不条理劇場
 
グリーン車
 
シアンさん



 カタカタカタ………
2月24日の23時過ぎ。30人程の机が並ぶ広いフロアで、俺は一人黙々と作業をしていた。
ここは品川駅近くのオフィス街。ここの13階のフロアには俺、成美聡(なるみさとし)以外は誰もいない。
中規模のIT関連会社に入社して7年。今年で31歳、未だ独身。付き合っている人はいるが、あまり進展していない。
趣味は鉄道。休みになると、あちこちに乗りに行ったり写真を撮ったりしている。
あとは読書。高校生の時に出会ったWeb小説(主にTS作品)にはまってからは、結構読むようになった。
コンプレックスは背が低いこと。163cmしかなく、女子社員より低い時がある。
今は一人で残業中。先週新システムの開発を任され、そのため連日残業、徹夜状態が続いていた。
「ふぅ〜………」
今まで気にしていなかった時計を見ると、23時35分。
『うわっ、そろそろ帰らないと………』
 荷物をまとめ、急いで帰る準備をする。駅までの時間を考えると、終電まで余り余裕は無かった。23時55分、品川駅に着いた。
『次が終電だな。何とか間に合ったな。』
終電の発車時刻は0時4分。終点着が1時21分で、自宅は終点の小田原が最寄り駅。
通勤にかなり時間が掛かると思うかも知れないが、普段は新幹線通勤だ。
しかし残業等で遅くなった時は、今日の用に在来線のお世話になる。新幹線は速くて便利だが、終電の時間が早いのだ。
……とは言っても、今まで使ったことはほとんど無い。
だがここ1週間、残業が続き毎日在来線、しかも終電のお世話になっていた。
しかし終電とは言え、乗るのが始発では無いので、座れない時の方が多かった。
座れないのは乗ってからせいぜい20分ぐらいだけだが、終点まで座って居たかった。それに、最近はロングシート車に当たることが多かった。
ロングシート車は座席が少ないし、1時間以上座るのは、はっきり言って疲れが増すだけだ。
『そうだ、グリーン車に乗ろうかな……』
少々お金が掛かるけど、グリーン車なら余り混まない。リクライニングシートなので、倒せば寝る事も出来る。終点までなので、乗り過ごす心配も無いし。ホームにあるグリーン券売機で、グリーン券を買った。

 時刻通りに電車が来た。来たのは211系のN5編成。普通車はセミクロス車だった。
2階建てグリーン車である4号車の位置で待っていたが、5号車の方に移った。移ったのは、来月のダイヤ改正で2解建て車両に置き代わると聞いていたから。
5号車の乗客は5人程で、それぞれ思い思いの位置に座っていた。車両の中央、進行方向右側の窓側に座ると、すぐに車内改札があった。
『これでゆっくり休めるな…』
 車内改札を済ませ、伸びをする。後ろの席が空いているのを確認して、座席を最大まで傾ける。
終点まで乗るので、寝てしまっても平気だ。しばらく起きていたが、ここ1週間の疲れもあり、すぐ眠りについた。




 1時21分、電車は時刻通りに終点の小田原駅に着いた。
「……さん、お…さん、もう終点に着きましたよ。」
「………え?」
 車内改札に来た車掌が起こしに来ていた。外を見て見ると、既に小田原駅のホームに到着していた。
「あっ、す、すみません。」
 車掌に謝ったこの時、違和感を感じた。何故か女の声の様に声が高いような……
足下に置いた鞄を取ろうとしたら、顔に髪の毛が掛かった。
『………え?髪の毛が………それに胸がある??』
髪の毛は、胸に掛かるぐらいまで伸びている。そして自分の胸は、服の上からでも分かる女性特有の膨らみがあった。
更に服装も変わっていた。着ていた黒いコートは、白のロングコートに。スーツはピンクのセーターに、スラックスは茶色いロングスカートに。
革靴は黒のブーツになっていた。鞄もスーツケースではなく、ショルダーバックになっていた。
『……何が…どうなっているだ?』
鞄を取ろうとして、屈んだ体勢のまま、動きが止まってしまった。
「…どうしました?具合でも悪いのですか?」
 車掌が心配そうな顔をして聞いてきた。
「い、いえ、大丈夫です。心配かけてすみません。」
 どうにか返事を返し、ショルダーバックを持ち、ホームに降りる。
『どうなってるんだ?何で女になったんだ?』
ホームを歩きながら考えていた。…う〜〜む。歩く度に胸の重さを感じる。慣れないスカートの感触。それにブーツの踵が少し高くて歩きにくい。
『何処で確かめよう?駅のトイレだとまた心配されるし…』
終電も終わった時間なので、すぐ駅も閉めるだろう。
『…やっぱり家で確かめよう。それが1番安全だ。』
いつの間にか改札口の前まで来ていた。確認のする為にも、改札を通ると一目散に自宅に向かって走っていく。
 自宅は駅前の分譲マンションの3階。走らなくても、5分もあれば着く距離だが、今は早く自分の体を確認したい。
ブーツで走りにくかったが、転ばずにマンションに着いた。ポストの中も確認せずにエレベーターの方に向かった。
『早くこい、早く……』
 こういう時に限って、エレベーターが来ない。でも…誰かに自分の姿を見られたらどうしよう。不安になったので、一様柱の陰に隠れる。
エレベーターのドアが開いた。しばらく様子を見てみたが、幸い誰も降りて来なかった。エレベーターに駆け込み、3階のボタンを押した。
ドアを開け、ブーツとコートを脱ぐ。洗面台に駆け込み、鏡を見てみる。
鏡に写った顔は、整った眉毛、長い睫、小さい鼻と口、つやつやの白い肌。目の辺りは元の自分のままだが、それ以外は自分の面影が無かった。
目線は変わってないので、身長は変わってないようだ。髪の毛も、やや茶色縢ったさらさらのロングヘアになっていた。
そして下の方に目をやると、胸はセーターの上からでもはっきり分かる膨らみがある。ウエストも細く引き締まっていて、大きくふっくらとしたお尻。
駅では気付かなかったストッキングを脱ぐと、自分の目の前には脛毛の無い、白く長い足があった。
そして…水色でレースの装飾のショーツを履いていた。股間の膨らみは無くなり、ピッタリショーツが張り付いている。
セーター、チェックシャツ、スリップと上も脱いでいく。
すると、ショーツと同じような水色のレースの装飾が施されたブラジャーに、大きく膨らんだ胸が納まっていた。
『………こ、これが自分の胸?』

「………クシュ」
 鏡の前で自分の胸を見た体制で、立ったまま気を失っていた。室内とはいえ、2月に下着姿のままだと、風邪を引いてしまう。
「風呂に入らないと……で、でも風呂に入るとなると、裸にならないといけないし……」
 葛藤しつつも、風呂場に向かった。身につけている下着を恐る恐る脱ぐ。
自分の目の前には、大きく膨らんだ胸がとなった。
ブラジャーのサイズは、[75C]。Cカップもあるのか……下は………とてもじゃないけど、見られない。
風呂場では、未知の感覚だらけだった。肌は思っていたより敏感で、すべすべだった。

 自分の体を見ないようにタオルで拭き、バスタオルを体に巻いて、寝室に着替えを取りに行く。
部屋は青を基調だったが、オレンジ系統の部屋になっていた。タンスを開けると……予想通り中には女物の服で埋め尽くされていた。
『はぁ……』
仕方が無いので、タンスからブラジャーとショーツを出してつけた。
タンスからパジャマを取り出す。…色はピンクだけど、ネグリジェでなくて良かった。ピンクのパジャマを着てから、ふと気になった事が。
『…そういえば、定期券や身分証明書はどうなっているんだろう?』
 財布をショルダーバックの中から探し出すと、まず定期券を見てみる。名前は成美聡ではなく、波多野成美(はたのなるみ)となっていた。
名字であった成美は名前になっていた。波多野は母親の旧姓だ。もちろん性別は女になっていた。
更に社員証、免許証、保険証も見たが、定期券と同じく名前と性別が変わっていた。おそらく戸籍も変わっているだろう。
写真も、今の自分の姿の写真に変わっている。
『体だけじゃなく、自分の存在自体も女になってるのか……』

 何で女に変わってしまったのか。ネットのTS小説じゃあるまいし………あっ!!そんな………まさか。
……でも、それしか考えたられないのも事実。
成美は気付いた。グリーン車を略表記でTsと表すものがあることを。
そして、今日乗ったのもTsと表される車両だったことに。




























 あとがき…という名の反省

 どうも、初めまして〜シアンです。完成度はどうでしょうか?実はこの作品は昨年9月頃から作成を開始していました。しかし、今制作中の長編を優先したため、半分程作ったところで放置していました。
急遽制作を開始したのは、このネタの内容を使うには、来月のダイヤ改正(3月18日)までに完成する必要に迫られたからです。
時間が無い中、可能な限りの校正をしましたが、おかしなところがあるかも知れません。感想等お待ちしています。