「華代ちゃんシリーズ」

「遺言」

作・真城 悠

*「華代ちゃん」の公式設定については

http://geocities.co.jp/Playtown/7073/kayo_chan00.html を参照して下さい

*この作品は不条理劇場4「先生の願い」を「華代ちゃん」に置き換えてみたものです。重複しているからといって怒らないでね(^^;



 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

 さて、今回のお客様は…。

 

 

 その控え室は異様なムードに包まれていた。

「みんな…落ちついて聞いて欲しい」

 そこにはユニフォームに身を包んだ精悍な若者がずらりと勢ぞろいしていた。

「先生が…」

 

 

 公立TS高校のサッカー部はまさしく弱小部だった。その「一応作りました」という程度の部には緊張感などかけらも無かった。しかもこの狭い地域で「進学校」とされている高校に所属していたこともあって、学校からも地域からも援助は無い。何かと手厚い野球部などに比べればその扱いは雲泥の差であった。

 サッカーに熱意を燃やす青木にはそれが不満だった。そうそう裕福な家庭に育った訳でもない彼は家計も考えて公立校を選んだのだ。私立に行ってサッカーに賭ける道は選べなかった。

 そこに待っていたのは絶望だった。

 噂には聞いていたものの、ここまで酷いとは思わなかった。

 真面目に練習する意思のある者など皆無。いても実力も伴わず、惨憺たる有様であった。しかも公立の悲しさで世間的に言う「不良」も多く、荒れていた。

 そんな中、一年生として入部した青木の孤軍奮闘は筆舌に尽くしがたい。暴力沙汰も経験した。

 事態が一変する。山川先生が転任して来たのだ。

 高齢で病気がちの先生だったが、情熱は青木すらも上回るほどだった。不良たちを叩きのめし、抜本的に部の改革を推し進めてくれたのだ。

 度重なる暴力沙汰に立ち向かい、公式大会に出場出来るまでの道のりはドラマにしてもおかしくないほど苦難の連続であった。

 それまでバラバラだった部員の心を一つにする事件が起きる。山川先生の入院である。これを機に全員が奮起する。そして勝ちを重ねるごとに連帯感は深まり、結果として破竹の連勝を重ねた。

 青木はもう3年生になっていた。すっかりイメージの変わった部は、朱美という待望の女子マネージャーも獲得し、益々勢いにのってくる。現金なもので成績が付いてきた途端に学校の対応も変わる。それまで荒れていた生徒も、存在を認めてもらえる快感に打ち震えていた。

 そんな中、山川先生の病状は更に悪化し、死線をさ迷うまでになってしまった。だが、皮肉なことに部の結束は山川先生の病状と反比例した。

 「奇跡」といって言い勝ちを積み重ね、この日遂に彼らは辿りついたのである。

 

 

 その知らせを持ってきたのは教頭だった。最後までこの部に理解を拒否する…かの様に見えたが、今では山川先生に次ぐ理解者となった男である。

「みんなも…噂は聞いていると…思う」

 明らかに教頭は顔色を失っていた。その対応を見るまでも無く予想は付いていた。誰一人として言葉は無い。

「もう…会場に広がっている。無用の混乱を避けるためにも、先にお前達だけにもと思ってな」

 よく気丈に話せた。立派なものである。

 ギリギリの人数、11人と紅一点のマネージャーが押し込められた控え室に重苦しいムードが漂う。

「早く言えよ」

 荒っぽい口調で網野が促す。最も反抗的だった生徒の一人である。

「ついさっき、山川先生が亡くなった」

 

 

 決勝のピッチに公立TS高校の生徒が勢揃いした。涙はもう拭いている。それどころか、燃えるような情熱が汗すらも乾かしてしまいそうである。

 応援席にも情報が伝わっているのであろう、動揺が広がっている。

 

 

 先生は最後の力を振り絞って色紙を残していた。手渡されたそれを見、全員が最後の涙に呉れた。

 

 

 色紙を抱きしめた朱美と教頭がグラウンドを見つめている。その二人のみならず、事情を知る全員が「先生の願いを現実のものにして欲しい」と思っていた。

 朱美と青木の仲は最早公然の秘密だった。

 赤い目の朱美は遠くに見える青木を見つめ、拳を握り締める。

「おねーちゃん!」

 朱美は驚いた。振り向くとそこには小学校低学年くらいの女の子がいるではないか。

「はい!これ」

 マイペースなその少女は何やら紙片を手渡してくる。

「…?」

 朱美はその紙片を見てみる。そこには

「ココロとカラダの悩み、お受け致します 真城華代」

とある。

「あの…?」

「誰だい?君は?」

 教頭も不信感を露にする。

「セールスレディです」

「はあ…」

「何だか大変みたいですね。えーと、どれどれ…」

 朱美が抱いていた色紙を手に取るその少女。

「それでその…」

「あ、あたしは困っている人お悩みを解決してあげるのがお仕事なんです」

「…」

 顔を見合わせている朱美と教頭。

「よし!分かりました!任せてください!」

「任せる…って何を?」

「この色紙ですよ。ここに書かれていることがみんなの願いなんでしょ?」

「まあ…そうだけど」

「現実にしてあげるわ!」

「そんなこと出来るの?」

「だから任せてって!そーれ!」

 

 

 審判が笛を吹く。相手のキックオフで試合がスタートだ!

 …駆け出そうとした青木だったが、何やら身体に違和感を感じる。構わずボールに向かって走り始め…ることが出来ない。看過できない異常が全身を襲いつつあった。

「…???…っ!!」

 信じられなかった。しかし、視覚に入ってくる情報だけではない。その胸に感じられる「重さ」は間違い無くそれが現実であることを告げていた。

 胸が…自分の胸がむくむくと膨らみ始めていたのだ!

「…え?」

 思わず声をあげる頃には自分の胸に発生した突然の乳房はその大きさを確定させていた。

 変化は止まらない。

 下腹部からは男のシンボルが徐々に縮小する感覚が襲う。肩幅がせばまり、ウェストが引き締まって行く…。

「な、何だぁ!?」

 そう言っている間にもヒップは大きく張り出したばかりか、その露出した脚は美しい脚線美を形成し始める。

「あ…あ…」

 

 

「おいおい!何してんだ!」

「何か様子がおかしいぞ」

 一歩も動かない選手達に、応援席も異常を察知する。

 

 

 目の前に差し出したその手がぐぐぐ…と美しい、少女のそれに変化していく…。

「こ、これ…は?」

 全身に感じるゆるゆるになったユニフォームの感覚…。そしてそこに襲いかかるばさり!というロングヘアの重さ。

「ああ!」

 ここに至って事態は明らかだった。

 と、目の前に相手選手が呆然と立ち尽くしている。

「……」

 目を大きく見開き、衝撃の余り一歩も動けない。それはお互い一緒だった。

 みどりなす黒髪をぶわり、と大きくなびかせ、思わず後ろを振りかえる青木。

「……!!」

 なんと、チームメイトも同じ運命だった。ここから見ていても分かるその成熟した体型…長い髪…そして可愛らしいその顔…。全員がキュートな女性へと変貌を遂げていたのだ!

 変化は待って呉れない。

 ユニフォームの中の乳房を何かがぎゅっと押さえ付ける。

「あっ…」

 初めての感触に思わず声を出してしまう青木。

 原色のユニフォームは純白へと変わって行く。のみならずその生地は猛烈な勢いで全身へと広がって行くではないか。

「一体……何が…」

 胸元が大きく開いたまま腕全体が純白の生地に侵食される。その肩の部分はかぼちゃブルマの様に膨らむ。

「起こったん…だ?」

 目の前に翳した手は、その指先に至るまで純白に染まる。

 スパイクの厚みが薄れ、踵の下ばかりに何かが出現し、押し上げてくる。つま先のとがったシューズである。

 無駄毛一つ無いその脚をストッキングが包み込んで行く。ストッキングはももの部分で止まり、腰に出現した止め具にぶら下がる。

「あ…あ…」

 半ズボンが猛烈な勢いで八方に広がる。大きく膨らんだそれは直径1メートル以上の広さに広がり、それは上半身を包む生地と同じ美しい刺繍に彩られて行く。それは誰が見てもスカートだった。そのすそは大きく広がり、背後に2メートルは引きずった。

「そん…な…」

 胸の谷間が見えそうになるほど大きく開いた胸元に真珠のネックレスが出現する。

「い…いや…」

 耳たぶにも真珠のピアスが刺さる。

「何なんだよ…これは…」

 青木は驚いた。その声は自分の物とは信じられない、澄んだ甲高い声だったのだ。

 長い髪がアップに纏められ、美しいうなじが空気にさらされる。その愛くるしい顔には、清楚なナチュラルメイクが施されて行く…。

「これって…ウェディング…」

 思わず身体を動かす青木。しゅるる…という心地よい衣擦れの音がピアス付きの耳に飛びこんで来る。

 その時、ふわっと目の前に何かが覆い被さる。

「…ドレス…!?」

 それはウェディングヴェールだった。身体を動かしたその感触は、間違い無く大きく重いスカートを引きずるものだった。

 気が付くとその手には花をあしらったウェディングヴーケが握られている。

「まさ…か…」

 間違い無かった。青木は純白のウェディングドレスに身を包んだ美しい花嫁になってしまったのだ!

「……あ…ああああ…あ…」

 その視界には入っていた。自分以外の10人の花嫁の姿が。

「美しい…」

 その声にヴェールをなびかせて思わず振りかえる花嫁。踵の高いウェディングシューズが扱いにくく、ドレスのスカートがねじれる。

「…!!」

 そこにはさっきの相手選手がいた。いや、そこにいたのはタキシードで決めた花婿だったのだ!

「あ・・いや…これは…その…」

 あとずさる青木。いや、余りに動きにくいその格好に必死にスカートを持ち上げようとする。しゅるるるるっさらららららっというを奏でる純白のドレス。

「結婚して…下さい」

 こちらに近付いてくる花婿。

「いや…や、やめ…」

 恐怖にかられ、ドレスのスカートを抱えて走り出す花嫁。

「待って!待ってくださああい!」

「いやあああっ!!助けてぇえええ!!」

 グラウンドではボールの奪い合いならぬ、11組の新郎新婦の追い駆けっこが始まっていた…

 

 

 

 いやあ、なかなか今回は大掛かりでした。でもちゃんとチーム全員してあげましたから。何しろ色紙の最後には 「お前たちの「晴れ姿」を存分に観客にみせてやれ」ってありましたからね。

 みんなとっても綺麗な「晴れ姿」でしたよ!

 でも場所がちょっとなんかでしたね。純白のドレスが泥だらけになっちゃいましたから。でもまあ、みなさんお幸せに!