「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第101回〜第110回

連載第101回(2002.12.30.)
 心臓が飛び上がりそうになった。
 振り返ると、そこに闇を切り裂く携帯電話があった。
 これは・・・?
 浩太は当然携帯電話なんて持っていない。
 父も母もそうしたものは熱心では無い。
 じゃあ、これって何なんだろう?
 もうヤケだった。
 というかこれは夢だ。夢なんだ。
 だってどうして目が覚めたら女の子になってるの?
 しかもこんな派手な格好の・・・。
 スカートの中の脚がするっと接触した。
「ひやっ!」
 変な声が出た。
 体験したことの無い感触だった。
 手の先の感触は手袋に包まれていたから、ふとももほどは直接伝わって来ない。
 携帯電話を持ち上げる。
 もう着信メロディは終わっていた。
 パカッと開いた。
 バックライトのディスプレイが暗闇を切り裂く。
「着信:メール1件」
 と書いてあった。
 浩太は携帯電話の操作方法なんか知らない。
 でも、ゲームの経験くらいはあった。
 多分・・・この4方向ボタンの真ん中のが決定ボタンなんだろう。
 浩太は手袋に包まれた親指でそれを押してみた。


連載第102回(2002.12.31.)
 ちっとも分からないけど、メニューに一つだけ何かがある。
 これを選んでボタンを押す。
「外に出てコンビニの角」
 ・・・何これ?
 いたずら何だろうか?
 でも、これが意味の無いメッセージのはずは無い。
 ・・・従うしか無いんだろうか。
 確かに家から出た所にコンビニはあったけど・・・。
 そこに一体何があるっての?
 男の子に戻してくれるの?
 大体「外に出てコンビニの角」とは書いてあるけど「そこに行け」とも何とも書いてないじゃないか。
 ・・・そういえば、よく知らないけどこういうのって着信履歴を解析すれば発信元が分かるとか何とか言うよね。
 もう一度観て見た。
 ・・・無い。
 何も書いてない。
 ・・・おかしい。さっきまで確かに映ってたのに・・・。
 どうなってるんだ?
 これで一切の証拠が残っていないことになる。
 あ、いやこの身体がそうか。この変な衣装とか。
 とにかく行かないと。
 それは浩太の“勘”みたいなものだった。
 これに従わないといけない気がした。
 この携帯って持っていくべきなんだろうか?
 身体が勝手に動いた。
 ・・・様な気がした。
 浩太は帽子を取るとひょい、とその中に放り込み、すぐに玄関を飛び出した。


連載第103回(2003.1.1.)
 浩太の家は高層マンションの5階にある。
 重い扉を押しのけた。
 それにしても・・・本当に身長が小さくなっちゃったなあ・・・。
 ドアノブも見上げるみたいである。
 外は静かだった。
 風が吹き抜ける。
 この静寂の中だとこのドアの金属音は嫌になるほど大きく響く。
 寒い・・・。
 寒いのは当たり前だ。
 夜の寒気に地上5階で風に当たっているのだから。
 しかも、今のスタイルはこのミニミニスカートである。
 その瞬間に頭を思い切り叩かれたみたいな衝撃があった。
 帽子を取る。
 やっぱり・・・。
 さっき放り込んだ携帯電話が鳴っていた。
 すぐに鳴り止む。
 ・・・一体どこの誰なんだか分からないけど、メールでしか送ってこないみたいだ。
 帽子からぽとん、と手のひらに携帯を落とし、そして先ほどと同じ操作でメールを読む。
「時間が無い。急げ。間に合わないのなら荒っぽくやる」
 何だこれ?
 一体誰が何のために送ってくるんだ?
 そもそもこっちがどうしてるのかなんてどうして分かるんだ?
 その時だった。



第104回(2003.1.2.)
 ぶわっ!と突風が吹きぬけた。
「ああっ!」
 その声が甲高い小さな女の子のものであったことなんて分からない。
 携帯電話が飛ばされた。
 とっさにそちらの方に向けて走り出す。
 かなりの重さで、風程度では飛ばされそうにない携帯電話が宙を待っていた。
「ま、待てぇ!」
 ブーツを鳴らして慌ててそれを追いかける浩太。
 ちょっとジャンプすれば届きそうだったのか、せめてジャンプくらいしないと運命に申し訳ないと思っていたのかどっちなのか分からない。
 ともあれ浩太の身体は、この寒空の中、宙を舞っていた。
 “危ない!”と思った。
 何が危ないって、天井に頭が当たりそうになったのだ。
 信じられない高いジャンプだった。
 思考が追いつかない。
 気が付くとブーツの足の裏に強い接地感が襲って来た。
 欄干に着地したのだ。
 暗い夜空の中、電子的な光を放つ携帯電話は1メートル近い上空を漂っていた。
 スカートかから解放された脚が寒い。
 それでいて指先の手袋と分厚いブーツの拘束感は人一倍である。
 この全身を襲う拘束と弛緩の波状攻撃に加えて過酷な気候が辛い。
 信じられなかった。
 浩太は、その恥ずかしいスタイルで、目の前を飛ぶ携帯電話に向けて身を躍らせていた。
 眼下に街並みが広がっていた。
 死ぬんだ、と思った。


連載第105回(2003.1.3.)
 テレビや小説で聞いたことがある。
 人は飛び降りた後、着地するまでにそれまでの人生を一瞬にして振り返るのだと言う。
 実際に地面に叩きつけられるまでの時間はほんのわずかなものなのに、下手をすると一生分にも感じるというではないか。
 今の自分がそうなのだと浩太は思った。
 ・・・自分の人生は一体なんだったのだろう。
 それなりに楽しい事もあった。
 いや、小学生の頃は・・・あんまり楽しくなかったな。今よりはましだったけどみんなにいじめられていたし、なんとなくよそよそしく扱われていた。
 そうだなあ・・・かろうじて記憶の残っている幼稚園の頃が一番楽しかったかもしれない。あの時は明日行く学校のことについていちいち思い悩む事も無かったし。
 それが・・・ある夜目覚めてみると変な格好の小さな女の子に変身していた上に、訳もわからずベランダから転落して死んじゃうなんて・・・。いや、ベランダじゃなくて階段からだけど細かい事はどうでもいい。
 これって・・・やっぱり自殺ってことになるのかなあ。僕の死体が見つかったら学校のあのいじめっ子たちはどう思うんだろう。
 やっぱり自分の行いを反省したりするんだろうか。それとも「いい気味だ」と思うのだろうか。
 でも・・・誰も気がついてくれないかもしれない。
 何しろ今の僕は小さな女の子になっちゃっているのだ。
 ある日突然行方不明になってそれっきり・・・か。
 まあ、僕なんかの末路にはそれも相応しいのかも知れない。
 地面が近付いてきた。


連載第106回(2003.1.4.)
 激突の瞬間はなかなか訪れなかった。
 ・・・なかなか時間がかかるな。スカートがめくれあがって脚やら下半身やらが寒いの何のって。
 それにしてもみっともない死だ。
 女装した上に転落死・・・。
 その上どこの誰とも分からない謎の少女への変貌・・・。
 それはいいんだけど、まだ地面に付かないのかな。
 ・・・おかしい。幾らなんでもおかしい。
 現実が認識できなかった。
 何だ?これ?
 現在身の上に起こっている出来事をそのまま形容すれば・・・僕はふわふわと浮いていた。
 少しずつ大きくなる地面。
 僕は、綿の様にそのばにふわりと着地した。
 真横に広がったスカートが、ふぁさ・・・と落ち着く。
 た、助かった?のか?


連載第107回(2003.1.5.)
 反射的に振り仰ぐ。
 そこにはたった今自分が“飛び降りて”来たアパートがある。
 見てみてもどの階なのか分からない。5階なので数えれば分かるかも・・・っていうか、どういうこと?これ?
 僕って・・・確かに飛び降りちゃったはずなのに・・・。
 びっくりした。
 慌てて帽子を取る。
 また電話が鳴っていた。
 手袋のお陰でボタンが押しにくいけど、また十字ボタンの中央を押す。
「コンビニの角
 ・・・まただ。
 何が何でも誘導する積りらしい。
 よく考えれば飛び降りてしまったのだってこの携帯が空を飛んだせいじゃないか。
 ・・・待てよ?これっていつ帽子の中に入ったんだ?
 空中を飛んでいくから追いかけたのに・・・。
 手の中でぶるるっ!と震える。
 何時の間にかマナーモードになったらしい。
 せかされているんだ・・・。それなら行くしかないよなあ・・・。
 浩太・・・今は奇抜な衣装に身を包んだ幼い少女の姿だったが・・・はいつも通りかかるコンビニの方向に向かって走り始めた。
 脚が寒かった。


連載第108回(2003.1.6.)
 コンビニの前を通り過ぎるのは抵抗があった。
 この格好を人に見られるかも知れないじゃないか。
 さっき目覚めた時から半分夢だと思っているけど、それでも抵抗がある。さっきから歩いていても世界が大きく感じる。
 いきなり背が低くなったのだからそれも当然である。
 ええーい!もうどうなってもいーや!
 てこてことことこと暗い街中でひときわ輝くコンビニを通り過ぎる。
「角って言えばここだけど・・・」
 その先の道を覗き込む。
 そうそう、この道は駅から一直線に来られる道で、この辺に住んでいる人なら普通に使っている道だ。
 大通りにも面して無いし、静かな道である。
 中学生である浩太はこんな夜中に通った事は無いけど・・・ここをこんな夜遅くに通った事は無い。確かにこんな所って怖いよなあ。
 その時だった。
 ・・・誰かいる。
 女の人だ。女の人が走ってきている。
 そしてもう1人がその後を追いかけてきていた。
 気が付いたら駆け出していた。


連載第109回(2003.1.7.)
 恐怖の余り声も出なかった。
 走っても走っても追いかけてくる。
 その路地には人気が無かった。当然それを見越してのことなのだろう。
 迂闊だった。
 きっと大丈夫だろうとタカをくくっていたのだ。
 会社帰りのOL、鈴木涼子は駅から自宅までの長い夜道で突如見知らぬ男に襲い掛かられた。
 悲鳴をあげ、男の顔面に一撃を食らわせたが、逆に手負いとなった暴漢は野獣の様に追いかけて来たのだ!
 顔面への一撃が効いているとはいえ、タイト気味のスカートにかかとの高い靴、と涼子のスタイルはとうていスプリント向きではない。何より体力には全く自信が無かった。
「はあ・・・はあ・・・」
 目の前がぐるぐると回る。
 もう駄目だ。これ以上走れない。
 男は・・・男は撒いただろうか?
 電信柱に手をついてたまらず休憩する。

 ああっ!駄目だ!男に追いつかれる!
 走りながら浩太は思った。その瞬間だった。
 分厚いブーツが大きく地面を蹴った。
 ありえない高さで、その軽そうな身体がふわりと跳躍した。

「きゃああっ!」
 思いっきり襟首を掴まれ、物凄い力で壁に叩きつけられてしまう。
 節くれだったその手のひらで口を押さえつけられる。
「・・・!!!」
 声を出すことが出来ない。思い切り噛み付いてやろうとも試みたがそれもならなかった。何より、ついさっきまで息が上がっていたところに口をふさがれたのだ。その苦悶にばたばたともがく涼子。
「えへへへ・・・」
 男の表情がはっきりと分かった。
 欲望に目をぎらぎらさせている、が、理性を失ってはいなかった。その眼光の奥に、こちらを馬鹿にした様な意思が見える。
「お前がいけないんだ・・・お前が・・・こんな夜中でそんな男を挑発する様な格好で歩いて・・・」
 その手が涼子の身体をまさぐ・・・ろうとしたその時、

「ちょっと待ったああああーっ!」
 浩太の口は勝手に動いていた。


連載第110回(2003.1.8.)

「その手を離しなさいっ!」
 な、何だこの女の子みたいな台詞は!?・・・
「離せって言ってるでしょーが!」
 考える間もなく台詞は勝手に続く。
 まあその・・・困っている女の人を助けたいのは確かなんだけど・・・その・・・。
「とりゃっ!」
 飛び降りる浩太。
 ふりふりのスカートが空気に煽られてぶわり!と広がる。
「きゃっ!」
 着地したと同時に慌ててスカートを抑えてしまう浩太。
 こんな・・・こんな・・・。
 暴漢の目に邪悪な光が宿る。
「えへへへへ・・・お嬢ちゃん・・・ひとり?」
 何と言うことだ。この男はロリコンでもあったらしい!
 体制を整えた浩太は立ち上がり、暴漢の方をビシリ!と指差してはっきりと言う。
イラスト 水原れんさん

「大人しく観念しなさい!暴行未遂の現行犯で逮捕よ!」
 もう身を任せるしかなかった。“暴行未遂”なんて言葉は使ったことも無い。
 その瞬間だった、野獣と化した暴漢がのしかかる様に襲い掛かってきたのだ。
 意識が飛んだ。
 気が付いたら少し高い視点でアスファルトを見下ろしていた。
 次の瞬間、曲げていた膝を思いっきり伸ばして後ろに向かって渾身の力を込めて何かを蹴り飛ばす。
 物凄い手ごたえがあった。
 いや、足の裏だから“足ごたえ”か。
 背後で何かが倒れこむ音がする。