TS関係のオススメ本09-08
*アップロードする際に在庫を確認してから行ってはいますが、なにぶん古い本が多い為、時間が経過することで在庫切れになる場合もございますのでご了承下さい。 真城 悠 |
「ミッドナイト」(1986年〜1987年・手塚治虫・各社刊) | ||||||||||||
ミッドナイト ブラック・ジャック編 (秋田トップコミックス) |
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「漫画の神様」こと手塚治虫先生は、同時に日本で初めて「毎週30分のテレビアニメ」を放送するという快挙を成し遂げた「日本アニメの父」でもあります。 ちなみにこの時に制作費をダンピングした為に日本のアニメ界は低予算にあえぐこととなった…とされています。この辺についてはブログでやってるコラムで触れていますので詳しく知りたい方はこちらへどうぞ。 実は日本の漫画に「アシスタント制度」を本格的に導入したのも手塚先生だったりします。これによってアイデアさえあれば漫画家がかなりの「量産」をこなすことが出来る様になり、月刊誌中心だった漫画の世界が「週刊誌」中心へと移行するきっかけともなります。 これもまた漫画家にとっては大量生産を強いられる変更であり、単行本の印税に頼れず、原稿料で食いつなぐしかない駆け出しの漫画家達に多大な負担を強いる土壌を作ることになります。 …つーか漫画の世界でも殆ど同じことをやっているんです。手塚先生。 手塚先生が全盛期とされる人気絶頂だった時代においてもギャラは他の売れっ子よりもずっと低く抑えて、より多くの読者に手にとってもらえる様に…と配慮していました。 締め切りをぶっちぎったりするものの、天下の手塚治虫が仕事を得るために単価を抑えるなんて自分が何者なのか分かっていないとしかいい様がありません。 この方の「高く売らない」方針はもう生涯を通じた体質みたいなものみたいですね。 その手塚先生の代表作の一つが「ブラック・ジャック」です。 |
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Black Jack―The best 12stories by Osamu Tezuka
(1) (秋田文庫) |
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手塚漫画の中でも人気の高い作品です。 僅か数ページであれだけ完成度の高いエピソードを纏め上げる手腕は流石は「神様」というところ。無免許医師による人助け物語なので感動するエピソードも多数。 毎回人助けをしながらも、大河ドラマとしての側面をも持ち、自らを事故に巻き込んだ関係者を探しては一人一人復讐していく「続き物」のエピソードがたまに挿入されています。 連載形態としては「人生という名の列車」において「第一部完」という形になり、その後は断続的に新作が発表される形式に変更されます。 ちなみに「最終回アンソロジー」や「最終回特集」で紹介されるのは「人生という名の列車」である場合が多いのですが、実際には最後に発表されたエピソードではありません。 イリオモテヤマネコを治療するエピソードを最後に新作は完全に途絶え、手塚先生がお亡くなりになってしまったことで遂に「完結」する道が閉ざされてしまいました。 手塚先生には未完のままに終わった作品が幾つもあるのですが、実は「ブラック・ジャック」もその内の一つ。とても残念な話です。 連載が途絶えたのは手塚先生を担当していた編集者との折り合いが悪くなったためと言われているそうですが、その編集者は人類の遺産を破壊したに等しいので打ち首にするべきだと思います。 冗談はともかく、劇画ブームやスポ根漫画に完全に乗り遅れた漫画家・手塚治虫はこの「ブラック・ジャック」にて完全に復活することとなります。 全盛期の人気には及ばないものの、これ以降は一定の読者を常に獲得し続けるベテランとして堅実に仕事をこなされるようになります。 「ブラック・ジャック」が無ければ「アドルフに告ぐ」や「ルードヴィヒ・B」などの大人向けストーリー漫画は発表されなかった可能性があり、漫画史上においても非常に重要な作品と言えます。 |
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連載終了後に寄せられた読者からの要望として多かったのが、「またブラックジャックみたいなのが読みたい!」というものでした。 確かにあの面白さにハマって次々に読んでしまうと、「もっと読みたい!」と思うのは当然のことでしょう。 ちなみに扱っているのが医療であるため「タブー」に触れることがとても多く、単行本化されていない「封印エピソード」がとても多い作品です(詳しく知りたい方は「封印作品の謎―ウルトラセブンからブラック・ジャックまで」などを参照)。 なので、その意味では「探し甲斐」のある作品ではあるのですが、やっぱり新作が読みたいです。復讐も完遂して欲しいし、何より小気味いい短編が軽い中毒性をもたらすんですよね。 そこで登場したのが深夜タクシーをモチーフにした「ミッドナイト」でした。 |
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このリンクは文庫版です。現在最も手に入りやすいことと、後述する理由によってこのバージョンが最もオススメ。 |
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手塚先生の作品は全集が何度か刊行されたこともあって、出版社違いや文庫版などがあるのですが、私が最初に読んだのがこの秋田書店版でした。同じ商品の出版社違いの広告を張るのは無意味に見えるかもしれませんが後述する理由で今回ばかりはかなり重要です。 |
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手塚漫画は、再発売される度に手塚先生が手を入れてしまい、更に差別表現問題などで「封印」される作品が増えてくるので、古いものほどより連載時に近いバージョンで読むことが出来るという皮肉な現象があります。 現在でも秋田書店版が新品で手に入るというあたりは流石手塚ブランド。 恐らく「ブラック・ジャック」は知っていても「ミッドナイト」は知らないという方が大半でしょう。 実は恥ずかしながら私も知人の部屋で読ませてもらうまで存在すら知りませんでした。 「ブラック・ジャック」は名前をそのまんま使われた「ブラックジャックによろしく」や、「スーパードクターK」内容を料理人に換骨奪胎した「ザ・シェフ」など後世に影響を受けた作品が多数あるパイオニアです。 |
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これらの事実などから見ても「ブラック・ジャック的作品よ再び!」という読者の魂の叫びが聞こえるようではありませんか。 それを手塚先生自ら書いてくれればどんなにいいでしょうか。 ところが、なんと手塚先生自ら描いた漫画の中に、「第二のブラック・ジャック」を目指した作品があったのです!何と言う青天の霹靂。 …しかし、これだけお膳立てが揃った作品がどうして無名に近いマイナーな扱いを受けているのでしょうか? それこそテレビ番組で「手塚作品の中で好きな漫画は?」と聞かれて「鉄腕アトム」や「ブラック・ジャック」などと答えれば喜んでもらえるでしょうが、「ミッドナイト」などと答えても「…何?」と言われるのがオチです。 オタクとしてのレベルは大したことはありませんが、そこそこ雑学知識はあるなどとうぬぼれていた私も「聞いたことが無いな」と首を捻りました。 そして読んでみたのですが…実に意外な読後感でした。 …あんまり面白くない…。 あくまで当時の感想ですよ。今改めて読み返せばどう思うかは分からないのですが、とにかく当時はそれほど面白いと思わなかったんですね。意外なことに。 同時にこの作品が手塚作品の中でもマイナー扱いである理由も何となく分かってきました。 毎回読みきりという形式やゲスト他の手塚作品からのゲストキャラなど、多くのフォーマットを「ブラック・ジャック」から引き継いでいるのですが、そのことごとくが新鮮味に欠けるのです。 しかも、「ブラック・ジャック」では毎回依頼人は生死の懸かったシチュエーションに追い込まれるのですが、「深夜タクシーの乗客」では到底そこまで追い込まれることはありません。 勢い、物語が浅くならざるを得ません。また、直接犯罪に巻き込またりすることによって生死が懸かったシチュエーションになることもありましたが、こうなってくると「深夜タクシーの運転手の目を通した人間模様」である必然性が薄れます。 かといって手塚先生の作風は弘兼憲史の「人間交差点」みたいなタイプではありません。 |
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…こういう表現は誤解を招きかねないのですが、どうしても「マンガ」っぽくなってしまいます。漫画なので当たり前なのですが、そういう意味ではなくて現実味度合いくらいの意味で。 つまり…非常に残念なことですがこの「ミッドナイト」という作品は「ブラック・ジャック」のスケールダウンした二番煎じとなってしまっていたのです。 結末がどうなったかの定かな記憶も無いままこの作品のこともすっかり忘れていたのですが、…なんと「恐ろしい幕切れを迎えてしまっていたらしい」という情報が飛び込んで来ました。 その上その結末は余りにも読者の予想を裏切る衝撃的なものであったために単行本には収録されず、長らく「お蔵入り」になってしまっていたことが判明します。 どうにかしてその「封印された最終回」を読みたいと念願していたのですが、その機会がついに訪れることになります。 それが「文庫版」に遂に再収録された「最終回」です。 今回は廉価版として発売された「トップコミックス」バージョンをご紹介しましょう。 ここでは「Wikipedia」でも紹介されていない「衝撃の最終回」をTS的観点でご紹介しますので、必然的に「ネタバレ」となります。 ということで知りたくない方や、買ってからじっくり読みたいという方は飛ばしてください |
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好きな女の子が事故で植物状態となってしまい、彼女のためにも生き続けるミッドナイト。これが物語全体を貫くモチーフとなります。 |
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ここでは「希望を持つんだよ」などと言っていますが、最後にトンでもないことをかますBJ。 |
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ここで登場するのがブラック・ジャック。 多くの手塚作品に客演している彼ですが、実は「医師役」として登場するのはこの「ミッドナイト」のみ。その上物語の中枢に関わる役割を負っており、俯瞰(ふかん)して言えば「ミッドナイト」という作品そのものが「ブラック・ジャック」の番外編エピソードでもあるという風に解釈できるほど大きな存在になってしまいます。 |
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色々なトラブルに巻き込まれるミッドナイト。 彼のタクシーには様々なギミックが仕込まれており、侵入者を撃退することも出来ます。 この辺もブラック・ジャック風味。 |
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後半、クライマックス近くになりますと彼の命を狙う謎の女が登場します。 |
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実は彼女はブラジルに残された肉親で、莫大な遺産がミッドナイトに遺されてしまったことを打ち明けます。 |
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ミッドナイト自身はそんな遺産などいらないと突っぱねるのですが、どうしても法律的には死んでもらわないといけない、ということでこの後もミッドナイトは彼女に命を狙われ続けることとなるのです。 む〜ん、秋田書店版では最終回まで読んでなかったからなあ。こんな展開があったなんて知らなかった。 そして遂に最終回。 直前に回想が描かれ、彼の愛用のタクシーが実は魂が宿っているかの様な「妖車」とでも言うべき車で、同乗した女に嫉妬して大事故を起こしたのではないか…という疑惑が語られます。 どうも「自動車」というのは何か魂が宿っていると思われているのか、「意思を持つ自動車」が同乗するフィクションは思いのほか多いものです。 幾つか並べますので興味のある方はどうぞ。 |
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ある日、高架道路を走行中、某国のミサイル攻撃を受けて橋が倒壊、車ごと瓦礫に閉じ込められてしまいます。 |
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日本国内にミサイルが飛んでくるというのはかなり現代的な展開ですが、 このミサイルは米軍による誤射であったみたいですね。 |
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そのまま数時間に渡って耐え続けるのですが、周囲の火災によって内部は熱せられてしまい、ミッドナイトは生命の危機に瀕します。 最後の最後、車が助けてくれたということなのかクラクションが鳴り響き、どうにか救助してもらうことに成功します。 しかし、ここから過酷な運命が待ち受けているのです。 |
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どうにか救助されたミッドナイト。しかし瀕死の重傷を負っていた |
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ブラック・ジャックの下した回答は何かと言うと、肉体が使い物にならなくなったミッドナイトの脳を脳死していた彼女の肉体に移植する「脳移植」を行なおうというのです。 |
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本家「ブラック・ジャック」では連載後半になるにつれ人情味のあるところも見せる様になるBJですが、ここでは恐ろしく冷徹な判断を下すことに。時系列はハッキリしないんですが、連載初期のサイドストーリーという説も |
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そう、「異性への脳移植」ですよ! |
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この後「現実的には無理だがこれは漫画だから」というエクスキューズの台詞あり。 |
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そして手術は無事に成功。遂にミッドナイトは完全に女性になってしまいます。 |
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トンでもないことをさらっと言うBJ。この他にも人間を鳥の様に手術したり、繋ぎ併せて延命する施術をしたりと倫理的にかなり問題の行動を取っています。封印されたエピソードの一つはロボトミー手術を肯定的に描いたために抗議を受けて封印されたとされています。 |
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実はこれが「封印された最終回」です。 どうやらこの漫画が「無名に近いマイナーな扱い」を受けていたのはこれも大きな原因と考えられます。 要するにファンの間では無かったこと扱いなのですね。 手塚先生は「漫画の神様」と呼ばれていますが、その「視点」が本当に冷たい神の視点を取ることがあります。 「火の鳥・黎明編」を初めて読んだ時の衝撃は今でも忘れません。「こんな漫画を人間が描けるのか!?」と「漫画といえば『ドラえもん』」だった私などは打ちひしがれたものです |
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後に、海外のSFなどを読む様になって「人間を完全に物語のパーツとしてしか見ていない」としか思えない物語が沢山あることを知る様になるのですが、ともあれこの辺の冷徹さは手塚先生の作風とでも言うべきもの。 覚えていらっしゃることと思いますが、「ブラック・ジャック」においても人間の感情などとは全く違うレベルで大きな運命に翻弄される登場人物たちが印象的です。 ブラック・ジャックが必死の思いで助けた患者が自殺してしまったり、戦争に巻き込まれて戦死してしまったりと「過酷な運命」と呼ぶに相応(ふさわ)しい展開が目白押し。単なる人情話なんてトンでもない。ブラック風味満点の問題作なのですよ。 手塚先生にしてみれば、「物語の展開上必然的にこうならざるを得なかった」というところなのでしょう。 ただ、「長年親しんできた男の主人公が最後の最後で強制的に女に性転換されてしまった」という結末は当時の読者にとってはかなりのバッドエンドとして従えられたらしく、手塚先生の元には猛烈な反発の手紙が殺到します。 これは手塚先生にとって意外な反応だったらしく、読者との意識の乖離にかなり悩まれたそうです。 私が思うに、「時代を先取りする」作品というのは時にエポックメイキングな作品として記憶されることもありますが…それこそ「宇宙戦艦ヤマト」しかり「機動戦士ガンダム」しかり…、余りにも凄すぎるものを見せられてしまうと、読者・視聴者がそれをちゃんと受け止めることが出来ずに結果的に「無視」し、「無かった事」にしてしまうみたいなんですね。 例えば「長年親しんできた男の主人公が最後の最後に女に強制的に性転換される」という意味でのバッドエンドということでは、若干違いますが何と言っても「うる星やつら」の195話「原生動物の逆襲!プールサイドは大騒ぎ!?」があります。(レビューしていますので |