「華代ちゃんシリーズ」・番外編

「政変」

作・真城 悠

*「華代ちゃんシリーズ・番外編」の公式設定については

http://geocities.co.jp/Playtown/7073/kayo_chan02.html を参照して下さい

「島さん!大変です!」

 若手記者、竹島が血相を変えて飛びこんできた。総理官邸に詰めていた中堅記者である島はその声に叩き起こされる。

「何だよ!大声出すな!」

「首相が!小口(おぐち)首相が!」

「グッチーが何だよ?まさか死んだとか言うんじゃないだろうな」

「いやその…まだ分からないんですけど…倒れたらしいんです」

 そこに至って漸く起き上がる島。

「倒れた?」

「ええ。聞いた話じゃもう意識が無くてその…」

「何だよ!早く言え!」

「脳死…状態だとか」

 それから先はもう大変だった。結局密室の中で次期首相は指名され、棚ボタの様な形で政権を担うことになる。

 恐ろしいことにこの国の危機管理体制は中学校の部活動と大差無く、行政府の長を欠いたまま半日以上無為に時間が流れていたことなどが次々に明らかになる。

 

 

「ふむ…」

 考え込んでいる島。

「どうしたんですか先輩?」

「どうも気に入らん…」

「何がですか?…あ、そうそう小口さんの葬式は立派なもんでしたよ」

 喪服の竹島が言い、自分に塩を振りかけている。

「様子はどうだった?」

「何のです?」

「葬式のさ」

「まあ…葬式でしたよ」

「お前、誰かの葬式に出た事は?」

「遠い親戚のおじいさんのに出たことがあります」

「で、どうだった?」

「随分小さい頃でしたから…でも、何でです?」

「どうもおかしいんだ。確かにこの国の危機管理体制はまるでなっていない」

「はあ」

「それにしても今回の事件は納得の行かないことが多すぎるんだ」

「そうですか?僕なんかはもう慣れっこですけどね」

「何だよそれは?」

「物心付いた時には政治は腐ってましたから。今更何が起こってもねえ」

 やれやれ、と小さく首を振る島。

「そうじゃないんだ。そういうレベルの問題じゃない」

「何を言ってるのか分かりませんが…」

「特ダネになる可能性もあるんだからな。迂闊に漏らすなよ」

「はあ…」

「お前、CIOは知ってるか?」

「しいあいおお?何ですそれ?CIAの親戚ですか?」

「お前にしちゃ悪くない推論だ。正確にはキャビネット・インベスティゲーション・オフィス。内閣調査室だ」

「あ、なんか聞いたことあります」

「たまに映画なんかには露出するからな。海外の小説じゃあ、韓国のKCIAみたく和製CIAみたいに殺人まで含めた非合法情報工作を担当する部署の様に書いてあったりするが、まあそこまでの事は無い」

「で?その内閣何とかが何なんです?」

「日本の内調ってのはお粗末なことにちょっと調べりゃ名前入りのリストを閲覧できる単なる公務員の延長でしかない。肝腎の「情報工作」も海外に住んで現地の新聞を翻訳して本国に送る程度だ」

「それって「情報工作」なんですか?そんなの日本のマスコミの方がよっぽど進んでるじゃないですか」

「全くその通りだ。まあ、そんな話はいい。実は…関係筋の話じゃあ、小口首相が倒れた直後にこの内調と思われる組織がかなり大きな動きをしたらしいことが分かっている」

「何です?まさか…暗殺?」

「多分違うな。これは俺のカンだが」

「はあ…」

「ここから先は地味な取材だ」

 

 

 その後、日本は選挙に突入し、元総理の死の瞬間のニュースなどあっという間に忘れられつつあった。小口首相の死を「弔い合戦」などと位置付けてあいも変わらず候補者の名前を連呼するスタイルは何も変わらなかった。まあ、現総理の「日本はTSの国」などという意味不明の発言によって大分予定を狂わされたものの、十年一日のこのスタイルが改まるには時間が掛かりそうだ。

 情報は着々と集まりつつあった。

 総理が一人でいる時、脳梗塞の発作を起こしたのは本当らしい。

 問題はこの後だ。

 実は当直の医師すら常駐していないという非常識極まりないこの国であるが、実はこの時、医療行為が行われたらしいのだ。たまたま通り掛った…というか強引に尋ねてきた医師によって。

 誰も最初は彼女を「医師」とは思わなかったらしい。その影のある美しさは総理の愛人ではないかと目撃者は語ったとか。彼女は唐突にカバンから白衣…看護婦のそれではなく、上から羽織るタイプのそれ…を着て官邸に入っていったらしい。この時、一人だけ声を掛けるのに成功しているが、思わずその美貌を誉めてしまったところ、烈火の如く怒ったという。その容姿にコンプレックスを持っているとしか思えないその態度と、男の様な荒っぽい口の聞き方はかなりインパクトがあったとか。

 …結局彼女は何をしたかったのか分からない。「先を越された」と捨て台詞と共に去ったらしい。

 奇妙な来訪者はあと二人来る。こちらはあからさまに看護婦スタイルの二人である。片方…小柄な方は大柄な方を「お姉さま」と呼び、大柄な方は「い○○ちゃん」と呼んでいたらしい。大柄な方が小柄な方を正確に何と呼んでいたかは聞き取れていない。

 様様な証言を総合すると、この時にはもう「事件」は終わった後だったらしい。

 一体首相の身に何が起こったのか?

 この頃になると島の周囲に怪しいサングラスの男が徘徊する様になった。

 やはり何かある。

 島は諦めなかった。

 

 

 更に数週間が過ぎた。

 選挙も終わり、これまでと何も変わらない保守政権が誕生していた。小口首相の次女も無事に当選したらしい。やれやれ、江戸時代と大差が無いではないか。今はまだ世襲議員への批判が強いが、そのうち「当たり前のこと」になっていくんじゃあるまいか。

 島はほぼ決定的とも言える証拠を掴んでいた。いや、相変わらず状況証拠なのだが、辻褄があう。

 元総理が脳梗塞で倒れ、実際の発表まで22時間、ほぼ1日かかっている。

 この間に必死の隠蔽工作と同時に同年代の男性が徴発されている。もともと脳梗塞で植物状態だった人物である。この人物の身元は不明だが、書面状は死亡していることになっている都内の男性らしい。そう、実は入院していた男性は小口首相では無かったのだ!

 それゆえ病床の写真などは一切表に出る事は無かった。写真一部週刊誌が報じたものの、あれは逆に当局からのリーク、つまりディスインフォメーション(誤情報)作戦の一環らしいのだ。一般の国民向けというよりは長田町へ向けてのアピールの側面が大きいのではないか。

 それでは小口首相はどうなってしまったのか?

 調べてみると興味深い事実が明らかになった。

 実は小口首相と一緒に秘書の一人が行方不明になっているのである。

 情報機関の足並みの乱れなのか、執拗に迫る島に対して情報が次第に漏れてきた。

 実は今日、その情報提供者の一人と会うことになっているのである。

 島はストローでジュースをすすった。

 どうしていい年こいたおっさんがこんなこじゃれたファーストフード店などに入らなくてはならないのか。相手がここを待ち合わせ場所に指定してきたのだから仕方が無い。

 と、目の前にトレイが置かれた。振り仰ぐ島。

「島さんですか?」

 サングラスこそしているものの、普通のスーツ姿の男がそこにいた。立ちあがろうとする島を制する男。

「ようこそ」

 構わず目の前に座り込む男。

「はあ…」

 無意識に胸元のテープレコーダーの作動を確認する島。

「電話でも言いましたが、記事になるほどの情報になるか分かりませんよ」

「構いません」

 ごくり、と唾を飲む島。

「長居したく無いので簡潔に話します」

「はい」

「私は何が起こったのかは知っています。しかしどうしてそうなったのかは知りません」

 電話でも聞いたポイントだ。

「正直申し上げて私にも信じられません。ですからあなたにも情報を提供しますので一緒に推理して欲しいのです」

 と、男は机の上に何やら名刺を取り出した。いや、名刺の切れ端である。

「これは…何ですか?」

「名刺です」

 見れば分かる。

「現場に残された数少ない証拠です」

 これだけでは何の事か分からない。

 と、何やら写真を取り出してくる。ひどく荒い粒子の写真である。一見しただけでは物体の輪郭も判然としない。が、しかし良く目をこらしてみると、そこに移っている人物には見覚えがある。

「これは…小口首相?」

「そうです」

「この写真は何なんです?」

「監視カメラから落としました。機材が貧弱なので、この程度のものになってしまいました」

「はあ…」

「よく見て下さい」

 そう言って、写真の一部を指差す。

「物陰になっていて良く見えないんですが、…ここに誰かいます」

 そう言われて目を凝らすと確かにそう見えなくも無い。

「…」

 冷静に考えてみると、こんな小さな物陰に隠れられるのは非常に小柄な人物か、さもなくば…

「これは関係無いのかも知れませんが…その…小口首相は非常に洒落というか、駄洒落の好きな方でした」

「まあ…そうですね」

 あの失笑を買いまくっていた寒いギャグの数々は聞けたものでは無かったが。

「総理はお倒れになる前には既に脳梗塞の兆候がありました」

「はい」

 いよいよ話も核心か?聞く方にも力が入る。

「そんな時…そうですね前日のことでしたか、こんなことをおっしゃっていました」

 真剣な表情の島。

「女子高生はいいなあ、と」

「??」

「俺は脳梗塞だけどあっちは校則だ…と」

 …つまらん。

 と、その時、店内に大挙して高校生が押し寄せて来た。

「お、そろそろですね」

「…それはどういう意味ですか?」

「すぐに分かりますよ」

 まさか、こんなファーストフード店で待ち合わせしたのも意味があるとでも言うのか?

 あっという間に店内は黄色い声と華やかな雰囲気で一杯になる。

「あの…」

 事態がよく飲みこめずにいた島が思わず声を掛ける。

「いましたよ」

「え?」

 誰がいたというんだ?

「あなた視力は?」

 島は目だけは良かったのだ。

「総理がお倒れになった翌日に公立TS高校に転校生が二人入っています」

「それと何か関係…が?」

「衝撃的な政権交代の事実は国民には伏せられなければなりません」

 何を言っているのか良く分からない。

「パニックを防ぐためにも」

 その瞬間、中でも一番可愛らしい制服姿でさらさらヘアをなびかせた少女が、ハンバーガーショップなのにピザを持ってくる所だった。

 その胸には「小口優子」と刺繍がしてあったのだった…。