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TS関係のオススメ本10-02


*アップロードする際に在庫を確認してから行ってはいますが、なにぶん古い本が多い為、時間が経過することで在庫切れになる場合もございますのでご了承下さい。
真城 悠


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桜ish 1―推定魔法少女 (1)
(一 肇・2007年・角川スニーカー文庫)

 ちょっと予定を変えましてこちらの作品を先にご紹介。
 「桜ish(チェリッシュ)−推定魔法少女−」です。

 設定は「魔法少女に変身させられる運命を背負わされた少年」という、もう聞き飽きた、と言いたくなる展開。
 しかし、…
これはなかなかの拾いモノですぞ。

 大度城(おどき)学園に通う佐倉恭一くんは、ある日「学園七不思議」を探索するべくクラスメートと連れ立って深夜の学校に忍び込みます。
 ところがそこで、一緒に来ていたクラスのお調子者土屋耕介が闇に飲み込まれてしまいます。

 クラスメートが行方不明になってしまうという異常事態に、幼馴染みの水野ひなたも動転するのですが、なんと耕介は翌日普通に学校に来ています。
 ところが…彼は見かけこそ普通ですが、恐ろしい秘密を持つ「怪物」となっていたのです。
 そして、
平和な日常生活は一転して現実とも非現実ともつかない悪夢に変貌していくのです。

 クラスメートが行方不明になり、戻ってきたら異形の怪物になっていたお話といえば綾辻行人原作ゲームの「Yakata」の漫画化「Yakata (1)」を思い出しますね。第一話でクラスメートが(秘密)になっちゃうところなんて本当に気色悪いですよ!そこそこ年齢が行った段階で読んだので何とかなりましたけど、子供の頃だったらトラウマものでした。

 これに限らず、
「平和な学園の風景が一転地獄絵図になる」という物語は案外多いです。「日常の崩壊」ってやっぱり甘美な破滅の誘惑があるじゃないですか。  個人的に思い出すのは「ウイングマン」のラスト間際とか、矢鱈(やたら)ゲリラやらテロリストに襲撃される難儀な学園が舞台の「JESUS」とか、「学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD 」なんかもありますね。


 皆さんも考えませんでした?高校生の頃とか、
学園がそのまま異次元にかっ飛んで行って別世界に閉じ込められたりしたらどうなるかな?とか。あ、それは別の漫画か。

 この所「セカイ系」なる言葉が持て囃されています。
 明確な定義が難しいのですが、とりあえずWikipediaによると次のような解釈を取るそうです(改行引用者)。

「セカイ系は「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、
具体的な中間項を挟むことなく、『世界の危機』『この世の終わり』など、抽象的な大問題に直結する作品群のこと」と定義される場合があり、代表作として新海誠のアニメ「ほしのこえ」、高橋しんのマンガ「最終兵器彼女」、秋山瑞人の小説『イリヤの空、UFOの夏』の3作があげられる。
 「世界の危機」とは地球規模あるいは宇宙規模の最終戦争や、UFOによる地球侵略戦争などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家や国際機関、社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、
主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれることを指す。」


 この最後の
「主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれる」というのが「セカイ系」の定義であるならば、この「桜ish 1―推定魔法少女」は私がこれまで読んできたどのライトノベルよりもド直球で「セカイ系」です。


 概(おおむ)ね予想はつくかと思うんですが、私は子供の頃はひねくれもので、図工の時間に「自由に空想で絵を描いていい」なんて課題を出された日にゃあ、
そりゃあもうカオスなのを描いてたもんです。

 今でこそ「残酷アニメ」云々と余計なことを言って舌禍事件めいたことを起こしてしまったりもしてますが、刺激を求めてゾンビの絵を描いたりと自分が一番やんちゃでした。
 眉をひそめていた若くて美人の美術の先生ごめんなさい…m(_ _)m。


 話を戻します。

 耕介の謎の失踪事件と、翌朝の復帰事件。そして
直後に現れる謎の女
 
その女は訳の分からないことばかり言います。
 この辺りから目に見えて
世界が狂い始めます

 脳内に響く謎の言葉に導かれて地下室に行く恭一。
 そこで現れる謎の人物たち


 彼らも一様に
何を言っているのか分かりません
 ただ、昨日の晩に行方不明になったクラスメートの
土屋耕介の身に何か異常事態が起こったことだけは間違い無さそうです。

 こうして説明していても、全部が夢の中の様に現実感が無いと思いますが、正にそういう小説なのです。
 ですが、これはこれでいいんです。
 恭一自身がしつこくモノローグするように、まるで全てが夢の中であるかのような描写なのですから。


 学校の地下に存在した(?)謎の巨大回廊から抜け出した恭一ですが、そこはもう異次元でした。
 舞台こそ地下室に入る前の学校の校舎ですが、
そこいら中に血まみれの腕や脚が転がっている酸鼻を極める惨状だったのです!

 それだけならばまだしも、生徒達は薄笑いを浮かべながら死体…いや、人体のパーツを掻き分けるように歩き、特にこれといった反応をしないのです!!

 こ、これは
一体何が起こったというのか!?!?

 突如現れた謎の魔法少女たちに制止されながらも教室に入ってみると、そこにはあの行方不明になった状態から生還した
土屋耕介が!

 彼は
クラスメート全員を殺害し、死屍累々となった教室の真ん中に机を積み上げた祭壇を作り、選別して生かしておいた学園指折りの美少女たちをはべらせてハーレムを築いていたのです!!

 …これは…何ともはや
凄まじいイメージの奔流ではありませんか。

 これまでだったら私は余りいい反応をしなかったと思います。

 ゾンビ映画やスプラッタ映画などにはそこそこ耐性があるものの、こういう
無辜の一般人を無差別に犠牲にする系統のお話には激しく拒否反応を示してきましたから。

 実は…誤解を恐れずに言ってしまうと…
とても心地よかったです。

 別に残虐趣味がある訳ではありません。
クラスメートを切り刻みたいと思っていた訳でもない

 しかし、何と言うか甘美なる破滅の快感というか、日常生活に何の不満もなくても
「世の中メチャクチャになってしまえばいい!」と思い込む子供の頃の感覚とでも言うべきものが見事に反映されているんですよね。

 「ライトノベル」なるものは漫画と同じで分かりやすいだけの「劣化版の本」みたいなイメージをもたれている向きもあるのですが、読者層の中心である若い子供達の
潜在意識とでも言うべきモノを見事にすくい上げているからこそ支持されるのだと思います。
 少なくとも私が中学・高校時代にこの「桜ish」に出会ったら余りのシンクロぶりに夢中になっていたことと思います。

 幸か不幸かこのシークエンスは一枚のイラストもついていないのですが(賢明な判断でしょう)、「能天気な少年魔法少女もの」だと思っていた読者の度肝を抜く核弾頭みたいなものです。
 ここまでは書いてしまっても構わないと思いますので書きますが、大方の読者の予想通り、この悪夢みたいなイメージは現実ではありません。
 土屋耕介の願望の世界です。

 はい、もうお分かりですね。
 どんなメカニズムなのか、この物語内においては毎回犠牲者となる
人間の思い込みが「宇宙刑事ギャバン」でいう「マクー空間」みたいなものを作り出すんですね。

 一応先ほどの「悪の幹部」の方々(?)の説明するメカニズム云々はあるんですが、要するに一番大事なのは「人の心」なんですね。

 恐らく「ライトノベル」を余り読んだ事の無い方がこの「桜ish」を読んでまず思うのは主人公のうじうじ具合が「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジ君そっくり、ということでしょう。

 しかしそれは短絡というもの。

 彼は明らかに自我の不安定な「よくいる」高校生そのものを象徴したキャラです。だって学校の地下室から帰って来りゃ学園中が死体だらけになってるんですから。まだまだ現実と非現実の区別があやふやではないですか。(そのまんまの意味で誤解している訳ではありません。文意を汲み取っていただければと)

 この辺りについてはもうグダグダ書きません(^^。
 「敵組織」めいたものの存在や、幹部たちの行動原理も描かれるんですが、この辺なんて、ちょっとした思い込みからまるで「この世の全てを理解した」と誤解してしまう若気の至りを婉曲的に描いてるんじゃないか?とかそれこそ若くも無いのに若気の至りで思い込んだりするんですが。

 
ともあれ、恭一くんは魔法少女に変身させられます
 後書きによると、元はゲームの企画として書き下ろされたらしく、本来は(^^;;これがメインなのでかなり燃える描写になっています。
 ここはそのまんまお見せしましょう。

 
いいでしょ?(*^^*

 肉体が男の子から女の子に変身する物語は、そりゃもう星の数ほどあるわけですが、それをどの様に表現するのかは正に研究に次ぐ研究の積み重ねの上に成り立っています。
 この「桜ish」で非常に特徴的なのは、「一人称小説」でありながら(セカイ系が一人称でないわけがありません)、なんと
変身時の一人称が「わたし」と女性のものになってしまうことです。

 これは余り見たことがありません。
 何しろ、基本的には文字で情報を伝えるしかない「小説」でこれをやってしまっては、一番大事な「自我」が消失してしまうではありませんか。

 この
「性転換してすぐに女言葉」という現象は、過去に多くのTSファンが猛反発してきたポイントです。

 しかし…個人的にはこの「モノローグまで女性化」は、この作品に関しては「あり」ですね

 というのも、自我は死んでおらず「思考する際の表現」が女性化してしまう…という、表現が難しいんですが
「精神の強制女装」(強制性転換ではない)という感じなのですよ。

 先日ご紹介した魔法少年マジョーリアン」(レビューはこちらは変身後もべらんめえ口調のままでした。
「精神は男のまま」だったんですね。

 肉体も変化はしてますが、それこそ「パワードスーツを着込んでいる」みたいなものでした。
 ここは
「女言葉」とか「女性的なモノローグ」も「変身によって使うことが出来る様になった能力」と考えると分かりやすいでしょう。それこそ、ウルトラマンに変身すると飛べる、みたいな感じです。分かってもらえるかなあ…。

 私も過去に随分文化祭だの学園祭だの体育大会だので女装したりさせられたりする男子生徒をみて来ましたが、一部のお調子者でも無い限り
女装した瞬間に流麗に女言葉やら女性的な仕草を駆使することが出来る訳ではありません
 女装する前にははしゃいでたようなのに限って
いざ女装してみると恥ずかしくて何もいえなくなっちゃう…なんてのも多数。
 または開き直ってしまったのか、女装しているのに立ち居振る舞いはまんま男、とか。

 ところがこの「桜ish」では
「そこまで変身」出来る…という訳。

 これは地味に見えてかなり大きなポイントかも知れません。
 極論ですが、もしかしたらこれからの「少年魔法少女もの」の定番になるかも?…とすら思ってしまいました。
 たって、冷静に考えれば確かに「肉体だけ変身」しても真の意味で「変身」したことにはならない…ではありませんか。


 さて、もう一点ポイントがあります。
 これはけんぷファー魔法少年マジョーリアンでも共通でしたが、「仲間がいる」ことです。
 クラスメートの彼らもお仲間なのです。

美形揃いの「魔法少女隊」(笑)の皆さん。フェミニン担当はいない模様。
「魔法少女」ですが「戦隊物」の要素と「セーラームーン」の要素が入っているみたいですね。

 変身後の姿がこちら。

プロポーション抜群の変身後。主人公は表紙のレオタードみたいな衣装です(*^^*
個人的に変身したいのは…やっぱり背後に映っているスカートタイプかなあ(えー。

 
彼らもまた、変身後には「女言葉」になっちゃうし、特徴的な語尾(!!)まで駆使する破目に。

 魔法少年マジョーリアンでは一方はフェミニンな男の子だし、まだまだ子供だったんですが、もう
中学生になってまでお互いの変身後も変身前も熟知していて、「あの変身後の「ですわ」って口調はないよな」とか「あの傘の衣装はどうなんだ」みたいに愚痴をこぼしあう場面なんて最高ですよ。

 今はまだ「ツンデレ」よろしく嫌がってばかりいるけど、その内「嬉し恥ずかし」みたいな展開を希望(*^^*。
 まだまだ回数は少ないんだけど、その内お互いの容姿の話になったりして。「お前、変身後のおっぱい大きいよな」「う、うるさい!好きであんなに大きいんじゃねえよ!」とか何とか…。
 ( ;´Д`)ハァハァ。

 しかも、変身後に水着とかレオタードみたいな格好で
お互いに肩を貸し合って柔らかい肉体が接触し合うところとか…(多少脳内で増幅されてます)。

 
しかもお互いに女言葉同士だし。いやあ、一段落した後に顔合わせるのは気まずいだろうなあ…。そこがいいんだけど。

 それにしても、脳内のモノローグが強制的に女言葉にされちゃうこの「精神女装」みたいなのって、かなり「クる」ものがあります。


 この「桜ish」に小説というか物語としての欠点が無いか?といえば勿論そんなことは無いでしょう。

 ある程度わざととはいえ、設定が複雑で分かりにくいです。一度読んだだけでは敵の目的や魔法少女に変身する必然性などを完全に合点することは不可能でしょう。
 海外のミステリなんかではこの程度の人数は出てきますけど、やっぱり登場人物が無闇に多いです。敵の幹部の皆さんなんて一度に3人も出す必要があったのか?とかね。
 何と言うか、元がゲームの企画であるせいか構築した「設定の朗読」といった側面が目立ち、八十年代のOAVみたいです。
 最初に魔法少女が恭一の前に現れるのは唐突過ぎないか?(私の理解度が足らないだけかも知れないけど「え?これ誰?」と思ってしまいました)とか、実はあの魔法少女がクラスメートだと告白する前にもっと説明あってもいいんじゃないかとか。
 また、脳内の願望が物語の内容そのものに直結するだけに、物語も「理想化」されます。主人公たちはすらりとした二枚目ばかり。
 これで決してデブで不細工だったりはしません。

 しかし、
それらを乗り越えても私は好きですね。ええ。こりゃあ面白いですよ。

 「TSもの」として斬新な試みもありましたし、思わぬ拾い物でした(^^。
 実はこの第1巻には2話が収録されているのですが、特に2話の種明かし など、「人の思いが世界の存亡に直結する」セカイ系の面目躍如。

 物語の核心部分に気がついたらしい登場人物とか、まだ全貌を見せない敵勢力とか「引き」もバッチリ。これは楽しみなシリーズが誕生しました。

 オススメです(^^。
2007.10.26.Fri.
桜ish(チェリッシュ)―推定魔法少女 (2) (角川文庫―角川スニーカー文庫)
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桜ish(チェリッシュ)(2)
―推定魔法少女

(一 肇・2007年・角川スニーカー文庫)
桜ish(チェリッシュ)―推定魔法少女 (2) (角川文庫―角川スニーカー文庫)
桜ish(チェリッシュ)―推定魔法少女 (2) (角川文庫―角川スニーカー文庫)
第1巻のレビューはこちら

 元々話題性には乏しいところに持ってきてAmazonに第1巻の画像が用意されていなかったことからすっかりTSファンの間でもマイナー扱いだった「桜ish 1―推定魔法少女」ですが(爆)、少なくとも私は
「精神は生かすけど、モノローグまで女性化」という斬新な趣向にすっかりやられました(^^。

 今回はamazonにも大きな画像が用意され、準備万端というところでしょうか。

 このド田舎にも発売日当日に数冊は平積みされていましたからそれなりの数が出たことと思います。
 それにしてもラノベはジャケットが命なんですが、ポイント高い表紙ですねえ(^^。このスタイリッシュさは「桜ish ―推定魔法少女」シリーズの魅力を高めることに大いに役立ってくれることでしょう。
 それにしても、チェリー、バイオレットと続けて表紙になっているから次はマリーゴールドかな?

*その柔らかい身を寄せ合う魔法少女隊の皆さん(^^。みんな男の子ね。
「男・男→女・女」展開での定番ですね。

 第2巻が始まって、のっけから「変身後は口調のみならず、性格も一部ポジティブになる」ことを確認し、そして「男が魔法少女に任命される」不条理への悪態も忘れない恭一。
 前巻のラストで、クラスメートの女の子に目撃されたことを示唆する描写はあったのですが、今回は思いっきりバレているという前提で進みます。

 そして前巻ではちょっと薄味だった
「女の子同士で戦ったけど、元に戻ると男同士」の気まずさというか、ギクシャクしたやり取りが描かれます。いや〜予想通り。

 でも、これは話しにくいよね。お互いの女装姿を見てる訳だから。しかもぶりっぶりの女言葉で。「行くわよ!」「任せてですわ!」とか(顔火)。
 でもってピンチになったら「あんっ!」「いやっ!」とか悲鳴あげてたりとか(しつこい)。

 それにしても「バイオレット」(今回の表紙)に変身する吉住怜ってクラスのモテ男だったんですね。
 いいですね〜、
強制性転換されて強制女装させられる二枚目。「うる星やつら」の面倒終太郎と同じ立場ではありませんか。
 それならばマッチョがいたりしてもいい気がしますが…これからのシリーズに期待しましょう。

 前回書いた様に、魔法少女隊のメンツは眉目秀麗な美青年ばかり並んでいて、その無個性ぶりは「ガンダム00」(レビューはこちら)もかくやというところだったんですが、佐倉恭一はネクラ、吉住怜は人気者、森井透は
引きこもり気味…という「個性」が確認されました。

 第1巻に収録されていた「2話目」で、敵の狙いは「恋粉(スブニール)」なる物質であることが分かりました。
 面白いのは、恭一くんにはある「枷(かせ)」が嵌められていること。

 それは「
オペラ(引用者注:変身装置みたいなもの)を装着させられた人間の恋が顕(あらわ)れると、恋天使から戻れなくなる」というんです。

 ほう、ということは「性転換」を「変身」による「超人的能力の獲得」には使っていない…というか、少なくとも
「引き換えに失うものがある」という風に定義するってことですね。


 ここでちょっと脱線。でもとても大事な事なのでついてきて下さい。
 「セカイ系」の元祖は言うまでも無く「新世紀エヴァンゲリオン」なのですが、その直系の先祖に「デビルマン」という作品があります。

 「デビルマン」の何がそんなに画期的だったかというと、
「戦う理由」を再定義したことなんですね。
 「デビルマン」の漫画が連載されたのが1972年から1973年。
 時代的に言うと全共闘最後の年の頃です。
 1972年2月19日に連合赤軍によるあさま山荘事件ですから、「革命の夢破れた」という時代的な空気というところでしょうか。

 
何が正義で何が悪なのか分からなくなっていた時代です。

 そもそも主人公が「デビル(悪魔)」なのです。決して正義のヒーローではありません(阿久悠作詞の「デビルチョップはパンチ力」という謎の歌詞を持つ「アニメ版」は別物なのでここでは考えません)。

 「敵の科学力によって改造された主人公がその敵と戦う」構造を持つ物語としては何と言っても「仮面ライダー」があるでしょう。
 実は「タイガーマスク 」も同じ構図です。

 「仮面ライダー」はショッカーから逃れてきたならば何の疑問も持たずに「人間世界を守る」ことに邁進(まいしん)出来たのですが、「デビルマン」位になると
「何故オレが人類の為に悪魔と戦わなくちゃならんのか?」と、疑問がそこからスタートせざるを得なくなってしまっているんです。
 既存の価値観を全て疑って掛かる全共闘世代ですな。

 そこで、天才・永井豪先生が到達した境地は
「人類のことなどどうでもいい。オレは好きな女の子を守るためだけに戦う!」(そのついでに人類も結果として守ることになるかも)というものでした。
 これが猛烈に新しかったんですね。

 
「世界を守る」ことと「自分の好きな女の子を守る」という価値観が全く等価値で並んでしまっています。いや、後者の方が大きくなっちゃってる。

 どうです?正しく「セカイ系」でしょ?



 これ以前の漫画ならば「世界や人類を救うためならば自分の好きな女の子や自分自身が犠牲になることも仕方が無い!」という「滅私奉公」型の価値観がある種「当然」とされてきた訳です。
 それを完全に逆転して、「世界を守るために戦う」動機が完全に「個人的なもの」にすりかえられてしまった訳です。

 「そもそも人類に守る価値などあるのか?」という「そもそも論」にまで到達すると、これはもう「究極の価値相対化」です。
 「虚実皮膜」(きょじつひまく。現実と非現実の境目など、薄皮一枚の距離しかない、という意味)と言ったのは江戸時代の戯作家の近松門左衛門ですが、もう何が正しくて何が正しくないのかも分からない。
 「そもそも人類に守る価値あどあるのか?」というテーゼは「ウルトラセブン」の名作エピソード「ノンマルトの使者」や「超兵器R1号」で描かれています。
 要するに60年代〜70年代には「変身ヒーローとは?」というテーマは行き着くところまで考え抜かれている訳です。
 「平成ウルトラマン」も結構だけど、この辺りを踏まえずに現在「変身ヒーローでござい」ってのはありえない訳です。ま、それを言うならウルトラシリーズにだって「80」「タロウ」辺りの「闇黒時代」と呼ばれる作品郡もある訳ですが…。


*ここから先は「デビルマン」の「ネタバレ」ということになります。どうしても知らずに読みたい、という方は「**」まで飛ばしてください。



 「人類に守る価値があるかどうか」について結論を出すことが出来ないので、とりあえず「彼女を守るため」で戦うことにして納得した主人公のデビルマンこと不動明なんですが…なんと「人類を守る意義」であり、「行動原理」そのものであった
牧村美樹が暴徒と化した「人類の手によって」惨殺されるに至ります。
 もう、生きる意味そのものを見失った彼がこの後一体どうすればいいというのでしょうか?


 更にそこに持ってきて、凄まじいのが「それでも何とかなりました」ではなくて、デビルマンも戦いの末に敗れてしまい、人類側が完全に敗北して死に絶えてしまうんですよ!!
 ラストで身体の半分が千切れ飛んだ状態のデビルマンが息絶える場面なんてトラウマどうこうといったレベルの話ではありません。



 こんなもの思春期に読まされた子供はたまったものではありません。
 恐らく読み終わった後には放心状態で何も考えられなくなってしまったことでしょう。
 読者ですらこうなのですから、作者に至っては何をかいわんや。
 よく言われることですが、永井豪氏は今もって「デビルマン」を越える作品を生み出してはいません。

 結末とか1997年の「劇エヴァ」のラストにそっくりでしょ?
 あの「気持ち悪い」場面のシンジとアスカも、大分違うけどデビルマンと飛鳥了に見立てられないこともない(読んだ事の無い方は是非漫画を読んでください)。
 結局何も決断出来ないまま全てがむちゃくちゃになっちゃうところが違いますけどね。不動明はとりあえず決断はしたんだから。「それでもなお敗れ」はしたんだけど。

*****

 はい、「デビルマン」のネタバレ終わりました。
 ま、こんだけ「凄い凄い」書いちゃうと「どれだけ凄いのか」と古本屋で買ったりして読んじゃう人もいると思うんですが、何しろ古い漫画ですし、何と言っても「影響を受けた作品」の方を山ほど見ているはずですから、余り新鮮味は感じないかもしれません。
 ここは古典を読む積もりで読みましょう。

 こう書いてくると「新世紀エヴァンゲリオン」との共通点が見えてくるでしょう。
 不動明は「彼女の為に戦う!」と細かいことを一旦棚上げにして「吹っ切る」ことが出来た訳ですが、碇シンジくんは遂に最後まで「○○だから僕はやるんだ!」という風に吹っ切ることが出来ませんでした。
 彼にとっては「世界が滅びるかどうか」と「自分が自分として認めてもらえること」は丸っきり等価値なんですね。テレビ版の最終回見ても分かりますわ。
 それこそ「カラーじゃない」かも知れないけど、
「世界のことなんてどうでもいい!僕はアスカ(誰でもいいです)の為に戦うんだ!」となればそれはそれでありだったのかも知れないんですがねえ…。やっぱそんなの「エヴァじゃない」か…。


 確かに自分自身がどうかなってしまえば、今自分が認識している「世界」は自分にとっては関係なくなる訳ですから、その意味では「等価値」と言っていえないことも無いでしょう。
 しかし、その考えは恐ろしく自分中心と言わざるを得ないでしょう。
 確かに「自分さえ良ければ他人はどうでもいい」という「積極的に迷惑を掛ける」思考ではなくて、「自分が駄目なら、自分にとっては世界はどうでもいい」という「消極的に迷惑を掛ける」思考ではありますが。

 こういう「セカイ系の子」は、「他人の為に自分を犠牲にする」ことは絶対に出来ません。
 それこそ「自分が死んじゃうなら世界も一緒に死んじゃえ!」というところ。

 なぜ自分が生きているのか分からない。生きている価値が見出せない。
 なら自殺したいのか?と言えば別にそこまでは思わない。自殺することも面倒くさい。
 ならば世界が滅びてしまえばいい。
 それならそれに巻き込まれる形で自分も死ぬことが出来る。

 もはや「自殺すら他人任せ」という感じですが、実は「自殺のために殺してもらう」という状況はアメリカなどでは既に現出しています。
 つまり、
事件を起こしたりして警官に射殺してもらうことで「自殺」に替える…という恐ろしく迷惑な方法です。これを「スーサイド・バイ・コップ」(警官を使う自殺)というそうです。


 果たして佐倉恭一は現状に言い知れない不満を抱えています。
 
彼にとっての「セカイ」…「世界」とは何なのでしょうか?

 それは「学校」です。

 教師の志賀雅にそのあたりをずかずかと指摘されてしまうのでした。

「君は学校が好きだなんて思ったことはない。なんで教室にこんな服着て座っているのかがわからない(後略)」

「どうしてこんなつまらない授業をノートに写せるのか。その話のどこに面白みがあるのか。皆はどうして笑っているのか。あとどれくらい我慢すればこの苦痛は終わるのか――キミは
いつだってそう考えているはずさ」

 …どうです?
これを読んでいる現役高校生諸君。シンクロしませんか?
 少なくとも私はタイムマシンで私の脳内をスキャンしてきたのかと思いましたよ。ええ。

 何しろ恭一は自称「突発的ネガティブ症候群」の持ち主ですからね。
 変身ヒーローものの主人公として相応(ふさわ)しいのかどうか分からないけど、「セカイ系」主人公としてはこれ以上の人選はありますまい。



 かつては「彼女の為に戦う!」と豪語した世界を巡る物語の主人公は、
「彼女に好きだと悟られると女の子に変身したまま戻れなくなる」という「体質」を得て戻ってきたのです。
 「彼女のためだったら、オレは女の子になったままになっちゃっても構わねえぜ!!」

 …(・∀・)。
 いやあ、世の中変わったもんだこと(爆)。

 ここに「潜在的願望」を読み取るのは…まあ簡単ですよね。

 それにしても今回は2エピソードが収録されているのですが、最初の「第3話 加速連鎖は恋心」では「あの世につながる(と言われている)穴」が登場するあたりどうにもタナトスって感じ。

 そして愈々収録2エピソード目の「第4話 開花力は爆心中」においては遂に「不随意変身」への扉を開きます。
 そう、
敵と戦っている訳でもないのに身体だけ勝手に変身してしまう謎の現象に見舞われるのです!!

胸の部分のボタンが飛んでいるのがポイントか

 衣装は変わらずに身体だけチェリー(女の子)のものに…。
 それに対して
「結構いいかも…」とか言ってる仲間(本当)もアレなんですが、遂に口調や人格が変わらない状態での「肉体だけ性転換」状態に。
 つまり、みんなの大好きな(断言してますな)
「ボクっ娘」状態ですよ!

 そして…待望のイベント、「その状態での
女子の制服に着替えさせられる破目になる」事態の到来!ぐはあっ!!

訳合ってこの状態を目撃される破目に。笑顔に見えるのも演技です。

 それいにしても相方のみんな、恭一のこの事態に「女の子の声で僕っていいな」とか無いよな〜(爆)。
 そしてそのまま
「ちょっとだけでいいからおっぱい揉ませてくれ!」と迫るマリーゴールド役ひきこもり美少年の森井。

 …いやー、ある程度予想していた展開とはいえ
ここまでベタにやってくれるとは(^^

 今回のエピソードもどちらも面白かったですねえ。
 確かに重いテーマではあるんですが、あとがきで読む作者の意向を読むと、そういう気持ちの
読者達を癒してあげたい、というのが執筆動機だったみたいです。
 それには見事にシンクロ出来るこの作者の筆がふさわしいのでしょう。

 セカイ系でありあがら、最終的には
それを打ち破ってどうにか前向きな方向に持っていこうとするという方向性はいいです。とてもいい。

 作者もトランス状態でどうなるか分からなかった「デビルマン」や「悩んでる状態をそのまんま叩きつけてしまった」形となった「新世紀エヴァンゲリオン」よりも、「読後感」では間違いなく上。

 確かに、ある意味「ハッピーエンド」が決まっている(…という方向性の話を作者があとがきでしているので)というのは、「歴史に残る斬新な作品」にはならないかも知れない。
 しかしね、全ての作品に「空前の斬新さ」なんて必要でしょうか?
 そういうのは、何年かに一度の「歴史的な作品」に任せとけばいいんです。大体、「歴史的な作品」ってのは必ずしも後味よく無いもんです。

 毎回「心の闇」を打ち破る変身(女性化)ヒーローなんていいじゃないですか(^^。
私は断然支持しますね。

ちゃんと女装した場面のイラストもありますよ!

 今回は
TSファンへの「サービス」も満点で言う事なしです。
 クールでならすバイオレットこと吉住怜の「好きな子」ってのは…まあ、モロバレなんだけど、このコテコテを読みながら(・∀・)ニヤニヤするのがいいんですよ。そうでしょ?

 ま、ちょっとだけ…あくまでもちょっとだけね…気になった点として、主人公の佐倉恭一と変身後の「チェリー」が別キャラ(別人格)として分裂気味になること。
 同じ人間の表層違いという解釈だったと思ったんだけど、今回は恭一とチェリーで会話しちゃったりするしね。

 でも、そんなのは些細な問題。
この読後感の爽やかさの前では大したことではありません
 
他の二人は今回こそ大いに変身後のギャップに戸惑うところも見せてくれます。かなり美味しいですよ〜。
 次回からは吉住怜(バイオレット)や森井透(マリーゴールド)メインの話なんかも読みたいですね(^^。

 ジャケットイラストはニトロプラスなので(だからあんなに綺麗なのね)アニメ化も期待出来るか!?
 といっても、モノローグの切り替わりがウリなので、逆にリアルに声が付くと生々しいかも。ま、色々妄想で楽しませてもらいましょう。
 うう、早く続きが読みたい…。

 ということで、オススメ!薄いしすぐ読めるよ!

2007.11.01.
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