おかしなふたり 連載351〜360

第351回(2003年09月01日)
 その場でぽかーんとしているミニスカート姿の歩(あゆみ)。
 一体何だったのだろう・・・。
 どうも、自分の周囲には行動的というか、活発な女性が多い気がする。
「おっす!」
「わきゃあっ!」
 いきなり背後から声を掛けられて飛び上がりそうになる歩(あゆみ)。

「あによ。びっくりしすぎ!」
 可愛らしい挙動で言う聡(さとり)。勿論男の子の姿のままである。
 しかし、一見して性別不詳のその容貌から決して気持ち悪くは無い。
「何だ・・・お前か・・・」
 こちらはツインテールで男言葉の少女だが、この程度は全く珍しくないのだった。
「どうしたの?誰かと話してた?」
「い、いや・・・別に」
 歩(あゆみ)は恭子と会ったことを隠した。これ以上話がややこしくなってはかなわない。
「うん、まーいーや。それじゃあ帰ろうか」
 どうもいつもにも増してにこにこしている様に見える。
「・・・お前こそ何かあったのかよ」
「うーん、お兄ちゃん・・・じゃなくてお姉ちゃん。その声で男言葉って可愛いなあ・・・」
「・・・何を言ってんだ」
 自分で頼んでおきながら「お姉ちゃん」とか言われると何やら複雑である。
 実際今の二人の身長は逆転していて、女の子になってしまっている歩(あゆみ)は男に変身している聡(さとり)の顔を見上げているのだ。
 その後、要領のいい聡(さとり)の手引きで、無人である所を見計らって全身プリクラに飛び込んで戻ったのだった。

 この、一見何ということは無い日が二人の運命の転換点だったとは・・・。この時点では知る由も無かった。


第352回(2003年09月02日)

 珍しいこともあるものだ、と思った。
 同じ高校に通っているとはいえ、高校生ともなれば兄妹べったりで登校、などというのは珍しいには違いない。今でも先に高校に進学した時の聡(さとり)の寂しそうな様子がよみがえる。
 当たり前だけども、中学と高校は同じ通学路では無いからだ。
 そういえば小学校の時にも同じことがあった気がする。
 ・・・なんというか、もう空気のように当たり前のことになっていたのだ。

 あのゲームセンターでのツインテールと、全身プリクラでの金髪コスプレの日から一週間が過ぎた。
 翌日からも何事も無く・・・いつも通りに2〜3日に一度は部屋に呼び出されて着せ替え人形にされている・・・。
 同じ教室にいる恭子とも普通に会話している。
 意外といえば意外なのだけど、恭子は歩(あゆみ)の前では女の子版の「あゆみ」の話をあまりしなかった。
 それとなく聞いたところでは、恭子は聡(さとり)と一緒にいる時は折に触れて「あゆみ」の情報を聞き出そうとしているらしいのだが。。。。
 やはり男と女では違うということだろうか。
 当たり前だが。


第353回(2003年09月03日)

 その日の朝は少々遅れたこともあるのだが、いざ朝食を取ろうと居間に降りてくると、もう聡(さとり)はいなかった。
「聡(さとり)は?」
「あ、さっき出たわよ」
 これは母。
「ふーん」
「今日は何かあるの?」
「いや、別に・・・何も聞いてないけど」
「やけに急いでたけど・・・」
「友達と待ち合わせでもしてるんじゃねーの」
 歩(あゆみ)は冷たい牛乳を注いだ。
 時計を見ると、まだまだ充分に時間的余裕はある。一体何を急いでやがるのか。
 朝のニュースともバラエティともつかない番組をみながら大騒ぎするのが恒例だっただけに少々寂しいものがあるが、まあたまにはこんなこともあるだろう。
 歩(あゆみ)は久しぶりに落ち着いた朝食を取った。


第354回(2003年09月04日)

 歩(あゆみ)と聡(さとり)が通っている高校は、特に何の変哲も無い共学高校である。まあ、お互いを性転換できる妙な兄妹がいたりするがこれは例外である。
 都内では公立高校は質の悪い生徒の溜まり場と化して、“荒れている”とよく言われる。
 地域的な問題なのか分からないが、少なくとも歩(あゆみ)は自らの通う高校が荒れているとは思わない。そうした雰囲気が伝わるのか、自然と穏やかな生徒(?)が集うようになり、結果評判のいい高校となっていた。

 地理的にも恵まれており、最寄り駅から歩いて10分というところだ。
 登下校時間には近くの道路がおなじみの制服で埋め尽くされることになる。
 歩(あゆみ)は遅刻の常習者では無かったが、部活で朝練をやっている連中の様な早朝登校組でも無かった。
 ちなみに「帰宅部」所属である。
 別にスポーツが嫌いだったりする訳ではないんだが、決めあぐねている内に高校二年生の夏休み近くになってしまっていた。
 今から始めても高校の部活は三年の夏で引退だから殆ど意味が無い。いや、意味が無いことは無いんだけどあっという間である。
 ちなみに学校全体がほどよく冷めていて、野球部も「甲子園に行くぞ!」というノリではなく、楽しくスポーツをやっている。
 何しろ大半の部が週に2〜3日しか放課後に活動していないのであるから何をかいわんやである。
 地方の“高校野球に賭けている”高校などは毎日の朝錬、日が落ちるまでの特訓は当たり前、土曜日曜も関係なく、修学旅行にすら行かないで頑張っているのだから、比べ物にならないぬるさである。
 ま、公立なんだからそんなもんだ、と生徒も教師も思っていた。


第355回(2003年09月05日)

 しかし・・・そんな歩(あゆみ)であっても今朝は少し早く登校していた。二つの方向からやってくる「遅刻ギリギリの到着電車」の人口密度はかなりのもので、そこがピークになる。
 そこから一本前になると人数は半減し、更に一本前になると更に人口は三割減になる。
 一時間も前だと、「本当に今日は学校やってるのか?」と思いたくなるほど人数が少なくなる。
 ま、それくらい前になると下手するとまだ空が暗かったりするのだが、今は7月である。

 そんなこんなで、人気の少ない道を歩いていた。さっきまで視界の遥か先を歩いていた生徒が角を曲がりこみ、道に歩いているのは独りになる。
 聡(さとり)ってこれよりも早い時間に一人で学校行ったんだよな・・・?
 珍しいこともあるもんだ。
 この周囲には駅のすぐそばにコンビニが一軒あるきりで学校周辺には殆ど無い。
 ま、もしそんなものがあれば育ち盛りの高校生たちの溜まり場になる上に夏休みや春休みには思い切り売り上げが落ち込む波の激しい店になることだろう。
 結局、そのまんま学校に入った。
 この間女装させられて潜り込まされたので聡(さとり)の教室は知っている。行ってみても良かったのだが、やめておいた。

 自分の教室にも人気は無かった。
 貴重な時間の様な気がしたのだが、なんとなくだらだらしている内に一人、また一人と入ってきて結局いつもと同じになっていた。


第356回(2003年09月06日)

 授業も特に変わりないし、休み時間もどうということはない。
 恭子とも普通に挨拶を交わしている。
 幸か不幸か彼女は転校早々周囲に馴染んでいるので、常に女の子の輪の中にいる。こちらが声を掛けようにもそういう“間”が無いのである。
 これがお互い一人っきりで、なんて話だとさぞかし気恥ずかしいのだろうが。
 後で気が付いたことなのだが、この日は授業の編成が偶然にも殆ど「出歩かない」ものとなっていた。つまり体育の授業で体育館に行ったりグラウンドに出たり、理科室に行ったり音楽室に行ったりしなかったのだ。
 ずうっと同じ教室の中である。
 実はこういうことは結構珍しい。それにはたまたまこの日に行われた臨時の授業予定変更なども左右していた。
 何しろ歩(あゆみ)はオールラウンダーという訳ではない。どの教科も平均点というところだ。幸い今まで赤点を取ったことは一回も無い。
 知人などはテストの度に赤点を量産していたのに、一年浪人しただけで国立大学に滑り込んでいるので、“そんなものなのかな”などと思っている。
 確かに「カラオケ大王」であるし、クラスメートでそれを知っている人間もいるが、とりたてて音楽が得意という訳でも無い。歩(あゆみ)位天性の歌の上手さがあると、別に譜面なんて読めなくてもいいのである。
 そんなこんなで、いつの間にか昼休みになっていた。
 教室内では、三々五々弁当を広げたり買ってきたパンとジュースをぱくついたりといった光景が展開されている。
 ・・・そういえば・・・今日は聡(さとり)が来てないな、と思った。
 あいつは特に用も無いのにしょっちゅう歩(あゆみ)の教室にやってくるのだ。恭子が転校してきてからは「大義名分」が出来たとばかりにその頻度は高くなっていた。
 しかし・・・その聡(さとり)が今日は来ていないのである。一回も。

 ひょっとして・・・避けてる?
 いつもべたべたとくっつかれてばかりいたのだが、こうして避けられる様になると何とも寂しくなってしまうのは人の心の複雑さか。
 今日、それこそグラウンドにでも出る編成ならばどさくさに紛れて聡(さとり)の教室のそばを通る位のことは出来るんだが・・・。
 珍しいことを歩(あゆみ)は思った。


第357回(2003年09月07日)

 と、教室の中が何やら騒がしい。
「お、来てるなあ」
「ああ、ホントだ」
 歩(あゆみ)の悪友たちが窓にもたれかかって外を眺めている。
「何だ?」
 思わずそこに歩み寄る。
「どうしたんだ?」
「いや・・・見物人だよ」
「見物人?」
 ふと見ると、校門前に大勢の人だかりが出来ている。それも・・・何故かほぼ全員女子である。
 しかも殆どが制服を着ている。
 昼休みを使って学校を抜け出して来たのは明らかだった。
「あれって・・・隣の中学の制服かな?」
「ああそうだ。隣の駅の高校の制服もあるぜ」
「あれって女子高だよな」
 どうやらこうして窓から覗き込んでいるのはうちの教室だけでは無いらしく、あちこちからお互いを見詰め合っている様な格好になっていた。
 ・・・どうも、手に手に何やら同じものを持っている気がするがここからでは良く分からない。


第358回(2003年09月08日)

「こりゃ一体何の騒ぎだい?」
 思わず聞いてしまう歩(あゆみ)。
「いや、知らんけど・・・」
 事態がつかめない男子一同。
「あっ!いたいたっ!」
 背後から黄色い声がした。
 思わず振り向く。
 と、そこには恭子を中心とした女子の一団がいるではないか。
「歩(あゆみ)ちゃん!」
 そうやって名前だけ呼ばれると男なんだか女なんだか分からないからやめて欲しいんだけど・・・幼馴染で小さい頃からそう呼ばれてきたからいいかな・・・と思った。
「恭子・・・ちゃん」
 ちょっとだけ周囲を気にしながら言う。
 どどどっ!とその場で立ち止まる女子軍団。
「ほらほら!そっくりだよ!」
「うーん・・・確かに」
「名前も同じだし」
「でも・・・妹の名前名乗るかしら?」
 何が何だか分からない。
「あの・・・何?」
 たどたどしくなってしまうが聞いてみた。
「歩(あゆみ)ちゃん・・・知らないの?」
「知らない・・・って何を?」
 女子が一斉にざわざわする。“本当に知らないみたいよ!”なんて言っている。


第359回(2003年09月09日)
「何の・・・話?」
「その・・・」
 恭子が申し訳なさそうに一歩前に歩み出る。
「これなんだけど・・・偶然だよね?」
 恭子が出してきたのは一冊の雑誌だった。
 版型の大きな写真一杯の雑誌で、妙に薄い。
 その表紙には・・・こういうのは失礼だが・・・余り理知的には見えない・・・もっと言えば蓮っ葉な感じの女性が、歯茎をむき出してポーズを決めている。
 着崩した制服のだらしなさなど、いかにも今風の女子高生である。こういうのが格好いいあるいは可愛いとでも思っているのだろうが、同年代の歩(あゆみ)にしてからが、実に嫌な印象を受けた。
 その点、歩(あゆみ)たちの通う高校は、私立でも無いのにそのあたりの風紀はしっかりしていると言えた。
 あのやんちゃな妹だが、清潔感のある着こなしという意味では兄としても全く心配していなかったのである。
「読んだこととかある?」
 歩(あゆみ)は首を振った。
「いや・・・無いけど」
 恭子のみならず、周囲も“そうだよなぁ”という雰囲気になる。
 歩(あゆみ)はこーゆー「ストリート雑誌」なんてものを読むキャラでは無いのだ。
「ここ・・・なんだけど・・・」
 恭子が恐る恐るそのページを見せた。


第360回(2003年09月10日)

「・・・!!!??」
 歩(あゆみ)は目が飛び出しそうになった。
「こ・・・ここここここここここれはあああああぁっ!」
 なんて漫画みたいなことは言わなかったけど、
「ちょっとこれ貸して!」
 と言うが早いが恭子から半ばひったくる様にその雑誌を掴み取ると脱兎のごとく教室を駆け出していた!