「まほーのRIBBON」 作・真城 悠 「少年少女ギャラリー」さま宛小説群トップに戻る |
ブレザーが走っていた。 正確にはブレザー、真っ赤なネクタイ、純白のブラウス、チェックのミニスカートに身を包んだショートカットの女の子が走っていた。 その娘は息を切らし、目に涙を溜めて走っていた。 「どうして…、どうしてこんなことに…」 その呟きを聞くことの出来た通行人はいなかった。
「おい、本当なのかよ?」 ガラの悪そうな男子生徒がのぞき込む。 「本当だって」 ここは校舎裏。真っ昼間からむさ苦しい男子生徒が「不良座り」をして話し込んでいる。しかし、その話題の中心は彼らの雰囲気に余りにそぐわないものだった。 「昨日俺の妹で試したんだよ」 中でも話の中心になっている生徒、長瀬が手に持った真っ赤なリボンを誇らしげに掲げて言う。 「そしたらばっちり!あのあんまん潰したみてえな顔の女がゲロマブになりやがんの!」 まだ半信半疑の他の面々。 「じゃあ、試すか」 「おう」
青いリボンを弄んでいる女子生徒、高野忍。 「しのしの!どーしたの?」 「あ!?…んん」 目の前に座る友人の森永幸恵。 「ゆっきーさあ」 「何?」 「もしも自分の男が美形になる道具があるとしたら使う?」 「…は?」 「ちょっとこのリボン、してみてくれる?」 「…別にいいけど…どーしたの?」 「…ちょっとね」
男子用トイレで立って小用を足している平井晶。 「ふーう」 「よっ!」 突然声を掛けられて驚く晶。 「わわっ!」 「おーっす!元気かあ!?」 見たことのない生徒が声を掛けてくる。晶と同じ、この学校の男子用のブレザーの制服に身を包んだなかなかの美男子である。 面識のない人にいきなりこんな状況下で声を掛けられてしどろもどろになってしまう晶。 「え…、あ、あの…」 「それじゃあまたな!」 颯爽と去っていくその少年。呆然と見ている晶。
「なかなか隙なんて無いもんだなあ」 「やっぱ無理矢理なんて無理だろ」 「誰かの彼女とかいねえのか?」 「ああ、俺の従姉妹ならいるぞ」 合いの手を入れる石田。 「どこに?」 「三年五組」 「よし!そこに行くべ!」 「よし!」 どやどやと移動する男子生徒たち。
二年一組にやってくる平井晶。 休み時間のチャイムがなった直後なので騒然としている。 手近な女子生徒を捕まえる晶。 「あの、しのちゃんいる?」 「いるよ。あそこに」 確認する晶。 「ありがと」 手招きする晶。
「あれってゆっきーだよね」 とぼけた態度を取っている忍。 「しのちゃん!」 「まあ、ね」 「全く…どうしてそういうことするんだよ」 「試してみたかったのよ」 「もう結果分かってるじゃないか」 「折角持ってるのに…宝の持ち腐れじゃん」 「冗談じゃないよ」
「どうしてあたしがこんなものしなくちゃいけないのよ」 「まあ、そう言わずに…」 「こんなモロダサな…今時こんな大きな真っ赤っかリボンなんて幼稚園児でもしないっつーの。大体校則違反じゃん」 困っている石田。 「そこを何とか…助けると思って…」 「るせーよ」 リボンを取り上げる従姉妹。 「おめーがすりゃーいーだろーが!」 乱暴に石田の頭をサイドヘッドロックに決め、そこに取り上げたリボンを結びつける。 「あ、あっ、ああー!」 可愛い叫声を上げる石田。その場にいる全員が目の前で起こった事実に戦慄した。
「とりあえず青いの返してよ」 「…何で?」 「じゃあ、一緒に来て」 「?」
ゆっくりとカーテンがめくられる。 ささやくような声で会話する晶と忍。 「誰よこの娘」 「しっ!静かに!」 「まさか…」 「…その「まさか」だよ」 制服姿ですやすや眠っている女子生徒。思わず頬ずりしたくなるような愛らしいその容姿に心揺らぐが、その顔は涙の跡が刻まれている。 「確か、両方を一回ずつ付ければ元に戻るんだよね」 「あたしたちの時はそうだったわ」 「じゃあ、行くよ」 その女子生徒の指先に軽くリボンを巻き付ける晶。 と、その女子生徒のチェックのプリーツスカートがグググ、と伸び始める。肩まであった髪が短くなり、胸の真っ赤なネクタイが消滅する。スカートはズボンになり、女子生徒は男子生徒へと変貌する。 「いいようね」 「僕を見るようだよ」 「あんたのせいなの?」 「まさか!」 「じゃあ、どうして…」 「「あれ」が他の人の家にも郵送され始めたみたいなんだ」
ほくほく顔で歩いている長瀬。 前方からよそのクラスの男子生徒が歩いてくる。 「よう!」 狼狽する男子生徒。次の瞬間、長瀬はその男子生徒に襲いかかり、手にしていた真っ赤なリボンを押しつける。 「な、何を!」 次の瞬間、その男子生徒の胸が膨らみ、腰がくびれる。脚が内股になり、なで肩になる。身体全体が丸みを帯びた女性的なフォルムになり、髪が伸びる。そしてカッターシャツの胸元に真っ赤なネクタイが出現し、ズボンが一瞬にしてプリーツスカートに変貌する。一瞬の出来事であった。 「そりゃ!」 ぶわり!とめくられるスカート。 「きゃあ!」 思わず嬌声を上げてしまうかつての男子生徒。ショックでその場にへたりこんでしまう。 スカートの中の、むき出しになったももが冷たい床にひやりとあたる。 その目には、次から次ぎへと出会う男子生徒を女子生徒にしまくる長瀬の姿が写っていた。
「なんとかしなきゃ」 「もとがどっちなんだかわかりゃしないよ」 「それが問題なんだけどね」 「まあ、目の前で性転換起こってんだから信じるも信じないも無いんだけどね」 「元に戻した後にあのハチマキを焼却でもするか」 と、目の前にスーツ姿の男が現れる。 「君たち…ちょっと来てくれるか?」 「…何です?」 「リボンの事で話がある」
遠くから走ってくる男子生徒が見える。 校庭でマラソン競技をしているクラスの男子生徒の一人がそれに気がついた。 数分後、そのクラスの男子は全員がブルマ姿の女子生徒に変えられていたのは言うまでもない。
「手短に話すが、私は内調の者だ」 「は?」 忍が聞き返す。 「内調って…内閣調査室?ですか」 「正確には「内閣情報調査室」だ。まあそんな些事はいい」 「些事…ですか」 「単刀直入に聞くが、あのリボンはどんな代物なんだ?」 忍と晶は一瞬顔を見合わせ、これまでのことをとうとうと語り始めた。 ある日突然、赤と青のリボンがどこかから郵送されてきた。差出人の名前も住所も不明。消印も読みとれなかった。 一見何の変哲もないリボンなのだが、これを身につけた人間は身体に変貌をきたすのである。女性が赤を身につけた場合は美女になり、男性が青を身につけた場合は美男子になる。これだけなら大変結構なアイテムなのだが、問題はこれが逆の場合でも発動することだった。そう、男性が赤を身につけた場合は美女に、女性が青を身につけた場合は美男子に、それぞれ「性転換」してしまうのである。不思議なことに服装までもが相応しいそれに変貌してしまうのだ。しかも、これはこの手の「アイテム」にありがちな「身につけている時にのみ変身」という効果ではなく、半永久的に効果が持続するのである。 この「変身」を元に戻すには反対の色を身につければよい。この「身につける」というのも、きちんと結びつける必要はなく、一瞬でも身体の一部を周回すればそれで条件を満たしたものとされる。 「…という訳です」 頷いている男。 「ふむ、なるほどね。我々の調査とほぼ一致するな。よし、分かった」 と、携帯電話を取り出してなにやら話し始める男。 顔を見合わせている晶と忍。
遠くから走ってくる男子生徒が見える。 プールで水泳授業をしていた生徒がそれに気付いた。 数分後、そのクラスの男子生徒が全員スクール水着姿の女子生徒に変えられていたのは言うまでもない。
その部隊の行動は早かった。 内閣調査室のエージェントと名乗る男によって招かれたらしい機動隊は瞬く間に校舎を占拠し、生徒全員を確保した。 制圧が完了した時点で、全校生徒の約六割が性転換させられていた。 内調の迅速な行動により、全ての生徒は本来あるべき姿に戻され、各地に分散していたリボンも全て回収された。 生徒に対しては、簡単な説明こそなされたがそれが謎のリボンによるものである事に、未だに想像が直結しないものも多かった。 校舎裏の焼却炉で燃やされるリボン。これで全てが終わる筈であった…。 事後処理のため、生徒たちが校庭に集合させられて数十分が過ぎた。 「ん?」 晶が上空を見上げる。 「どしたのあっきー」 忍が声を掛ける。 「雨かな…」 つられて上空を見上げる忍。確かに今にも泣き出しそうな空だった。 「あ、何だこれ」 降ってきたのは雨では無かった。 「雪?」 次の瞬間、その男子生徒は可愛らしいブレザー姿の女子生徒になってしまう。 「わわっ!」 「被害者」は彼だけでは無かった。 「灰だ!」 気付いたときにはもう遅かった。そこら中であらゆる生徒が性転換しまくっていたのだ! しかもそれはこれまでの様な個別接触感染方式では無い。いわば無差別性転換だ。教師はもとより、事後処理作業をしていた内調のエージェントや機動隊員までがぽんぽん性転換を始めたのだ! 男子生徒になってしまった忍と、女子生徒になってしまった晶が見つめ合う。 「また、こんな…」 恐慌をきたした生徒が蜘蛛の子を散らすように四散し始める。誰もそれを止められ無かった。何故なら、そこにはタイトスカート姿の「元」機動隊員たちも含まれていたのである。
ブレザーが走っていた。 いや、正確には、ブレザー、真っ赤なネクタイ、純白のブラウス、チェックのミニスカートに身を包んだショートカットの女の子が走っていた。 その娘は息を切らし、目に涙を溜めて走っていた。 「どうして…どうしてこんなことに…」 その呟きを聞くことの出来た通行人はいなかった。 そう、通行人もまた、思い思いの服装に性転換してしまっていたからである。
風が強くなり、「死の灰」を乗せた風は全世界に向けて駆け抜けていった…。 |