「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第91回〜第100回

連載第91回(2002.12.20.)
 だが実際には「教師であること」と「人格的な高低」は何の因果関係も無い。もしも目の前にいるのが「デモシカ教師」であるならばそこからマイナス評価を導き出すのが普通であろう。
 また「教師」の側も、着任早々から自分自身の親の様な年齢の人間からも「先生」と呼ばれてへいこらされ続ける内に、肥大した自我を育てて行くことになる。
 一般的に常軌を逸した教師の行状は発見が遅れる場合が多い。
 その原因が「まさか先生がそんなことをするなんて信じられない」という誤解であるというのだからつくづく幸せな職業である。
 ここ数年、教師による年端も行かない女子生徒による猥褻行為が摘発される機会が増えたが、それも故無しとは言えまい。
 浩太は常に思っていた。
 今の担任は人間のクズであると。
 世の中には教師にだけはしてはならない人種というのが存在する。
 それが教師をやってしまっているこの不幸よ。
 浩太はさしず太宰治の「走れメロス」のメロスの心境だった。
 「邪知暴虐の王を除かなければならない」という訳だ。
 あの担任の長狭木(ながさき)は、英語の教師なのだが、留学経験が無い。
 日本の英語教師では別段珍しくも無いし、必ずしも留学経験が必要という訳でもない。
 だが、本人がそれにコンプレックスを持っているのは明らかだった。
 稀に帰国子女などが教え子にいたりすると、そこから“虐殺ショー”がスタートする。


連載第92回(2002.12.21.)
 “帰国子女”というのはどうしても日本の閉鎖的な「ムラ社会」の規範について鈍感になりがちなところがある。
 例を上げると、決り文句として授業の終わり際に教師が「何か質問は無いか」と発言する。
 愚かにもここで本当に質問をしてしまったりするのである。
 アメリカ式合理主義で考えれば「質問は無いか?」と聞いているのだから質問をするのは当然、であろう。
 だが、日本のムラ社会ではそれは通じない。
 「質問は無いか?」というのは「これで終わり」という意味なのであって、そこで本当に質問をするのは愚挙以外の何者でもない。
 また、それなら授業が終わった後個人的に質問に行けばいいのかというとそれも場合による。
 もしも質問の内容が、教師の能力を超えていたりした場合は最悪である。
 教師にしてみれば「面子(メンツ)を潰された」ことになる。これは内申書でのマイナスポイントに相当し、進学時に不利に働く事になる。
 また、子供の唯一の長所である「ネイティブ並みの発音で流暢に教科書を読み上げる」という特技も封印される。
 「出る杭は打たれる」の諺通り、そういう具合に「目立つ」のは自殺行為である。
 教師が留学経験の無いことをコンプレックスに思っていたりすると最悪である。教師にしてみれば「この俺が我慢して“お前が俺の教室にいるという屈辱的な状態を我慢してやっている”」状態を踏みにじったことになる。
 なんという度量の狭さかと思うが「小人は侮りがたし」である。


連載第93回(2002.12.22.)
 まずは教科書の「朗読」で指名しない、という「搦め手(からめて)」でじわじわといたぶる。
 他の生徒にしてみれば英語の授業で最も苦手とするのがこの「朗読」である。どうしても英語というのは口に出してしまうとどこか「格好付けた」風に聞こえてしまうものである。
 それを「最も得意」とするはずの生徒のそれを封印してしまうのである。もしも恐れを知らずに抗議したりすれば「お前は英語を勉強する必要は無いだろ?」とやられる。
 稀に当てられたとすると、答えようの無い質問を連発したりして精神的に追い詰め、立ち往生させて晒し者にする。
 そして「いくら帰国子女ったってそんなんじゃなあ」とねちねちといたぶるのである。
 最終的には「英語なんて見るのも嫌」状態になるまで「洗脳」することになる。
 これが生まれた時から日本に住んでいれば「人よりも優れた部分があるならそれを押し隠し、大人しくしている」という「ムラ社会の掟」を何となく理解することも出来るのだろうが、そうでない場合はこうした悲劇が待っている。
 実際に帰国子女の間では、日本の英語の授業に出るのに際して「下手に英語を喋る」練習も行われているというから大した物である。
 長狭木(ながさき)のこうした所業は、つとに有名で、帰国子女でなくても「英語が得意」な生徒に対して如何なく発揮され、「英語好きキラー」という2つ名を頂戴していた。
 全く大した“英語教師”である。
 中学の二年や三年になるとこのあたりは熟知しているので、“上手くやり過ごす”知恵も付いて来るのだが、毎年新入生に“犠牲者”が出るのだった。


連載第94回(2002.12.23.)
 実に浅はかな正義感だったが、浩太はこの所業が許せなかった。
 たかだか英語教師風情にどうして人を絶望させることが許されるというのか?
 貴様はほんの少し先に生まれただけのことで、偉くも何ともないでは無いか!という訳だ。
 だが、“ベテラン教師”と“中学生”では喧嘩をするにも分が悪すぎる。ましてや相手は「内申書」を握っているのである。勝負になる筈もない。
 浩太は一体何に憤慨していたのだろうか。
 明らかに目の前で行われているいじめを放置し、自分を助けてくれない長狭木(ながさき)に対してであろうか。
 いや、それは違う。
 そもそも長狭木(ながさき)に助けて貰おうなんて思わない。浩太とて人間である。人間にはプライドがある。長狭木(ながさき)に助けてもらうくらいなら豆腐の角に頭をぶつけて死んでやる。
 やはり長狭木(ながさき)の所業が許せなかった。
 社会に出ると同時にぬるま湯につかり続けることによって出来上がったこのちんけな暴君が許せなかった。
 人生で最も多感で、傷つきやすいこの時期に、どうしてこんなクズによってその精神をズタズタにされなくてはならないのか?
 外に激情を発散させるタイプでは無い浩太はそうした思いを常に抱え込んでいた。


連載第95回(2002.12.24.)
 だが、実際には浩太には何も出来ない。
 それどころか明日学校に行く事すら危ぶまれているのである。
 浩太はひたすら時計を睨みつづけた。
 中学生時分にはありそうな妄想だった。
 ひたすら時計を意識することで、時の歩みが鈍くなる様な気がしていたのだ。
 だが、そんなはずも無かった。
 時間はいつもと変わらず刻々と過ぎていった。
 誰にも頼ることは出来ない。
 世界には自分1人しかいないんだ!
 浩太は孤独で爆発しそうだった。
 部屋の明かりは付けていなかった。
 つける気分にならなかった。
 暗闇の中で1人膝を抱えていることで、少しでも“可哀想な自分”を演出しようとしていたのかも知れない。
 浩太は自殺を考えたことは無かった。
 自殺には実効性が無さそうな気がしたのだ。
 確かに死んじゃったとなればそれなりの騒ぎにはなるだろう。でも、あのいじめっ子たちがそれほど良心の呵責に悩んでくれるとは思えない。
 そもそも死にたくなかった。
 死んでしまってはテレビも観られない。本も読めない。
 そこまで考えたとき、頭をかきむしった。


連載第96回(2002.12.25.)
 何故だ?どうして自分だけこんな目に遭わなくちゃいけないんだ?何か悪い事でもしたのか?
 死にたいとは思わなかったけれども、その思いは常にあった。
 客観的に見れば、浩太は“ちょっぴり変わり者”程度の平凡な中学生であっただろう。
 だが、中学という狭いムラ社会では、それは“致命的な欠陥”である。
 現在の普通教育では障害者などを隔離して普通教室に混ぜることをしない。
 これの是非には議論があるが、結果として“異質な物”を見ることに一般人が非常に慣れていないという現実がある。
 人種も殆どの場合同じなので、少々の差異がまるで犯罪的悪行の様に捕らえられがちなのである。
 浩太は自分がそれほど周囲の人と違うとは思っていなかった。思えなかった。
 どうして他のみんなは普通に学校にやってきて授業を受けて帰るという、浩太にしてみれば嫉妬で焼き尽くしたくなる“特権階級”みたいな生活をごく当たり前に送ることが出来るのだろう?
 自分は立ち居振舞い一つ一つについて周囲に過剰に気を遣い、それでも尚いじめられ続けているのに。
 いるだけで犯罪なのか?存在自体ゆるされないとでも言うのか?
 張り詰めている緊張がはじける寸前だった。
 浩太はいめられっ子にしてはタフな方だった。
 簡単には参らない。
 とにかく状況を打破するべく努力を怠らなかった。
 だがそれは無駄な努力という他無かった。
 一旦出来てしまった序列は簡単には変わらない。


連載第97回(2002.12.26.)
 また、浩太はそこまで“普通”でも無かった。
 どことなく妙な雰囲気を持っている事には変わりが無かったのだ。
 いじめる側にしてみれば、その醸し出す“違和感”がその原因だった。
 つまり、いじめる側は自分たちこそが浩太の放つ“違和感”に当てられた“被害者だ”ということになる。
 そしてその価値観を微塵も疑っていない。
 いじめられっ子は生存それ自体に思考を巡らさなくてはならない環境によるのか、早熟である場合が多いという。
 浩太もその例外に漏れなかった。
 だが、その浩太にして最大のピンチが訪れようとしていた。
 それが「トイレ閉じ込められ事件」だった。

 浩太は多くを望んでいない。
 いじめられっ子から一転して学校の人気者になろうなんて夢にも思っていない。
 だが、平穏に過ごしたいとは思っている。
 頼むから誰も自分に構わないでくれ、とは思っている。
 普通に、普通に過ごしたいだけなんだ。
 お願いだから普通に過ごすことの出来る環境を自分にくれないか!もしそれが実現出来るのなら何を犠牲に差し出してもいい!
 虚空を手が掻いた。
 だが、何も起こらなかった。


連載第98回(2002.12.27.)
 気が付いた。
 ・・・いつの間に眠ってしまったのだろう。
 ああ・・・駄目じゃないか。眠れば時間が早く過ぎてしまう・・・。
 実際にはそんなことが起こるはずは無いのだが、
 辺りは暗い。
 今何時なんだろう。
 ・・・何か変だ。
 何が変なんだろう。
 浩太にはすぐには分からなかった。
 頭が重い。
 ・・・?
 何だこれ?
 浩太はベッドに寝ていた。
 火がついた様に飛び起きる浩太。
 あ、足元が寒い。
 さ、寒いって言うかなんだこれぇ!?
 な、何も履いてないじゃないか!?

 し、しかも・・・こ、これはああああっ!
 暗い中に見える部屋はいつもの倍位の大きさになって見えた。


連載第99回(2002.12.28.)
 混乱した。
 一体何が起こっているというのだろうか?
 これも夢なのか?夢の続きなのか?
 でも・・・。
 手も足も動く。
 この皮膚感覚の現実感はとても夢とは思われない。
 皮膚感覚?
 そうだ!この足元・・・。
 暗くてよく見えないけど・・・何だか変なものが見える。
 だ、大体この奇妙な感触は一体なんなんだ?
 下半身が裸じゃないか!
 ・・・?いや、違う。ぱ、パンツは履いているみたいだ。
 何が何だかさっぱり分からない。
 とにかく電気だ。電気をつけないと・・・。
 靴?
 僕って靴を履いてるの?
 部屋の中なのに靴を履いてたみたいだ。
 靴を履いてるのに下半身はパンツ一丁ってのはどういうことなんだ?
 空間感覚がおかしかった。
 ぺたぺたと部屋の中を歩き、外に出た。
 夢遊病者みたいだった。


連載第100回(2002.12.29.)
 どの部屋なのか分からない。
 そこには鏡があった。
 これは・・・夢だよ。
 夢に決まってる。
 そこには女の子がいた。
 暗くてはっきりとは分からない・・・いや、暗いから叫ばなかったのかもしれない。
 金髪のとんがり帽子に膨らんだ肩。
 膝まであるブーツ。
 そして・・・横に広がったスカート・・・。
 そうだ・・・これってスカートだったんだ。
 嫌な予感がした。
 ひょ、ひょっとして・・・。
 手袋に包まれたその手でスカートを上からぐいぐい押し付けた。
 お・・・オ○ン○ンが・・・無い・・・。
 ぼ、僕・・・女の子になっちゃったの!?
 しかも・・・こんなに小さな・・・。
 現実感が無かった。
 薄暗い部屋の中で、お祭りみたいな扮装の女の子が“自分”としてそこにいるのである。
 どうして・・・どうしてこんなことになっちゃってるんだ・・・!?
 いじめられっ子だからって・・・どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ!?
 段々腹が立ってきた。