晶くんシリーズ10


「晶くんTS十番勝負」
一番

作・街さん

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   1

 僕の名前は白鳥晶。しらとりあきら、と読む。
 性別不詳の名前だけど、立派な男。男子高校生だ。
 でも、ある日突然うちに郵送されてきた謎の雑誌「根暗な蜜柑」という雑誌を読んだ日から僕は奇妙な運命に巻き込まれることになってしまったのだった…。

 ある7月も後半の土曜日の午後。
 学校の補修授業も珍しく午前中で終わり、僕は自宅に帰るなり自分の部屋に飛び込み鞄を放り出し、ベットに大の字になった。
 天井を見ながらここ数ヶ月間に自分の身の上に起きた不思議なことを反芻していた。
 あの不思議というか倒錯した奇妙な現象、いや事件は何だったのだろうか。
 あの「根暗な蜜柑」という謎の雑誌から送られて来てから始まった、自分の意志とは関係なく、突発的に変身が始まり肉体のみならず服装まで女性化してしまう例の現象についてだ。
 時間も場所もお構いなしに、自分の意志とは関係なく、乳房や双臀が膨らみ体全体は丸を帯び妙齢の女性や女の子に変身してしまう。それだけでなく肉体以外に身に付けている服装まで女性用の物に変化してしまうのだ。
 その変身後の姿が皆、魅力的な美女、美少女だからなおさら始末に悪い。
 僕自身は立派な男。男子高校生なのに・・・・
 その後、自分の体にどこか欠陥があるのではないかと心配になり、何度も病院で遺伝子からホルモン濃度まで検査してもらったがどこにも異常は見つからなかった。
 大体肉体的に性転換が起きたからといって、同時に服装まで女性化してしまうことは誰にも説明出来ないだろう。
 ただどこかの誰かに超常的な力で操られているということは十分予想できた。
このことで思い当たるのが「根暗な蜜柑」が僕のもとに送られてきた晩に見た奇妙な夢だ。
 あの夢の中で謎の声は僕自身に「発動権」があると言っていた。
 しかしその言葉とは裏腹に自分の意志とは関係なく、無理やりかつ突発的に強制性転換され女性化させられているのが実態だった。

 しかしそれにもかかわらず僕の日常生活にはいたって変化が無く平穏そのものだ。
 突如として花嫁さんやバニーガール、バレリーナ、メイドさん、いやヌードモデルまで演じさせられているのに、その時は恥ずかしい思いをさせられているだけで、周囲の人々も含め関係者全員が記憶喪失になってしまうのか、数日経つと事件のことはみな完全に忘れ去られてしまっていた。
 最近になって気付いたのだが、変身後の僕はある特定の女性に変身している。
 もちろん女子高生から花嫁さんまで年齢に少し幅があるたことは確かだが・・・
 そんな謎の美女がいろいろなコスチュームで突発的に出現しているのだから、もっとマスコミ等でも報道され人々の話題に登ってもいいはずなのだ。
 しかし人の噂も75日、それどころか翌日になると全くそのような事件がなかったかのように人々の話題、記憶から消え去ってしまう。

 以前銀行強盗が立てこもっている現場に遭遇してしまい、突然女性警察官に変身してしまったことがあったが、そのことにより事件は解決したのに、後日ニュースでは僕が変身した女性警察官は、取り上げられるどころか話題にすらならなかった。
 あの時僕が身に付けていた制服は正式な県警の女性警察官の制服だった。
 こんなご時世、謎のにせ婦警が出現したことは、制服が流出していることであり大問題になるはずなのだ。
 この前のデパート事件の時だってそうだ。
 犯人が立てこもるデパート内に閉じ込められた僕は、突如として女性化し始め、エレ ベーターガールからバニーガール、看護師、女子高生、バレリーナと数々の艶姿を披露して(分かっていると思うけど自分の意志からではないからね)、それを見た犯人達は勝手に精神錯乱を起こしてしまい、心身喪失ということで刑務所でなく精神病院に収監されてしまったらしい(可愛そうに)。
 これは何らかの力が働いているに違いない。
 いや、もしかしたら無意識的に変身後の僕自身が何らかの力を発揮して、事件そのものを無かった物にしているのかもしれない。
 だとしたら・・・あの謎の声が言った「発動権」が僕にあるといった話もまんざら嘘でないことになる。
 事実、僕には変身後そのコスチュームに合わせた能力を突如として発現し、その後それは記憶に残り確実にスキルとして身に付いてきている。
 看護師に変身した後は看護学の基本や医薬品、医療器具の取り扱いについて・・・・
 バレリーナに変身した後はは古典バレエを身に付け・・・
 女性警察官に変身した後は警察官の能力だけでなく、警察の機構や人事配置状況まで分かり始めている。
 これが女医さんや、同じ女性警察官でもキャリア組のエリート婦警さんに変身したなら、もっと高度な知識、情報、スキルを身に付けることができるかもしれない。
 花嫁さんやエレベーターガールからバニーガール、女子高生に変身しても大したスキルを身に付けることはできないけどね・・・・・・・

 今まで僕は突発的女性化をいかにして防ぐか、つまり逃げることばかり考えていたが、逆に逆手にとってこの現象をコントロールし、自分のスキルとして活用していくことはできないだろうか・・・・・
 そのようなことをぼんやりと考え出していた時だった・・・・・
「あっくーん、また何か届いているわよー」
 玄関から母の声が響いた。
 「根暗な蜜柑」第2号が届いたな。
 僕は確信して階下に降りていった。


   2

 小包みを開けると、中からは案の定「根暗な蜜柑」VOL2と表題の入った例の謎の雑誌が出てきた。
 それと別に昔放映されていたTVアニメシリーズのDVDBOX4個ほど・・・
 DVDBOXには皆、「無料贈呈 白鳥晶様江」と大きく書かれた取り外し可能なピンク色のステッカーがはってあった。
 雑誌の方はともかく、DVDBOXの方は合わせて15万円以上になるはずだ。
 すべてレア物と呼ばれ、人気の高い少女用アニメのTVシリーズのDVDBOXだった。
 少し薄気味悪い感じはしたが今の僕にとって必要な物に違いない。ありがたくいただいておくことにした。
 雑誌の方はレイアウト、編集とも前号に比べて相当まともになってきている。
 ただ取り上げているテーマは相変わらずイカレテいた。
「貴方も今日からスーパーヒロイン!!TS能力の開発について」
「80年代魔法少女アニメにみる変身方法の研究」
「レトロな中にも新しさ、大正時代の女学生コスプレの魅力」
 題名だけみれば、いや中身を見てもほとんど女装、及びトランス系雑誌の領域に到達している。
 僕はあきれて雑誌をさらっと一瞥しただけで放り出した。

 DVDBOXの方だが1980年代に放映され人気を博した、魔法少女を題材にしたアニメシリーズと、大正時代を舞台にしたおてんばな女学生を主人公にした、有名な少女マンガをアニメ化したもので、どちらも非常に人気の高い作品だった。
 どちらも上下2巻で1組になっており、タイトルを見ても雑誌のテーマに合わせて同封されたことは明瞭だった。
 中からは流麗な女文字で書かれたメッセージカードが出てきた。


「この雑誌、DVDBOXを新たなる自分の可能性を見つけ出した貴方に送ります。
by大道時綾子         白鳥晶さまへ」


 大道時綾子て誰だろう?僕には全く覚えのない女性だった。
 もっともそんなことは今の僕にとってささいなことだ。
 もう僕はとっくの間に異常な現象に巻き込まれているのだから。
 僕は女学生を主人公にしたアニメから見ることにした。


   3

 目から鱗が落ちるという諺がある。
 新しい事物に遭遇する事により、新しい物の見方、考え方に気付かされるということだ。
 送られて来たDVDを見た時の僕がまさしくそうだった。
(たかだか少女マンガだと思っていたけど、過去こんなに面白い作品があったのか・・・・・・)
 作品の出だし1話を見ただけで、たちまち僕は作品の魅力にはまってしまった。
 ストーリーの面白さもさることながら、演出のうまさ、作画の質の高さ、それ以上にスタッフのファッションセンスの良さ。
 最近のお手軽に作成された、巷のアニメ群に辟易していた僕にとって、久しぶりに見て得した気分になれる作品だった。

 そして・・・・・・
 太平洋戦争の悲惨な歴史があったためか、「戦前」という言葉で昭和戦前の時代とひとくくりにされているが、大正時代とは実は大変ファッショナブルな時代ではなかったのか?
 そんな発想を抱かされた作品だった。
 次に魔法少女アニメの方も見てみた。
 こちらの方も作画の質は非常に高く、イメージ作り、演出などにおいてスタッフの質の高さをいかんなく発揮していた。
 しかもこの作品も僕に強烈な衝撃を与えるのに十分だった。
 ストーリー自体は子供向きらしくたわいの無い内容だった。
 家庭の事情でケニアで暮らしていた10歳の少女が、動物学者である祖父に連れられ日本に帰ってくる。
 しかし帰国途中の機内で夢を見る。
夢の中で異次元空間に迷い込んだ少女は、空間の統治者らしき女神(姿は表わさず声だけだが)の依頼により、凍り付いた空間を元に戻すため、愛のエネルギーを集める使命を託される。
 少女はいろいろな姿に変身し、同時にその時身に付けているコスチュームに見合った能力を発揮出来る力を与えられる。(現在僕が置かれている状況と同じではないか!)
 もし他人に魔法の使用を気付かれた場合、一番好きな男性を女性に変えてしまう(!!)という脅迫と伴に・・・・・
 少女は目覚めた時すべては夢の中の出来事では・・・と考える。
 しかし手元には魔法を授けられたことを示すヘアバンドが残されていた。
 そのことにより、少女はすべて現実のことと認識する。
 少女は魔法の力によりいろいろなタイプの女性に変身する。
 変身した少女の姿は美しく、またその姿に基づく数々のスキルをともなっており、その能力を活用することで少女は愛のエネルギーを集めていく。
 しかし少女が成長した、いや変身した後の姿が問題だった。
 その姿、つまり少女が変身したことにより出現する美女、美少女は、例の突発的女性化によって変身させられた後の僕の姿そのものであったのである。

「あっくーん、晩御飯よー」
 再度階下から母の声が響いた。


   4

 リビングに行く。父が夕刊を見ていた。
 その記事内容が僕にとって最後の駄目押しとなった。

「女性警察署長、J市に赴任する。
美人新任署長、大道時綾子さんは若干25歳、東大法学部卒、キャリア組。」

 大道時綾子
 僕に送られて来たこの衝撃的なプレゼントの発送者だった。
 新聞に掲載されている大道時綾子さんの写真を見てみた。
 僕は一瞬のうちに綾子さんの美しさにとらえてしまった。
 今まで多くの美人を見てきた。
 特に最近、例の現象により自分自身が女性、それも美女、美少女(笑)に変身するようになってから、少しナル気が出てきたのか、女性の美しさを見る目が以前に比べてシビアになってきている。
(この発言はあまり追求しないように。言っている本人も恥ずかしさの余り自己嫌悪に陥っているのだから)
 しかし写真、それも新聞に掲載されている程度の写真を見ただけで、魅了される程の美しさを持った女性は初めてだった。


   5

 肩までかかる漆黒のつややかな長い髪。
 見る人を惹き付けずにはおれないような、それでいて吸い込まれるような神秘的まなざしをたたえている、大きな二重まぶたの美しい瞳。
 植えたように長くカールされた美しいまつげ。
 細く長い三ヶ月型の美しい柳眉。
 肌は透き通るように白く、頬は豊かであるが顎はほっそりと尖っている。
 鼻筋が通っているため、上品で理知的な美しさをたたえた美女がそこにいた。
 その一方、鼻はまるでマネキン人形のようにツンと上向きに尖っているので、大人の女性に対して大変失礼な言い方だが、エレガントでありながらキュートというか可愛らしいというか、その理知的かつ上品な美しさの中に相反するようなかすかな少女ぽいあどけなさと愛くるしさが同居している。
 制服姿にもかかわらず、長身でスタイルの良い、それもかなりグラマテラスな女性であることはひと目でわかる。
 女性警察官制服のミニのタイトスカートからは長くすらりとした脚線美が伸びている。
 新聞の扱いも特例だった。
 縦横20センチ四方の特大カラー写真扱いで、警察署長室内でインタビュー受けている時の全身の姿をアップ、それも紙面トップに載せている。
 インタビューの内容は1面全部を使って掲載されていた。
 あとで聞いたところによると他の各紙も同じような大きな取り扱いだったらしい。
 またテレビでは地元のみならず全国ニュースでも大きく取り上げられていた。
 このマスコミ各社の異例の扱いは、若く美しい女性警察署長着任がいかに大きなニュースバリューを持っているかを物語っていた。

 大道時綾子さんのプロフィールを見てみた。

 平成×年3月 東京大学法学部を首席で卒業。
 国家公務員1種法律職試験と共に司法試験にも合格していた為、1年間の司法修習所研修の後、警察庁入庁。
 1年間の公安部門の勤務を経て、1年間ハーバード大学ロースクールに留学。
 帰国後平成××年×月 S県J市警察署長に着任
 現在の階級 警視正
 25歳独身
 趣味 テニス、料理、読書、乗馬など多彩
 また小説は読むだけでなく執筆もしており大学在学中の平成△年に芥川賞候補に選考されたこともある。

 すごい経歴だ。
 こんなエリート美女が何故・・・・
 見ず知らず、それも僕のような平凡な一高校生に・・・・・・・
 いや、平凡ではないか・・・・・・
 あの現象は決して・・・・・・・
 電話が鳴った。
 僕は知らず知らずのうちに受話器に飛びついていた。
「はい、白鳥ですが」
「わたくし、大道時綾子と申します。晶君はご在宅でしょうか」
 ついに異境の女神からお呼び出しが掛かった・・・
 何故か父も母も家からいなくなっていた。


   6

 こんな電話など切ってしまいたかった。
 しかしそれが無駄なあがきにしかならないことは、僕自身がよくわかっていた。
 大道時さんは僕のすべてを把握した上で電話をかけてきているのだ。
 住所、生年月日、家族構成、通っている学校から、血液型、もちろん例の秘密まで含めて・・・・
 若くしてそれも女性でありながら警察組織の幹部を務めているのは伊達じゃない。
「白鳥晶は僕ですが」
 僕は覚悟して答えた。
「はじめまして。大道時綾子です。わたしからのプレゼント気に入っていただけたかしら?」
 透き通った艶やかな美しい声が受話器から響いてくる。
 表面上は優しげだが、底に冷ややかな冷静さを秘めた話し方だ・・・
「高価な物を頂いて悪いんですけど、あなたの真意が分からないのですが・・・・・」
 いくらすべてを把握されているからといって、最初から丸裸になる必要はない。
僕はとことんとぼけるつもりだった。
 しかし僕のはかない抵抗など1秒ともたなかった。
「とぼけても無駄よ。わたしがあなたにあの雑誌を送ったことですべてを分かっていただけたと思うのだけれど・・・」
「警察の方が、脅迫行為なんかしていいんですか?!」
「あなたを守るためよ。それにあなたが今、言ったことは、わたしが以前いた部署ではほとんどお家芸だったわ。」
 日本が乱れてくる訳だ・・・・・
「電話では詳しい話もできないでしょうから・・・これから会わない?」
「夜中に見ず知らずの未成年者を街中まで呼びつけるつもりですか?!」
「大丈夫、わたしがあなたを迎えに行くわ。」
「両親が許してくれませんよ。」
「お父様もお母様もお出かけのはずよ。今晩はお泊りのはずだわ。」
 聞くなり後ろを振り向く。
 テーブルの上に書置きがのっていた。

「晶君へ
急用が出来たので信州のおばさんの所に行きます。今晩は帰れません。
明日は日曜ですのでご飯は自分で作って下さい。
父、母より」

 駄目だ。綾子さんはすべてを分かっている。
 改めて受話器を取る。
「両親に何か偽の電話でもしたんですか!」
「あら、怖い。わたしがそんなことする訳ないじゃない。これでも警察官よ。」
「だったら何故・・・父さんも母さんもさっきまで家の中にいたんだぞ!それがあなたから電話が入ったとたんにいなくなる。少しできすぎじゃないか!?」
「だとしても、あなたには選択の余地はないはずよ。いいじゃない一晩くらい。わたしをお姉さんだと思ってつきあってくれない?」
 確かに綾子さんの言う通りだった。
 僕には綾子さんの言葉に従うしか選択肢はなかった。


   7

 電話があってから1時間後、玄関のチャイムが鳴る。
(ついにお呼びがきたな)
 僕は玄関に出る。
「どなた様でしょうか?」
 分かってはいたが、わざと一応確認する。
「大道時です。夜分すみません。」
 これ見よがしに覗き窓から確認した。
 案の定、ドアの外にはさきほど夕刊でみたばかりの美しい女性が立っていた。
「どうぞ」
 僕は鍵をはずしドアを開けた。

 ドアを開けるなり、僕は初めて見る綾子さんの美しさに思わず息を飲んだ。
 新聞で見た綾子さんの美しさにはかなりの衝撃を受けたが、改めて真近で見るとその魅力は写真とは比べものにならない。
 写真で見たときより肌は抜けるように白く滑らかで肌目細やかだ。
 繻子のような柔肌とはこの人の為にある言葉ではないだろうか?
 なによりその大きな二重まぶたの涼やかなうるんだ瞳。
 まるで吸い込まれそうだ。
 カールした長いまつげは植えたように長く、美しく・・・
 細く長い三カ月型の美しい柳眉。
 鼻筋が通っていながら、その一方鼻はマネキン人形のようにツンと上向きに尖がり、頬は豊かで顎はほっそりと尖っているため、理知的かつエレガントな美しさの中にも、キュートかつコケティシュな可憐さを秘めている。
年上の大人の女性に対して「可愛いい」なんて大変失礼な言い方なのだが、綾子さんはどこかの上流階級の若奥様を思わせる、上品な大人の女性の美しさの中に、あどけない少女の愛くるしい可憐な雰囲気をかすかに漂わせていた。
肩までかかるセミロングの漆黒の髪の毛は、さらさらしていながらつややかで、
深いうるおいを持っている。
薄く形の良い上品で小さな唇には、分からないほど薄くルージュが塗られ、少し濡れていた。

本当の美女とはこのようなものなのか・・・・
綾子さんがしている化粧といったらこのルージュだけなのに、匂うような美しさが全身からただよっている。
新聞で見た制服姿と違い、ボディコンシャス系のスーツを着ているため、スタイルの良さがはっきりと分かる。
流れるようなボディライン。
おそらく94cm以上はある豊満なバストとヒップ。
それでいてウエストは絞ったように締まり、ミニのタイトスカートからは、流れるような美しく長い脚線美が伸びている。
足首はキュッと締まり、膝下がすらりと長く、頭部2.5個以上の長さがありそうだ。
長身で身長170cm以上もありながら、スタイルの良さの為か、その八頭身の豊満な美しい女体は決して威圧感を与えない。
これだけスタイルが良ければ、警察官を辞めてもスーパーモデルで通用しそうだ。
制服を着ていている綾子さんを、知らない人が見たらあまりに綺麗過ぎるので、女優さんがゲストで1日警察署長をしているものと勘違いしてしまうだろう。
(実は本当に現職警察署長なのにね・・・・・)
いや・・・・
有名美人女優、美少女アイドル、美人アナウンサー・・・・
そんな美女達を目の当たりにしてもこれほどの衝撃は受けない。
きっと現在の綾子さんの美しさの前にはかすんでしまうだろう。
僕は数分間呆けたように綾子さんの美しさに見とれていた。
「どうしたの?女性をあまりしげしげと見るものじゃなくてよ。」
綾子さんはにこやかに微笑みながら言った。
しかしこの時僕は気付いていなかった。
僕が綾子さんに見とれている間、実は綾子さんも僕の容姿をしっかりと観察していたことを・・・・

「先程までの来訪者の確認については満点だったのに・・・そんな無防備な姿勢を見せていては、せっかくの防犯意識がだいなしよ。」
僕は精一杯の嫌味のつもりで、訪問した綾子さんの確認を行ったのに・・・・
そのような僕の浅知恵も、綾子さんの前で見せただらしない醜態の前に、無意味なものとなってしまった。

「なるほどね。」
綾子さんは再度優しく微笑みながら言った。
「何ですか?」
「「根暗な蜜柑」の送り手も、素材の吟味はしっかり行っているのだなと思って・・・」
「どういうことです?」
「美少女にするには、美少年を狙ってTSしなければならない。
当然の事でしょ・・・」
「「根暗な蜜柑」の送り手はあなたじゃないですか!?」
「いいえ。わたしも送られた方よ。今回だけは取り次いだけど・・・・」
綾子さんにも「根暗な蜜柑」が送られていた・・・・・・
いったい何を言いたいんだ?この女性は・・・・

表には真っ赤なオープンハッチのスポーツカーが止めてあった。
僕はあまり自動車には詳しい方ではないが、確かロータスエリーゼとかいう英国車だ。
おそらく綾子さんの車だろう。
短絡的にポルシェとかBMWとかに走らないところが綾子さんらしい。
・・・・て、綾子さんとは今日初めて会ったばかりじゃないか!
いったい何を考えているんだ?僕は・・・・・
「さあ、どうぞ」
そう言って綾子さんはエリーゼの助手席のドアを開けた。

自宅からバイパスに出る。有料道路でこそないが、交通渋滞緩和を目的に作られた高速自動車専用道路だ。
「どこへ行きます?」僕は綾子さんに尋ねた。
「まずわたしの職場。
その後、山の方に別荘を持っているんだけど、そちらの方に行ってみない?」
さすがエリート。この若さで別荘持ちとは。
というより綾子さんは、どこかのお金持ちのお嬢様なのだろう。
淑やかで上品な物腰がその事を示している。
と言ってもそのお淑やかな態度の中に、はっきりとした自己姿勢と強い意志を持ち、それを裏付ける高いキャリアとスキルを有している。
男から見てまさに理想の、いや女の人の目から見てもかくありたいと願う、あこがれの対象となる女性だろう。
僕は助手席に座り、運転席の綾子さんを見ていた。
流れる風にセミロングの髪をたなびかせ、涼やかに運転している。
(綺麗な女(ひと)だなー)
その端正な美貌に見とれながら、僕はすでに綾子さんの魅力のとりこになっていた。
サングラスこそかけているが、華やかな麗しい表情はかえって人目を引く。
案の定、暴走族の若者が僕達にからんできた。
「ようよう、彼女。俺達とつきあわねーか」
「となりのボーヤは彼氏かい?あんたには釣り合わねーよ。
そんなガキ叩き出して俺達とダンデムしねーかい?」
綾子さんは一瞥だにせずにアクセルを踏み込んだ。
ターボチャージャーがうなりをあげ、たちまち暴走族達は後方かなたに消え去っていた。
10
「晶君、あなた学校では女の子にはもてる方でしょ?」
突然、綾子さんは聞いてきた。
「な、なにを・・・そんなことありませんよ・・・・」
僕はうろたえながら答える。
「ふふ・・・そうかしら?あなたが気が付いていないだけで、あなたに好意を抱く女の子は相当いるはずよ?」
綾子さんはからかうように言った。
「あなたくらいのとき、わたしもそうだったけれどなー・・・・・」
「そりゃそうでしょう。綾子さんくらい綺麗な女性なら、男ならみんなめろめろになってしまいますよ。」
「お世辞が上手ね。
だけどあなたはわたしの言ったことを良く理解していないわ。」
「え・・・?」
「言葉通りの意味よ。
わたしもあなたくらいの頃、女の子にはもてもてだったということ!」
綾子さんが通っていた高校の女子生徒にはレズビアンが多かったのだろうか?
そうかもしれない。
こんな美女なら男だけでなく、女の子でもまいってしまうはずだ。
だが綾子さんの次の言葉が僕を混乱に陥れた。
「あの頃はよかったわ。
どんな美少女、美女でもよりどりみどり。
キムタクなんて目じゃない。
まさしくアイドル状態。
しかしそんなふざけた高校生活の報いが今の姿なのよ!」
綾子さんは何を言いたいのだろうか・・・
綾子さんはそれきり急に押し黙ってしまった。
過去あった何か嫌なことでも思い出したのだろうか?

エリーゼは流れるように高速でバイパスを進んでいった。
車外にはまるで宝石箱をちりばめたように美しい街の夜景がひろがっている。
綾子さんはエリーゼのスピードを落とした。
市街地に入るつもりだ。
そういえば自分が署長を務めている警察署に用があると言ってたっけ・・
「署長室にはあなたも同行してくれない?大事な用があるの。」
長い沈黙の後、再び綾子さんは言った。
「警察署長室に一般人、それも未成年である高校生を入室させて問題になっても知りませんよ。」
「大丈夫よ。あなたの方もスタンバイできているんじゃない?」
綾子さんが微笑みながら言ったと同時だった。
「それ」は突然始まった。
11
僕の乳房や双臀が急に豊満に膨らみ始める。
ウエストが急にくびれ、締まり、髪が伸びてサラサラのロングヘアーになる。
両手がほっそりして優しげになり。肩幅も小さくなる。
肌が抜けるように白くなり、きめ細やかになる。
おそらく表情も女の子らしく優しげになっているだろう。
「うあああ・・・」僕は叫び声を上げた。
しかしその声も艶やかなソプラノボイスに変化していた。
こ、こんな時に・・・・・・
例の「現象」が始まったのである。
この女(ひと)の前だけでは女性化したくなかった。
この美しい女性の前だけでは・・・・・・
どんな可愛らしい女の子に変身したって・・・・・
綾子さんの美しさの前ではかすんでしまうに違いない。
元の姿なら綾子さんとはまだ「男と女」の関係でいられる。
いかに綾子さんに「ボク」扱いされても・・・・・
しかしここでメタルフォーゼしてしまっては・・・・
綾子さんとは「お姉さまと妹」以外の何物でもなくなる。
しかし僕の願いもむなしく突発性女性化は急激に進んでゆく。

着ている物にも変化が始まった。
いつの間にか豊満な乳房は白のDカップブラで締め付けられ、大きなヒップは白のビキニショーツで包まれ、ランニングはシルクの白色、レース付きのスリップに変化する。
当然スラックスは紺のタイトスカートに・・・・
綾子さんほどではないが、ミニのタイトスカートから伸びるすらりとした両足から豊満な太腿、ヒップにかけては、肌色のパンティストッキングに包まれる。(ちなみに綾子さんは少し紺色がかった肌色のパンティストッキングを穿いていた・・・・て、こんな時に何に見とれているんだ!?僕は!)
ワイシャツは白のブラウスに・・・
ブラウスには紺色の女性用ネクタイが締められる。
綾子さんは急激に女性化してゆく僕を微笑ましげに見ていた。
(や、止めてくれ!・・・・そんな目で見ないで・・・美しいあなたにだけは・・・・こんな姿見られたくない!!)
僕の心の中の悲痛な叫びもむなしく「例の現象」は進んでゆく。
服装も含めて僕の女性化が完了した時、綾子さんは優しく微笑みながら言った。
「やはり、わたしが思い描いていた通りだったわ。
あなたならきっと可愛らしい美少女になるに違いないって・・・・
ふふっ・・・綺麗よ晶・・・」
(何言っているんだ!あなたの方がずっと綺麗じゃないか!)
僕は心の中で密かに反発する。
しかしそれにもかかわらず、僕は恥ずかしさのあまり綾子さんを直視することが出来なかった。
12
僕たちはバイパスを下り、街の中心部に入って行った。
警察署の前に綾子さんのエリーゼが停まった時、僕の豊満な女体は紺の女性警察官の制服に包まれていた。
ご丁寧につつやかな長い髪の毛の上には、女性警察官の制帽まで乗っかっている。
「ほら、わたしの言った通りでしょ。その姿なら全然問題ないじゃない。
さあ、行きましょうか?白鳥晶婦警」
綾子さんは優しく微笑む。
「わかりました。大道寺警視正。」僕はそう答えるのがやっとだった。

警察署のエントランスはほとんどフリーパスだった。
まあ当然のことではあるが・・・・
綾子さんは警視正、しかもこの警察署の署長。
そして僕は女性警察官。
誰が見ても今、話題の女性警察署長が秘書の女性警察官と共に出勤してきたとしか思わないだろう。
通り過ぎる人達が皆、僕達に対して敬礼してゆく。
僕達というより綾子さんに対してだが・・・
おそらく皆、警察関係者だろう。
綾子さんはその人達全員に「ご苦労様」とにこやかに微笑みかけている。
下手に敬礼したらボロを出しかねないので、僕は綾子さんの後に付き従い、
真似をして小首をかしげながらぎこちなく「ご苦労様」と微笑み続けた。

本当のことを言うと、僕とこの警察署とは浅からぬ因縁がある。
そーか。やっぱりな・・・・て、違う!ちがーう!
まだ僕は犯罪者としてこの警察署のご厄介にはなっていない!
というと近い将来お世話になるのかって?
止めてくれ!
まあ銀行強盗事件、デパートジャック事件と過去2回にわたって犯罪に巻き込まれているのだから、そのときにお世話になっているのは事実なのだが・・・・
て、これも違ーう!
2つの事件とも僕の例の「現象」によって、急転直下解決に向かっているのだからね・・・・・!
感謝状の1枚でも貰いたいものだ!

実は父方の伯父がここに務めているんだ。
伊吹という名前で刑事課の警部をしている。
当然、綾子さんのようなエリートではなくて、ノンキャリア、現場たたき上げの刑事さんだ。
ここらあたり市役所でほそぼそと課長職を務めている、親父とどっこい勝負というとこか。
だから僕には女性警察官にメタルフォーゼする以前から、警察組織についてある程度予備知識あった・・・。
だけど・・・真城先生の作品を読んでいる人なら当然わかっているよね。
デパートジャック事件の時、この伯父が担当者として現場に出動して来ていたということを・・・。
事件が解決した後我が家に来て、さも事件が解決したのは自分の手柄のように自慢していたが・・・・
よくよく聞いてみると何の事はない僕の例の「能力」が犯人達を混乱状態に陥れ、事件解決に結びついていたのさ。
優秀な甥を持って感謝しなよ!伯父さん!
もっとも今は「姪」だけど・・・・
13
署長室のある最上階には僕達2人の他誰もいなかった。
よく磨き上げた鏡のような廊下にコツコツ靴の音が響いてゆく。
綾子さんの履いているのは黒のピンヒールハイヒール。
僕が履いているのは、ストラップ付きの白のピンヒールハイヒールだった。
署長室に入るなり綾子さんは僕に言った。
「そうそう、確かあなたの伯父様がこの署でお勤めだったわよね。
捜査第1課の伊吹警部だったかしら?
そして、銀行強盗事件、デパートジャック事件のときはご苦労様。
あなたの活躍によって両事件とも無事解決したわ。
今晩はわたしからあなたに感謝とお礼をさせていただくわ。」
げげー・・・・
みんなばれている・・・・・
何で綾子さんはそんなことまで知っているんだ・・・・?
「それと・・・今日、あなたに辞令と新しい手帳を交付するわ。
確認して受領しさい。」
そう言うと、綾子さんは署長席につくなり、引き出しを開けて辞令書と警察手帳を出した。
やったー!今日から僕は可愛い婦警さん!
いままでの「なんちゃって婦人警官」でなくてこれからは正式の女性警察官なんだ・・・・!
て・・・・何を喜んでいるんだ?!僕は・・・
警察官採用試験も受けてないのにどうしてお巡りさん、それも婦人警官になれるんだ?
繰り返し言っておくけど、僕はこの「現象」が起きる前は男子高校生だったのだからね・・・
今日現在僕は17歳、しかも在学中。
受験資格すら満たしていないじゃないか。
確かに来年、採用試験を受験してみようとは思っていたけど・・・
14
手帳には僕の顔写真(当然女性に変身後の)が貼ってあった。
ただ氏名は「速見晶子」という女性名に変わっており、年齢は現在の僕より二つ上の19歳になっている。
辞令には今日の日付と「速見晶子」という僕の新しい名前宛に、「本日をもってj警察署、署長室勤務を命ずる」という辞令が、県警本部長名で発令されていた。
警察学校における1年間の研修後、現場に配属されたという設定か・・?
どこの誰だか知らないけれど、僕に謎の雑誌「根暗な蜜柑」を送りつけてきた奴が仕組んだことに違いない。
はじめは綾子さんがすべての事の黒幕かとも思ったが、どうやら現在僕を取り巻く状況はそんな単純な構造ではないらしい。
ただ綾子さんは僕よりは真相を知っていることは間違いなさそうだ・・・。
一つだけ言えることは、一段と何がなんだか訳のわからない事態に、僕が巻き込まれつつあることだけは確かだった。

それにしても・・・
この辞令書と警察手帳ははたして本物だろうか・・・
そんな訳ないよな・・
まあいいや。どうだって。
どうせ変身後の一般社会における僕の立場についてじゃないか。
所詮、仮の身。大人になってこの現象がおさまれば不要となるものだ。
そんなことを考えて始めていた時だった。
突然、綾子さんは美しい柳眉をつりあげ僕をしかりつけた。
「もっと真面目に考えなさい!これはあなた自身のことなのよ!」
え、綾子さんて・・・・他人の考えていることが分かるの・・・?
「考えていることが顔に表れるようではまだ子供ね。
いい?あなたは今、自分に起きていることは一時的現象に過ぎないと思っているのかもしれない・・・・
でももし、大人になってもこの現象が収まらず、もう一つの性に固定化して、つまり肉体的に完全に女性になってしまった時はどうする気なの?!」
考えてもいなかった・・・・・
「わたしの見るところそれは近い将来、非常に高い確率で起きる可能性があると思うわ・・・」
お、脅かさないでよ・・・
「これは脅しではないわ。
かつて今のあなたのように事態を軽く見て、程なくその考えの甘かったことを、我が身、我が肉体それも女体で思い知らされた愚か者がいたわ。」
え、それって、誰のこと・・・?
「いい、今、県警本部の人事課のデーターベースと辞令発行台帳、そして警察学校の卒業者名簿を見せてあげる。
これを見ればいくら疑り深いあなたでも、その辞令書と警察手帳の信憑性を信じてもらえるでしょ・・・」
綾子さんは自分の机、つまり署長席の上の端末のスイッチを入れた。
15
綾子さんの言う通りだった。
もう一人の僕、女性となった僕である「速見晶子」という女性警察官は、確かに存在していた。
データーベースによると「速見晶子」の出身地は東京都。2年前に僕が現在暮らしているS県の警察官採用試験に合格。
1年間、警察学校で研修を受けた後、県警本部の交通課に配属。
今年4月にj市、つまりこの街の警察署の交通課に移動。
今月7月をもって秘書として署長室勤務を命ぜられる。
「これは「根暗な蜜柑」の送り手があなたにくれたプレゼントよ。
今あなたは「ゆらぎ」の状態にあるのだとわたしは考えているわ。
だから性や年齢が時々変化するのよ。
ただそれに伴い、着ている服までが変化してしまうメカニズムについては、
わたしも分からないけど・・・・」
綾子さんは何故そんなことまで分かるんだ・・・?
「先ほどあなたの自宅でも言ったでしょ。
わたしにも「根暗な蜜柑」が送られていた、いえ、今でも送り続けられているわ・・・・。」
え、もしかして綾子さんも・・・・・。
「あなたという人がいるということを、教えられたのも「根暗な蜜柑」からだった・・・だから今回、わたしはこのj市への赴任を希望した。
ええ、そうよ。あなたがいたからこそわたしはこの街にやって来たのよ!」
綾子さんの大きな美しい瞳は少し潤んでいた。


16
警察署を出てから綾子さんは再び黙りこくってしまった。
おそらくまた過去のつらい思い出が蘇ってしまったのかもしれない。
しかし、嫌な過去の心の傷をおしてまで、綾子さんは僕になにかを伝えようとしている。
僕は綾子さんのそんなひたむきさに深く感動した。
この女(ひと)が僕に何を託し伝えようとしているのかまだ分からない。
しかし綾子さんのその一途な心に僕も本気で応えようと思った。

エリーゼは山間部の方に向かった。
街の灯もはるかかなたになり、谷間をくねるように山の中に入って行く。
何時の間にか僕は元の姿に戻っていた。
この先の山岳地帯は景勝地として全国的にもかなり有名で、国立公園にも指定されている。
そのような山岳地帯のいくつもの峠を越え、谷を渡り・・・・
やがて静かな谷間にある小さな池のほとりに出た。
あたりは奥深い林に覆われ、人気もなく家1軒建っていなかった。
いや、よく周囲を見渡すと池のほとりに1軒だけ建物が建っている。
夜も更けて来ているために、あたりはよく見えないが、その建物だけに灯りがついていた。
綾子さんは何も言わずにその建物までエリーゼを走らせた。
その建物の前まで来たとき、僕はそれが意外と大きな建物であることに驚かされた。
遠くからは一見、普通の住宅のように見えるが、本格的な3階建てでテラス、展望室、サンルームまであり、最上階と1階が渡り廊下でつながった同じく3階建ての別棟まである。
綾子さんはカーナビから小さな器械を引き抜くと、建物正面のシャッターに向けた。
ボタンを押すと静かにシャッターは上がり始めた。
リモコン付きのガレージという訳だ。
エリーゼは静かにガレージの中に入っていった。
「わたしのシャトーへようこそ。」
綾子さんはにこやかに微笑んだ。
そうか、これが綾子さんの別荘か・・・・。

綾子さんは市街地の中心部にある高級マンションに暮らしている。
そこからは綾子さんの勤務先であるj警察署も徒歩で5分の距離にあり、繁華街も近く、この場所に比べてはるかに立地条件もいい。
当然、購入価格も高く、いわゆる億ションとして有名なマンションだ。
警察署を出てここに来る前にそのマンションにも案内してもらった。
部屋の中はきちんと片付いており、若い女性の部屋らしく非常におしゃれな内装だった。
またインテリア、家具を見ても綾子さんのセンスの良さが感じられた。
しかし、綾子さんが普段暮らしている部屋なのにも関わらず、不思議と生活観が感じられなかった。
最新型PCがある机の上には書類が広げられ、綾子さんがそこで仕事をしている事が明確であるのにも関わらずだ・・・
だが人気のない場所にあるにも関わらず、この建物にこそ綾子さんの存在をはっきりと感じられた。
綾子さんはエリーゼのトランクを開け大きな紙袋を出す。
「自宅から少し食料品を調達してきたの。
すてきな週末を過ごすには必須のものでしょ。
まあ、ここにも大抵のものは揃っているし・・・・不便は感じないと思うわ。
さあ、上にあがりましょ。今夜はあなたを心から歓迎するわ。」
綾子さんは僕をうながした。
17
「夕食は簡単な物でいいかしら?」
綾子さんはどうやら普段着に着替えてきたらしい。
スーツは脱いできたらしく、ブラウスと藤色のミニのタイトスカートだけになり、肌色のパンティストッキングに穿き替えて来ていた。
そのままキッチンに入ると、ライトパープルのシルクのブラウスの上からイエローとレッドのチェックのエプロンをつけ、料理を始めた。
僕は厨房に目をやった。綾子さんが料理する後ろ姿が見えた。
お嬢様然とした綾子さんが料理をする姿は意外な魅力にあふれていた。
新婚まもない新妻が夫のためにいそいそと食事の支度をしている・・・・
そんな姿を連想させる。
まさに初々しい若妻の魅力満開といったところか・・・・。

やがてテーブルには二人分の夕食食が並んだ。
シーフードパスタ、リゾット、サラダそれとスクランブルエッグとコンソメスープまである。
その他にワインが1本。
「卵、食べる?」綾子さんは席につき首を傾け僕に聞いてきた。
「え?」
「晶君、卵、嫌いじゃないかと思って・・・」
「いいえ。好きです」
「よかった!実はわたし、昔、卵は食べられなかったのよ。でも最近は平気になって・・・・・
肉体の変化により嗜好まで変わってしまうのかしら。」
「?」
まただ、また綾子さんは謎の言葉を口にする。

しかし、こうして見ていると、東大卒のキャリア組のエリートで、25歳の若さ、それも女性でありながら警察署長なんか努めているけど、綾子さんて実は深窓の御令嬢じゃないだろうか。
そんなおしとやかなお嬢様が、何故僕のような平凡な男子高校生なんか相手にするのだろう。
ただ一つあの「根暗な蜜柑」が僕と綾子さんをつなぐ接点だ。
今晩その秘密が明かされるのだろうか?
18
豪華なマントルピースのあるダイニングで僕達は遅い夕食を摂る事にした。
綾子さんは配膳を済ませるとエプロンを脱ぎ、ベランダのカーテンを開ける。
池が見れると思っていたが、あたりは白樺と椴松の大森林に囲まれていた。
池のほとりにこの別荘があるとばかり思っていたが、実はすこし奥まった林の中に立地していたらしい。
外の景色が見えるのもこちらの灯りが届く範囲までで、その奥には漆黒の闇が広がっていた。
ワインを開け、軽く談笑しながら僕と綾子さんの二人だけのディナーが始まった。
それにしても、いくら両親がいないからといって、無断で自宅を抜け出し、見ず知らずの若い女性と外泊だなんて・・・
ばれたら停学どころの騒ぎで済まないよな・・・
いや、それは綾子さんにも言えることだ。
綾子さんは今話題の美人女性警察署長。
警察内部の監査組織が綾子さんの私生活の隅々まで目を光らせているだろうし、マスコミ関係、追っかけ、ストーカー、フォーカスカメラマンなど、綾子さんのゴシップ、スキャンダルを涎をたらして待ち望んでいる奴等は星の数ほどいるはずだ。
そんな中で今晩のように僕のような男子高校生を夜分連れ歩いたら・・・・
しかし僕のそのような心配をよそに綾子さんは涼しい表情をしていた・・・
警察署長室で僕に涙を見せた時とはまるで対照的だ。
「それで・・今晩わたしたちが密会していたからってなんの問題があるの・・・?」
綾子さんは言った。
「おおありですよ!今あなたは世間では注目の存在なんですよ!
もしここに来る途中、僕達の姿を誰かに盗撮されていたら・・・・」
「それは大変だわね・・・・
女性ながら警察署長とあろう者が着任早々、夜分男子高校生を連れまわし・・・・
あまつさえ無断外泊させ・・・
そしてその男子高校生は時々、突然美少女、または女性警察官に変身・・・・。
その偽女性警察官はかつて二度に渡り事件現場に出没・・・・
特に二度目のデパートジャック事件の時は、エレベーターガール、看護師、花嫁さん、バレリーナ、バニーガール、スチュワーデスと七変化を繰り返し、犯人を精神錯乱に追い込む・・・
すごいわねー。そこまできたらゴシップというよりほとんどオカルト話ね。」
そうだった・・・
以前僕が起こした数々の突発性変身、あれこそがマスコミにとって格好の好餌になるはずなのに、なぜかすべて人々の記憶から忘れ去られ、市井の話題にすらならない。
まるで大きな力が働き、事件そのものの存在すらかき消してしまっているとしか思えない。
そのような力が働いているなら、僕と綾子さんの一夜などスキャンダルどころか目撃されたとしても気にする者などいないだろう。
丁度、路傍の石に気を留める者など誰一人としていないように・・・・
「そう、そのことを知っているからこそ、あなたはここまで来た・・・
そしてその力はわたしたち二人にとって、もう離れることのできない物になっているわ・・・」
「離れることのできない・・・?」
「言葉が不適当と言うなら、脱れることのできない運命と言い換えた方がいいかしら・・?」
「・・・・・・」
「そして、その脱れられない運命の象徴があの「根暗な蜜柑」という謎の雑誌なのよ・・・」
僕は背筋に冷たい物が走るのを感じた・・・
19
「ねえ、晶君このような話を知っている?」
綾子さんは続けた。
「一つの池の中に櫻ますの雄だけを集めて飼育するの。
数ヵ月後その集団はどうなったと思う?」
「そりゃ、生殖活動が出来ないのだから、子孫が出来ずに死滅してしまうでしょう。」
「いいえ、間違いよ。餌がないとか、水質が悪化したならば死滅してしまうことも起こり得るけど、生存環境を悪化させなければ、子孫が出来ずに死滅してしまうことはないわ。」
「どうしてです?雄だけの集団の中では子供が出来る訳ないじゃないですか?
確かにクローン技術というものがありますが、あの技術には卵子、つまり雌が必要なんですよ。雄だけの集団の中で子孫が出来るといっても・・・・」
「いいえ、そのような高度な技術など必要ないわ。
答えは簡単、雄だけの集団にしておくと、その後その内の半分が自然に雌に性転換してしまい、そのため残りの雄と生殖活動を行い、妊娠するため子孫が絶えることはないのよ。」
「!!」
まさか、僕自身に起きているこの「現象」はそれと関係あるのか・・・
だけどそれは魚類のような下等生物の場合。
僕に起きているこの現象の説明にはならない。
大体、僕の場合肉体だけでなく衣服まで変化するのだ。
だれがこのような奇妙な現象を説明出来る?
現に綾子さんだって、さっき衣服まで変化する現象のメカニズムは分からないと言っていたじゃないか・・・!
20
食事が終わると、綾子さんは僕に「わたしは後から行くから・・・・」と自分の部屋の位置を教え、先に入っている様促した。
3階にある綾子さんのプライベートルームに入る。
中に入るなり僕は興奮のあまり体が熱くなるのが分かった。
この部屋は・・・綾子さんの寝室じゃないか!!
あのマンションと同じくきちんと整理された、女性らしい部屋だった。
部屋の中央には、ふかふかのクッションが敷かれた大きなクイーンサイズのダブルベットが置かれ、壁際にはクローゼットがずらりと並ぶ。
外にはベランダでつながり、薄暗い部屋の中に青白い月光が差し込んできていた。
大きなベットのそばにはAVセットやちょっとした本箱があり、またベランダのそばには鏡台を兼ねたドレッサーがあった。
その上には綾子さんが使用している女性用化粧品が2,3載っていた。
そして他には写真立てが一つ。
その写真を見たとたん僕は体が熱くなるのがわかった。
その写真の中にはかなりハンサムな若い男性が写っていたのである。

男性はテニスウエアを着てラケットを持ち格好をつけていた。
長身で格好いい美男子だ。
写真を取り出して見ると、裏には平成××年×月 フロリダにて 結城将
と書かれてあった。
結城・・・・て、確か警察庁長官の苗字じゃないか。
そうすると、この男性はそのご子息・・・
もう疑い無い。
綾子さんの恋人に間違いなかった。
いやもしかしたら婚約者かもしれない。
僕はいても立ってもいられなくなった。
あんな美女を一人占めするなんて、許せない・・・
21
得手勝手な独り善がりであることは分かっていた。
しかし体の奥底から嫉妬の感情がこみあげてくることを、僕は押さえつけることが出来なかった。
(落ち着け。落ち着くんだ、晶。
あれだけ綺麗な女(ひと)だ・・・・・
恋人の一人や二人いるのは当然だろう。
綾子さんのような美女、それも深窓のお嬢様の
恋人、いや婚約者となる男性だ。
当然、エリート中のエリートに違いない。
その一方お前はなんだ?
平凡な高校生。
いやそれよりまだ悪い。
突発性女性化という奇妙な体質を、抱え込まされてしまった異常者じゃないか・・・・。
忘れれろ!忘れるんだ!
いくらお前と同じく、「根暗な蜜柑」についての秘密を持っているといっても、所詮高嶺の花。
今晩のことをいい思い出として、今後一切綾子さんのことは忘れるんだ!)
そう自分自身に言い聞かせても、吹き上がるどす黒い感情を押さえることが出来ない。
理不尽な八つ当たりとわかりながら、憤怒の感情はその矛先を次第に綾子さんに向け始めていた。
(何故だ?何故なんだ?
こんな素敵な男性がいながら、なぜ僕のようなつまらない男にちょっかいを出したんだ?
例の秘密を持っていることをキャッチしたから?
そうか、秘密を共有するなんてうまいこと言いながら所詮遊び半分。
僕のことはからかいだったんだな。
出て行こう・・・・
もうこんな別荘から出て行くんだ・・・)
そう思い始めた時だった。
「晶君、お待たせ」
美しいソプラノボイスを響かせ、綾子さんが部屋の中に入ってきた。
22
「今晩はいろいろとどうもありがとうございました。もう僕は帰ります。」
僕は震える声で言って部屋を出ようとした。
「待ちなさい。いきなり・・・・いったいどうしたというのよ?
こんな夜更けに、街まで歩いて帰る気・・・?」
綾子さんは困った顔をして僕を必死に引きとめようとした。
「いいんです。僕なんか・・どうかその素敵な男性とお幸せに・・・」
綾子さんを押しのけ僕は部屋を出ようとした。
「そう、ドレッサーの上の写真を見たのね。困った子・・・
だけどありがとう。
まさかあなたがわたしのことをそんなに思ってくれていたなんて・・・」
綾子さんはふっと息をついて、優しく僕に語り掛けた。

「あなた、その男性、いったい誰だと思う?」
「何言っているんですか!?
僕をからかうのもほどほどにして下さい。
あなたの恋人に決まっているじゃないですか!」
この後に及んでまで、まだ綾子さんは僕をからかおうとしている。
僕はやり切れなくなって思わず大声を上げた。
しかし綾子さんはいたって冷静だった。
「そう多分普通の人が見たらそう思うでしょうね。
だけどそれなら今晩、あなたとこのひとときを過ごす必要はないわ。
ごめんなさい・・・
わたしがあまりにもぐずぐずしていたため、あなたにはいらない誤解をさせてしまったわ・・・・
はっきり言うわ。その写真に写っている男性はわたし自身よ。」

え、綾子さん何を言おうとしているんだ・・・?気は確かか・・・?
「そう、かつて昔、この姿に変身させられる前・・・・・
男だった頃のわたしの姿よ!」
まさか・・・・綾子さんも僕と同じなのか・・・!?
はっとして、綾子さんの方を振り向くと、彼女の二重の大きな美しい瞳は、警察署長室の中で僕に訴えかけた時のように、涙で一杯になっていた。
23
「まさか、綾子さん。
あなたも「「根暗な蜜柑」によって、女性に変身させられた被害者だったのですか?」
「いいえ、同じ女性化でもそのような自然な形だったらどれほどよかったか・・・」
「え?」
綾子さんはすすり泣きながら言った。

「わたしに教えて下さらない・・・?」
「な、何をですか・・・?」
「わたしには女としての魅力が無いの・・・・?」
魅力が無いどころではない。おそらく女性としては最高の部類に入るだろう・・・?
突然綾子さんは立ち上がると、シルクのブラウスの前一列に並んだボタンを一つづつはずしていく・・・・。
ブラウスの前をはだけ、ミニのタイトスカートをすべり落とすと、純白の清楚な白いスリップに包まれた均整がとれた豊満で美しい女体があらわになった。綾子さんはその他には、薄い肌色のパンティストッキングとレースのついた清楚な純白のブラジャーと、同じく純白のレース付きのビキニショーツ型のパンティしか身につけていない。
綾子さんの透き通るような美しくきめ細やかなすべすべした白い柔肌が露になる。
綾子さんはスリップを脱ぎさり、背中に手を回しブラジャーのホックをはずし、身体をずらしてパンティを滑り落とし全裸になった。
弾けるようにブラジャーがはずれ、美しく豊かな乳房がこぼれ、薄い布に包まれていた、透き通るように白く丸みを帯びた双臀があらわになる。
乳首は少し大きめだが透き通る様な桜色だった。
乳房もヒップも94cm以上はあるに違いない。
そのくせウエストはよく締まり、無駄な贅肉一つなかった。
豊満で張りのある形の良い乳房と、正球に近い丸みを帯びた豊満な双臀は白く輝きを帯びて、うっすらと静脈が透けて見える。
すらりと長く美しい脚線美、特に官能的で滑らかな太股には適度の脂肪を乗せしぶくばかりだが、余分な脂肪はなく無駄な贅肉一つなかった。
均整のとれた美しく豊満な全裸体は、ビーナスの彫像を見ている様だった。
10代の少女とは違った、成熟した女性の肉体である。
それでいて、手足は少女のように華奢で伸びやかだ。
その美しい裸体が恥ずかしさに震えている・・・。
初め綾子さんは、太股を重ねて股間を手でおおって隠していたが、両手で顔を覆い泣きじゃくり始めたため、股間が露わになった。
股間をおおう恥毛は驚く程少なかった。
産毛のような柔らかい毛が恥ずかしそうに生えている・・・。
若草と呼ぶにふさわしいヘアは指三本も当てれば、隠せてしまう程だ。
僕は次第に冷静さを失って行った・・・・。


24
「晶君、わたしを抱いて」
すすり泣くように綾子さんは言って、僕に抱きついてきた。
首に回された腕には遠慮なく体重が掛けられ、綾子さんの柔らかく豊かな双胸が僕の体に押しつけられ、押しつけられた双球を通して綾子さんの豊満な肉体の熱気が伝わって来る・・・・。
けっして人工的に作られたものでない、本物の美しい女性の肉体がそこにはあった。
僕は興奮のあまり体全体が熱くなるのがわかった。
しかしその時と同時だった。僕の乳房も綾子さん程ではないが大きく膨らみ、腰はくびれ、お尻が丸く大きくなりだした。髪はもちろん長くつややかに背中まで伸びる。
再度、例の現象が始まったのである。
今度は綾子さんも驚いていた。綾子さんは慌ててシーツで自分の美しい裸身を隠す。
その間に僕はみるみる女性化し始め、僕の衣服もまた一緒に変化しはじめた。
ズボン、ワイシャツシャツともエプロンドレスに・・
靴下は肌色のパンティストッキングに・・・
下着は白のDカップブラに・・・ブリーフは白のビキニショーツに、おまけに白のキャミソールまで着させられ、頭にはカチューシャの髪飾りまでつけられている。
数秒たたぬうちに僕はメイドさんに変身させられてしまった。
綾子さんは呆然としたままだった。
僕はそのまま綾子さんの部屋を出ようとした。
「お願い、待って。」綾子さんが僕を呼び止めた。
「もう落ち着いたわ。今度こそあなたに本当のことを話すわ。
お願いだから一足先にリビングに行って待っていてくれない?」
綾子さんは何時の間にか泣き止み、平静に戻ったようだ。
「分かりました。リビングに行ってます。必ず来て下さい。」
僕はそう言って部屋を出た。

25
数分後僕はリビングにいた。
もちろんメイドさんに変身したままの姿で・・・
少し間抜けな姿だが、ソファーに座り足組みをして、綾子さんを待つ。
寝酒のつもりで持ってきたシェリー酒のボトルと氷入れ、その他にシェーカーと各種カクテルの材料と綾子さんの分も含めてグラスを2つ置く。
「お待たせ」
30分程して綾子さんは室内に入ってきた。
全身にピンクのタオル地のバスローブを着て、バスでも使ってきたのだろう、つややかな長い髪は濡れていた。
そしてさっき僕が綾子さんの寝室で見た写真を持ってきている。
「どうです、少し飲みませんか?お酒が入った方が話がしやすいと思いますよ。」
僕は氷とシェリー酒それとシロップをシェーカーに入れ、軽くシェイクして冷やしてあったグラスに注ぎ、軽くライムを2、3滴たらし綾子さんに勧めた。
「ありがとう、やっぱりあなたは優秀なメイドだわ、晶君。」
綾子さんはおどけるように言って、僕に軽くウインクしてみせた。
綾子さんも大分落ち着いてきたようだ。
「先程はごめんなさいね。わたし、どうかしていたのよ。
でも、もう大丈夫。やっとあなたに本当のことをお話しできるわ。」
綾子さんは写真をテーブルの上に置きグラスに口を付けた。
26
「ねえ、晶君。人間の性差は何で決められると思う?」
綾子さんは突然僕に聞いてきた。
「性差?」僕は綾子さんに聞き返した。
「そう、つまり男女間を分ける特徴のことね。もちろん肉体的な特徴も含めて・・・・専門用語ではジェンダーと呼ぶけど・・」
「ジェンダー」最近マスコミ等で頻繁に使われている言葉だ。
大抵が後にフリーという言葉を付けて使われていることが多い。
僕は漠然と女性差別撤廃というような意味で受け取っていたけれど、まさかそのような意味を持っていたとは・・・・
「それは当然、肉体的特徴によって決められるでしょう。性器の形が違うとか、バストが膨らんでいるかどうかとか・・・・・」
僕は答えた。
「そう、なら今あなたは当然、女の子なのね?」
綾子さんはくすくす笑いながら言った。
「僕のことはほっといて下さい!!大体なんでこんな現象が僕の体に起こっているのか分からないので苦しんでいるのですから・・・
大体、遺伝子まで調べてもらってXYであることまで確認しているのに・・・・もしお疑いなら今、このままの状態で病院へ連れていって下さい。
きっと遺伝子結果はXXになっているはずですから!!」
僕はむっとして綾子さんに答えた。
「正解よ。」綾子さんは言った」。
「え?」
「あなたは今言ったじゃない。遺伝子まで調べて自分の性を確認したと・・」
「いや、それは・・ただ、僕は特殊な例ということで・・・」
「そうよね。そのことについてはまた後で話し合いましょう。
ただこれだけは覚えておきなさい。
生物の性差は肉体的特徴によって決まるのではない・・・
遺伝子の形態によって決まるのだということを・・・・・」
「・・・・・・・」
「肉体は男性でも生物学上の分類では女性になる人、また逆に肉体的特徴は女性でも本当は男性である人。このような例は過去いくらでもあったわ。」
「ニューハーフの人とか、女性から男性に性転換した人のことですか?」
「それは人工的な例でしょう。
わたしが言っているのは先天的な遺伝子異常が原因で起きた症例についてよ。仮性半陰陽とか精巣性女性化症候群とか・・・
これらの臨床例は遺伝子奇形によって引き起こされるため、遺伝子検査まで行えば、大抵、本来の性がわかるわ。
まれにある卵巣と精巣の両方を持つ真性半陰陽にしても、遺伝子単位まで調べればはっきりとその症例がわかるのよ。」
「へー、その真性半陰陽の場合、性別はどのようにして決めるのですか?」
「遺伝子形態が46XXの場合は女性。
XX/XYモザイク型の場合はXX、XYどちらの遺伝子が多いかによって性別を判定しているようね。」
「俗に言うところのアノドロギュノスというのは、真性半陰陽のことなのですが?」
「それは、全く想像上の産物よ。
人間の場合、女性器、男性器とも完全な形と機能を持って、両方兼ね備える肉体など現実には存在しないわ。
真性半陰陽の場合、性器は判別不能になってしまうのよ。」
「へー、じゃあ遺伝子的な意味で途中で性が変わることなんて、医学的に見てあり得ないですね。」
「そう、今まではね。」
「今までは・・・・・?!」
「汚染物質、地球環境の変化によって遺伝子単位まで途中で性別が変化することが今後起きてくるかもしれないわ。」
「僕もそのようなことが原因で・・・」
「あなたの性別変化の真の原因はわたしには分からないわ。
ただ外的な環境変化だけでなく、人工的に遺伝子を変換することにより性を変化し得るとしたら・・・」
「遺伝子操作による完全性転換・・・・」
「そう、それがわたしなの・・・」
戦慄が走った。
27
綾子さんは冷静な調子で話を続けた。
「人工的に肉体的外見を、男性から女性に変えられた女をニューハーフというなら、確かにわたしはニューハーフよ。
ただわたしがあの女(ひと)達と決定的に異なる特徴がるわ。」
「え、どういうところです?」
「卵巣、子宮すべて完全な形で機能している。
もちろん生理もあり妊娠可能よ。そして・・・」
「そして・・・」僕は息を飲んだ・・・
「性染色体の形がXX、つまり女性型なのよ。もちろん何の奇形もなく完全な形で・・・」
「!!」
「だから、もしわたしがかつては男性だったと主張しても、誰も信じる人はいないでしょうね。
だって人間の性別を決める決定的な基準、性染色体つまり遺伝子が、女性であることをはっきりと示しているんですもの。
かつて自分は男性だったという妄想に取りつかれた頭のおかしい女、そう思われるがおちよ。」
僕だってそう思う。
最近、ニューハーフにも相当綺麗な女(ひと)が多くなってきているとはいえ、こんな美女が元は男性であるはずがない。
おまけに生理もあり妊娠可能だって・・・・・・?
綾子さんはきっと妄想に取り付かれているんだ・・・・・・
元々、女性であるのにもかかわらず自分は本当は男性であり、女性に性転換されたという妄想に・・・・
この写真に写っている男性だって、実は綾子さんの恋人で、
不幸な形で生き別れになったショックから綾子さんは退行現象を起こし、
その男性を自分自身だと思い込んでいるに違いない。
しかし、僕は綾子さんに話し続けた。
綾子さんを虚妄に取り付かれた精神的に病んだ女性と決め付けるのはたやすい。
しかし、それだけでは割り切れない何かを本能的に感じていたのだ。
大体、僕は綾子さんの事など言えた義理ではなかった。
「根暗の蜜柑」を読んでから、「突発性女性化」に悩まされているのは何処の誰なんだ?!
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、僕は綾子さんの言うことに合わせてみることにした。
28
「先程あなたはこの写真は、かつて男性だった頃の自分を写した物だと言いましたね・・・・・?」
「そう。今から6年程前の頃かな。
大学2年性のころのわたしの写真ね。(もちろん東京大学に違いない)
それを見て分かる通り、その頃はわたしは男性だったわ。
もちろん性染色体の組み合わせはXY。
これは大学に入学当初、遺伝子検査までしてもらって確認したことだから間違いはないわ。」
綾子さんは真顔で答えた。どうやら本気らしい。
しかし一応礼儀として綾子さんに何が起きたのか聞いておくべきだろう。
「いったい何が、あなたの身の上に起きたのですか?!」
「人体実験よ・・・」
「人体実験と言ったって・・・」
「何者かに無理やり遺伝子組成を女性型に変えられたのよ。」
ここまで言うと、綾子さんは再び大きな美しい瞳を涙でいっぱいにして、突然すすり泣きを始めた・・・
女の涙には弱い。
ましてやその女性が綾子さんという麗しい美女ならなおさらだ・・・
僕はうろたえ始めた。
その時だった。
僕の体の中に何物か分からぬが、衝撃とともに一つの感覚が走った。
そして、その感覚と共にかつて綾子さんの身の上に何が起こったか、また綾子さんが言っていることは、決して妄想でも作り話でもなく真実であることを、はっきりと認識させられた。
リーディング、超常感覚、第三の目、サイコメトリー能力・・・・・
過去、超能力者と呼ばれた者たちが持ち、それを使って超自然的な能力を発揮したと呼ばれる潜在能力。
その新しい感覚と能力が僕に発現した瞬間だった。
7年前の綾子さんの身の上に何がおきたのか?
僕はそれがまるで自分自身に起こったことであるかのように新しい感覚をもってはっきりと感じていた。
29
僕の心の中にあるイメージが突然浮かび上がってきた。
それは結城将という見知らぬ男性の記憶、体験、そして彼を襲った悲劇、その時の、将の感じた感情、それらすべてが一体化して心の中に流れ込んできたものだった。
そのイメージがまるでビデオテープを見るがごとく、いやもっと生々しく、まるで現実の実体験のように心の中にはっきりと再現され始めた。

今から6年前。将は大学生、それも天下のエリート大学、東京大学の学生だった。
父親が警察庁の高級官僚で、東大の文1に首席、それも現役で合格するほど頭脳優秀。ユニバーシアード世界大会のテニス部門の日本代表に選ばれるほどスポーツ万能。そしてその容姿が端麗だったこともあり、将はかなり女の人にもてていた。
女達は皆、将のとりこになり、それをいいことに将は手足り次第数多くの女性達と関係した。
いや、それは将が高校時代から続いていた・・・・・・
学校内の女生徒はもちろんのこと、女教師から、ちまたの女性達、いや同じ学校の生徒の母親まで・・・
しかし、そのような女性遍歴の果て、将は多くの女性の気持をもてあそんだ報いを受けることとなる。自分の肉体でもって・・・・・・
その将の悲劇の記憶と体験が奔流のように僕の心の中に流れ込んできた。
僕はその瞬間、結城将に成り切っていた。
30
「アテンションプリーズ。18:10発 ロサンジェルス行 JAL36号便にご搭乗のお客様は第18番ゲートにお集まり下さい。」
案内アナウンスが空港ターミナルビル内に響く。
ここは新東京国際空港。
20××年7月×日。
その日僕は東京発ロス行きの便に搭乗しようとしていた。
1年前、首尾よく世間では一流と呼ばれる大学に入学。
今年春、エルブライト留学生制度という、アメリカの著名な大財閥が主催する奨学金付短期留学制度に推薦され、試験のほうも見事パス。
新学期が始まる9月からUCLAに留学することになっていたのだ。
「将、向こうに行ったら体に気をつけて、しっかり勉強するのよ。」
母が心配そうに言った。
「大丈夫だって。ほんの1年間。それも単位交換があるのでこちらの方もカリキュラムの遅れることのない制度で留学するんだから。
それにこの時のために、専門課程も含めて卒業に必要な単位は、ほとんど1年間で取ってしまっているんだ。十二分に留学生活をエンジョイしてこれるよ。」
僕は母に言った。
「それでも・・・・」
相変わらず母は心配そうな顔をしている・・・・
全くこれだから女親は・・・・
「まあ、お前は良くやっているよ。学業だけでなくスポーツも・・・・
確かユニバーシアードだったか・・・
テニスの世界大会にも推薦枠で出場できるそうだな?頑張れよ。」
父が励ましてくれた。
普段は厳格な父だったがこの日は珍しくご機嫌だった・・・・・
「もっと男らしくしろ!何だ!お前のざまは・・・
昔からチャラチャラして・・・・
女の子を追いかけることばっかりうつつを抜かしていないで、もっと自分の将来のことを考えてみろ!」
いつもはがみがみと僕に小言ばっかり言っている父がだ・・・・
どうやら前日、秋の人事異動で特別な昇任の内示を受けていたらしい。
父は警察庁に在職している。
いわゆるキャリア組の警察官僚で、結構なポジションにいたがそれでも庁内では、首脳部に到達するには難しいといわれていた。
しかし異例の抜擢を受け、まんざらでもないところに昇任できるとのことだった。
もっともご機嫌というなら僕も同じだった。
短期といいながら費用向こう持ち。
それも奨学金付であこがれのUCLAに留学できるのは確かに嬉しいが、
それ以上に、推薦枠といいながら10月にフロリダで開催される、世界ユニバーシアード大会のテニス部門に出場できる事の方がもっと嬉しかったのだ。
ただ僕の実力で世界の強豪に太刀打ちできるなんて間違っても考えていない。
向こうにはアマチュアといいながらほとんどプロ並、ハイスクールのころから世界中の注目株、ウインブルドンクラスの奴等がごろごろいるからな・・・・・
それでもそんな強豪とお手合わせさせていただくだけでも勉強になるし、大いに楽しみだった。
それに1年間ロスで暮らせれるんだ・・・
ブロンド美女と・・・ムフフフ・・・・
そんなことを考えていると自然笑みがこぼれてくる。
しかしその時僕は気がついておくべきだったのだ。
影のほうで複数の怪しい視線が僕に集中していた事を・・・・・
31
留学生活はいたって順調だった・・・・・
そうあの時までは・・・・
日本にいたころの自分の専攻を生かし、UCLAのロースクール予備コースに編入した僕は、早速学業、スポーツ活動に勢を出し始めた。
恐れ入ったことだが、UCLAは本来アメリカの大学であるのにもかかわらず、日本の法律についての研究が、日本国内の大学以上に進んでいたのだ。
そのため僕は留学する以前より、はるかに早くカリキュラムを消化することができたのである。
そしてスポーツ活動の方は、幸運にもUCLAのテニス部門代表として、世界ユニバーシアード大会に出場出来たのだ。
留学生活もあと残り1ヶ月となったある日、僕は担当のジェファーソン教授に夕食へ招待された。
ジェファーソン教授はその日は上機嫌だった。
前日フロリダで行われたバーシアード大会で、僕が優勝していたことがかなり嬉しかったらしい。
「それにしても、君の留学期間も残すところあと1ヶ月か。なごりおしいな。
君のような優秀な留学生にはずっと我が校にいてもらいたいのだが・・・・
やはり日本へ帰るのか?」
「はい、日本に戻り、父の後を継いで警察部門に進みたいので・・・・」
僕は教授に答えた。
「そうか、しかたないな。
実はわたしの方としては卒業してからも君に、本学に残ってもらいたいと思っていたのだが・・・」
教授はかなり残念そうだった。
「パパ、無理言っちゃだめよ。ショウにはショウの考えがあるんだから・・・・」
ポーラが口をはさんだ。
ポーラは教授の一人娘。UCLAにおける僕の同級生でもあり、ブロンドヘアーが素敵なすごい美人だ。僕の留学中のガールフレンドでもある・・・むふふ・・・
ただ僕が法科関係に在籍しているのに対して、ポーラは医学部に在籍していた。
将来は遺伝子治療を臨床段階で実用化可能にするための研究部門に進むそうだ。
32
「ねえ、ショウ。遺伝子ロボットという言葉を聞いたことがある?」
ポーラはそれまでのたわいのない話から、一転改まって僕に言った。
「いや、無いね。何なんだい?それは・・・・」
突然言われても分かるわけがない。僕は笑いながらそう答えるしかなかった。
「そうね。最近遺伝子研究の分野において開発された新しい技術よ。
ロボットといっても形態としては単純そのもの。
ある特定の性向をもったタンパク質の集まりね。
だから別名タンパク質ロボットとも呼ばれているわ。」
「だけど、その特定の性向というやつが曲者なんだろ・・・」
「さすがショウ。分かっているじゃない。
その性向とは、外部から与えられた指令に基づき、生物の細胞の中に入りある働きをすることなの。
とは遺伝子に作用し、遺伝子を変化させることにより、特定の細胞変化を起こすよう仕向ける、それがその働きなのよ。
そして細胞変化が完了することにより、そのロボットはただのタンパク質に分解し、あとは変化した遺伝子と細胞だけが残り、ロボットはその痕跡すら残さないのよ。」
すごい技術だ。最近の遺伝子操作技術の発達は著しいとは聞いていたが、ここまで来ていたとは・・・・
「へー、面白いな。それなら君が研究している遺伝子治療にも、十分活用出来るじゃないか。」僕はポーラに言った。
きっとポーラが将来研究したいと考えているのも、この遺伝子ロボットについてなんだろう。
ポーラは続けた。
「そう、このロボットを使えば、臓器移植などする必要もなくなるし、癌の治療にはもってこいね。また最近増えてきている、わけの分からない奇病やウイルスに、対処するにも有効だわ。ただし・・・」
「現在は研究段階で、実用化まではまだ相当の時間がかかるということだろ・・」
「いえ、実用化まではあと少しの段階まできているわ。
いえ、もしかしたらすでに実用化されているかもしれない・・・・・」
「それは素晴らしい事じゃないか。ならばどこに問題があるんだい?倫理的面においてかい?」
「そうよ。この技術を悪用する者が出てきた場合、現在のわたし達には対処することは不可能だわ。」
そうかもしれない。たとえば細菌兵器などに使用されでもしたら・・・
しかしそのような弊害は他のバイオテクノロジーにもいくらでもある。
そもそもそのような最新の遺伝子操作技術がもたらす弊害に対処するためにこの技術は必要ではないのだろうか。
その考えを言ったところポーラも同意してくれた。
「たしかにそうね。弊害はあっても多くの可能性を秘めた技術であることは確かだわ。臓器移植なしに新しい臓器を体内で再生したり正常に戻したりすることも可能になる訳だしね。ただこの技術のもう一つの活用法というか弊害があるわ。」
「何だい?それは・・・」
「性の変換よ。」
ポーラは神妙な顔をして言った。
僕は思わず吹き出した。性転換技術なら腐るほどある。何をいまさら・・・それも弊害とはどういうことだ・・・?
しかし、ポーラはあきれたように僕に言った。
「まったく・・そこまでショウが認識不足だったとは思ってもいなかったわ。外科的方法で肉体的外見だけ変えてもそれは本当の意味での性転換とはいえないのよ。いい、性を決定するのはあくまでも性染色体。ただこの技術を使うとその性染色体つまり遺伝子単位まで性を操作できるのよ。たとえば男性の場合、このロボットを使用することにより遺伝子がXYからXXになる。その結果どのようなことが起きると思う?男性器や精巣はすべて女性器や卵巣、子宮に変化してゆくのよ。当然骨格構造も女性化し、性ホルモンの分泌変化のため肉体的形質まで女性化してゆくわね。」
「肌が滑らかになり、肉体全体が丸みを帯び、乳房や臀部が膨らみウエストが括れるということかい?」
「それだけでないわ。体内に形成された卵巣、子宮からは生理が始まり妊娠まで可能となるのよ。」
「それは、すげえな。ひとつ、聞いておきたいのだけど、そうして肉体的特徴だけでなく遺伝子単位まで女性化し妊娠まで可能となった時、その人物は男なのかいそれとも女なのかい?」
「決まっているじゃない。肉体的形質だけでなく遺伝子まで女性型。生理もあって妊娠可能。当然、女性に決まっているわ!」
「!!」
「つまり、人生の途中において完全に性を変えることが可能となるわけね。魚類のような下等生物だけでなく人間にも完全性転換が起こりうるということよ。」
「そりゃ、画期的な技術だな。性同一障害の患者に対しての治療には最適だろう。」
「そう、現在は動物実験にとどまり人間においての臨床例はないけど近いうちに実用例が出てくるかもしれないわね・・・・」
「結構なことじゃないか。」
「本人同意の上でならね・・・」
ポーラは意味深に言葉を切った。
33
「どういうことだ?」数秒おいて僕はポーラを追求する。話が余りにも突飛過ぎて彼女が言った言葉の意味が一瞬判断がつきかねたからだ。
「性同一障害の場合、あくまでも精神は女性だから問題ないけど、通常の男性に無理やり施術された場合どうなるの?心は男性でも肉体は女性。
困ったことにそのような女性が好きでたまらない変態さんが世の中にはごまんといるのよ・・・」
「冗談じゃない、どっかから可愛い男の子を拉致ってきて、人体実験としてその技術を使って美少女に無理やり性転換して、どっかに売り飛ばそうとしている奴らがいるということかい?」
「そうよ、この技術はまだ実用化されていないし、極秘だからいいものの、犯罪組織に漏洩した場合きっと悪用しようとする者が現れてくるわ。」
「しょうがねえなー。もしかしたら君もその技術で女の子にされたクチだったりして・・・」
「馬鹿にしているの?冗談言っている場合じゃないわよ!わたしよりあなたの方こそ気をつけた方がいいわよ。気がついていないかもしれないけど、あなたって美形だけど、どこか女性的な容姿も持っているのよ。女の子にもてもてでいい気になっているかもしれないけど、あなたにみだらな妄想を抱いている好き者の男達が結構いることをお忘れなく!!」
「えっ!!」
「わたしが知っているだけで学内にそんな輩が少なくても10人以上はいるわ!!」
知らなかった。アメリカだからそのようなことがあるとは思っていたがまさか自分がその対象とされていたとは・・・
「帰国するまでに夜道は十分気をつけてね!!」
ポーラは少しぷりぷりしていた。しかしこの時肝に命じておくべきだったのだ・・・・
ポーラが教えてくれた情報を・・・・そして警告を・・・・
34
楽しい夕食が終わり、僕はアパートにもどり寝室に入った。
夕食時に飲んだカルフォルニアワインが相当効いたらしい。僕はベットにもぐりこみ深い眠りに落ちていった。
「おい、起きろ」
大きな衝撃と痛みのあまり僕は目を覚ました。
目を開けると覆面をした黒ずくめの男達が僕を取り囲んでいた。
「何だ?お前達は!?僕をどうするつもりだ!?」
大声を上げようとした瞬間、僕は口をふさがれ、ギャグボールを噛ませられ、額に拳銃を付きつけられた。
「大人しくしろ!じたばたしなければ何も命まで取ろうという訳じゃねえ。
ただし、俺達の言うことを聞かねえで逆らいやがると、即刻頭がスイカのように砕けることになる。そうはなりたくねえだろ。」
僕に拳銃を付きつけた男は不気味な声で言った。
僕は声を出すことも許されず、ただなすすべもなく震えているしかなかった。

35
その後将の身に何が起こったのか、あまりにもおぞましすぎて僕の口からは何も話せない。
ただ「こと」が終了した後、将のたくましい男性の肉体は、美しくたおやかで丸みを帯びた女性の肉体に変化させられていた。
そう、将は遺伝子を操作され肉体的に完全に男性から女性へ変身させられていたのだ。
美しく、スタイルの良い、グラマーな美女に・・・・
生理もあり、妊娠可能な、完全な女性に・・・

最近の遺伝子操作技術の発達により、男性染色体XYを完全に女性染色体XXに変化させ、普通の男性を遺伝子単位まで完全に女性化して、胎内に子宮もあり生理もある妊娠可能な女性にまで、完全に性転換させることが可能となってきていたのだ。
将に無理やり施されたのも、その外科手術を伴わず遺伝子操作により男性を肉体的に完全に女性に変身させてしまう、究極の性転換施術だった。
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将の肉体には女性器及び卵巣をかたちづくられ、そこから溢れ出る大量の女性ホルモンは将のたくましい肉体(男体)を丸みをおびた美しい豊満な女体に変化させていく・・・・
遺伝子操作により男性染色体XYが完全に女性染色体XXに変化させられる為、
骨格構造、生殖器、循環器、ホルモン分泌作用などが、完全に女性のものに変化してしまうので、外科手術もせずに肉体的に女性化してゆく。
肌は繻子のように滑らかな柔肌に・・・透き通るように白く肌目細やかに・・・
当然乳房は豊満に膨らみ、骨盤が大きくなるため、双臀は大きく豊かに丸く膨らむ。
骨格構造まで変化するので撫肩になり、肩幅は狭く優しく、手足はほっそりと伸びやかに・・・
それでいて体全体は体毛が薄くなり優しく女らしく丸みを帯びてくる。
その一方、首筋は細くほっそりとして喉仏は消滅する。
骨格構造が女性化するため、顔も角張った感じがとれ顎も小さくなり、女らしく優しい表情になる。
肋骨が小さくなるので、ウエストはくびれ50cmほどのサイズまでキュット締まる。
髪の毛は伸びるのが早くなり、柔らかくつややかにさらさらになる。
まつ毛は長くなり、自然とカールがかかり、眉毛は剃りもしないのに、三日月のように細く長く美しい柳眉となる。

37
3日後、将はまるで別人のように、いや蛹から蝶に羽化するがごとく美しく変身させられていた。
しぶく透き通るような美しく白い肌。
剃ったわけでもないのに自然に細く長くなった美しく上品な柳眉。
吸い込まれるように大きく美しい切れ長の瞳。
自然に長くなった美しい睫毛。
まるでマネキン人形のようにつんと上を向いた高い鼻。
鼻筋の通った色白でコケティシュな理知的で上品な美しい顔立ち。
肉体に新しく形造られた、女性器及び卵巣から溢れ出る女性ホルモンの作用により、両手でも余るくらい美しく豊満に膨らんだ乳房。
そして大きく丸みを帯びた豊満な美しく白い双臀。
反比例するように50cmのサイズまでキュッとよく締まったウエスト。
白く形のよい美しく豊満なグラマテラスな乳房のサイズは92cm以上、大きな白いヒップは94cm以上のサイズとなった。
乳輪も少し大きくなり、乳頭もとがり、乳首も膨らむ一方で少女のように可憐な桃色になってしまった。
38
将は遺伝子単位までの究極の性転換施術によって、肉体的には完全に女性化され、そのたくましい肉体(男体)は丸みをおびた美しく豊満な女体に変えられてしまったのだ。
男だったときには美青年だっただけに、女に強制性転換されると、身長170cm、バスト92cm、ウエスト50cm、ヒップ94cmの見事な色白超グラマーな長身美女になってしまった。
なめらかな柔肌は、透き通るように白くきめ細やかになり、骨格構造が女性化したため肩もやさしく撫で肩になり、よくしまった腰は丸みをおび女性的かつエロスティックな美しい曲線を描き、ほっそりとした首筋には喉仏などなくなり、またその透き通るような白い肌は体毛も非常に薄く、産毛も生えておらず、一本の臑毛も見当たらない。

骨盤が女性化して大きくなったことにより94cmのサイズまで膨らんだ、形のよい白く豊満な美しい双臀は、なめらかでグラマテラスかつエロスティックな曲線美を描く。
もともと長身で足が長かった将は女性化してからも、むっちりとした豊満な太股からはすらりとした長い脚が伸び、優しく女性的な美しい脚線美を描く。
足首もキュッと良くしまり、
一方ウエストは50cmまでキュッとくびれ、それでいてなめらかかつ美しく引き締まった白い腹ににかけて、適度に脂肪をのせて優しく官能的に丸みをおび、美しく女らしい曲線を描く。
その豊満な女体の奥には、女性器及び卵巣をかたちづくられ、もちろん生理もあり妊娠可能。
白く透き通るような肌理細やかな柔肌。
丸みをおびた美しく豊満で官能的なな将の八頭身の女体。
ただししぶくような白い肌には適度に脂肪をのせつつも、それでいて無駄な贅肉など少しもみられない。
まさに芸術品、ビーナスのような美女がそこにいた。
遺伝子操作による将の強制性転換、肉体完全女性化が完了した瞬間だった。
そしてこの遺伝子操作による究極の性転換、女性化施術は二度と解けないものであり、これからのち将は一生女として生きてゆかなくてはならない。
そのことを嫌と言うほど思い知らされ、絶望のあまり咽び泣く将だった。

1年後、今や美しい女性に生まれ変わらせられた将は、名前を綾子という女性名に変えられ、組織に監視されたままではあったが、懐かしい日本に返された。しかし結城夫妻のもとではなく、大道寺という闇のフィクサーの一人娘として・・・・・
もっとも、実態は大道寺の愛人としてであったが・・・・・・
将にはなすすべもなく、組織の言われるがまま女性として生きてゆくしかなかった。
真の親である結城氏には、将を組織に差し出した見返りとして警察庁長官に就任するという報酬が与えられた。
ただしいろいろな脅迫とともに・・・・
結城氏は留学前は一人息子だった将を、今度は綾子という一人娘として迎えることとなった。
もっとも強制性転換された将、いや綾子の戸籍を偽造するため、大道寺という政治家の一人娘を養女として、迎えたということにされた形ではあったが・・・

39
はっと目が覚めた。
どうやら僕はかなり長い間居眠りをしていたらしい。
綾子さんはそのたおやかな細い肩をふるわせながらすすり泣いていた。
綾子さんは何時着替えたのか白のネグリジェ姿になっていた。
その下には白のショーツしか身につけていない。
薄い衣の下に綾子さんの美しい豊満な女体な好けて見える。
艶やかな声で嗚咽する綾子さんの美しさ、愛らしさとあいまって、非常にエロスチックな光景だ。
綾子さんはすすり泣きながら、独り言のように告白した。
「あの時わたしに起きた忌まわしい出来事、そしてわたしが受けた恥辱、屈辱。これらはすべてわたしが過去男性だった頃、女性達にしてきたことの当然の報いだったのよ。
かつて男だったころ女性の心を踏みにじった天罰として、今度は自分が女にされ、その報いを受けることとなったのだわ。」
綾子さんが僕に何を告白したのか、眠っていた僕にはわからない。
ただ、僕が感じたあの感覚の中で見たあのイメージ・・・もしあれが真実ならば、綾子さんが今の姿に変身させられる前、あの将と言う男性だったということになる。
だが、現在の僕にとってそのようなことはもうどうでもいいことだった。
ただ、今、僕の目の前で、細い肩をふるわせながらすすり泣いている綾子さんを守ってあげたい、力になってあげたい・・・・
僕の願っていることはただそれだけだった・・・
僕は綾子さんの優しげな肩に手を添えはっきりと言った。
「綾子さん、大丈夫だよ。かつて綾子さんの身にどのようなつらいことがあったかも、そしてもしかしたらそれは今でも続いているかもしれないけれど、そんなものはきっぱり忘れてしまうんだ!
安心して。綾子さんには僕がついている。僕が綾子さんを守ってあげる。
そのために僕にこの能力が与えられたのだから・・・」
綾子さんは「えっ」と言って、涙に濡れた上品な美しい顔を上げた。
「いいかい?よく見ているんだよ。」僕は綾子さんに言うと、
メイドの姿をした女性、速見晶子から白鳥晶、つまり元の姿に戻った。
自分の意志で・・・自分のコントロールで・・・
そう、僕の第2の能力、姿を変えれる力、今は女性から男性にだったが、今度は今までのように突発的に無理やりではなく自分の意志で女性に変身できるメタルフォーゼ能力が開花した瞬間だった。

40
僕が自分の意思で元に戻るのを見て、それまでただ無力に泣きじゃくるだけだった綾子さんは再び生気を取り戻し始めた。
「ねえ、綾子さん。綾子さんはどのような形で僕の存在を知ったの?」
僕は、そのような綾子さんの姿を見て安心し、かねてから疑問に思っていたことを質問した。
「あなたのことはすべてはあの「根暗の蜜柑」から教えられたのよ。」
何時の間にか泣き止んでいた綾子さんは、上品な美しい顔をほころばせ、にっこりと微笑み答えた。
そして綾子さんは遠くを見つめるように立ちあがり、窓の方に向かった。白のネグリジェに下に、綾子さんの美しい肉体が、豊満な形の良い乳房が露になる。
僕は思わずうつむいた。
綾子さんはまるで独り言のように話始めた。

41
あの時、そうアメリカにおいて男達の欲望の道具にされていたあの時・・・
地獄の日々の中でいっそのこと死んでしまいたいと何度思わさせられたか・・・しかし、わたしには死すら許されなかった。
何故なら、もしわたしが自殺した場合はわたしの両親に類が及ぶと脅迫されたから・・・・
わたしは成す術もなく恥辱と屈辱の中で無力にすすり泣くしかなかったのよ。
暴力と凌辱の中で、女らしいしぐさや、話し方を強制されているうちに、何時の間にかわたしの精神まで確実に女性化していったわ。
そしてとうとう運命の日がやってきたの・・・
ある日組織の医師の診断を受けたわたしは、死刑よりひどい宣告を下された・・・
「おめでとう。今、君は妊娠5カ月。
頑張って早く可愛らしい赤ちゃんを出産してね。
君が美しく優しいママになる日はもうすぐだから・・・」
当たり前よね、わたしは性染色体単位まで完全に女性にされ、子宮もあり、生理もある・・・・
当然妊娠可能になっていたのだもの・・・
わたしは猫なで声でいやらしく話し掛ける医師から絶望的な宣告を受け、目に涙を浮かべながら泣きじゃくるしかできなかった・・・・
そしてその医師にもその場で犯されたわ。
もうそのころになると、わたしはいくら心の中で抵抗しても、肉体の奥底から湧き上がる快感に抗しきれないような女に仕立て上げられていたの。
狂ってしまえたらどれほど幸せだったか・・・
しかし、極限まで追い詰められると、人間の精神て案外強靭なものね。
わたしは発狂することすらできなかった・・・・
もっとも、そうなったら。まるで赤子のような生き人形としてあいつらを喜ばせるだけ・・・
わたしは歯を食いしばって耐え抜いたわ。
しかし刻一刻とわたしの肉体の中には新しい生命が宿り、お腹が次第に膨らんでくる、そんな妊婦を化したわたしをあいつらは一段とおもしろがって慰み物にしたわ・・・・
果てしなく続く被虐と恥辱の日々・・・
ある日多くの男達に犯された後、ベットの上で絶望に打ちひしがれ泣きじゃくるわたしのそばにあの方が立っていたの。

42
その方について詳しいことは今まだあなたには言えない。
ただ女神のように気高く聡明な女性だったとだけ言っておくわ。
彼女はわたしに言ったわ。
最初は溜飲をおろすかのような軽蔑を込めて・・・
しかし次第にそれは憐れみを込めた言葉に変わり・・・・
そして多くの慰めから励ましへと変わっていった・・・・
「どう?思い知った?
女の苦しみ、そして哀しみを・・・
今は女として元は同性だった男達に蹂躙されるのは、たまらなく口惜しいでしょう・・・そして気が狂うほどおぞましいことでしょう・・・・だけど、その恥辱と屈辱もかつて男性だったころ多くの女性の心をもてあそび踏みにじった報い、そして今度はすばらしい女性として生まれ変わるための試練と思いなさい。
もうあなたは二度と元に、そう男性には戻ることはだきない。
わたしも元に戻すことはできないし、する気もないわ・・・・
そしてこれからは女性として生きてゆきなさい。
真に美しく気高い女性として・・・・
あなたの胎内には新しい生命が宿っている。
本当ならこのままあなたに出産させるべきでしょうけど、
邪悪な男達に汚されて、望まない子を産むことはあなたにとって耐えられないことでしょうし、誕生してきた子にとっても不幸なことでしょう。
だから今は元に戻してあげる。
そしてあなたが真に愛する男性と巡り合ったとき、この子はあなたの元に帰ってくるわ。
そのときこそみんなに祝福されるような愛する赤ちゃんを産みなさい。
そんなに泣かないで。
もう何も心配することはないわ。
今まで耐えがたい苦しみを受けたでしょうけど、これからあなたには美しい女性として幸せな人生が待っているのだから・・・・・」
そしてあの方は膨らんだわたしのお腹に優しく手を添えたのよ。
わたしはそのままさわやかな気に包まれたまま気が遠くなって、知らないうちに眠ってしまったみたい。

43
気がつくとあいつらがわたしのまわりに集まり大騒ぎをしていたわ。
「どういうことだ!あれだけ成長していた胎児が影も形も無くなっている!」
「流産したのか?」
「馬鹿なことをいうな!妊娠6ヶ月だぞ。あれだけ胎児が成長して流産したなら母体にかなりの影響があるはず。しかしこの女の胎内には何の痕跡すら残されていない。まるで妊娠前の母体と同じだ・・・」
「やっぱり無理だったんだよ。しょせん人知の及ぶ範疇では無かったんだ・・」
「まあ、いいじゃないか。妊娠、出産させることには失敗したが、強制女性化は大成功だ。このままクライアントの元に送ろう。ここまで美女に性転換させることに成功したんだ。クライアントの方でも大喜びだろう。」
わたしは心の中で彼らを嘲笑してやったわ。
馬鹿な人達・・・本当は何が起こったかも知らないで・・・・
人を踏みにじることしか知らないあなた達には、この宇宙の中でどのような生命の神秘があるかなんて分るはずないのよね。
そしてわたしは再び元の社会に戻ることが許されたわ・・今度は女性として、
そして女性としての身分と戸籍を与えられて・・・・・
組織の監視付きではあったけど・・・・
皮肉なものね。
わたしにはかつて男性だったころの母校、東京大学から留学してきた女子大生の戸籍と身分が与えられたわ。
大道寺綾子という新しい名前とともにね。
そして必死に勉強したわ。
何時の日にか開放されて、今度は女性として表の世界に出ることが許されたとき、わたしを慰み物にして踏みにじったあいつらを見返してやるために・・・・
学校に通うことは許されていたのよ。監視付きではあったけど・・・・
彼らにしてみれば学歴も教養も、女にされたわたしの商品価値を高めるために欠かすことの出来ないアクセサリーだったという訳ね。

44
毎日、監禁されていた組織の建物から、ベンツ、リムジン等の高級車で男達のおつき付きで大学まで送り迎えされる女子大生・・・・
まるでどっかいいとこのお嬢様?笑い話にもならないわね・・・
確かに彼らがわたしに求めていたのは「深窓の御令嬢」という属性だったけど・・
ジェファーソン教授そしてポーラとも二度と会うことは出来なかったわ。
UCLAといってもその後わたしが通わさせられたのはロサンジェルスの別の街にある校舎だったのよ。
特にポーラには・・・・あんなにわたしのことを心配していてくれたのに・・・
もしあの時ポーラの警告を受け入れていたならば・・・
無理ね・・・・わたしは日本にいるときから組織に目をつけられていたのだもの・・・
そもそも留学自体が大きな罠だったのよ・・・・・
過ぎ去ってしまったことを悔やんでもしかたないけど、今こうして思い出してみると良く分かるわ・・・
わたしに施された生体実験にはアメリカ政府の上層部が大きく関わっていたのよ・・・このことはその後許されて日本に帰ってきてから後も、幾度となく認識させられたわ。
まるで人形やおもちゃのように扱われ、組織の建物と大学の間だけを行き来させられていた日々が1年以上続いたわ。
そのような時だったわ・・・・わたしのもとにあの「根暗な蜜柑」という不思議な雑誌が届いたのは・・・・・
あなたが初めて受け取った時のように、差出人名は書かれていなかったけれども、一目見てあの方が送ってくれたと感じたわ・・・
そう、性愛奴隷として男達に凌辱され、望まない妊娠をさせられ、妊婦奴隷に仕立て上げられていた、あの生き地獄からわたしを救って下さったあの方からよ・・・
わたしの周囲は郵便物はおろか電話からメールのやりとりまで監視されていたから、きっと誰にもわからない特殊な方法で届けられたのね。
内容は一目してたわいのない内容だったけど、判らないような形で多くの事柄が書かれていたわ。
あなたもお家に帰ったら送られてきた「根暗な蜜柑」を、アナグラムを解くようにもう一度読み直してごらんなさい。
きっと数々の重大なメッセージが書かれていることに気がつくはずよ。
もしどうしてもわからなかったならわたしのところに持ってきてみて。
解読の仕方を教えてあげるわ。

45
1年後わたしは再び日本に帰されたわ。
女として精一杯飾り立てさせらせてね・・・・
シャネルのライトブラウンのスーツにパープルブルーのシルクのブラウス。
スーツと同じ地の同じくシャネルのミニのタイトスカート。
黒のハイヒールはグッチ、パンティストッキングはカルダン、バックはプラダですって。
ブランド物で着飾り、身分不相応なファーストクラスの座席に座り、これ見よがしに足を組み、すらりとした脚線美を投げ出すわたしは、アメリカからの出張帰りの総合商社のOL?それとも世界を股にかけて飛び回るキャリアウーマン?それともパリコレに出た後のスーパーモデル?
出発時のロサンジェルスの空港でも、旅客機の内でも、男達の好色まじりの視線がわたしに集中してきているのが判ったわ。
もう、わたしは女なんだわ。
もう二度と元には戻れない。
2年前丁度逆の方向、アメリカに向かう747に乗っていたあの時に・・・
男だったあの時に・・・
嫌でもそのことが感じさせられたわ・・・・
大きな寂しさと供にね・・・
空港でわたしを待っていたのは不気味な黒ずくめの男達だった。
無事に日本に戻れても元には戻れないとは思っていたけれど・・・
暴力団かどこかの地下組織のメンバーか・・・・
どちらにしろわたしをこんな境遇に陥れた者達と、繋がる連中であることは明らかだったわ・・・・・
ゲートを出るなり集団の頭目らしきがっしりした男が、わたしに近づいてきて、不気味な声で言ったわ。
「お帰りなさいまし。綾子お嬢様。2年間のアメリカ留学ご苦労さまでした。
総帥がお待ちかねです。こちらにどうぞ。」

46
わたしはそのまま空港ビルの奥にある一室に案内された。
部屋の中にも数人の黒ずくめの男達の集団が・・・
そしてその集団に囲まれて恰幅の良い和服姿の男が豪勢なソファーに陣取っていた・・・
部屋に入るなり、わたしはその男に丁寧に頭を下げ、にこやかに微笑みながら挨拶してやったわ。
精一杯の嫌味と皮肉りをこめてね・・・
「はじめまして。綾子です。いえ、{はじめまして}ではおかしいですわね・・・
あなたにはもう何度もお目にかかっていますもの・・・・
ロサンジェルスで・・・
そういえばロサンジェルスにあったあの施設・・・
わたしが一時期入院していた医療施設ですけれども・・・・
何者かに爆破されたようですわね・・・
後には何故か数十人もの美女が全裸で残され、泣きじゃくり打ち震えていたそうですね。いったい何があったのでしょうか・・・?」
たちまちその男の顔は引きつってきた・・・
回りの黒ずくめ達もざわつきだしたわ・・・・
「余計なことなど詮索しなくてよい。
それに我が親に向かって、そのような他人行儀の口の利き方をする娘がどこにいる?わしはこの2年間、ロサンジェルスには行っておらんぞ・・・」
男はうろたえながら必死で虚勢を保とうとしていた。
わたしは追い討ちをかけてやったわ。
「娘ですか。そうですわね。
あなたがそのような関係をお好みならば、わたしも精一杯あなたの娘としての役割を務めさせていただきますわ、お父様」
男は表面上憮然とした表情をしながらも、内心焦燥にかられているのが手に取るように判ったわ。
わたしが何も知らないとたかをくくっていた良い証拠よ。
すべてはあの方から教えられていたのに・・・
男はわたしが予想外のことまで知っていたことで少し驚いたが、所詮小娘に何も出来ないとでも思ったのでしょうね。
少し余裕が出てきたのか、頭のからつま先までわたしの全身に舐めるような視線を這わせ、好色そうな薄ら笑いを浮かべ言ったわ。
「まあ。そのように角を立てるな。
悋気も女の可愛さではあるが、それもほどほどにしないとな。
それにしても予想以上の美しさだ。これならわしの娘として申し分ない。
改めて言っておこう。わしの名は大道寺儀一。お前の父親だ。
世間一般では政財界のいわゆるフィクサーとして通っている。
つまり結城将の父親の栄達およびその生命はわしの手にあるということになる。そして綾子。お前はわしの一人娘。わかったな。」
一人娘ですって!?娘を脅迫する父親がどこにいるのよ!
しかしわたしにはどうすることも出来ない。今この時は・・・
「わかりましたわ。お父様」
わたしにはそう答えるしかなかった。


47
成田から羽田に・・・・
羽田空港には大道寺の個人所有機が配置されていた。
そのまま島根空港に向かったわ・・・・・
大道寺の所有機は中型のビジネスジェットだった。
それほど己の権力と財力をわたしに見せびらかしたかったのかしら・・・・
わたしは新幹線で移動してもよかったのに・・・
所有機に乗ったとたん、さっそく大道寺はわたしの身体にいやらしい手を伸ばしてきたわ。
わたしは必死で耐えた。
どこが父親よ!それともよっぽどそのような関係にあこがれていたのかしら。
わたしの知る限り大道寺は本当は独身。愛人は相当いるけど、結婚はしていなかったみたい・・・
そのような男でも戸籍を偽造し、わたしという娘をでっち上げることが出来る。
便利な時代になったものね、本当に・・・

そして松江市へ・・・
晶君、驚いてはだめよ。
大道寺の住んでいる場所はこの街からほど遠くない場所にあるのよ。
ここと同じように丹沢山中の奥深くの山村にある、大邸宅。
それがわたしの「父」大道寺儀一の「お屋敷」よ。
「出雲の御仁」これが大道寺の別の名。
気をつけなさい!
あなたも薄々ながら感づいていることでしょうけど、あの男があなたのことにについて何らかの情報を掴んでいる可能性は高いわ。
わたしが今日あなたに会いに来たのもそのことを伝えるためだったのよ。

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空港を出て丹沢山中に向かう途中、あの男はわたしに聞いてきたわ。
「綾子、お前はこれから東大に復学することになる。それからだがどうするつもりだ?」
まったく、女性のそれも「娘」の身体をまさぐりながら聞くことかしら?
「これもわしの教育だ!だまってわしの躾を受けろ!」
平然とほざくわね・・・あの男なら・・・
「はい、警察関係に進みたいと思います。そして出来れば司法関係にも」
いいでしょ!どうせあなたにここまで人生を変えられたのだから・・・・
せめて自分の進路くらい昔のまま貫きたいものだわ。
「ほう。やはりそうか。よかろう。あとのことはわしに任せておけ。
そしてやはり婿捜しだな。
実はわしのところにかなりのところからお前を嫁にと多くの所望が来ておる。なあに、心配するな。アメリカでのことは不幸だったが、医者の見立てによるとお前の母体には後遺症はないそうだ。
早く良い男を見つけて、孫の顔を見せてくれ」
あの男ならならわたしが良い夫に恵まれても、その場で即「お嫁さん」に変えてしまいそうね。

その日、そしてその後、わたしが監視付きながら東京に帰されるまでの1ヶ月間、大道寺邸で何があったかについては聞かないで。
ここまでわたしの恥辱を告白してきたのだもの・・・・
おおよそのことは想像できるでしょう・・・
それ以上にあなたには、断片的な事象から人の考えていることや、何があったかをイメージとして感じ取れる能力が発現しているはず・・・・
もう、これ以上わたしを苦しめないで・・・・
わたしの身に起きたことは確かに屈辱的でおぞましいことだけど・・・
それ以上に逆にそのことが愉悦となり、おぼれ流されていく、そのような自分、そのようなわたしの女としての性が怖いのよ・・・・
よく言われるでしょう。
男は脳で考え、女は子宮で考える。
女性と男性では感度に数倍以上の開きがあるのよ。
それだけ女性の方が「感じやすい」ということ・・
メタルフォーゼした経験はあっても、
純潔を保っているあなたには、まだわからないことだとは思うけれども・・・・・・
覚えておきなさい。
「気持ちでは嫌悪感を感じても、肉体は別の反応を示す」
あれは決して官能小説の世界だけのことではないのよ。
感覚、官能に溺れ流されないよう、十二分に自分の能力を活用しなさい。
これはそれらに流されてしまったわたしからの助言と忠告よ。
あなたには戦いの時が迫ってきている。その大事な時期に自分の意思で変身出来る能力に目覚めた。これは大きな収穫よ。
これで無理を押してわたしがあなたに会いに来た意味があったということだわ。

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最後に一つだけあなたのサイコメトリーの誤りを教えておいてあげる。
あなたはわたしが、養女として大道寺から本当の両親、結城夫妻の元に帰されたようなイマジネーションを感じていたようだけど、それは間違いよ。
あの好色かつ強欲な男がそのようなことをするものですか!
東京に帰り大学を卒業するまで、警察官として奉職してから1年間の本庁勤務、そして1年間のアメリカ再留学の間。何のかんのと口実をつけてわたしに会いに来たわ。
わたしのJ 市赴任についても、自分の手元にわたしを置いておきたいというあの男の意向が働いていたのよ。
あなたに会いたかったわたしにとっては都合がよかったけれども・・・・
灯台元暗しというわけね。
本当に会いたかったあなたが、まさかかつて軟禁されたことのある場所の、すぐ近くにいたなんて思いもよなかったもの。
いえ、それ以上にわたし達が今暮らしている山陰という地方には、多くの謎と、その兆候たる現象があちこちで発生しているわ。
それらのことについてはこれから二人で調べて行きましょう。
わたしが真の両親、結城夫妻には引き離されてから、二度と会うことは許されていないけれど、真の父、結城警察庁長官には一度だけ再会することを許されたわ。
もちろん大道時儀一の立会いの元ではあったけれども・・・・

50
あれは今年3月、アメリカからの再留学から帰り、本庁からこの地に赴任する時、赴任前の報告という形で真の父に会うことができたの・・・・
長官室の扉を開け、懐かしい父の姿を見たとき、わたしは涙があふれ出るのを押さえることができなかった。
「大道寺綾子、これからS県J市に警察署長として赴任いたします。」
涙声ながら父、いえ結城長官にそう報告するの精一杯だったわ。
結城長官も必死に平静を保とうとしているのがわかる。
変わり果てた姿になっても、そしてたとえ息子から娘に変えられたとしても・・・・
我が子のことは間違えるはずないわ・・・
そのような二人の姿を大道寺は薄ら笑いを浮かべながら見ていた。
最低の奴よね!あいつ、って・・
結城長官は毅然とした姿勢を変えなかった。
きっとこれが親子としての、最後の対面になることと覚悟していたのだと思うわ・・
「大道寺警視、君の能力そして実績は卓越したものだ。
しかし君がその若さそして女性でありながら今回の職に抜擢されたのは他に理由がある。
広報対策、つまり警察組織のイメージアップ。そして男女雇用機会均等法を実践していることの象徴的な存在としてだ・・・
君の存在が多くの女性の励みとなり・・・・
そして君の優しさが最近、世間一般に悪いイメージで見られがちな警察組織に対しての見方が、少しでも変化する一助となるよう頑張ってほしい。
健闘を祈る。」
権力によってもてあそばれ、そしてまた引き裂かれた・・・
わたしたち親子二人の思いを込めた長官の最高の訓示だったわ・・
しかしその場にいたあの男がどれだけ長官の思いがわかったかしら・・
怪しいものね・・・
退出する時長官はわたしにそっと言った。
「美しくなったな。妻の若い時にそっくりだ・・・」
そのとき確かに結城長官、いえ父の目には涙が浮かんでいたわ。

これでわたしの話はおしまい。
夜も相当ふけてきたわ。
あなたの寝室はわたしの部屋の隣よ。
今日は早くお休みなさい。

綾子さんは湖のように深い、大きな美しい瞳を涙でいっぱいにしてすすり泣いていた。
僕はいたたまれなくなって「お休み、綾子さん」と言って部屋を出た
そして教えられた部屋に行きベットに入った。

60
翌朝、目覚めのまどろみの中で僕は考えた・・
昨日綾子さんが言っていた言葉が気になっていたのだ・・・
(着ている服までが変化してしまうメカニズムについては、わたしも分からないけど・・・・)
あれはメタルフォーゼと共に、衣服の分子、原子組成まで変わることによって、起きている現象なのではないだろうか・・
そう気がついた時、僕はそのまま飛び起き、即ベットを抜け出していた。
どうしても確かめたい事があったのである。

外に出てみると夜は完全に明けていた。
朝の陽光がまぶしい。
僕は木立を抜け、池の前に出る。
メタルフォーゼをコントロールできるならば、それに伴い起きる原子、分子組成の変化もコントロールできることになる。
僕はまぶたを閉じ意念(武道、気功の専門用語。一つの現象が起きるよう心の中でイメージし、気を動かすこと)をいだく。
僕の姿は再び変化した。
むっちりとした豊満かつグラマーなボディライン。
豊かなバストとヒップ、それに反比例するかにように良く締まったウェスト。
1秒と立たないうちに、僕の肉体は女性化し、衣服も女性警察官の制服へと変わっていた。
そう、今度は自分の意思で、綾子さんの秘書である女性警察官、速見晶子に変身したのだ。
そのままの姿で両手を池のほうへ伸ばし、さらに意念を深めてみる。
心の中で何かがはじけたと感じた瞬間だった。
すさまじい衝撃と爆発音がして、目に前の池に大きな水柱が立っていた。
僕の第3のそして、最大のパワーが発現した瞬間だった。

振り向くと綾子さんが立っていた。
「おめでとう、晶君。これであなた与えられた潜在能力は完全に開放されたわ。
わたしがあなたに会いに来たことは決して無駄ではなかった。
もう、わたしには何も言うことはないわ。
あとはあなたの信じるように進みなさい。」
綾子さんは言った。そして泣いていた。
しかしその涙が昨晩の嗚咽の涙でなく、うれし泣きの涙であることを僕ははっきりと感じていた。

70
僕達は朝食をとり綾子さんの別荘を出た。
僕は女性、つまり速見晶子のままだった。
そして今度は僕がエリーゼを運転していた。
速見晶子は19歳。当然運転免許は所持している。
「そういえば、綾子さんに伝えておくことがあったんだ。」
僕は言った。
「え、何?」
綾子さんは不思議そうな顔をして僕の方を振り向く。
「以前、巻き込まれた銀行強盗事件。あの時僕は女性警察官に、つまり今の姿だけど・・・変身したと思っていたけど・・・その記憶が間違いだったということに気がついたんだ・・」
「え?それならわたしが考えていたのも間違いだったということ?
わたしはあなたのそのことはあの「根暗な蜜柑」で教えられたのだけど・・・」
「うん、あんまり連続していろいろなことが起きるものだから、僕の記憶も相当混乱していたみたい・・・
確かに女性警察官には何度も変身しているけれど・・・・
それはすべてあの銀行強盗事件以降のことだったんだ・・・・・
今朝、やっと思い出した・・・」
「では、その時あなたは何に変身していたの?」
「バニーガール」
「え!?」
「笑ってしまうでしょ・・・
バニーガール姿の女が銀行強盗を叩きのめし事件を解決したなんて・・
あんまり、笑ってしまう事件なので、どこかのスポーツ紙に小さく記事が載ったみたい・・・・」
「そう、その記事はわたしの方で調べてみるわ。
それでも、あなたが事件を解決したことには変わりがないわ。
やはりあなたは選ばれるべくしてこの能力を与えられたのよ」
「うん、今日そのことがはっきりとわかったよ。ありがとう綾子さん。」
「お礼を言うのはわたしの方よ。頑張ってね。晶君」
綾子さんとは警察署で別れ、人目につかないよう変身を解き僕は自宅に向かった。

帰宅途中の道で一人の少女に出会った。
7、8歳いや10歳くらいかもしれないが、不思議な雰囲気を持った美しい少女だった。
「女神さまにあったのね?」
僕の方からは声一つ掛けていないのに少女は僕に聞いてきた。
「ああ、会ったよ。すばらしい女性だった。」
僕は答えた。
「そうすばらしく、そして美しく、すてきな女性よ・・・
彼女は・・・・
今後とも彼女の力になってあげてね・・・
わたしからもお願いするわ・・・・晶君」
少女は言った。
その少女が何者であったか、そして何故僕の名前を知っていたのか、もうそのようなことはどうでもいいことだった。
ただ、僕の大いなる戦いが、そして世の中全体の大きな変化が始まる・・・
僕は心の中ではっきりと感じていた。
(1番勝負 終わり)