TS関係のオススメ本06-07
*アップロードする際に在庫を確認してから行ってはいますが、なにぶん古い本が多い為、時間が経過することで在庫切れになる場合もございますのでご了承下さい。 真城 悠 |
「模造記憶」(1989年・フィリップ・K・ディック・新潮文庫) |
TSものの紹介サイトなんぞやっとりますと、避けられないのが「ネタかぶり」問題。 私はこの手のサイトとしてはかなりの後発にあたります。いや、サイトそのものは結構前からあるんですが、レビューを始めたのは去年の11月からですから。とある方からは「紹介作品が少ない」というご指摘を受けてしました(^^;;。 そういうハンディキャップがあるので、どれを紹介しても被ってしまうんですよ。 そりゃあ私なんか足元にも及ばないTSファンの先輩方がよってたかって一生懸命探した作品を紹介しているんですから、そこにレビューで飛び込んで行くからには仕方がありません。後追いのネタかぶりでも本当に悪意は無いんですよ。はい。 どうしてもそうなっちゃうんです。 何しろTS作品にだってそりゃあスタージョンの法則は当てはまるんです。…言いたいことは分かっていただけますか(^^;;。 しかし、恐らくこの小説を「TS」として紹介したレビューはまだ無いと思います。 かの八重洲さんですら知らなかったのですからまあ大丈夫かなと。 先日私の好きなTS作品のベスト5を発表したんですけど、好きなSF作家のベスト3(順不同)の一人がこのディックですよ。 ディック作品で一番有名なのは映画「ブレードランナー」の原作として有名な「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」でしょう。余りにも格好いいタイトルなので似たような語感でそこいら中で引用されてますね(^^;;。その次に有名なのは「流れよわが涙、と警官は言った」かな? この「模造記憶」は1990年に短編「追憶売ります」が「トータル・リコール」として映画化されたことを記念して日本で独自に編集された短編集です。 はっきり言って傑作揃い。 真城は映画「トータル・リコール」が余り好きではないんですが、この後にディック・ブームが起こって「模造記憶」を始めとして沢山の短編が読める様になったことにはとても感謝しています(*^^*。 ディックの作風というのは夢と現実があやふやになるもので、それまで現実と信じていたものが実は妄想だったり、その逆だったりといったもの。 こう書くと「ありがちだな」と思われるかもしれません。多いですからねこの頃そういう話。が、とにかく巧みなんですわこれが。 もう小説の反則ギリギリの「それってありなの?」というところまで使って揺さぶってくれます。中でも「ディック傑作集〈1〉パーキー・パットの日々」に収録されている「報酬」と「変種第二号」(どちらも映画化されていますが、毎度のごとくストーリーが全然違います。断然小説版!)が超オススメ。 「変種第二号」を読んだ時の衝撃たるやもお…。ただ、「ドラえもん」や「ジョジョの奇妙な冒険」とかで読んだ覚えがあるよなあ…と思われるシチュエーションも多数。直接影響を与えているとは言いませんが、ディックは1982年に亡くなっているので先に書いたのはこちらですよ。 読んでいて足元から崩れていくかの様な現実崩壊感覚は余りにも強烈。ディックでしか味わえないこの感覚はあちらでは「ディック感覚」と読んでいるんだとか。これはディック本人が薬物依存症で、その不安が作品に反映しているとも言われているそうですが…読者として面白ければいいんです。 さて、該当作ですが「この卑しき地上に」です。短編ですのですぐに読み終わりますよ(^^。 ここから先は一応ネタバレにはなりますが、別に結末を推理するお話でもないので続けます。どうしても気になる方は飛ばしてください。 主人公はリックという男性。シルヴィアという女性に惹かれています。 ですが自称・聖女のシルヴィアは魔女の家系らしく、彼女の周りには霊的な存在がうようよいて、しょっちゅう襲い掛かられます。 いきなりハイテンションで飛ばしていますが、頑張って付いてきて下さい(^^;;。 「あちらの世界に行く」と言い続けるシルヴィアを説得し、引きとめようとしながら愛を告白するリック。地下室でひと悶着あります。 そのさなか、軽く指先を切ってしまうシルヴィア。そこをチャンスと見た“彼ら”は一瞬にしてシルヴィアを焼き殺してしまいます。 突然の死に落胆するリックは、シルヴィアをこの世に取り戻すための儀式を行います。 その儀式の中でシルヴィアの魂と会話することが出来るのですが、どうやら「あちら側」からこちらの世界に戻ってくることは大変な危険を伴うことなのだそうです(注:年季の入ったTSファンはこういうシチュエーションを聞いただけで一応“心の準備”を始めます)。 しかし、あんまりリックが「シルヴィアを返せ!」と言うもんだから、“彼ら”は一応それを試みてくれます。 妹のベティ・ルーが突如動きを止めたかと思うと、見る見るうちにシルヴィアに変化してしまったのです!(この時の変化に伴うビジョンは本当に悪夢みたいで、何度も読んでいたはずなのにくらっ!と来ました) …からくりがお分かりですか? つまり“彼ら”は劇中で何度も出てくる「あの方」(創造主ということでしょう)よりもレベルが低いのでシルヴィアをこちらの世界に再生する際に、生きているその辺の人間を使ってしまったんです。この場合は妹です。本来ならば土くれから生命を生み出さなくてはならないのに! これによって世界はバランスを崩します。 もうお分かりですね。 手始めにシルヴィアの両親が二人ともシルヴィアに変わります。 描写が氷の様に冷たい手で心臓を鷲づかみにするような優しいのに強烈でかつショッキングなので、もう本文を読んでいてすら気が狂いそうです。 事態を察したリックは自動車に飛び乗ってひたすら走り続けます。 この「シルヴィア変化範囲」は物凄い勢いで拡大を続けます。リックはそれに巻き込まれない様にひたすら逃げ続けます。 そう、そうなんです。この「この卑しき地上に」は全地球を巻き込んだ集団性転換パニック大作だったのです。 高速道路で隣に泊まっていた車のビジネススーツを着た男と女のカップルが両方ともシルヴィアに変わってしまい、ファミレスに入ればウェイトレスがシルヴィアに変わり…遂には町中がシルヴィアに変わってしまいます。 着ている服は元のままで、姿かたちはすっかりシルヴィアなのにごく普通(?)に生活しているのがちょっと違うところで、「パニック」では無いんですが、少なくとも読者は大パニックです。な、何じゃこの狂った小説は! ヒッチハイクで乗せた若者が話している内にシルヴィアになる下りなんて私なら発狂ものですよ。 ここでリックがかましてみせる世界中のビジョンの凄いこと! アフリカでは真っ白な白人娘が大勢獣を追い、中国では大量の白人娘が軍隊で行進し…この辺りの妄想力の強さが根強いファンを掴んで離さないんだよなあ…。 もうそこいら中の人々がみんなシルヴィア。 映画の「ゾンビ」みたいにわらわらと群がってくるシルヴィアの群れを振り払いながら、自棄糞(やけくそ)になったのか自分の部屋に戻ってくるリック。 そんな彼がどんな運命を辿るか…もうお分かりですね。 …凄いでしょ? とてもではないですが正気の人間が書けるとは思えないエッジの効きまくったトバしぶり! ちなみにこれに触発されて不条理劇場で「この卑しき地表に」なんてのを書いてたりします。 相変わらずしょーもない理由ですけど、このスピード感は結構気に入ってたりして(*^^*;;。イラストもついてますんで良かったらどうぞ。ショートショート並に短いのですぐ終わります。 また、ハンターシリーズでも「第四報告書」というディックにインスパイアされた一編があります。これは映画「マイノリティ・リポート」の公開に併せて書かれたもの。原題の「少数報告」に引っ掛けてあります。 閑話休題。 まあ、萌えとは無縁ですけども、純粋に面白いです。恐らくあの宇宙に存在する人型知的生物はみんなシルヴィアになっちゃってるでしょう。生殖に支障を来たすので遠からず絶滅です。こんな破滅型のエピソードもたまにはいいもんです(爆)。 ちなみにディックで言うと他には「ジョーンズの世界」で一瞬にして男から女に変身するのが出てきます…ま、これで萌えられるならばゴキブリ見てもツンデレっ娘に見えるでしょうが(核爆)。 ちなみに同じ趣向で編集された短編集があるので最後にこれだけご紹介。粒揃いなので是非これを読んでディックの魅力に触れてもらえればと思います(*^^*;;。 個人的に短編集の方が醍醐味を堪能出来ると思います。「高い城の男」なんかもいいんだけど、やっぱ短編かなと。 2007.01.05.Fri. |
こちら←前の作品へ 次の作品へ→こちら |