晶くんシリーズ 3 「モデル」 作・真城 悠 晶くんシリーズ・トップに戻る |
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年齢不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。 でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。
僕は大きくため息をついた。 僕の目の前には新郎新婦の写真、それにセーラー服姿の可愛らしい女の子とスポーツマンタイプの男が一緒に映った初々しい様子のプリクラがある。 全く… はっきり言って、僕はこの件で結構懲りてしまった。 あの悪魔だか神だか名乗っていた変な声は僕に確かに能力は呉れたけども、前回の二件が示す通り、全然上手く制御出来ないのである。「一攫千金」を願えば玉の輿のお嫁さんになっちゃうし、実はネットおかまの清算とも知らずに依頼を受けちゃえば律儀にも「ネットおかま」を本当の女の子にしちゃうし… どちらのケースの、確かにその「変身」…というか、「性転換」によって一部状況は解決するものの、本質から大きく外れてしまうのである。しかも、この間の場合なんて、自分で「この能力を使いたい」と特に思った訳でもなんでもない。えらいおせっかいな能力である。 そもそもこの「能力」ってのは一体何なのか? 今のところ自分が女の子になっちゃうってことしか分からない。 あー、やっぱり悪魔なんかの話をまともに聞くんじゃなかった! 僕は机を離れるとベッドに飛び込んだ。 ばふん!と布団が波打ち、音を立てる。 僕は布団に顔を埋めてそこでため息をついた。 …でも、あのセーラー服…可愛かったな…あのスカートの感触… と、両足をこすり合わせようとして反射的にがばっ!と跳ね起きる。 心臓がちょっとどきどきしている。 だ、駄目だ駄目だ…こんなんじゃ…その…変態の世界だ… はっとする。 時計を見る。 やべっ!遅刻だ!
学校行事はつつがなく過ぎて行った。晶たちはまだ二年生。それなりに評判のいい公立高校に通っている。勿論共学。 思えばこの頃ってのは非常に微妙な時期だったな、と思う。 以前に、主人公の右腕が謎の生命体に乗っ取られ、意思を持って勝手に動き回る漫画を読んだことがある。 その時は正直言ってその主人公の反応が信じられなかったものだ。 何しろ自分の右腕が明らかに異形の怪物にぐにゃぐにゃと変形しているのに、最初に少し驚いた位であとは平気な顔をして日常生活を送っているのだから。 が、しかし、あまりに非日常的な出来事が身の回りに起こった時、それは現実感を持って迫ってこないのかもしれないと思うようになった。 何しろ今、自分の身に降りかかっている事態だって、普通に考えればとても信じられない様なことばかりだ。だって自分の身体がみるみる女の子になっちゃうばかりじゃなく、服装までかわっちゃうんだよ? でも、僕は今こうして日常生活を送っている。勿論、僕の身に起こったことを他人に言って聞かせる積りは無かった。そんなことをすれば精神病院にでもぶちこまれるのがオチだ。そもそも自分でもまだ信じられていないところがある。 確かにドレスの重い感覚やプリーツスカートの頼りない感触。何より女の子としての皮膚感覚は残っているし記憶にもあるんだけど、良く出来た…というか…な夢でもそんな思いをすることはある。やはり現実感が無い。 そもそも「現実感」って何だろう?確かに僕には不随意に性転換してしまったという衝撃的体験があるわけだけど、それとはまた全く違った次元で現実は粛々と進んで行くのだ。朝が来れば学校に行かなきゃいけないし、時間が来れば部活動なりがある。そうやって「日常」には「流す」部分が無くてはやっていけない。全ての出来事に驚いていたら身体が持たない。 だから、あんな突飛な出来事に巻き込まれた直後ではあったけど、こうして日常生活を送っている。忘れようとすれば忘れられるもんだ。それを「ああ、あんな大変なことがあったなあ」といちいち反芻する様に思い出してどうにかしろとでも言うのだろうか? だから僕は放課後に差し掛かる頃にはそんなことがあったことも忘れてしまっていた。
「おう!晶じゃないか」 「あ。こんにちは」 田中先輩である。三年生で、この時期になってもまだ美術部にいる物好きだ。僕とはたまたま会話したときの漫画の趣味が合ってそれ依頼うちとけている。 「いいところで会った。ちょっと頼みがあるんだよ」 僕は「頼みがあるんだよ」まで聞かずともその前の一瞬の仕草で「あ、こりゃまずい」と直感した。そして忌まわしい記憶が蘇ってくる。 「な、何です?」 親しい間柄とは言え、ちょっとまずいリアクションだったかも知れない。ごめん、先輩。 「何だよ?彼女とデートの予定でも入ってるのか?」 「いえ…そういう訳じゃ…」 僕にはまだ「彼女」と言える様な存在はいない。承知で言っているのだ。 「じゃあ。ちょっと頼まれてくれよ」 「はあ…」 僕は素早く「危険性」を頭の中で弾いた。 この人がらみということは美術部に何か関係があるな…?何だろう?まさかまた趣味の漫画のモデルでもやらされるのか? 「実はな…今日は前から予定していたデッサンの練習の日なんだ」 それきた。ずばりだ。 「まさかそのモデルになれなんてことは…」 「その通りさ」 これは何とかして逃げないとロクなことにならない。必死にいい訳の算段を頭の中に構築しようろするものの、ものの数秒ですんなり出てくるはずも無い。 「まあ、ここは俺との仲でひとつ頼むよ。なーに、大丈夫。そんなに大変なことはやらせないから。ただ椅子に座ってぼーっと座ってりゃいいんだ」 「え?…僕が…ですか?」 「…そりゃな。お前に頼んでるんだから」 …そうか。良く考えたらそうに決まっている。純然たる男の僕に対して女性としてモデルなんか頼むはずもない。もしも頼むとすれば僕のこの「能力」を知っている場合だけど、それは考えられない。 「え…と。聞いていいですか?」 「引きうけてくれるか?」 「ええ。基本的にはいいんですけど…」 「何だよ?」 「いや、ちょっと確認したいことが…」 用心に越したことは無い。この間は男の依頼だってんで安心して引き受けたら実はネットおかまだったというオチが待ってたんだ。 「確認?」 「ええ。その…今日の予定なんですけど…本当の予定は女性のモデルを立てる予定だったなんてことは…」 「んん?無い無い無い!!お前ねえ。ここどこだと思ってるんだよ。たかだか高校の美術部だぜ」 ここまで確認すればまず間違い無いだろう。 「分かりました」 「よし。じゃ、美術室だな。先に行っといてくれ」
どこの美術室にでもある石膏像が部屋の四方に鎮座している。壁には超高校級の絵が飾ってある。また美大受験者がいるんだ…などと感慨にふける。 …それにしてもまだ誰もいないんだ。 部屋の中央に机が寄せ集められている。その上には椅子。 きっとあの上に座ってればいいってことだろう。それなら普通の美術の授業でもやった。簡単だ。 その時だった。 引き戸が慌しく開いて田中先輩が入ってくる。 「あ、白鳥!悪い!予定変更になっちまった!」 「…え?」 「予定変更だよ予定変更。そんな訳ですぐにモデルの女の子調達してくれ」 「え…ええええっ!!??」 「俺も心当たり探してくるから!頼むぜ!」 「そ、そんな急な!だっ!だってさっきは…」 「あ、気が変わった」 「きっ!気が変わったぁ!?」 「そんな訳で頼んだからな!出来ればセミヌードぐらいまでオッケーだと嬉しい。それじゃ!」 ぴしゃん!と戸が締まる。 そ…そんな… 「…!!」 ま、まただ…。また…。 僕は半分分かってはいたけども、自分の胸を見てみた。 やっぱり…。 男子生徒用のブレザーの上着の下にはふくよかな乳房が形成され始めていた。というか、もう感触でわかるのだ。あ、おっぱいが出来てるって。 分かりきっていたことではあったけど、そうやって頭の中ででも言葉にしてみるとやっぱり恥ずかしい。僕は顔が紅潮するのを感じた。 とかやっているうちにお尻がぷっくりと大きくなり、髪が伸びてくる。 「あ…ああ…」 もう抵抗のしようが無かった。僕はすっかり女の子になってしまった。 すぐに鏡を探す。 部屋を移動するその動きで少しゆるめになった男子用の制服がぺたぺたと鳴り、髪が風になびく。 「あ…これ……」 僕は自分の可愛らしさにびっくりした。そっ…とその細い指で自分の顔を触ってみる。 身体のサイズの方が縮んだので掌が袖の半分ぐらいしか出ていないのがたまらなく可愛い。 胸がきゅんとなった。 あ…僕は何を考えているんだ。これは自分じゃないか…ていうか自分は自分なんだけど女の子になってるじゃないか!これじゃ…っていうかよくわからーん! 混乱している内、今度はそれどころじゃない変化が起こり始めていた。 「わ…あ…」 何だか全身が涼しくなってくる。服の…生地が薄くなり始めているんだ! 「ま…さか…」 僕は学校の真ん中でこんな姿になってしまってどうするという対策にまでやっとこさ頭が回ろうかとしていたその時だった。 「きゃあっ!」 上半身の服が完全に消滅し、桜色の乳首がぽろん、と出てくる。 僕は慌てて胸を手で押さえて隠そうとした。 しかし次の瞬間には下半身の服も消失。僕は全裸になってしまった! 「な…なんだぁ!?」 ひょ…ひょっとして…。僕は先輩のリクエストに答えてヌードモデルになってしまったんじゃ… ふと机の方を見てみると、そこには申し訳程度の布切れがあった。全裸の少女となった僕は隠すべき部位を隠しながら机の上に飛び乗ると、その布を必死に身体に巻きつけた。 その時、がらりと引き戸が開いて美術部員たちがぞろぞろと入ってくる。 そ、そんなあ… 僕はセミヌードモデルを勤める羽目になったのだった…。
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