意なさっているみたいですね。今ごろ数倍に膨れ上がっているでしょう。まあ、こちらには無事入金されていますので関係無いですけど。

 如何です?我々の仕事がおわかり頂けましたか?ご希望をおっしゃっていただければ我々が「復讐」を代行いたします。

 …いかがなさいました?お客さま?…え?胸?胸がどうかなさったんですか?

 あ…。こ、これはまた立派な…。いえいえ面白がってなんかいませんとも。

 落ち着いてください!暴れないで!

 …。はい。そうです。息を大きく吸い込んで。

 ほら、見てください。これが今のあなたの姿です。

 どうです?お美しいでしょ?

 え?まあ、私達の仕事ですよ。そりゃ勿論。

 そうです。その服も依頼の通りに仕立てたものです。大き目のバストにはぴったりとお見受け致しますが…。はい。下着類もそうです。

 いえいえ。私どもにはお客さまを傷つける意図など毛頭ございません。ある方からの依頼を受けてこなしているだけです。

 え?依頼人の名前ですか?そうですね。明かしてもいいとおっしゃっていますのでお教えしましょう。

 それはあなたです。

 …。

 いえいえ、嘘など申しませんとも。間違い無くあなたです。

 ええ。あなたはご自身がこの姿になりたいとおっしゃった。しかし、そのまま変わっただけでは衝撃度が足りないというので、依頼を承った状態で一旦その記憶を消し、ここに来る手筈を整えたんです。

 嘘じゃないんですってば。なんならVTRをご覧に入れましょうか?ええ。変身前のあなたが変身後の自分を説得するためにと録画しておいたものです。

 一応言っておきますが、あなたはここに来たときには既に女性だったし、その衣装を召していらっしゃったんですよ。

 はい。いくら我々でも服がアニメーションの様に変形していく、なんてことは出来ませんからね。そうです。あなたは催眠術で肉体は女性になっているにも関わらず、男性の積りでここにやってきて、催眠術で見る見る性転換して行くビジョンを見ていたんですよ。

 はい。そうですね。これも推測ですけど、あなたはうちのシステムの常連さまでいらっしゃった。そして数え切れない人人を「復讐」の対象にして来ました。そのうち対象を見失い、どう考えても無実、無関係の人人をもその毒牙に掛け始めた。この写真をご覧下さい。美しいバレエの舞台ですね。しかしここで踊っている数十人のバレリーナは単に道を歩いていてあなたに呼びとめられた、ただそれだけの人達です。

 あなたは刺激を求める余り、この手の「暴走」を繰り返したものの、遂にそれすらも慣れてしまった。そして、ついに「自分」を復讐の対象に選んだんですよ。恐らくは究極の「刺激」を求めて…

 そうです。確かに私の言葉には信憑性はありません。どこかの誰かがたくらんだものなのかも知れない。しかし、女性となってしまったあなたの肉体は、今あなたが感じている通り事実です。

 では、こちらにいらっしゃってください。「依頼」の次の段階に突入しましょう。

 え?内容ですか?それは言えません。何しろ「依頼主」に固く口止めされていますから。

 さあ、どうぞこちらに…。