おかしなふたり 連載701〜720

第701回(2005年10月05日(水))
 ちょっとややこしい思考が頭の中で駆け巡ったが、兄妹の思いは一致していた。
 恵(めぐみ)さんは勘違いをしていたのだ。
 お調子者の聡(さとり)の兄と、謎の歌の上手い少女との間に何らかの関連はあると思っていはいたのだが、それはせいぜい二人が服を入れ替えて成り代わっている、程度だと思っていたにちがいない。
 まさか…まさか本当に“物理的に”変身させていたなどとは思っていなかったのだ。
 盛んに挑発していたのは、冗談半分にからかっていただけなのである。

 言うまでも無く失敗だった。
 ここは何が何でもごまかしとおすべきだったのである。
 それをよりによって“本当に変身させるところ”を見せてしまったのだ!


第702回(2005年10月06日(木))
「じゃあ、そういうことで」
 しゅた!と片手を上げて出て行こうとする聡(さとり)。
「ちょ、ちょっと待って!」
 慌てて止める恵(めぐみ)。
 またも狙っているのかコントみたいな掛け合いである。


第703回(2005年10月07日(金))
「いやその…約束のマジックショーも終わりなんで」
「ち、違うよね?マジックじゃないよね?」
「いや、種も仕掛けもあるマジックですから」
 もう無茶苦茶な言い訳で、言い訳にすらなっていない。
 だが、こうなったらしらばっくれた者の勝ちである。本当にこの妹からは勉強させてもらう。


第704回(2005年10月08日(土))
 腕組みをして必死に考え込んでいる恵(めぐみ)。
「これは…どう考えたらいいの?」
 独り言みたいだった。
「そう言われても…ねえ?」
 OLとなっている歩(あゆみ)に同意を求めてくる聡(さとり)。
「さっちゃんって…自分でも何言ってるんだか分からないけど…お兄ちゃんを女の子に変えられるってこと?…だよね」
 半信半疑の恵(めぐみ)。
 そう言ってはみたものの、敢えてその突飛なセンテンスを口に出してみることで何かを変えようとしている様にすら見えた。
「違います」
 可愛らしい声で歩(あゆみ)が言った。


第705回(2005年10月09日(日))
「…」
 ピンク色の制服と、浮き上がったヒップラインが抱きしめたくなるほど可愛らしいOL姿の歩(あゆみ)を全身嘗め回す様に見る恵(めぐみ)。と、聡(さとり)。
「そんな女装ありえないでしょ」
 恵(めぐみ)は混乱している様にも見えるが、まだ冷静さを十分残している。
「あたしも仕事柄“女装”は見慣れてるけど、こんな女装ありえないって」
「女装見慣れてるんですか…?」
「忘れたの?ウチには所属のお笑い芸人もいるのよ」
 そうだった。めぐさんは敏腕(推測)マネージャーの“業界人”なのである。


第706回(2005年10月10日(月))
「じゃあ、そういうことで帰ってもいいですか?」
「あのねえ…」
 ことこの状況に至っても、あくまでしらばっくれようという聡(さとり)。
 いい根性である。
 呆れてぽりぽりと頭を掻く恵(めぐみ)。
「でも、信じられないでしょ?男が見る見る女になっちゃうなんて」
 聡(さとり)は大胆なことに自ら禁句を口にしてその馬鹿馬鹿しさを際立たせるという作戦に出た。
 確かに言われてみればその通りなのである。目の前で見ても常識で考えれば信じられるものではない。
 また腕組みをして考え込む恵(めぐみ)。
「…でも、事実だわ」
「だから違いますって」
 何とか否定しようと試みるOL姿の歩(あゆみ)。兄妹で作戦が分裂している。


第707回(2005年10月11日(火))
「違う違うって…じゃーあんたは誰なのよ?」
 今度はOLの方に質問が飛んできた。
「え…と…」
 細かいことは考えていないので頭の中が真っ白になってしまった。
 ここで“女装している”ことにして兄と答えるか、“実は元々女だった”ことにして従姉妹(いとこ)の「あゆみ」であると答えるか…。
 なるべくボロが出ない方にしなくてはならない。

 …だったら選択の余地は無い。
 「実は兄の女装」路線にするしかないではないか。
 自分に“実は女の子”なんて演じきれる訳が無い。やれ女性物の下着がどうこうという簡単なツッコミを受けただけで総崩れになってしまう。
 と、どうにか対応策を自分なりに考えて答えを口に出そうとしていた正にその瞬間だった。

「うん、分かった。あたしも常識を捨てるわ」
 何やら合点してしまった様子の恵(めぐみ)。


第708回(2005年10月12日(水))
「めぐさん…」
「とても信じられないけど、あんたがた二人には超能力があるのね。妹が兄を性転換出来るっていう…」
 改めて他人の口から“性転換”とか聞くとなんだか生々しい。
「目の前で見せられちゃったら信じるしかないもんね」
「…やっぱ本当にばれちゃったか」
「おい!認めるのかよ」
「てかお兄ちゃん、そのツッコミは…」
「あ…」
 ぷっと吹き出す恵(めぐみ)。


第709回(2005年10月13日(木))
「そーそー、確かに言ってたわ。ナチュラルに“お兄ちゃん、お兄ちゃん”って」
 恵(めぐみ)は吹っ切れた様に言った。
「八重洲さん…」
「久しぶりに苗字で呼ばれると何だかくすぐったいわ。めぐみでいいって」
「初対面でそれは無理だよ」
「じゃあ“めぐさん”で」
 いつの間にか「通称」会議になっている。
「でも…」
 兄は…今は姉だが…はあくまでも不安そうである。
「大丈夫大丈夫!学会に発表したりはしないから」


第710回(2005年10月14日(金))
「あー、なるほど学会かあ。思いつかなかった」
 聡(さとり)が暢気(のんき)に重大なことを口走っている。
「学会って何だよ」
「川口探検隊がどんな大発見をしても報告しないところよ」
「…お前幾つだ?」
「お?油断して男言葉に戻ったかな?お兄ちゃん」
 恵(めぐみ)がからかってくる。
「あ、いやその…」
「だってこんな話ありえないよ。多分今の人類でこんなことが出来るのはあんたがただけだって」
 それは同意する。


第711回(2005年10月15日(土))
「世界中の科学者とかが夢中になると思うよ。知らんけど」
「はあ…」
「でも学会ってどの学会?」
「さあ。『ノーベル賞学会』とかじゃないの」
 適当な答えである。
「でもね」
 急に真面目な表情になる恵(めぐみ)。
「これは秘密にしといた方がいいわ」
「何で?」
 “何で?”ってお前…と歩(あゆみ)は呆れた。
 何故かはともかく、秘密にしておかなくちゃならない事くらい理屈ぬきで分からなきゃ駄目だろうに…。


第712回(2005年10月16日(日))
「あたしが科学者なら放っとかないなあ。こんなトピック。正に大発見だもん」
「はあ」
「世が世なら解剖されちゃってるね」
「か、解剖!?」
 穏やかではない話になってきた。
「流石に解剖はしないとは思うよ。人権とかもあるし」
「そんな無茶な!死んじゃうじゃないですか!」
「だからそれは無いってば。貴重な実験動物いきなり殺しちゃってどうすんのよ」
「酷いなあ、実験動物だなんて」
 あくまでにこやかに言う聡(さとり)。ボケの積もりなんだろうか。
「せめてモルモットとかにしてくれないと」
「同じだ同じ!」


第713回(2005年10月17日(月))
「でもまあ…もしもこの事実が公にされたら、まず普通の生活は送れないと思った方がいいわね」
「やっぱ…そうですよね?」
「まずはあんたがたは無茶苦茶な好奇心の対象になるでしょ?もう有名人になっちゃって大変!…とかそういう話じゃ済まないわよ」
 …そ何となく予想はついていた。
「まあ、今の世の中半端な女の子よりもよっぽど綺麗なニューハーフとか見慣れちゃってるし、性転換手術そのものがセンセーショナルな話題になる時代でも無いけど…でも、念じるだけで見る見る女の子にしちゃうことが出来るとなるとそりゃあ話は別よ」
「珍しい存在である、と」
 これは聡(さとり)。
「そりゃそうよ。だって、あんたがた、兄を女に性転換させた上好きに服まで変形させられる妹、なんて実際にそんなのがいたらどう?」
 …分かる。もしも自分が部外者だったならば、それはもう下世話な好奇心の対象そのものだろう。


第714回(2005年10月18日(火))
「可愛そうだけどお兄ちゃん…あゆみちゃんよね?…は確実に変態扱いだわ」
「何でよ?可愛いのに…」
「いや…そういう問題じゃないだろ」
「それに…他にも幾つか重大すぎる特徴があるわ」
「何です?」
 今度は歩(あゆみ)。
「…戻せるでしょ?」
「はい」
「これよこれ。これが最大のポイント」


第715回(2005年10月19日(水))
「何しろ“業界”にいるもんだから、それこそゲイの知り合いとかも大勢いるけど…ってゲイの人って女装しないけど…それはともかく、妹の手助けがいるとは言え、なったり戻ったり出来るなんて正に人類の夢じゃない」
「はあ…」
「確かに『性転換手術』は実在するけど、やっても一回きり、しかも形がそれに近づくってだけで機能的には全く変わらないじゃない?その上一度やっちゃったら二度と戻れない。それでどんなむさいおっさんでも美女とか美少女になるってんならともかく、見た目なんて二十パーセントも変わればいいほう。男の時から美少女みたいな外観じゃないとそりゃもう悲惨なものよ」
「詳しいわね。さすがめぐさん」
 妙なところに関心している聡(さとり)。


第716回(2005年10月20日(木))
「あたし女だけど、もしも男だったとしてもそんな能力あったら欲しいもん」
 めぐさんがトドメの一言を言い放った。
「じゃあ、めぐさんは男になってみたいと思います?」
 この際、“めぐさん”と呼ばせてもらおう。
「ん?あたし!?…そうだなあ…微妙だけど」
 少し考える恵(めぐみ)。
「でも、すぐに戻れるってんならちょっと興味あるわよね」


第717回(2005年10月21日(金))
「聡(さとり)、じゃあこっちの能力もバラすぞ」
 この可愛らしい声がうらめしい。
「えー、そうなの?」
 台詞(せりふ)だけ読むと嫌がっているみたいだけど、本人はニコニコである。
 どうやら本質的に“人を驚かすのが好き”な性格らしい。…ま、知ってたけど。
「折角なら服まで変えないと分かんないよ」
「…そうかな?」
「あたし美少年だから女の子と見分けが付かないし」
 自分で言うか…と思うけど、それは事実だった。

第718回(2005年10月22日(土))
「何の話をしてんの?」
「論より証拠ですよ…行くぞ」
「じゃあ、サラリーマンで」
「サラリーマン?」
「OLに合わせようと思って」
「まーいーや。じゃ、行くぞ」
「…何よ?どこ行くの?」
 ここは問答無用で“能力発動”を行う。
 聡(さとり)が歩(あゆみ)を女の子にして女装させるほどスムースには行かないが、割合適当に行うと、一気に変身させることが可能だった。
「あ…ふ…」
 そこにはスーツにネクタイを締めた、実にフレッシュなサラリーマン青年がいた。


第719回(2005年10月23日(日))
「…!!…っ!?」
 目を大きく見開いて吃驚(びっくり)している恵(めぐみ)。
 こちとら見慣れているが、始めて見る人間には大変な衝撃だろう。
「ま…こんな具合です」
「です」
 若干低くなっている声で聡(さとり)が言う。
 そこには身長の逆転した兄妹…今は姉弟…がいた。
「…こりゃびっくりしたわ」
「ボクもです」
 わざと“ボク”とか使ってやがる聡(さとり)の奴。
「わあっ!」
 突然大声を出す歩(あゆみ)。


第720回(2005年10月24日(月))
「どしたの!?」
「コノヤロお前!」
 どん!と拳の手首側を聡(さとり)…今はサラリーマンスタイル…の胸に叩きつける歩(あゆみ)。
 傍目には職場の同僚がじゃれている様に見える。
「ごめんごめん!」
 ちっとも悪ぶっていない聡(さとり)。
「何?何なの?」
「こいつお尻触りやがったんです!」
「いやあ、やっぱOLって言えばセクハラかなあと…」
 どんな認識だ。

  


本家:「真城の城」 http://kayochan.com


ブログ「真城の居間
http://white.ap.teacup.com/mashiroyuh/