「華代ちゃんシリーズ」

「補充」

作・真城 悠

*「華代ちゃん」の公式設定については

http://geocities.co.jp/Playtown/7073/kayo_chan00.html を参照して下さい


 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

 さて、今回のお客様は…。

 

 

 香川医師は忙しく立ち働いていた。

 最近は自らメスを振るうことも少なくなっていた。

 場所にもよるが、院内は戦場のような騒ぎだった。救急病院もかねるこの病院は常に急患が入ってくる。

 

「血圧下がってるぞ!」

「第二手術室空いてるか!?」

 院内はこうした声が止むことは無い。

 

 木島看護婦長の疲労は限界に達していた。

 もとよりハードスケジュールなところに持ってきて決定的に人手が足りないのだ。医師も看護婦も患者に対する絶対数が足りない。「医者の不養生」では無いが、過労で倒れる看護婦も増えてきていた。無理も無い。看護婦の仕事は「3K」どころではなく、「9K」などと言われている厳しい職場である。それでいて特に給料的に恵まれているという訳でもない。むしろ普通にOLでもやっていた方が楽に生きられるし、経済的な側面のみで見れば水商売、風俗関係のそれとなど比較するだけでも気が滅入ってしまう。

 よく揶揄されることに、看護婦への志望動機は「医者と結婚できるかもしれない」という「玉の輿願望」のみだとか。

 しかし、それでもいいと木島看護婦長は思っていた。下心があってもいいから来て欲しい。

 

 がらがら、と開けられるその扉。

 部屋の中は薄暗い。

「…」

 その少女は、用心深く中を見渡した。

「…ん…んー…」

 部屋の中から誰かの声がする。起こしてしまったらしい。

 新米看護婦の綾瀬である。

「あ…、どうしたの?」

「あ、ご、ごめんなさい…」

「いえいえ…。いいのよ」

 まだ少し眠そうな目をこすっている綾瀬。

「どうしたの?」

 身体を起こすと、白いワンピースの白衣が見える。そのまま仮眠していたらしい。その髪をなでつけ、ナースキャップをかぶる綾瀬。

「あ…いいのよ。おねえさんは寝てて」

 にっこりと微笑む綾瀬。

「気にしないでいいのよ。もう眠くないわ」

 その気丈なたたずまいはすらりと伸びた、スレンダーというより「痩せ型」と呼ぶのが相応しいその細い身体とあいまって「きれいなおねえさん」そのものであった。

「どうしたの?」

 ベッドに腰掛けたまま話し掛けてくる綾瀬。

「あの…」

「ん?」

「座っていい?」

 やはりにっこりと笑うその笑顔。

「ええ」

 嬉々としてちょこん、と座るその少女。そして綾瀬の方にその軽い体重を預けてくる。

 そっとその肩を抱く綾瀬。

「寂しいの?」

「うん…なんかみんな忙しそうで…話し相手になってくれる人がいないの…」

「あたしでよければ聞いてあげるよ」

「ホント?」

「うん」

 綾瀬はわが事のように笑顔で頷く。

 

 電話が鳴る。

「はい香川医院です」

「あーもしもし、わしじゃ」

 一気にその表情が曇る香川。

 

「婦長!」

 中堅看護婦の久留米が走ってくる。

「どうしたの?」

「今夜は何かおかしいです。急患が多過ぎるんですよ」

 少し考える木島看護婦長。こういう場合はたまにある。「月の出る夜は犯罪が増える」というのは俗説であるが、現場の人間の感覚として「ケガ人、病人が偏って多い日」というのは確かに存在する。

 しかし、原因は別に存在した。

 

 楽しげに笑っている二人。

「へーえ、そうなんだ」

「うん。あ!そうそうおねえちゃん何か悩み事は無い?」

「悩み事?」

 突然振られた「重い」話に一瞬当惑する綾瀬。

 と、その少女は何やら名刺大の紙を取り出してくる。

「はいこれ」

「あ、ちょっと待ってね」

 綾瀬は枕元から眼鏡ケースを取り出して来て、かける。その小さな顔にアンバランスなほど大きなフレームのそれが可愛い。

 その眼鏡によってやっと「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」という文字が読み取れる。

「かよちゃんね」

「あ、すごーい」

「ん?」

「あたしの名前を一発で読める人ってあんまりいないから」

「あ、なるほどね」

 日常的に子供と接する事の多い綾瀬はここのところの「子供の名前」に嫌でも適性がついていた。

 親がサブカルチャーに何の屈託も無い世代であるせいなのか、最近の「子供の名前」の趣味はちょっと異様なものがあった。漢字の素養があったとしてもまず読めない。「沙絵羅(さえら)」や「杏守(あんず)」など「源氏名」一歩手前のものや、発音は普通でも「亜栖華(あすか)」、「遥華(はるか)」などなど。中には「星矢」や「翼」、「翔(かける)」なんてどっかで聞いたようなものも多い(本当)。

「おねえちゃん目が悪いの?」

「あ、これ?」

 眼鏡を指して言う綾瀬。

「うん」

「まあ、あんまり良くないわね」

 と言って笑顔を見せる綾瀬。

「良くなりたい?」

「直してくれるんだ」

「直して欲しいのね?」

 勢い込んで言う華代。

「嬉しいわ。じゃあお願い」

「はい。じゃあ行くよ。そーれ!」

 

「今日は空いとるかね?」

 言葉に詰まる香川。舌打ちをしたいがそれも出来ない。

「いえ先生…今日はちょっと急患が多いんです」

「まあまあそう言わずに、そんなのは君の優秀な部下に任せておけばいいじゃないか」

 まくしたてるだみ声。代議士の剣崎である。

「…」

「まあ、それはいいだろう。ところで佐藤くんは元気かね?」

 佐藤とはやはり代議士の名前だった。それも典型的な族議員である。

「はい。お元気ですよ」

 汚職の発覚した佐藤は仮病を装ってこの病院に入院しているのである。もともと国会開催中には議員には不逮捕特権があるので検挙されることはないが、証人喚問でしぼられる可能性は残っている。イメージダウンを恐れて病気の装って雲隠れするのだ。確かに実際持病がある場合も多いのだが、50、60にもなれば探せばどこか悪いところは必ず見つかるに決まっている。結局、少々では死なない元気な老人の為にベッドを一つ開けなくてはならず、またそういうじいさんに限って若くて美人の看護婦を指定してくる。

 こんな馬鹿げた国対(国会対策)とやらに貴重な人員と税金を浪費させられているのだ。いまいましいことだが、これも渡世術という奴だ。香川自身は「医は仁術」と信じる誠実な医師であったが、それゆえに政府とのパイプは保っておきたい。

 結局、剣崎の他愛の無い馬鹿話は長々と続き、香川のデスクワークは大いに阻害された。

 

「あ…」

 綾瀬は信じられなかった。眼鏡を外してもはっきりと文字が見えるのである。

「どう?大体1.0位にはなってるはずだけど…」

「すごい…」

 呆然と瞬きを繰り返す綾瀬。

 

「準備いいか?」

 篠原は部下に確認する。

「こちらは問題ありません」

「第二中隊準備良し」

「第三中隊準備良し」

 部下の一人が無線機を耳に押し当てて言う。

「放送班からも準備が出来たとの連絡ありました」

「突入する!」

 右目の下に傷のある男、篠原は威圧的なアーミールックに身を包んでいる。部下達も一様に迷彩服姿である。その手にはステアーAUG、M-16A2、AK47、といった長物は勿論、トカレフ、スターム・ルガー、ワルサーP99、パイソン、S&Wスマイソン、そしてお馴染みベレッタM92Fといったハンドガン、レミントンM700を410ゲージのショットガンに改造したけったいな装備のものまでいる。

 

 手を繋いで歩いている綾瀬と華代。

「美樹ちゃん!」

 木島に呼びとめられる綾瀬。

「はいっ!」

「手伝って!」

 しゃがみこんで華代と同じ視線に目を持ってくる綾瀬。

「じゃあ、おねえちゃんもう行くけど、もう夜だから気をつけて帰るのよ」

「うん。有難う」

 素敵な笑顔をくれた綾瀬は「現場」に駆け出して行く。

 その時だった。

「院内の諸君!」

 院内に、野太い声の放送が響き渡る。

 硬直する面々。

「この病院は我々が占拠する。無駄な抵抗は無用に願う」

 どやどやと迷彩服姿の男達が駆け込んでくる。

「きゃあー!」

 混乱に陥る院内。

 

「と、言う訳で大人しくしてもらおうか」

 篠原が香川にグロック34を向けている。

「どういう積りだ?」

「それはあんたが一番良く知っているんじゃないのか?院長先生よお」

 あくまで真剣な篠原の表情。その傷。

 

 部屋の片隅で綾瀬に抱きしめられている華代。二人は殆どのスタッフと同じく広い一室に押し込められていた。

「だから!我々は君達のことを妨害する意図なんて無い!治療を続けさせてくれ!」

 医師の一人が懇願している。中隊長の須貝は全く取り合わない。

「それは政府がわれわれの要求を聞き入れれば考える」

「こうしている内にも患者たちはどんどん死に向かっているんだ!」

 しかし、須貝はそれに答えず、イングラムM11サブマシンガンを押し付けてくる。

「黙れよ。すぐに済む」

「一秒でも惜しいと言ってるんだ!」

 がつん!と銃で殴られる医師。もんどりうって倒れる。

「きゃああー!」

「静かにしろ!」

 一発、部下が床に向けて威嚇射撃する。

「大人しくしていれば何もしない。しかし…妙な気を起こせば…」

 イングラムを人々に向ける須貝。

「分かってるな?」

 これだけ人間のいる部屋の見張りにサブマシンガンを持たせる意図は明白だ。しかも、カスタマイズが激しくて原型こそ分からないものの、兵の一人はソードオフ・ショットガン(銃身を半分の長さに切断した散弾銃)を持っている。どちらも人間を十人単位で肉の塊に変えられる恐怖の兵器である。

 

 ぐびぐびと酒を飲んでいる佐藤議員。その醜悪な風体。

 バタン!と突然扉が開かれ、同時に香川委員長とテロの首謀者・篠原が入ってくる。

 篠原はその右目の下の傷を震わせ、青筋を浮き出して怒りに震えている。

「これはこれは佐藤大先生…胃潰瘍で国会をお休みのはずの先生が酒盛りですか…」

「んん〜?にゃ、にゃんだ〜?お代わり持ってきてくれたの?おねえちゃ〜ん」

 その真っ赤な顔。既に正体がなくなるほど酔っている。

 構わんからついでに殺してくれ、という言葉を飲み込む香川。

「先生、剣崎先生に連絡しますよ」

 少し酒気が抜けた雰囲気の佐藤。

 

「中の様子はどうなってる?」

 千石が聞く。

「駄目です。正面からは入れません」

 彼らは警視庁捜査1課特殊班第二係である。誘拐・篭城などの特殊犯罪対策の目的で結成されている。その性格上から警察内部でも一切のデータは非公開となっている。

「恐らく正面に配置されているのはM18A1クレイモア指向性対人地雷」

「クレイモアだあ?連中、戦争でもおっぱじめる積りか?」

 クレイモアとは米軍がベトナム戦争で要撃(待ち伏せ)や周辺防御に用いた兵器である。

「隊長、連中あきらかにおかしいです」

「…」

「普通テロ組織が手に入れられる武器と言えばせいぜいカラシニコフ(AK47)かトカレフまでです。しかし連中の装備はまるで海兵隊ですよ」

「うーむ」

 場所は救急病院である。このまま放置しておけば大変なことになる。

 その時、通信係が声を上げる。

「犯行声明出ました!」

 一斉に集まる隊員たち。

 

「おねえちゃん…いいよ。大丈夫だから」

 気丈に…という雰囲気ではない。本当に気軽な口調で言う華代。

「華代ちゃん…」

 手を離す綾瀬。流石にその表情には不安がよぎる。

「まあ、何とかなるって」

「あ…華代ちゃん!」

 その手の中をするりとすり抜けて出て行ってしまう華代。

 静止したかったが、犯人に目をつけられるわけには行かない。

 そうこうしている内にも華代はするりと扉をすり抜けて部屋を出て行く。

「華代ちゃん…」

 不安そうな綾瀬の表情。

 

「馬鹿な!そんな要求が飲めるか!」

 電話口で怒鳴る剣崎。

「そうかい…」

 右目の下の傷をぴくぴくさせている篠原。

「それなら患者たちは死ぬしかないな」

「そ、そんな!」

 狼狽する香川。

「ああ!構わんとも!」

「先生!それは無いでしょう!」

 外部スピーカー状態になった電話に向かって言う香川。

「そんなの知ったことか!」

 怒りにぷるぷる震えている香川。

「…あ、あんたなあ…」

 にやりとする篠原。

「いいぜ先生。もっと言えよ。この頑固じじいを説得してくれ」

「大体君の管理責任がなっていないからそんなテロごっこの侵入を許してしまうんだ!」

 その瞬間、温厚な香川委員長はブチ切れた。

「あんだとこのクソジジイ!元はといえばテメエのせいじゃねえか!そんな不正に貯めこんだ薄汚ねえ金の為に俺の患者を殺させやしねえぞお!」

 しばし沈黙。

「…話にならんな。切るぞ」

 切れる電話。

「あ!もしもし!もしもーし!」

 しかし、発信音がするばかりの電話。

 暴れまわり、電話を破壊する香川。

 篠原もあきれて見ている。

「やるじゃねえか。見なおしたぜ先生」

 同時に篠原の眼前に顔を付きつける香川。

「勘違いするな。お前らのためじゃない」

 睨み返す篠原。

「…分かってるさ」

 

「一刻の猶予もならん。数分後の突入を前提に部隊を配置」

「しかし!」

「いいから準備させろ!」

「隊長!」

「いいか、テロ行為はなんとしても容認されない。全力をもって叩き潰す」

「……」

 日本は時の総理の「一人の命は地球よりも重い」発言にもみられる様に、テロ行為に伝統的に懐柔される傾向にある。しかし欧米ではテロに対する政府の対応は非常に厳しいものがある。ドイツのGSG9、イギリス特殊空挺部隊(SAS)などは、例外無くテロ犯は全員射殺すると考えて間違い無い。その際民間人の犠牲が出ても、その後のテロの防止という見返りからやむを得ないとの考え方が支配的である。

「…は、はい…」

 無線機にとりつく分隊長。

「五分後に突入予定と伝えろ」

 脂汗が流れ落ちる。

「隊長…本当にやるんですか?」

「五分後に状況に変化が無ければ…やる。発砲も許可する。その際、民間人の犠牲者が出てもそれはやむを得ないものとする」

「…」

 伝える分隊長。

 暫し沈黙。

 隊長がマイクを隠してつぶやく。

「まあ、連中が患者の看病にいそしんでくれてるってんなら考えんでも無いがな…」

 乾いた笑いしか漏れなかった。

 

「おばちゃん」

 突然声を掛けられて木島は驚く。

「大丈夫?顔が青いよ」

 何事か、と思っていたがそれが小さな女の子であると知って胸をなでおろす木島看護婦長。

「おじょうちゃん…駄目じゃないの動き回っちゃ」

「ごめんなさい」

 言葉とは裏腹にまるで反省していない様子の女の子。

「はい、これどうぞ」

 と言って何か渡してくる女の子。

「ん?」

 それはどうやら名刺らしかった。「ココロとカラダの悩み、お受け致します 真城 華代」とある。

「これは…何なの?」

「名刺です」

 そりゃな。

「お悩みなどありましたらどうぞ。何でも適えて差し上げます」

 一瞬の放心の後、吹き出してしまう木島。

「な、何が可笑しいんですか!?」

 ちょっと怒った様に言う華代。周囲の人間がジロリとにらむ。

 申し訳無さ気のつもりなのか首をすくめる華代。

「ははは…元気ねえ華代ちゃん」

 商業柄、すぐに子供の名前を覚える木島。

「こっちおいで」

 自分の隣に華代を座らせる木島。

「何か無いですか?」

「そうねえ…」

 緊張感が取れたらしい木島は考え込む。

 視界に入る、銃を持って立っている兵隊。

「思いつかないわ」

「そうですか…」

「まあ…無いことも無いけど…」

「何です?」

 苦笑しながら言う木島。

「先週も止めたの」

「え?」

「いや、何でも無いわ」

「いいから言ってよ」

「う〜ん。スタッフが少ないのよ」

 と言って首をふる木島。自分で思わず「何を言っているのかしら」と小さくつぶやく。

「スタッフ…って、看護婦さん?」

「まあ、そうかしら」

「へーえ、何人くらい?」

「そうねえ…」

 真に受けて考える木島。この女の子の余興に付き合うのも悪くない。そう思い始めていた。

「安定してみんなに休みをとらせられるにはあと二十人位は欲しいわ」

「ふむふむ…二十人ね」

「でも、誰でもいいって訳じゃないのよ」

「あ、そうか」

 ふふふ、と微笑む木島。

「じゃあ聞くわ。どんな人がいい?」

 真面目な顔で質問を繰り返す少女に、そろそろ疑問を抱く木島。

「…聞いてどうするの?」

「参考にします」

「そう…じゃあ続けるわね。…勿論看護婦なら看護婦で一流…とまではいかなくてもある程度の技量は欲しいわね」

「当然ですね」

「でも、他の病院から引き抜いたりは駄目」

「はあ」

「あと、本当にこの仕事が好きで一生懸命やってくれる人がいいわ」

「ふむふむ」

「まあ…こんなところかしら」

「わー、こりゃ難しいです」

 苦笑する木島。

「そりゃ難しいわよ」

「問題はどこから連れてくるか、ですね」

「…そ、そうね」

 あくまで真面目な風にしか見えない彼女の様子。

「どうせなら定職も持たずにいる様な人なんか、手伝って欲しいわよ」

「あ!そうか!」

 突然大きな声を出す華代。

「人数的にもちょうどいいわ」

「か、華代ちゃん?」

「看護婦さん、すぐに補充しますね」

 ぱちっとウィンクする華代。

 

「つまり何としても要求は飲んで頂けないということですな」

 受話器を握り締めている篠原。

「違う!誰もそんなことは言っていないだろ?」

「そうとしか聞こえませんな。指定の時間になりましたので、まずは第一の実力行使をさせて頂きます」

「よ、よせえ!止めるんだ!」

「また連絡しますよ」

 電話を切る篠原。すぐに無線機を取り出す。

「あー、俺だ」

 香川の表情。

「要求が通る気配がまだ見えない。見せしめに2、3人殺せ」

「ば、馬鹿な!やめろ!」

「仕方がありませ…?…ん?」

 何やら自分の身体を見ている篠原。

「…」

 同じくそれを観察している香川。

「?…なんだ?」

 香川は自分の見たものが信じられなかった。

 

「指令が着た」

 兵の一人が銃を構え、近くのパジャマ姿の患者を無理やりに立たせる。

「きゃあー!」

 悲鳴が上がる。

「悪く思うなよ」

「た、助けて…」

 がちゃり、と付きつけられるコルト9ミリライフル。

 が、しかし、兵は信じられないものを見た。自分の手の中でライフルがみるみる縮み、その姿を変えていくのである。

「…!!!?」

 その変化に伴う異様な雰囲気は部屋中に伝染する。

「何?どうしたの?」

 部屋の隅で言う木島。

「いいから見ててよ」

 

「五分経ちました」

「第一班、突入したそうです」

「第二班、突入準備完了」

 その時、隊長は何とも言えない嫌な感じがした。それは論理的に説明出来ない、カンとしか言いようの無いものであった。

「第一班、攻撃待機!」

「既に突入しています!」

「いいから伝えろ!攻撃待機だ!」

「各班に伝達!攻撃待機せよ!攻撃待機せよ!」

 

「…な、何だ?」

 篠原の逞しい身体が、見る見る内に小さく縮んでいた。盛り上がったその筋肉で押し上げられていた戦闘服がぶかぶかになっていく。身長も少しずつ、少しずつ小さくなる。

「き、君…」

 固まっている香川。

「あ、あああ…」

 短く刈り込まれていたその髪がさらさらになり、すすすす…と長く伸びてくる。

「!!!」

 反射的に自分の胸を抱きしめる篠原。

「な、何だ?…何が…どうしたん…だ?」

 その腕の下で、むくむくと成長してくる乳房。

 ぱっ!と手を離されたそれがぷるん!と震える。

「ああ!」

 もう子供が大人の服を着ているかのようだった。その顔のごりごりしたヒゲが消滅し、つるつるの表面になるのみならず角張っていたその形が柔らかく、丸みを帯びたそれに変わっていき、その瞳はくりっとした大きなものになる。

「あ…あああ…」

 変化は止まらない。篠原の臀部がむむむ、と張り出してくると同時にその脚が内股に曲がって行く。その腰がきゅきゅきゅっと引き締まる。

 目の前で木の幹の様だった篠原の手が、白魚の様にか細く、美しく変わっていく。

「何が…一体…どうしたんだ?」

 その声は、心地よい綺麗な声であった。

 その可愛らしい容姿に思わずどぎまぎしてしまう香川。

 変化が次の段階に入った。

 服が、その身体のサイズに合わせて小さく縮み始める。

「あ…ああ…」

 迷彩塗装の施されたその服は白く、白く変わっていく。複雑なボタンやポケットが消滅し、シンプルなそれになる。

 ズボンは小さくなると同時に左右のそれが繋がり、融合する。空気が二本の脚の合間に入り込んでくる。思わずぴたりとその脚を閉じる篠原。無駄毛ひとつ無いなめらかなその肌触り。

「ひゃっ!…」

 その上半身と下半身の生地が一体となり、白いワンピースになる。腰の部分の生地ががきゅうっとくびれ、その体型を露にする。膝下までのスカートから出た健康的な双脚に、白いストッキングが被せられていく。

「あ……そ…そんな…」

 ひとりでに髪がお団子状にまとめられ、うなじが露出し、そしてその頭に白いナースキャップがちょこん、と乗る。

 グロック34はクリップボードへと変わり、その豊かな胸元のポケットにボールペンがささる。

「い、いや…いやだあ…」

 その上半身に紺のカーディガンが出現する。

 屈強の大男だった篠原は、か弱く、そして凛々しい看護婦となってしまっていた。

 

 騒然となる部屋の中。

「…!!」

 余りの事に言葉を失っている木島看護婦長。

 今にも人質を射殺しようとしていた、テロリストがあろうことか見る見る可愛らしい女性へと変わり、その服は看護婦の白衣へと変化していったのである。

「な、何だ?…これは…!?」

 変わり果てた自分の身体に狼狽する兵。可愛い声で。

 

 叩き割られるガラス。

 一気に突入する特殊部隊。

 

「お…お前…どうしたんだ?その格好…」

「お前…こそ?」

 看護婦になってしまう仲間を目撃しあうことになるテロリスト達。

 屈強で、むさくるしい男どもが終結していたその部屋は、白衣の天使が大挙して押し込められたさわやかな部屋に変貌してしまう。

 

 か、顔が…顔が…勝手に…え、笑顔…に!

 にっこりと微笑む篠原。

「さ、先生」

 な、何だ?口が…勝手に…

「治療を続けましょう」

 篠原は、自分の意思を残したまま、見も心も優秀な看護婦になっていた…

 

 再制圧されている院内。

 そこでは医療行為が再開されていた。活気に満ちている現場。

「良かった。助かりそうよ」

 困惑している綾瀬。どこからともなく現れた新人看護婦達は、誰にも負けないほど張りきっていた。

 

「それで?犯人達はどこに消えたんですか?」

「いえ…ですから…」

 警察の特殊班に事情を説明する木島。しかし、取り合ってもらえない。

「あ、あと、小学生くらいの小さな女の子を見ませんでしたか?」

「いや」

 さっきまで座りこんでいた床を振り返る木島。そこには一枚の名刺があるのみだった。

 

 

 

 

 これで人員不足も解消!もういいことづくめですね。

 それでは!