「華代ちゃんシリーズ」36


「究極のコスプレ」

作:高樹ひろむ

イラスト:飯田珠理さん

「華代ちゃん」シリーズの詳細については

http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan00.htmlを参照して下さい


 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さい。

 

 報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。お客様がご満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

 

 さて、今回のお客様は……

 

 

 

 

 毎年のように開かれる同人誌即売会「コミック・エキスポ」。「こみっくパラダイス」や「コミックタウン」ほどの規模ではないが、コスプレイヤーが多くてそれを見ているだけでも飽きることがないという特徴がある中堅クラスの即売会である。春野奈須雄(はるの なすお)は同人誌を買うためにその会場に来ていた。

 

 奈須雄は辺りを見回す。いつものごとくコスプレしている人たちがいる。しかし……

「いいかげんに見苦しい女装は止めてほしいよなあ、といっても毎度のことだけど、はぁ」 そんなことを言っていると、突然小さな女の子が話しかけてきた。

「お兄さん、何か悩んでるみたいだけど、どうしたんですか?」

「きみは?」


「あたしはセールスレディです! 何か悩み事はありませんか? お兄さん」

と言って名刺を渡してくる。奈須雄が受け取るとこう書いてあった。

 

 

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

 

 

「しんじょう かよちゃん?」奈須雄は訊いた。

「ましろ かよです。何か悩み事がありましたら遠慮なくお申し付けください」華代ちゃんは言う。

「と言われても、お金なんか持ってないし」奈須雄は答える。

 もちろん嘘である。お目当ての同人誌を買うために十分過ぎるほどのお金は持ってきた。

「いえ、お金なんかいただきません。お客様に喜んでいただければそれで」

 

(どうせ何かのコスプレでセールスマンごっこをしているのだろう、まあ適当に相手してやるか)と奈須雄は思う。(それにしてもそんな漫画やアニメなんてあったっけ? ま、いいか)なんせここではコスプレが当たり前なのである。知らないキャラクターがいてもおかしくはない。

 

「そうだなあ、悩み事と言えるのかどうかわからないけれど……ちょっとアレ見てよ。いわゆる女装コスプレというものなんだけど、見苦しいのなんの」

 奈須雄が指した方向には、いかにも女装したオッサンという感じの男が歩いている。元々男っぽい顔なのは仕方ないにしろ、もう少しましな格好はできないものかと思える。あれじゃこんなところにいるより、どこぞの女装バレエ団にでも入団した方がましではないか。

「うーん、確かにあれじゃ見苦しいわね」華代ちゃんは言う。

「本当は僕だってやってみたかったんだけど、あんなのは厭だしなあ。ちゃんとキャラクターになりきれるようなコスプレだったらいいんだけど」

「ふーん、なりきれればいいのか。ところでお兄さんはどんなコスプレがしたいの?」

「なずなちゃんだよ、『なずなSOS』の。ちょっぴりドジだけど、とてもかわいいんだ」

 『なずなSOS』とは、ドジっ娘超能力者のなずなちゃんがマヌケな悪人どもと戦うという女の子向けアニメである。といっても、実は男性ファン目当てのロリコンアニメであるという悪口もささやかれているのであるが。

「でもね、さすがに自分が女装したって似ても似つかないし、それ以前に見苦しいだろうし」

「わかりました。それじゃいきますよ」といって華代ちゃんは両手を上げた。

(いったい何をする気なんだろう?)と思う間もなく、華代ちゃんは「そおれっ!」と言いながら両手を振り回した。

 

 

 奈須雄の胸に違和感が走る。なんなんだこれは?「ええっ、何これ。いったい何をしたの? 華代ちゃん」



 違和感はだんだんと大きくなり、そして胸がムクムクとふくらんでゆく。シャツが突っ張るほどの大きさになり、押さえつけられて苦しくなる。さらにはお尻が大きくなりズボンが張り裂けそうになる。股間のモノが押さえつけられて痛くなったかと思いきや、吸い込まれるように消えていく。

 肩が落ちてなで肩となり、腰は細くなり、背丈が縮んでゆく。髪の毛も長くなって肩くらいまでの長さになる。きれいなストレートの黒髪だ。顔も美少女のものへと変わっていく。少々下膨れだが、そこがまた可愛い。細くて華奢な手、内股になった足。足は少々太めであるのが欠点か。

 

「こ、これは……」と言った声も甲高い女性の声だった。

 

 

 今度は服装が変化を始めた。

 上着のジャケットがブレザーに、下に着ていたシャツがブラウスに。それと同時に、押さえつけられ苦しかった胸も緩んで楽になる。ズボンが短くなってゆき一つにまとまる、と思ったら広がってゆきチェックのミニスカートに。靴下は白くそして長くなっていきハイソックスに、靴は女物のローファーへと変化する。

 先ほど楽になった胸が再び締め付けられる。ブラジャーが着けられているのか? 下着も股間にぴったりとフィットするように変わっていった。これはパンティだろうか。

 最後には首周りにリボンネクタイ、頭にヘアバンドが出現。

 

「できましたよ、ほら。どこから見てもなずなちゃんです!」華代ちゃんは言った。

 

 

 そういえば会場の様子が変わっている。見苦しい女装してる人はいなくなっていた。そのかわりコスプレイヤーにやたら女の子が増えたような、でもなんか変。

 しゃがみこんで「な、な、な、なんだこれわぁ〜」と言ってるゴスロリ衣装の女の子やら、自分の胸をもみながあら「はぁ〜、もみもみ、柔らかくて気持ちいい」と言ってるお姫様ドレスの少女、股間を押さえて「ない〜! 無くなっちゃったぁ〜」と言っているレオタード姿の美少女戦士、そして開き直ったかのようにポーズ決めて「あたし、きれい?」と言ってる恋愛ゲームのヒロインやら、etc,etc。

 そそくさとトイレに走り込む人までいる。いったい何をしようというのやら。

 

 でもみんなよく似合っている。さっきのオッサンも、今では綺麗なお姉さんだ。 もはやコスプレなどと言えるものではなく、キャラクターそのものと言った方がいい。どうやら華代ちゃんは女装コスプレイヤー全員を本物の女性に変身させてしまったらしい。

 

「コスプレしたいとは言ったけど、女の子になりたいわけじゃないのに……」

奈須雄はあわてて華代ちゃんを探すが、既にどこへともなく消えていた。

 

 

 あちらこちらからカメラのシャッター音が聞こえる。やはりコスプレ目当てなのだろう。特に今日はいつもより多いようだ。きっとかわいい娘が多くなったからだろうな……と思っていると、奈須雄もついに声をかけられた。

 

「すみません、なずなちゃんですよね。写真撮らせてください」

 

(えっ?)と奈須雄は思ったが、自分は今なずなちゃんの格好をしてるのを思い出した。(まあいいか、せっかくだから楽しもう。でも女装してるみたいで恥ずかしいなあ)

 

「わかりました。で、どのような格好をしたらいいのかしら?」口から自然と女言葉が出てしまう。

「いわゆる『ぶりっ子ポーズ』というやつかな、手を握って胸の前で合わせるやつ。で、『そんなことしちゃいけないわ』と言ってみてください」

 

 言うまでも無くなずなちゃんの定番ポーズである。アニメでよく見ているとはいえうまくできるか心配だったが、体が覚えているのか、あたかも自分が元からなずなちゃんであったかのように自然とポーズが決まる。そしてシャッターが押されると同時にフラッシュが光り、カメラマンは「ありがとうございました」と言って去ってゆく。

 

(やっぱりコスプレってとても楽しいわ、またやろうかしら)

なぜか考えることまでもが女言葉になっていたのに違和感を感じない奈須雄であった。

 

 撮影を頼まれることが多くて思うようにいかなかったが、なんとか合間をぬって同人誌を買い回る。特に今回は面白い同人誌が予想外に多く、出費がかさんで財布がすっからかんになってしまった。

 

(さてと……このままだとあとで大混乱になるわね、何とか元に戻せないかしら)いつもの奈須雄ならそんなことはないはずなのだが、頭の中になぜかそのような考えが浮かぶ。

(もしみんながキャラクターそのものになったのだとしたら、魔法少女さんなんかもいるかもしれないわね。ましてそれが悪い魔法少女さんだったりしたら、それこそ大変なことになっちゃうじゃないの……)そんなことを考えるなんて、やはり自分の心までもがなずなちゃんに変わりつつあるのだろうか。

(華代ちゃんがああいうふうにやったのだから、同じことをしてみればいいわよね、きっと)冷静に考えればあまりに突飛な考えだが、今やなずなちゃんである奈須雄にとっては当然の発想だった。

 

 奈須雄は自分が男に戻った姿を思い浮かべて両手を上に上げると

「なずな、行きまぁ〜す、そおれっ!」と言いながら、華代ちゃんの真似をして両手を振り回した。会場の中に風が巻き起こり、女になっていた人達がだんだんと元の姿に戻っていく。「あははは、できちゃった……」

 

 さて、奈須雄は周りのみんなが元通りになったのを確認したのち、自分の姿を見るために洗面所へと入った。

(ああよかった。これで自分もちゃんと元に戻……ってない!?)奈須雄の姿はなずなちゃんのままであった。

 

 再び自分が男に戻った姿を思い浮かべて「なずな、行きまぁ〜す、そおれっ!」「なずな、行きまぁ〜す、そおれっ!」と何回もやってみたが、全くの徒労に終わった。

 

「なんで? なんで? どうしてなの? ねえ華代ちゃん」と叫んでみたが、当然答えなど返って来るはずもない。残っているのは、華代ちゃんにもらった名刺ただ一枚のみであった。

 

 

 とりあえずそのままの姿で家に帰ろうかと駅に向かい、切符を買うため財布を取り出す。財布の中身は10円玉が5枚と1円玉が4枚だけである。当然これでは切符が買えるはずも無い。

「あれ? 足りないや。ちょっと買いすぎちゃったのかしら?」

 仕方が無いので銀行でお金を下ろすことにする。周りを見回す……あそこか。違う銀行なので手数料がかかるけどしょうがないか、と思いつつ銀行へ。

 

 銀行に着いてお金を下ろす。キャッシュカードなのですぐに下ろすことができた。さて帰ろうとすると、サングラスとマスクをした男たちが走り込んでくる。男はピストルを天井に向けて発射するとこう言った。

「手を上げろ! 動くな、動くなよ!」男たちは銀行強盗だった。

 

(どうしよう? どうしよう? そうだ、あたしがなんとかしなくちゃ。)

 

 不意に頭の中にそんな言葉が浮かぶ。そう、あたしはなずなちゃんなんだ。(だとすると、超能力も使えるかな? 強い光で気絶させるあの技とか――)

 奈須雄――なずなは銀行強盗たちの方を向くと、息を吸い込んでから大きな声で叫んだ。「な……なずな……クラ〜ッシュ!」

(あれ? あれれ? しまったぁ、なずなフラッシュと言おうとしたのに間違えちゃった。)

 

 そのとたん銀行の建物が音を立てて崩れ落ちた。強盗や他の人たちは崩れた建物の下敷きに。そしてなずなは瓦礫の中で呆然と立ちつくしていた。

 

「え、えっと〜……間違えちゃった、てへっ♪」

 なずなはそう言って頭を軽くげんこつで叩くと、ウィンクしながら舌を出した。

(はわわわわ〜、大失敗。でもまあいいか、次こそがんばるわよ!)

 

 

 今回の依頼は少々考えてしまいましたが、依頼者の言葉がいいヒントになりました。

「キャラクターになりきれるようなコスプレ」ですか、とてもいい言葉ですね。だからあたしは、みんなをキャラクターそのものにしてあげました。それってある意味究極のコスプレですもんね。

 

 でもなずなちゃんて確かとんでもないドジっ娘で、しかも超能力は半端じゃないはず。そんなのに変身させちゃったけど大丈夫なんでしょうか?

……って誰ですか、それじゃまるで華代ちゃんみたいだなんて言ってる人は! プンプン。

 

それではまたどこかでお会いしましょう。再見!