おかしなふたり 連載191〜200

第191回(2003.3.11.(火))

 順調にマイクは回転し、聡(さとり)や恭子までもが自慢の喉を披露した。
「お姉さんも歌ったら?」
 聡(さとり)の友達が有り難いことに薦めてくれる。
「あ、いや・・ボクは・・・」
「“ボク”?」
 瞬時に恭子が突っ込みを入れる。
「あ、いや・・・あの・・・」
 またまたしどろもどろの歩(あゆみ)。
「いいから歌いなよ!」
「うんうん」
「でも・・・」
 歩(あゆみ)は気が進まなかった。何しろまさしく今から練習をしようという所に踏み込まれてしまったのである。
「あ、でも・・・後からがいいかな」
 聡(さとり)が助け舟を出す。
「ええ〜、いいじゃん」
 友達が蒸し返す。
 カラオケで1人歌わないのがいるとどうしても盛り上がりに水を刺してしまうので、薦めようとする。
「後にしようよ」
 聡(さとり)が止めるのは、歩(あゆみ)のことを気遣っているのでは無い。
 他の事には総じて引っ込み思案の歩(あゆみ)なのだが、ひとたびマイクを握ると人間が変わって歌いまくり、全くマイクを離さなくなってしまうのである。こうなるともう誰も歌わせてもらえなくなってしまう。
 聡(さとり)それを知っていたので、止めに入ったのだ。もう少し歌いたかったし。
 つまり、この兄にマイクが渡るともう自分には帰ってこない事がわかっていたことになる。うーん。



第192回(2003.3.12.(水))

「じゃあ・・・」
 一応渋々という形でマイクを手に取る歩(あゆみ)。
 ぶわり、と立ち上がることで大きくなびくスカート。吹き込んでくる空気が落ち着かない。
 何となく“おお〜”という雰囲気に包まれるカラオケボックス内。
「じゃあ・・・」
 目で聡(さとり)に合図をする歩(あゆみ)。
 くいくい頷いている聡(さとり)。
 慣れた物である。
「ふーん、凄いねー」
 恭子がさかんに感心している。
「この・・・“あゆみちゃん”とはよく来るの?」
「え、いや・・・まーね」
 苦しい答弁の聡(さとり)。
「にしてもややこしーよねえ。何て呼び分けてるの?どっちも“あゆみちゃん”なんだよね?」
「あの・・・お姉ちゃんは平仮名なの。お兄ちゃんは漢字」
 ピンクハウスにロングヘア姿にされてしまっている歩(あゆみ)は可能ならば頭を抱えたかった。そんなアホな・・・。
「ふーん、あの・・・ごめんなさい」
「あ、はい」
 話し掛けられてドキドキする歩(あゆみ)。
「あなたはその・・・“お兄ちゃん”の方のあゆみちゃんとは仲いいの?」
 一瞬空気が凍った。


第193回(2003.3.13.(木))
 こくり、と頷いた。
 その仕草はこの場にいるのが全員女性であったにも関わらず思わずドキリ!として頬を赤らめてしまうほど可愛らしかった・・・。
「い、いやその・・・そーじゃなくてね!そーじゃ!」
 今度は聡(さとり)がしどろもどろになる番だった。
 この場にいる人間が、女になった状態でロクに挙動がとれなくなっている兄のリアクションを“ある方向”に誤解しているのは明白だったからだ。
「何を照れてんのよ!」
 友達のアケミが混ぜっ返す。
「さっちんはあゆタンと仲いーもんねー」
 そうか、影では「あゆタン」とか呼ばれてたのか・・・。
「ひゅーひゅー」
 流石にここまで言われれば自分のリアクションがトンでもない誤解を誘発していることに気がついた。
「い、いやそういう意味じゃなくてその・・・“よく知ってる”って意味で・・・」
「え、ええー!そーなのー!」
 まるで墓穴の掘り合いみたいである。
「ち、ちがうちがうちh、。xjんが;ぁんがh・・・」
 真っ赤になってそんな事言われても半分告白みたいなものである。
「だ、だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだってい、いいいいいいいいいいいイトコだし!」
 なんかもう無茶苦茶になっている歩(あゆみ)。
「でもイトコって三親等離れてるから結婚出来るんだよね」
「あ、そーそー」
 などとアケミと敬子は勝手に話を進める。
 な、なななななんてことを!
 ふと気がつくと、視線を感じた。
 恐る恐るそちらの方にを見ると、そこには恭子のちょっぴり剣のある表情が・・・。
 ま、まさかまさか・・・。
 歩(あゆみ)は目の前が真っ黒というか真っ白というか、何色なのか分からなくなった。
 まさか自分を巡って恭子ちゃんと“恋のライバル”状態!?!?


第194回(2003.3.14.(金))
 その時だった。
 同時に鳴り出すイントロ。
 そう、さっき入力した曲が遂に頭出しされたのである。
 ええーい!もおヤケクソだあ!
 長い髪をかきあげて耳にひっかけ、すうと息を吸い込んだ。


 気まずいふたりであった。
 もうすぐ家が見えてくる。
 もちろん、今はお互い元の姿に戻っている。
「・・・あのさあ」
 びくっ!とする聡(さとり)。こんなに神妙なのは珍しい。久しぶりではないか。
「いやあ・・・ごめん。あんなことになっちゃって・・・」
「いやその・・・それはいいんだけd」
 歩(あゆみ)は別の話題を出したいみたいだった。
「・・・何?」
「その・・・結局あれから誰も歌わなかったよな」
 そうなのである。
 マイクを持っていざ歌い始めると人格の変わる歩(あゆみ)を誰も止める事が出来ず、それから1人で歌いとおしたのだった。もちろんピンクハウスを身に纏った少女のままである。
「・・・お兄ちゃん・・・気付いてないの?」
「え?何だって?」
「全く・・・他の事ならともかく、こと歌となるとまあ・・・」
「何だよ!言ってくれよ!」
「自分で考えな!」
 そう言って妹は、遠くに見え始めた我が家に向かって走り始めた。


第195回(2003.3.15.(土))
「あの・・・ゴメン」
 教室に入って来るなり、恭子を見つけて歩(あゆみ)が謝る。
「うん・・・どしてたの?」
 怒って・・・はいないと思うんだけど、全面的に友好的とも言えない奮起になっちゃってる・・・というのは考えすぎだろうか?
「いやその・・・急用が入ってその・・・」
 実はその場にしっかりいたんだけど・・・とは勿論言えない。
「まあ、いいよ。うん。また行こうね」
「うん・・・」
 うう、いい娘(こ)だ・・・。
「おはよー!きょーこちゃん!」
 早くも出来たらしい女友達が話し掛けてくる。何となくアイコンタクトを交わしつつも、なかなか深い話が出来ない歩(あゆみ)と恭子だった。
 女の子同士の話に割って入るのも気が引けるので仕方なく向き直って今日の授業の用意なんかしたりする。
 ・・・やっぱ駄目だ。
 聡(さとり)を通すとロクなことが無い。
 いや、悪気は無いのは分かるんだけども、とてもじゃないがあんなのを通してまともな話が出来る訳が無い。
 今度と言う今度はふたりっきりで会うぞ・・・そう心に決めた歩(あゆみ)だったのだ。
 もうそろそろ夏休みだけども・・・それまでに何とかデートとかしたいな・・・と夢と言うか妄想は限りなく広がるのだった。

 その日の昼休みのことだった。


第196回(2003.3.16.(日))
 歩(あゆみ)は2年生、聡(さとり)は1年生である。
 当然教室は違うし、それどころか校舎まで違う。
 だから出会うとしたらわざわざ会いに行くということになる。
 昨日なんかは恭子が転校してきたという“イベント”があった。
 だがまあ、普通はそんなことは無い。
 あっちにもこっちにも友達がいるし、放課後にはそれぞれ別行動を取る事が殆どである。だから同じ学校に通っているのに出会うのは家でだけ、なんてことも珍しくない。
 小学校時代なんかはもっとベタベタだったので聡(さとり)の奴は寂しがっているみたいだけど、高校生位になると兄としてはちょっと気恥ずかしい。
 それは、この因果な体質がお互いに身に付いてしまってからも同じだった。
 ・・・まあ、帰宅途中の電車の中で変身させられたりはしてるんだけど・・・。あれも裏を返せば別行動をとっていたからこそである。流石に電車の中で隣に立っていたら花嫁姿にしたりはしないだろう。
 そんな聡(さとり)に珍しく呼び出された。
 “昼休みに体育館裏に来てくれ”だってさ。
 どうも嫌な予感がするのだが、まあ行ってやることにする。昼休みというだけあって暇だし。今日は午後に面倒くさい授業の宿題も無いし。
 まさか告白ってことは無いよな。
 実の兄に向かってそれは無いだろう。何よりこれ以上は無い秘密を共有し合っている仲である。実の兄妹ではあるが、より以上に親密にならざるを得ないものがあった。
 告白で無いとしたら何だろう?
 わざわざ体育館裏に呼び出すほどの事って・・・。
 わざわざ靴に履き替えて、その場にやってきた歩(あゆみ)だった。


第197回(2003.3.17.(月))

 はて、ここに呼び出してどうしようというのか。
 歩(あゆみ)も体育館裏なんて来るのは初めてだった。
 いや、多分体育の時間なんかに来た事はあったと思うけども、わざわざ呼び出されて一人っきりでやってきたことなんか無い。
「あ!おにーちゃん!」
 遠くからわが妹の声がする。
 ミニスカートをはためかせて駆け寄ってくる。
「な、なんだよ!?」
「お願いがあるの・・・」
 流石に息が切れている聡(さとり)。
「お願いって・・・」
「説明してる暇は無いわ。後で埋め合わせするから!」
 そこまで言った時のことだった。
「・・・?おい、ま、まさかお前・・・」
 歩(あゆみ)は自分の胸に違和感を感じ始めた。
「そうなのよ。」
 上半身が見る見るうちに縮んでいく。そして脚は内股になってお尻が大きく・・・。
「な、何だよ!こんな所で!」
 また妹は特殊能力を発動しているのだ!実の兄、歩(あゆみ)の身体は見る見るうちに女性化しつつあった。背も一回り小さくなり、妹と同じになる。
「最後の仕上げっと!」
 しゅしゅしゅっ!と下腹部が寂しくなる。
「ああっ!」
 またもこの瞬間が訪れていた。
 歩(あゆみ)に肉体は完全に女になってしまった!
 これまでと違うところといえば、髪がさらさらのロングヘアにならず、目の前にいる妹の聡(さとり)と同じ位のショートカットである位だった。
「な、何なんだよ!」
「いいから!」
 むぎゅ!とどこからともかく現れたブラジャーがその生まれたばかりの乳房を締め上げた。
「・・・ああっ!」

第198回(2003.3.18.(火))

「すぐすむから」
 とか何とか言いながらも変化は待ってくれない。
 下半身を覆ってくれていたズボンがしゅるしゅるっ!と縮まっていき、すぐさまプリーツの入ったミニスカートになる。
「わあっ!」
 つるりとした無駄毛ひとつ無い脚線美が空気に晒される。
 何時の間にか胸元には男子の制服には無い、赤く可愛らしいリボンが出現している。
「はい!出来た!」
「・・・あ・・・」
 一瞬にして歩(あゆみ)は、制服を女子のものに変えられ、“女子高生”となってしまったのだ!
 短いスカートが寒い。いや、気候は夏なんだけどもズボンに比べると圧倒的に頼りないその感覚。
 よく考えれば屋外で制服を着せられたことなんて無いのである。・・・ウェディングドレスならあるけども・・・。
「な、何すんだよ!」
 もうすっかり女の子の声になっている歩(あゆみ)。
「やっぱり予想通りだわ」
「・・・!?!?」
 この妹の行動は常に予測不能だが、今日は尚更分からない。
「あたしにそっくり!」
 ドキッ!とした。


第199回(2003.3.19.(水))

 そ、そりゃ似てるだろう。1歳違いの兄妹なんだし。
 ましてや今は髪型やら制服までの各パーツまでが共通なのである。恐らく兄よりは毎日鏡を見ているであろう妹が、そっくりにアレンジするのはそれほど難しくないであろう。
 この城嶋兄妹に備わった能力は、お互いを“女の子”“男の子”にすることは出来る。だが、全くの別人にすることは出来ないのである。髪の毛の長さなどは変えられるみたいではある。
 体育館裏になんか聡(さとり)の部屋みたいな姿見(全身鏡)があるほずも無いので分からなかったが、その場にはまさしくそっくりな二人娘がいたのだ。
 その、脚がパンティから剥き出しになって空気にさらされている感覚に馴染めずに、思わず脚をミニスカートの中ですりすりとこすりあわせてしまう歩(あゆみ)。
 な、何だか落ち着かない・・・。
 風呂から上がってタオルをひっかけたままみたいな、きちんと着ているのに中途半端にしか服を着ていないみたいな気分である。
 でも“スカート”というか“制服”としてはこれで間違いなく完成形なのである。
 ・・・こんなのを着て一日中過ごしてるってのは・・・女って大変だなあ・・・と思った。
「と、いう訳でお願い!」
「だ、だから何を!話が飛びすぎなんだよ!」
 全く同じ姿の制服少女同士の会話は、傍目からは夢みたいだった。


第200回(2003.3.20.(木))

「これから同級生の男の子が来るから。断って欲しいの」
「・・・は?」
 何が何だかさっぱり分からない。
「はっきり言うとね。告(こく)られそうなのよ」
「え・・・と・・・」
 やっと少しだけ状況が分かって来た。
「もうすぐに来るから!よろしくね!」
 と言ってさっさと走り去ろうとする聡(さとり)。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!」
「ん?大丈夫よ。後で戻してあげるから」
「そーゆー問題じゃねーだろ!」
「駄目よ。あたしなのにそんな言葉遣いしちゃ」
 イタズラっぽく笑うわが妹。
 “あたしなのに”・・・?
 背筋がぞーっとした。思わず背筋が少し沿ってしまって、またぞろブラジャーの感触を実感したりして。
 と、言う事は今、自分は聡(さとり)になっちゃってるってこと?
 頼りないスカートの中の・・・といってもこのミニスカートぶりでは脚なんか殆ど外に出ちゃってるんだけど・・・脚をぷたりとひっつけてしまう歩(あゆみ)。
「そんなこんなで上手く断っといて。理由は何でもいいから。てゆーか上手く嫌われてよね」
「あ、ちょっと・・・」
「じゃーねー・・・」
 あ、声が遠くなっていく・・・。
 呆然としてその場に取り残される“にわか聡(さとり)”と化されてしまった歩(あゆみ)であった・・・。

*お陰さまで無事に連載200回を迎えることが出来ました。これからも頑張りますのでよろしくお願い致します!