おかしなふたり 連載331〜340

第331回(2003年08月12日)
 それは一風変わった衣装だった。
 膝丈のワンピースで、露出した足先にはブーツ、手にはプロテクターみたいな装甲がつけられている。
「・・・何だこれ?」
「ま、いーからいーから」
 手に当たる硬い装甲の感触と、ワンピースの下の女物の下着の感触がちぐはぐである。
 ふと気が付くと頭にもなにやら大げさな装飾が付いているではないか。
「あれよ。『ソウルファイター』の「ヴァルキーレ」」
「はあ」
 そういえばそんなものいたな。
 それは格闘ゲームの女キャラの名前だった。
「でもって・・・今日の仕上げはこれよ!」
 と、見る見るうちにつややかな光沢を放つ、緑なす黒髪が金色に変わっていったのだ!
「うわわわっ!」
 あっというまに、歩(あゆみ)の腰まである長い髪は見目麗しい金髪になってしまった!


第332回(2003年08月13日)
 いつもの聡(さとり)の部屋と違って全身鏡こそ無いが、ここは「全身プリクラ」である。そういう意味での環境は、素人の部屋なんかよりもよっぽど整っていることになる。
「ねえ!ほらほら見てよ!格好いいっ!」
 ぐいぐいと「女戦士」の手を引いて目の前のディスプレイを促す女子高生。そのスキンシップぶりは、本当に仲のいい女友達みたいである。
「あ・・・」
 目の前のディスプレイには、それこそ“ゲームの中から抜け出てきたかのような”女戦士が映っていた。
 現代のゲームは、イラストというかアニメ風のキャラクターがアニメーターによって一枚一枚描画されたものを置き換えて表現する形式から「ポリゴン」といって、あたかも三次元空間に実在するかのように表現する技法へと進化している。
 最初のうちこそ、技術力が稚拙で「つなげたダンボール箱がカクカク動いている」などと揶揄されていたものだが、登場からほんの数年で見ようによっては実写映像にすら相当する高水準のものが登場するようになって来ていた。
 『ソウルファイター』はそうした流れの中にあるゲームのうちでも最新のもので、その臨場感・存在感たるや凄まじいクオリティと言えるものだった。


第333回(2003年08月14日)
「さー!それじゃ撮るわよー。いい?お兄ちゃん?」
「・・・どうすればいいんだ?」
「こーゆーポーズを取るの!」
 半身になってといって剣を突き出す様なポーズを取る。
「え・・・と・・・こうかな?」
 ぎこちない女戦士は必死にそのポーズを真似する。
「えーとね・・・」
 ディスプレイと“実物”を見比べながらあれこれ楽しそうにしている聡(さとり)。


第334回(2003年08月15日)
 直接手の位置やらを上げたり下げたりする妹。
「うん。なかなかいい感じ。それでね、『修行が足りないわ!』っていうのよ」
「それって勝ち台詞か?」
「そーそー。勝ち誇った感じでね」
「・・・台詞までは映らないからいいだろ?」
「うーん、確かにそうなんだけど、それ位得意げな表情でビシッ!と決めて欲しいのよね」
「こ、こうかな・・・」
「まだぎこちないなあ・・・まーいーわ。ちょっと待ってね」
 と言って何やらプリクラを操作している。
 子供を相手にするかの様な噛んで含めるかの様な馬鹿丁寧な台詞と共に操作を進めていく。
 勿論、聡(さとり)は手馴れたもので、スキップできるところはバンバン飛ばす。
「さ!行くわよ!ポーズ決めて!」
 と、聡(さとり)が金髪女戦士歩(あゆみ)の背中側にやって来る。
「お、おい・・・」
「いーからそのまま!」
 目の前に勢い良く手が突き出される。
「修行が足りないわ!」
 どうやら背中合わせに全く同じポーズを取っているらしい。
 シャッター音がした。


第335回(2003年08月16日)
「お、やってるやってる」
 その青年はにこやかに言った。
「見ててよ。バッチリ決めるから」
 青年なのにどこか華やかで可愛らしい雰囲気を漂わせる彼は、まばらに人が取り巻いている筐体のそばにつかつかやってきた。
「・・・」
 二人は同じ学校の制服をそれぞれ身に付けたカップルだった。
 そういえばさっきもそんな二人がいた気がしたが。
「・・・まあ、適当に」
 今度は一緒についてきている女の子は別人らしい。
 先ほどの女の子は、ショートカットでくりんとした目が印象的だったのだが、今回はツインテールしにた髪で、ちょっと楚々とした印象が強い。でも、顔立ちは良く似ている様に見えた。
 その制服では当たり前の短いスカートをやたらと気にして周囲をきょろきょろしている。
 それによってその可愛らしい顔が余計に周囲にアピールしてしまっているのだが・・・。


第336回(2003年08月17日)
 それから何人かの対戦が済んだ後、その美青年は席につき、ちゃりん!とコインを投入した。
 ゲーセンには三々五々、多くの人々が行き来していた。
 美麗なポリゴン格闘ゲームによる対戦風景も全く珍しくも無く周囲に溶け込んでいる。
 飄々としたその美青年はそれまで展開されていた試合がどんぐりの背比べに思えるほど見事なものだった。
 違うゲームの様な動きをするそのプレイヤーによって台の反対側にいる面々はことごとく敗れていった。
 その美青年は試合が終わるごとに後ろを振り返ってツインテールの少女に笑顔を向けている。
 彼女なのだろうか?
 その美少女は迷惑という訳でも無いのだろうが、その度に何とも困った表情をしている。

 そろそろ夕方にさしかかる頃だった。
 幸か不幸か、この当たりでは敵なしの対戦研究チーム・・・中には全国大会で名を成した“有名人”などもいる・・・のメンバーが終結しつつあった。

「ねえ・・・お姉ちゃん」
 また振り返って言う聡(さとり)。
 勿論、今目の前にいるうちの男子の制服姿の美青年が変身した聡(さとり)なのだ。
 そして・・・うちの女子の制服を着せられたツインテール・・・が、未だに性転換を解いてもらえない歩(あゆみ)なのだった・・・。


第337回(2003年08月18日)
「・・・何だよ」
 “お姉ちゃん”と呼ばせているのはせめてもの抵抗である。
 何しろ見た目がどう見ても女子高生なので“お兄ちゃん”ではあらぬ誤解を受ける可能性も無いではない。
 それにその・・・本当に「カップル」と思われては色々と問題があるではないか。

 とか何とか言っているうちに順調に勝ち星を重ねる聡(さとり)。
 見ていると女の子の時にやっていた「捨てゲーム」が殆ど無い。
 下手をすると2本ともストレート勝ちをしたりしている。
 ふと気が付くとまた周囲に人だかりが出来ている。よくよく人を惹きつけるプレイをするんだろう。こうして見ていても時々ハッとするほど上手いプレイもある。
「いいみたいだな」
「うん。今日はちょっと出来すぎかな」
 さっきのプリクラの中とトーンが違う。
 この気持ちはちょっと分かる。
 何しろ台を挟んで向こう側には今倒したばかりの相手がいるのである。そこで「弱いのばっかりで退屈」などと言えば雰囲気が悪くなる。
 そのあたりはきっちり考えているらしい。

 このゲームに限らないが、最近の対戦格闘はとにかく試合時間が短い。そもそも試合時間が30秒しか設定されていない。ふるに時間切れまで戦っても1分30秒しかかからないのである。
 聡(さとり)位の実力があると、本当に1分以内に一方的に試合が終わってしまう。これで一回100円が飛ぶのだからちょっと金銭感覚の狂った世界だ。
 気が付くともう、勝ち星は10を越えていた。


第338回(2003年08月19日)
 少し間があった。
 筐体のあちら側には大勢人がいるのに入ってこないのはおかしい。
「・・・またかな」
 久しぶりに聡(さとり)・・・今は男子校生・・・が声を出した。
 そういわれて女子高生にされている歩(あゆみ)もピンと来た。
 そうなのである。対戦台でも、一方のプレイヤーが余りに強すぎるともう誰も入ってこない状態に陥ることがままあるという。
 歩(あゆみ)が中学時代につるんでいた連中は、歩(あゆみ)も含めてその対戦のレベルはどんぐりの背比べだったので、そんな事態が出現したことは無いのだが、この妹の強さなら充分考えられる。
 そもそもそのコメントが「またか」なのである。
 何をかいわんやだ。
 もしもそうなら、後はコンピュータのラスボスを倒しておしまいだ。長くて数分というところ。
 ・・・やっと帰れるな。
 女子高生にされていた歩(あゆみ)は安堵した。
 もうこんな人ごみのなかで女にされているのは嫌だ。
 大体なんなんだこの短いスカートは・・・。
 もしも生まれつき女だったとしても恥ずかしくてたまらない・・・と思うんだけどなあ・・・。
 ちゃりん、というコインの投入音がした。
 また誰か入ってきたみたいだ。


第339回(2003年08月20日)
 もーいーよ。早く終わってくれ、と歩(あゆみ)は思った。
 ゲームと言うものは、仮に動きが直接的で見た目にはっきりと分かる対戦格闘であっても後ろで見ているだけというのは退屈なものである。
 デートで女の子を連れてゲーセンに入るな、と聞いたことがある。
 人を待たせているにも関わらずゲームに夢中になって放ったらかしてしまうというのは相当なマイナスポイントであるからである。
 全くその通りだった。
 歩(あゆみ)の場合は、今は見た目と肉体的には女子高生そのものだが、精神的には17歳の男子校生である。また、対戦格闘ゲームに夢中になっていたことすらある。
 にも関わらずこれだけ退屈なのだから、ゲームに感心の無い女の子が延々待たされたとしたら百年の恋が冷めたとしても不思議は無い・・・かも知れない。
 と、目の前に見慣れない光景が広がった。
 ・・・苦戦してる?
 心なしか聡(さとり)の背中から受ける印象もいつもと違って見えた。


第340回(2003年08月21日)
 誰か気が付いただろうか、連れの女の子を後ろに待たせたまま延々対戦で勝ち続ける青年の後ろの“お飾り”の表情が、一瞬「ゲーマーの顔」になったのを。
 よく観ると周囲の雰囲気も何か違う。
「さとり・・・」
 独り言の様に言っていた。
 明らかに聡(さとり)が操るキャラが押されている。
 何しろ動きの早いゲームである。俗に「3すくみ」という状況があり、それぞれじゃんけんのような関係になっている。下段攻撃にはしゃがみガード、しゃがみガードには中段攻撃、中段・上段攻撃には投げという攻防である。
 だが、これだけなら誰でも出来る。
 問題はこれを1秒間に2〜3回出す振りをしながら、3〜4回掛け合うという凄まじい攻防なのだ。
 周囲に軽いどよめきが起こった。
 ぎりぎりの攻防ではあったが、遂に聡(さとり)のキャラが競り負けたのである。
 男になって帰ってきてから一切の手加減無しで飛ばしていた。遊びで相手に一本取らせたりはしていない。
 つまり、実質的に初の敗戦だった。

 ここに至って歩(あゆみ)にも事態が把握できた。
 ・・・これまでとはレベルの違う相手が出現したらしい。
 脚の80%以上が露出している大胆なスカートを履かされていることも忘れてこぶしを握りしめる歩(あゆみ)だった。