おかしなふたり 連載621〜640

第621回(2005年06月19日(日))
「あ、もしもし?」
 噛みあっていそうで噛みあっていない聡(さとり)と恵(めぐみ)の会話は恵(めぐみ)に掛かってきた突然の電話で中断されることになった。
「ふんふん。・・・えー、またぁ?・・・うん・・・」
 聡(さとり)をそっちのけで話し込んでいるが、聡(さとり)に対して注意をそらすことは無い恵(めぐみ)。
 しばらく続くも、時間にして1分と掛からずにその電話は切れた。
「めぐさん、今の何?」
 聡(さとり)が間髪いれずに聞く。
「あ・・・うん・・・ま、言っても大丈夫かな」
 少し戸惑っている恵(めぐみ)。
「“業界”内の話かな?」
「ま、そーゆーこと」
 恵(めぐみ)は否定しない。


第622回(2005年06月20日(月))
「どんな内容なの?」
 考えている恵(めぐみ)。
「聡(さとり)ちゃん・・・もうさっちゃんでいいかな?」
「うん。友達もみんなそーゆーし」
「じゃあさっちゃん。歌の上手いあゆみちゃんとは間違いなく会えるのよね?」
「うん・・・まー・・・」
「約束できるんなら考えてもいいわ」
「・・・めぐさんやり手だなー」
 スマイリーマークみたいな笑顔で頭をかいている聡(さとり)。可愛い。
「説得してみるわ。でも・・・」
「大丈夫だって。別にさっちゃんが情報ほしさに歌の上手いあゆみちゃんを売ったって訳じゃないから。元々本人も承諾してるんでしょ?」
「まー・・・そーかな」
「あと一つ。これは絶対人にしゃべっちゃ駄目よ」
「はい!誓います!」
 と手を上げる聡(さとり)。どうにもノリが軽いが言葉は誠実だ。
「じゃあ教えたげる」
 人の少ない喫茶店なのに周囲を見渡してから言う。
「さっきも話が出てたんだけど・・・歌手の沢崎あゆみっているじゃない」
「うんうん」
「彼女がね・・・今、行方不明なんだって」


第623回(2005年06月21日(火))
「あ、あの・・・」
「さっきはありがとね」
 サングラスをずらした状態でにっこり微笑む歩(あゆみ)に正対しているその女性。
「さ、・・・わさき・・・さん?」
 こくりと頷いてサングラスを戻す。そこにいたのは城嶋歩(あゆみ)が憧れてやまなかった、当代の歌姫・歌手の沢崎あゆみだったのである。


第624回(2005年06月22日(水))
「行方不明!?あゆが!?」
 素っ頓狂な声を出す聡(さとり)。
「しっ!声が大きい!」
 まだびっくりしている聡(さとり)。
「え・・・でも・・・そんなことあり得るの?だってあゆだよ?」
「まーその・・・ここだけの話だけど、割合しょっちゅうあるのよ。彼女には」
「えーえーえーーーー???」
 興味のあることにしか反応しない聡(さとり)の脳細胞がフル回転する。
「でも、おかしいじゃん!マネージャーとかいないの?」
「マネージャーだって四六時中張り付いてる訳じゃないわ」
「で、でも行方不明って・・・」
「聞いたことあるでしょ?奔放な性格だって」


第625回(2005年07月11日(月))
「で、でもなあ・・・」
「ぶっちゃけこれまでも何度もあったのよ。あんまり表沙汰になって無いってだけで」
「某ぷっつん女優さんみたいな感じかな?」
「まあ、イメージとしてはそれに近いわね」
 この会話がなされた時点で2〜3年前の話になるが、当時人気絶頂で清純派として売っていたとあるアイドルが映画の撮影現場はドタキャンするわ、深夜にお金を一切持たずにタクシーを数十キロ走らせた上に逃走したとか、ガリガリに痩せた上にしゃがれ声でドラマに出演したりと、大いに「ぷっつん」ぶりを発揮して、幻想を抱いていた世間を大いに呆れ、絶望させたことがあった。
「そんなにしょっちゅういなくなるの?」
「しょっちゅうったって何ヶ月かに一回位だけどね。すぐに帰って来るし」
「でも、携帯のコマーシャルもやってるのに」
 噴出す恵(めぐみ)。
「だからって持ってるはずだって?やっぱさっちゃん面白いわ」
「いや、基本かなと」
 何の“基本”なのか。
「ちょこっと姿をくらまそうとするのに携帯の電源入れっぱなしってことは無いでしょうが」
「そーだよね」
 と、何かを思いついた様子の聡(さとり)。


第626回(2005年07月12日(火))
「何をしてるの?」
 もぞもぞと何やら探っている聡(さとり)。
「ちょっとお兄ちゃんに掛けてみようかなと」
 自らの携帯を取り出す聡(さとり)。
「・・・ってまさか・・・」
「お兄ちゃんならいいんでしょ?」
 ぴぽぱぽ。
「うーん・・・そこまでだからね。で、何聞くの?」
「お兄ちゃんはさっき帰ったけど、まだこの辺にはいるはずだから」
 思いっきり“この辺にいる”ことをバラしている聡(さとり)。
「ひょっとしたら、あゆ見かけてたりとかするかも」
「まさか、そんなこと無いよ。大体変装してるし」
「まーまー。だってさっきいの電話も“探してくれ”って依頼なんでしょ?」
「そうだけど・・・」
 目の前の聡(さとり)の携帯電話がダイヤル音を響かせる。


第627回(2005年07月13日(水))
 テーブルの上に置いてあった携帯電話が振動し始める。
 周囲への気配りを忘れない歩(あゆみ)は、携帯電話は常にバイブ設定にして胸ポケットに入れているのである。
 いつもと違って「胸が大きく」なっている為若干入れにくくなっていることもあるし、何より一日千十の思いで連絡を待っているのでテーブルの上に置きっぱなしになっているのだ。
 折りたたんだ携帯電話の背中のディスプレイには妹の名前が表示されているのを認める。遅い!遅すぎる!その上タイミングが最悪だ。
「鳴ってるよ」
 歌っていない時の沢崎あゆみは少年の様な独特のハスキーボイスである。正に目の前のミステリアスな雰囲気の女性はその声で喋っているのだった。
「いいから出て。あたしの為に遠慮しなくていいから」
「す、すみません」
 複雑な気持ちで受信ボタンを押す。


第628回(2005年07月14日(木))

『あ、あゆみちゃーん!』
 能天気で危機感のかけらも無い声が受話器から響いてくる。しかも普段は「お兄ちゃん」なのに、何故か今日は小学生時代に戻ったみたいに「あゆみちゃん」モードだ。
 「こ、この馬鹿が!」・・・とでも叫びたい気持ちだったけども、何しろ状況が状況なのでこらえる。
「そ、そうだけど・・・」
『お兄ちゃんお兄ちゃん!大ニュースだよ!とにかく大変なんだって!』
「今それどころじゃないんだよ!とりあえずその話は後でな!切るぞ!」


第629回(2005年07月15日(金))
 大急ぎで話を切り上げようとする歩(あゆみ)。
『いいからお兄ちゃん!ちょっとだけ聞いてよ!』
「こっちも取り込み中なんだよ!お前の与太話に付き合ってる暇はねーんだ!」
『だから大ニュースなんだってば!もお!聞いてくんなきゃ今日一日中そのまんまにしちゃうぞ!』
「それだ!今日はずっとそのままな!頼むぞ!」
『・・・え?マジ?お兄ちゃん』
「そーそー!そのまんまでいいから。というか絶対に今日は戻すなよ!じゃあ!」
 第三者以外には謎の会話を最後に電源を切る歩(あゆみ)。


第630回(2005年07月16日(土))
 ちょっと目を白黒させている沢崎あゆみ。
「・・・よかったの?」
「いいんです。たまにはびしっと言わないと」
「妹さんね」
「・・・はい」
「いいなあ」
「え?」
「あたし、一人っ子だったから」
 寂しそうに微笑む歌姫。


第631回(2005年07月17日(日))
「・・・切れちゃった」
 携帯電話の画面表示を見ながらポカンとしている聡(さとり)。
「あらあら」
 恵(めぐみ)がフォローしてくれる。
「忙しかったみたいね」
「珍しいな・・・」
 軽く考え込む風の聡(さとり)。
「そうなの?」
「うん、あんな反応するお兄ちゃん初めてかも」
 仲がいいだけに、他人から見ると驚くほど素っ気無い対応を妹に対してしている歩(あゆみ)なので、これくらいの激しい言葉使いは全く珍しくない。
 だが、聡(さとり)はそれ以上の「異常事態」を感じ取ったらしい。


第632回(2005年07月18日(月))
「す、すいません・・・何だか慌しくて・・・」
 恐縮して小さくなる歩(あゆみ)。声がいつもの自分よりも甲高いのが落ち着かない。ああ、ベストの状態で会いたかった・・・こんな・・・女の子の状態で会うことになるなんて。
「いえいえ。どういたしまして」
 余裕のある微笑を浮かべている沢崎あゆみ。
 結果論だけども、この状態で電話が掛かってきたのはある意味よかったのかもしれない。こういう“きっかけ”でも無い限り、この状況で歩(あゆみ)が積極的に話せるとは思えない。
「あ、あの・・・」
 緊張感がぶり返してきた。
 ほ、本物・・・本物だ・・・本物のあゆだ・・・。
 人目を忍んでなのか、すぐにサングラスを戻してしまったけども、その茶髪とも金髪とも付かない短い髪や何よりその雰囲気は正に本人だった。
「さっきの話・・・聞かせてもらっちゃった」


第633回(2005年07月19日(火))
「さっきの?」
 恐らくこれまで、自分を目の前にして緊張と感激のまましどろもどろになってしまうファンを山ほど見てきたのだろう。話しやすい雰囲気を作ろうとしてくれているのが感じられる。
「うん。隣だったから・・・」
 そうだ、恭子とあゆ談義になったのだった。こちらは泣きそうになりながら沢崎あゆみを弁護した。そうか、あれを聞かれてたんだ・・・。
「あ、いえ!あれはその・・・」
 弁解する様なことでは無いんだけど、何だかこんな反応になってしまう。
 にこにこしている沢崎あゆみ。
「嬉しかったわぁ・・・」
 心なしか声を詰まらせた様に聞こえる。ひょっとしたらサングラスを取ろうとしなかたのはそのせいなのかもしれない。
 ひょい、とテーブルの端に刺さっているメニューを取り上げる沢崎あゆみ。
「“あゆみちゃん”。何でも注文して。おごるから」


第634回(2005年07月20日(水))
 首が振動で吹っ飛びそうになるほど激しく振る歩(あゆみ)。
「だ、駄目ですよ!そんな!」
 またにっこり笑う沢崎あゆみ。
「“あゆみちゃん”、女子高生だよね?」
 単純な様で複雑な質問だ。しかし年齢的には肯定するしかない。
「そう・・・ですけど」
 恐らく2000年代を生きる現代日本の男性は、自ら「女子高生」という立場になってみることにかなり憧れているのではないかと思われる。その意味では正に理想の状態にあるわけだが・・・。
「あたしも昔はそうだったけど、本当に遊びたいのにお金なくてねぇ・・・このコーヒーだってお小遣いから見れば楽じゃないでしょ?」
 事実だった。
 城嶋家ではバイト禁止だったし、高校でも不許可だった。だから月に五千円のお小遣いが全財産である。首都圏に生活する高校生には決して多くない金額だ。今日みたいに定期券から外れた駅に降りるとなるとそれは自腹である。往復で数百円程度ではあるが、元が五千円しかないので決して馬鹿にならない。
「ぶっちゃけ今のあたしは高校の頃に比べればお金はあるのね」
 沢崎あゆみが続ける。
 「高校生よりもある」どころではないだろう。全盛期に比べれば若干落ちたとはいえ、彼女は毎年数億円を納税しているのである。世間的に見れば大金持ちだ。


第635回(2005年07月21日(木))
「はあ・・・」
「タイムマシンがあって、あの頃の自分に・・・それこそ一万円でも渡せたらなあ・・・ってホント真剣に思うのね。お金の価値が今と全く違うし・・・」
 この話は何となく分かる。毎月のお小遣いが五千円の現在と、月に百円だった小学生の頃とでは“お金の価値”が全く違う。
「だから黙って奢られなさい」
 と言って微笑む。
 そうか、今の彼女にしてみれば、ばったり出会った貧乏高校生・・・いや、ごく普通の金銭感覚を持つ“普通の”女子高生・・・に奢って上げるのは、“過去の自分”に奢っているも同然なんだ・・・。
「じゃ、じゃあ・・・」
 メニューを引き寄せる歩(あゆみ)。
 ああ、何だか夢みたいだ・・・有名人とこうして話しているなんて・・・しかも、歩(あゆみ)が一番会いたかった憧れの人である。
「じゃあこの・・・クリームソーダで・・・」
 真っ青なソーダの上にバニラアイスをトッピングした他愛もないメニューだが、子供の頃から歩(あゆみ)の大好物なのである。月に一度程度家族でファミリーレストランに食事に行ったりすると、聡(さとり)と一緒に食べたものだった。
 数百円もするので、自腹を切る様になると却って食べないタイプのものだった。


第636回(2005年07月22日(金))
「クリソ?いいよ、もっと高いの頼んでも。この「ジャンボダブルパフェ」とかでもいいよ」
 ちょっとひるんだけど「クリソ」ってのは多分「クリームソーダ」の略称なんだろう。いかにも“業界人”っぽい。
 そして毎年数十億円を稼ぎ出す彼女にしてみれば、例え数万円でもはした金の類だ。千円以下なんてお金の内にも入らないに違いない。
「あ、大丈夫です。いいんですこれで」
「ふーん・・・ま、高校生だし、ダイエットとかもあるか」
 一人納得している沢崎あゆみ。
 歩(あゆみ)は心の中で学習した。
 そうか、女子高生であるからにはポーズだけでも“体重に気を遣ってます”という態度がリアリティーがあるのか・・・って余り活用したくない類の豆知識だ。
 歩(あゆみ)は思い切って提案してみた。
「その・・・沢崎さんも一緒にどうです?」
「・・・あたしも!?」
 びっくりしている沢崎あゆみ。


第637回(2005年07月23日(土))
 しかし、すぐに微笑が戻る。
「・・・いいわね。じゃ、頼もうか」
 間髪入れずに店員の呼び出しボタンを押している。
 歩(あゆみ)にしてみれば、「常に兄妹二人で食べていた」という思い出があったので提案してみただけなんだけど、案外効果的だったみたいだ。
 すぐに店員がやってくる。
 と、沢崎あゆみが目で合図してくる。
 咄嗟にメッセージを感じ取った歩(あゆみ)は店員に言う。
「クリームソーダを二つ」
「はい、クリームソーダ二つですね」
 と、沢崎あゆみがひょい、と伝票を持ち上げて歩(あゆみ)に押し付けてくる。
 一瞬その意図が分からなかったが、すぐに理解する。
「あと・・・この伝票と一緒にしてもらえます?」
「はい、よろしいですよ」


第638回(2005年07月24日(日))
「やっぱりそういう話って結構あるのかな」
 聡(さとり)が屈託無く尋ねる。
「“そういう話”って?」
「やれ、スタッフと揉めて夜中の逃避行、とか」
「ああ、芸能人の話のこと?」
 恵(めぐみ)が話をまとめる。
「うん、そうそう。“熱愛発覚!”とか」
 この娘(こ)は決して頭が悪い方ではないと思うのだが、単語単位で話すので論理が突飛になってしまう。
「あたしだって二十代だから昔のことは分からないけど・・・」
 恵(めぐみ)が話し始めた。
「でも、それこそ八十年代とかに比べれば“アイドル”のイメージというか、求められているものは随分変わったのは確かよね」


第639回(2005年08月01日(月))
「例えば?」
 聡(さとり)が大きな瞳をくりくりさせて聞く。
「いやまあ・・・それこそ八十年代のアイドルなんて“うんこもおしっこもしません”って感じじゃない?男性スキャンダルなんて出りゃ致命的、みたいな」
「うーん、あたし生まれてないからわかんないや」
 少し眉間に皺が走る恵(めぐみ)。
「・・・さっちゃんって何年生まれだっけ?」
「平成に入ってからだけど」
「へ、平成・・・」
 へこんでいる恵(めぐみ)。


第640回(2005年08月02日(火))
「あの・・・いつもこういうところにいるんですか?」
 おずおずと歩(あゆみ)が尋ねた。
「ん?・・・ああ、ファミレスってこと?うん。いるよ」
 あっさりと沢崎あゆみは答えた。
「てゆーかさあ、敬語使わないでいいよ。タメで」
「え・・・でも・・・」
「ま、無理だよね。ゴメンゴメン」
 沢崎あゆみは笑みを見せた。
「一人で作業したいときとかしょっちゅう来るよ」