晶くんシリーズ 5

「喧嘩」

作・真城 悠

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 僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。

 性別不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。

 でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。

 

 

 それは僕が公園を歩いている時の事だった。

 僕は考え込んでいた。

 全く…何なんだあの「能力」は!…

 鮮明に脳裏に蘇ってくるぴちぴちの素足、三つ編みの先、おじさんのえっち心を刺激しまくる体操服にくいこみブルマの履き心地…。

 頭をぶんぶんと振る。

 実は気になって123トリオにあれからコーヒーの銘柄を聞いたのだが、かくして予想通りの結末だった。あの変身が何か関係があるとは思っていたが、そんな駄洒落みたいな理由で性転換された上に女装させられたんじゃたまったもんじゃない。

 まあ、しかし「傾向」みたいなものは少しは見えてきた。

 まず一つ、積極的に何か問題を解決しようとしたり何かを実現しそうとした時、その方法として「性転換」を選ぶ。例えば、「一攫千金」を望んだりするとお金持ちの花嫁になり変わってしまう。

 次に消極的危機回避。

 これが結構多い。姫ちゃんの依頼を聞こうと「ネットおかま」を現実にしちゃったり、先輩の依頼を聞こうとして自分がヌードモデルになっちゃう…などだ。先日のブルマン・コーヒー事件もその例だろう。

 確かにそれによって「助かる」部分もあることはあるが、大抵は困ったことになる。どうもその辺の「優先順位」の判断がおかしいのだ。

 この問題を解決するにはどうすればいいのか?意識しても大抵は変な結末になる。かといって意識しなくても勝手に身体が性転換しちゃう…。

 でも確か一回だけ「性転換」以外で「願い」が成就したことがある。そう、信州のおばさんにお小遣いを貰ったことだ。絶対に解決方法はあるはずだ。

 …そうだ、あの謎の声も言っていたけど、これらはきっと「能力」のデメリットの方だろう。メリットの方だって絶対にあるはずだ。

 そこまで考えた時の事、ふと公園の中の大きな木が目に入った。

 公園の中に人気は無い。

 僕はそれとなく周囲を見渡すと、その木の方に近付いた。

 高さは数メートル。太さはそれほど無い。

 …例えば僕にいわゆる「超能力」みたいなものが目覚めているとしたら…それこそ「念」を込めて押せばめきめきと倒れたりとか…

 僕は理由も無く緊張した。

 そんなことが起こるはずが無い…が、今自分が不思議な出来事の中に巻き込まれているのは確かだ。ある意味自分が見る見る女の子になっちゃう不思議さに比べれば木の一本くらいぶっ倒してみて欲しい…。

 おっと…でも注意しろ注意しろ、どんな思いも寄らない方法でこじつけられるかわかったもんじゃない。

 まあいいか。この人気の無い公園だ。なるようになるさ。

 僕はごくりと唾を飲みこむと、「念」を込めて…と、少なくとも僕はそう思って…敢えてゆっくりとその幹に触ってみた。

 しばし沈黙。

 何も起こらない。

 やっぱりな…そんなことが…と思いつつもう一発!

「はあっ!」

 …柄にも無く「気合い」まで入れてみたり。

 何もあるはずは無いっての。

 僕はくるりと振り返った。

 僕の耳にその音が聞こえてきたのはその時だった。

 僕は信じられないものを見た。

 

 

 まだ興奮している。ある意味女の子になっちゃった時よりも動悸は大きいかもしれない。

 あの木が音を立てて倒壊したのだ。驚かない方がどうかしている。

 そして僕は電車に乗っていた。

 座席に深く腰を下ろしてさっきの光景を何度も頭の中で反芻する。

 凄い…間違い無く凄い能力だ…

 どうしよう…

 僕はさっきまでとは裏腹に怖くなってきた。あの大きな木をせいぜい強く押しただけで倒壊させる能力なんて…

「や、やめてください…」

 押し殺した様な声が目の前からしてくる。

 思わず振り仰ぐ。そこにはOLとおぼしき若い女性が困惑している表情がある。彼女は尚ももがき続けている。

 目だけ動かして周囲を観察する。寝たふりをしている人、気がつかない振りをしている人…みんな面倒には関わり合いたくないのだろう。

 僕も困った。こんな時に「助けよう」と思ったりした日には自分自身が若い女性になって代わりに痴漢されるのが関の山だ。…ごめん…そう思いつつ僕は無視した。

 幸か不幸かその時に電車が駅に止まる。一斉に流れ出す人人人…。

 僕もその中にまぎれて僕も立ち上がった。特に目的地があった訳じゃない。ここは席を外させて貰おう。

 しかし、その時だった。

 僕はその女性ではなく、「犯人」の方と目が合ってしまった。すぐに目をそらしたものの、もう後の祭りだった。

「何だテメエ!文句あるのかぁ!!」

 あっという間に胸倉を掴んで吊り上げられる。

 背広に眼鏡といういかにも真面目なサラリーマンみたいな人だった。そんなに逞しいって訳でもなさそうだったけど、こっちはまだまだ子供だし、体格も良くない。何しろ相手はキレているのだ。僕はたまらずなすがままになる。

 周囲のお客に軽いどよめきが起こる。

 冷たいことに痴漢されていた女性はさっさと駆け出して逃げてしまった。

 く、苦しい…

 薄れ行く意識の中で僕は半分無意識で右手をその人の胸に当てていた。

 やっと勇気のある人が引き剥がしに掛かってくる。その時だった、

「ぎゃああああっ!」

 その悲鳴と共に突然僕は開放された。

 もんどりうって床に転がり、激しく咳き込む。

 男の体制で僕はなんとなく分かった。その男は背後に吹っ飛ばされ、柱に頭をしたたかに打ちつけて伸びていた。

「この野郎!」

 勇敢な乗客によって羽交い締めにされ、外に連れ出される男。僕もそれに続いた。

 直後、電車のドアが閉じた。

 

 

 畜生!今日は何て日だ!

 でも…僕は怖かった。やっぱり人間にも効くんだ…。これで証明されたんだ…

 しかもどっちも狙って発動している。後の方は不随意くさいけど、それにしてもちゃんと「危機回避」出来ている。

 興奮気味に地下道を歩きながら僕の頭はフル回転を続けた。

 そのせいだろう。また前方を歩く人にぶつかってしまった。

「なんだおらぁ!」

 今度はいかにもな不良である。髪を染めたり、彫り物を露出させたりはしていないが、目を血走らせ、息が荒い。アブナイ雰囲気だ。

「す、すいません!」

 僕は反射的に謝ってしまった。この辺が僕なんだろう。やっぱりだ。心配することなんか無い。僕はそんな度胸は無いよ。この力を使って近所をシメたり、ましてやそれ以上の悪事を働こうなんてなんて野望は持ち様が無い。

「すいませんじゃねえんだ!」

 どうやって逃げ様かと考えた。でもそれに失敗すれば相手が余計にキレるであろう事は容易に予想できる。

 ど、どうしよう…「能力」を使うしか無いのか?

 そんなことを考える暇も無く彼は殴りかかってきた。

「うわっ!」

 最初の一発を避けられたのは僥倖だった。僕なんかが喧嘩慣れしているはずが無いじゃないか。

「死ねよおらぁ!」

 相手の顔は完全にイッていた。もう一瞬の躊躇も許されない。「能力」を使うしかない!でも、どうすればいいんだろう?使い方としては物理的に相手をふっ飛ばす以外の使い方なんかわからない。一回ふっ飛ばした位ではこのいかにもタフそうな相手はひるまないだろう。戦闘不能になってくれないと困る。でも?どうやって?それは相手に怪我をさせるってこと?それにもし間違えれば…死んじゃったりとか…

「冥土のみやげだおらあ!」

 相手が一瞬よろけた。しかしその拳が僕の腹部を捕らえた。

「うぐぅ!」

 全力の一発を貰わなかったのは幸いだった。そしてこの接触のチャンスを僕は逃さなかった。気持ちの問題だけど、その手に「念」を込めて、相手の胸に押しつける。

「はぁ!」

 相手はもんどりうって転倒する。

 興奮と混乱で足が地に付いていない。

 出来た…。でも…こんなにしょぼい威力なのかな?何だか相手が勝手に転んだみたいに見えるけど…

 相手が息も荒くこちらを見ている。

 そうか、やはりまだ完全に使いこなしていないんだ。もっとちゃんとヒットさせないと。

 僕は自分にも制御しきれていない「能力」で相手を傷つけるかも知れない可能性を考えている自分を思ったよりも冷静に見ていた。

 と、その不良は追い討ちに来ない。どうしたのだろう?と、その不良には不思議なものに直面した驚きと恐怖の表情が張りついていた。

 ま、まさか…僕と同じ事が?

「お、お前…」

 へ?

 その時だった。また、僕のおっぱい…いや、正確にはこの時にはまだ無いんだけど…の先っちょにむずむずする感触が走り始めたのだ!。

「あ…ああ…」

 見る見るうちに僕に豊かな乳房が形成されて行く。

 というか、僕の髪はとっくに背中までさらさらのストレートロングヘアになっているではないか!

「ど、どうして…?」

 なんでこんなことになってるんだ?だってちゃんと制御出来てたのに…

「な、何だぁ?この…格好…は?」

 

 

「どうしたんですか?おやじさん」

「いや全くひでえことする奴もいたもんだ」

 目の前には無残な切り口をさらしている木の幹がある。

「しかし凄いなあ。誰がこんなことを…」

 若い方があきれた様に言う。

「いや、別に明後日には切り倒す予定だったからいいんだけどよ」

「そうなんですか?」

「ああ。みかけじゃあ分からねえだろうが、中身は腐っちまってぼろぼろさ。その気になればお前でも倒せる」

「へ?」

「全く…張り紙が見えねえのかよ…。倒れやすいから触るなってのに…」

 

 

 目の前のサラリーマン風の男は声を上げて泣いていた。

 巡査はうんざりだった。

「で?その少年はどうしたんだって?」

 勇敢な乗客の一人が代わって証言する。

「すぐに逃げてしまいましたよ」

「まあ、証人も大勢いるしな、観念することだ」

「お、お願いしますぅ!勘弁してください!ここでリストラされたらぁああ!」

「そんなこと知らんよ。だったら痴漢なんかしないこった」

「で、出来心なんですよお」

 はっきり言ってヘドが出そうだった。こいつは今はこうして卑屈な態度に出ているが、常習犯に決まっている。エリートサラリーマンが影で痴漢で鬱憤を晴らす、か。しかも明らかに喧嘩で勝てそうな華奢な少年にはキレて手を上げる。くずだな、こいつ。

「お願いします!何でもしますから!」

 遂に土下座を始めた。

「いいから立ちなさいよ。全く…。で?あんたはその子に吹っ飛ばされた訳だ」

「ええ。その…私は胸におできが出来ていまして…」

「胸におでき…と」

「そこに思いっきり触られたもんですからその…」

 巡査のため息は深くなった。

 

 

 また目の前で右手が、左手がぐぐぐ…とか細く、美しく変わって行く。

「そ、そんな…」

 身体全体が柔らかく、女性的な丸みを帯びてくる。

「あ…ああ…」

 脚が内股に曲がる。腰がくびれ、お尻が張ってくる。仕草までが女性的に…

「な…何で?」

 目の前で不良が固まっている。それはそうだろう。こんなもの見せられた方も恐怖に決まっている。

 胸を押さえつけられる感触…服装はいつも内側から変わって行く。また女性ものの下着を身に付けさせられているんだ!ガラパンがパンティになるのが分かる。胸から下に柔らかくすべすべの女性ものの下着の感触が覆って行く。

「い、いや…」

 何と服が黒く変わって行く。黒い?またセーラー服か?でもそんな兆候は無かったし…

 とか思っている内にもズボンのすそがすすす…と上がっていく。

 しゅぽんっ!とズボンが一体化し、スカートへと変貌する。吹き込んでくる冷たい風。素足がスカートの中で触れ合い、ぞくりという感覚が背筋を走り抜ける。

「あ…」

 その真っ黒なスカートは分厚い生地で、上半身と一体化し、ワンピースになった。

「こ、これは…?」

 そしてどこからともなく現れたふりふりの装飾に彩られた純白のエプロンが結ばれる。

「あ…」

 頭の上にも髪飾りが出現したのが分かる。

 そして、何故か手に紙袋が握られる。思わず見ると、そこには旅行先で常に目にする製造元不明のキーホルダーだのペナントだのお菓子だのが詰まっている。

 理由は分からなかった…いや、何となくは分かった…が、僕は自分の身の上に起きている事をはっきりと認識した。

「そ、そうか!」

 思わず声に出していた。直前に怒鳴られたあの言葉だ!

 僕はすっかりエプロンドレス姿の美少女になってしまったのだ!

「ま、まさか…メイドの…みや…げ」

 確かに僕はメイドさんになっちゃったし、手にはお土産が…ってそんな馬鹿な!「冥土のみやげ」の意味が違―う!

「ま、マブい…じゃねえか…」

 その不良が前にも増してアブナイ表情で近付いてくる。

「い、いや…あの…その…」

 僕は自分の声が女の子のそれになっているのに気が付いたが、そんなことはもうどうでも良かった。

「ね、ねえちゃん!」

「きゃああああ!」

 僕はおみやげの入った袋を振り回した。しかし不良はそんなことには動じない。

 僕のスカート…「僕のスカート」とか言うと変態みたいだけど事実なんだからしょうがない…を掴んで自分の方に引き寄せる不良。

「いやあああ!」

 思わず女の子みたいにスカートを上から押さえつける僕。しかし、不良はその仕草を見て、余計に「萌え萌え」になってしまった!

 僕はスカートから不良の振り払うのに成功すると一目散に駆け出した。風に大きくなびく美しい黒髪が邪魔でしょうがない。そもそもこのスカートというのが猛烈に走りにくいのだ。

「ま、待ってくれよお!」

「た、助けてえ!」

 僕は自然にそうなってしまう「女の子走り」で走り続けた…