TS関係のオススメ本08-05
*アップロードする際に在庫を確認してから行ってはいますが、なにぶん古い本が多い為、時間が経過することで在庫切れになる場合もございますのでご了承下さい。 真城 悠 |
「超獣伝説ゲシュタルト」 (2005年〜2006年・高河ゆん・一迅社) |
高河ゆん先生といえば同人界の希望の星。数多くの伝説を持つ立志伝中の人物ですよ。 ヒット作は数え切れないのですが、中でもTSファンにとってストライクゾーンなのがこの「超獣伝説ゲシュタルト」です。 読んでみると分かりますが、特に可も無く不可も無いファンタジーもの、という印象。ご自身で仰っている様に「剣と魔法」のオーソドックスなRPGのファンである高河先生がミーハー心を炸裂させて描いているのです(^^。 劇中に「いかにもそれっぽい」数値データが登場するあたり確かにミーハーですな。同様の演出は「魍魎戦記 MADARA」にもあったりしました。 さて、このお話のどこがTSなのでしょうか? 実は意外というか何と言うか、主人公の魔法使い「王理(おうり)」は元・男で魔法のペナルティとして女性化された存在だったのです! |
さりげなくトンでもないモノローグをかます王理さん。ちゃんとすぐにボケて落とします |
以前に「エクスカリバー」という漫画を紹介したことがあります(こちら(上から6番目))。 そこでジャンルについて解説してしまっているのでいきなり結論を申し上げますが、この「ゲシュタルト」は「女性作家が“女の子になっちゃった可愛い男の子”をひたすらマスコットの様に可愛がる」漫画に分類されると思います。 何しろ王理が積極的に女性である物語上の要請が皆無に等しいんですよ。こうなると理由は一つしか考えられません。 それは「どうせなら主人公は女の子の方が可愛いから」でしょう。 |
王理ファッションショーその1。何しろ高河美少女なので服装のセンスが ムチャクチャにいいです(*^^*。こんなオシャレな男がいるか! |
以前、とあるニュースバラエティにおいて大ヒットを飛ばしていた「ハリー・ポッター」シリーズについてコメントを求められた評論家が「この作品がもしも日本で発想されたならば主人公は女の子だったでしょうね」と言っていたのですが、正に「我が意を得たり!」でしたね。 本当にそう思います。 今どき男の子のガキを主人公にするなんて時代遅れも甚(はなは)だしい。ちょっと誇張した言い方ですが。 そりゃ80年代の熱血ロボットものとかならばともかく、わが国のアニメ作品は「機動警察パトレイバー」あたりを境に急激に「男の子向きの作品なのに女の子が主人公」作品の割合を増やしていきます。 ちょっとアニメ雑誌が手元に転がっているあなたは新作でも現在放送中のアニメの一覧表でもいいから見てみてください。 明らかに「大きなお友達」(要は男)向けのアニメで「主人公が女の子」のアニメってかなりあるでしょ? ちゃんと数えてないけど半分かそれ以上にはなるのでは。 |
王理ファッションショーその2。一流スタイリストがついているのかな…。 TSキャラの中でも屈指のオシャレぶりでしょう |
これは明らかに日本アニメ界の天皇、宮崎駿監督の責任です。 以下、劇場アニメを並べてみましょう。 「ルパン三世 - カリオストロの城」(ルパン三世 男) 「風の谷のナウシカ」(ナウシカ 女) 「天空の城ラピュタ」(パズー 男・シータ 女) 「となりのトトロ」(サツキ 女・メイ 女) 「魔女の宅急便」(キキ 女) 「紅の豚」(ポルコ・ロッソ 男) 「もののけ姫」(アシタカ 男) 「千と千尋の神隠し」(千尋 女) 「ハウルの動く城」(ソフィー 女) 8作品中、5作品の主人公が女の子です(「ラピュタ」は両方でカウント)。 そしてその内「カリ城」は半ば原作もの、「紅豚」は元は飛行機の機内上映用のショートフィルムを劇場版にしたもの(その割には墜落シーンとかもあるんですが…)で、完全に趣味の作品、プライベートフィルムみたいなものです。 これらを除かせてもらうと残るは「迷作」の「もののけ姫」のみ。 確かに80年代の「ダーティペア」や「ガルフォース」の様に明らかに男の子向けでありながら美少女を主人公に配する作品は徐々に現れ始めてはいました。 「萌え」では無くて当時の言葉を借りるならば「ロリコン・ブーム」(懐かしいなあ)の嚆矢だった「ミンキー・モモ」も最初から「大きなお友達」をターゲットに入れていたそうですし、個人的には変身後の化粧がケバいので余り好きではなかった「魔女っ子アイドル」ものの元祖「クリーミィ・マミ」もやはり「大きなお友達」を相当程度意識していました。 |
王理ファッションショーその3。てゆーかもうモデルとして生きていけば?(投げやり) |
わが国に於いては紛れも無い男性向け作品においてエロを振り撒くことが目的でない女の子の主人公が活躍することに余り精神的な抵抗を示さない土壌があったと言えるでしょう。 意識としては「どちらでもいいけど、折角なら可愛い方がいい」という感じでしょうか。 実際この手の需要はかなりあるみたいで、全く褒めておらず、「オススメ!」とかも全く書いていない「エクスカリバー」が今もぽつぽつと売れていくところを見ると伝統的に「可愛いもの」が好きな国民性なのだなあ、と思います。 え?「どこの国の人間だろうと可愛いものが好きに決まっているではないか」って? 残念ながらそれは狭い視野での思い込み。アメリカの少年などは照れもあるのか今もってマッチョ思考ですよ(この辺は「メカビVol.02」に掲載されている、アメリカから作品の買い付けに来たバイヤー達へのインタビューを参照)。 |
王理ファッションショーその4。設定で遊んでますね… |
個人的には王理が「実は男」とやる必然性はあまり感じません。普通に女の子でいいではないかと思うのです。 そもそも大半の読者はそんなこと余り意識していなくて、下手すると読んだ人ですらも「へー!そうだったんだ!」というほど「元・男」というファクターに重みがありません。 ちなみにこれがハンディとして女にされる場面。 |
高校時代のこと、私のお調子者の先輩が学園祭の時に漆黒のセーラー服で女装していたんですが、もうこれ見よがしにはしゃぎ回って全校を走り回って、「コマネチ!」とかやってたもんです。 また、運動会(体育祭)の時にピンクのフリフリドレスで決めた応援団長が応援が終わっても中々ドレスを脱ごうとせずに、スカートをひるがえしながらそこいら中を歩き回っていたこともありました。 個人的にかな〜り印象に残っているのが「笑っていいとも!」でウェディングドレス女装をした(させられた?)某芸能人が、口には出さないけど明らかに脱ぐのを嫌がってずっと花嫁姿のままだったりしたこと。 簡単に言うと「嬉しい」んですよ。「可愛くなって」「美しくなって」嬉しいんです。 これは「衣装の力を借りて」ということなんだけど、とにかく自慢だった。だから「どうだ!」とばかりに見せびらかしていたんです。間違いない。 山崎豊子氏の小説「大地の子」内で、中国奥地の農民のおっさんが透き通るような肌の美男子の息子に嫉妬する場面があります。 こういっちゃ何ですが如何(いか)にもマッチョ思想を持っていそうなそういう方が「女性的な美貌の持ち主」に対して「美しさで負けている」(そりゃな)から嫉妬するという価値観が存在するということに結構衝撃を受けました。ま、これは日本人的な価値観が為さしめた描写だったかもしれませんけど。 王理も同じで、明らかにはしゃいでいます。 |
いろんな意味でうらやましすぎるシチュエーション。この人生に何か不満でも? |
何故「性転換させられた男」がこんなに精神的に立場上になってますか?ここに「ハンディキャップ」を探す方が困難であると言わざるを得ないでしょう。 「ふたば君チェンジ!」のとき(こちら。一番上)にも書いたんですが明らかにペナルティの無い「純粋にプラスポイントだけを獲得」している性転換です。 本来「剣と魔法」の世界というのはマッチョイズムが支配するもの。 「ロードス島戦記」で活躍する「幅広の剣(ブロード・ソード)」(*)は一応「刃」は付いていますが、あれは日本刀の様に「斬る」武器ではなくて、まず第一に重さを利用して「ぶん殴る」為の武器です。 ですからパーンみたいな華奢な体型では自在に振り回すのは困難といわざるを得ないでしょう。勿論その辺りは「物語の嘘」で分かって態(わざ)とやっているのは言うまでもありません。 (*「ブロード」というのは「広い」という意味ですから「ブロードバンド」(広域帯)とか「ブロードウェイ」(中央通り)なども全く同じ単語です) ところがここに「魔法」が入ってくると一気に形成が逆転します。 「魔法」を使うのに腕力はいりません。むしろ華奢である方が「それっぽい」というものです。 かくして王理の様に「美少女姿にして一流の冒険者」が誕生してしまう訳です。う〜ん、便利に出来てるなあ。 ちょっとわき道に逸れますと、わが国に於いて「魔法使いと言えば華奢か病弱」というイメージが一般的だった頃に颯爽(さっそう)と登場したのが「ロードス島戦記」の華麗な金髪をなびかせつつも“武闘派”(でも体型は華奢)魔法使い「セシル」でした。 魔法を詠唱しながら矢を射かけ、斬りかかって来るという斬新なモデルは大ヒットし、その後RPGのコンベンションでは無数のセシル模倣キャラクターが溢れかえったそうです。 そういえば「魔法戦士リウイ」のリウイもこの系譜かもしれませんね。閑話休題。 流石に高河先生も余りにも一方的にメリットばかりではマズイと思ったのかこんなシーンを挿入したりしています。 |
だって生存に支障が無く、冒険者として水準以上の能力を既に持っているというのならば、あとは「容姿」しか望むものは無いではありませんか(言い切った)! 個人的には勝手に期待を大きく膨らませまくって落胆していた「らんま」よりも先入観が無かった分、素直に楽しめました。勿論TS的に。 王理は本当に可愛くて女の子が夢中になるのも分かります。その意味では萌え萌えとして楽しめるなあと。 最も、王理が男だってのはしょっちゅう忘れるんですが(爆)。 2006.01.23.Tue. |
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