おかしなふたり 連載821〜840

第821回(2006年02月17日(金))
「いえ、ですから…」
「はい。そうです。しかし…」
「あのですねえ…」
 さっきから会話が少し続いては途切れることを繰り返している。
 郡山が何のカンのとわめき立て続けて恵(めぐみ)に喋らせないのだろう。
「はい。ええ。構いませんよ」
 そのやり取りが数分は続いた後に、やっと沈静化してきた模様だった。


第822回(2006年02月18日(土))
 やっと電話が切れた。
「ふう」
 大きくため息をつく恵(めぐみ)。
「あ、ありがとね。はいこれ」
 恵(めぐみ)が携帯を返してくれる。
「大丈夫めぐさん?」
 これは聡(さとり)。
「ん?ああ。平気よ。てゆーか業界人ならあの位はね」
 無理して涙をこらえている風ではない。全く平気という訳ではないだろうが、それでも初体験ではない余裕を感じる。


第823回(2006年02月19日(日))
「で?どうなったの?」
 ずけずけと聞く聡(さとり)。
 全くこういう時にはこの性格が羨ましい、と歩(あゆみ)は思った。
「うーん、話が途中で切れちゃったから分かんないけど、多分あたしたちがあゆの証言を裏付けたから、あのマネージャーの面子は潰れちゃうかもね」
 けろりと言い放つ恵(めぐみ)。
 この若さで芸能界を渡り歩いているだけにその度胸は満点である。


第824回(2006年01月20日(月))
「だからだからどういうことになるの?」
 台詞を文字で読むと切羽詰っている感じだが、とても面白がっている様子の聡(さとり)。
 アメリカ人みたいに肩をすくめる恵(めぐみ)。
「さあね。こちとらあっちの会社の内紛に巻き込まれたってだけだし、良くあることだから特になんてことも無いと思うけど」


第825回(2006年01月21日(火))
 歩(あゆみ)は背筋が凍りそうになった。
 さっきの電話の調子はただ事ではない。あんな調子で会ったことも無い人間をののしれるものなんだろうか?
 それが「当たり前」の『業界』ってところは何て恐ろしいんだろう、と思う。
「さっきの怒られ方にびびってるでしょ?あゆみちゃん?」
 歩(あゆみ)の心を見透かした様に微笑む恵(めぐみ)。


第826回(2006年01月22日(水))
「大丈夫よ。心配しないでいいわ。あれは幾らなんでも特殊だからさ」
「はあ…」
 

第827回(2006年01月23日(木))
 今度は歩(あゆみ)の携帯電話が鳴り始めた。本当にあちこち忙しい。
 窓を見ると果たして沢崎あゆみからである。


第828回(2006年01月24日(金))
 だが、この電話はすぐに切れることになる。
 果たしてぎこちないながらもこのデコボコトリオが成立することになった。
 以下、三人の間で取り決められた「ローカルルール」である。


第829回(2006年02月25日(土))
 すっかり城嶋兄妹の間で「めぐさん」ということで定着した八重洲恵(やえす・めぐみ)さすがに忙しい人らしく、その後すぐに我々を連れてはいけない「現場」へと向かってしまった。
 その日「ラシュモア企画」という発音しにくい事務所の社長は留守だったらしく、特に紹介されることもなく現地解散となった。
 後から想像するに、いつまでも「お客さん」ではなく、これから頑張ってもらわなくてはならないのだからもう甘やかさないよ、という意思表示だったのかも知れないと思った。


第830回(2006年02月26日(日))
 何度目か分からないが、その晩の夕食後に聡(さとり)の部屋で膝を突き合わせての話し合いになった。何故かオープンなのは聡(さとり)の方で、この手の「ミーティング」は常に聡(さとり)の部屋で行われる。
「話さないのか?」
「何を?」
「だから…めぐさんの話」
「あー、とーさんかーさんにね」
 城嶋家では外見的なイメージとは違って「パパママ」とは呼ばない。昔ながら(?)の「お父さんお母さん」である。


第831回(2006年02月27日(月))
「うーん、もうちょっと話が進んでからでもいいかな。それよりもめぐさんとあたしたちとの間の取り決めをしっかりしとかないと」
「…まあな」
 そうなのである。「念じるだけでお互いを望むままに性転換することが出来、服装も望むままに変えることが出来る」というこの兄妹の秘密を知っているのは当の本人二人以外では「めぐさん」こと八重洲恵(めぐみ)だけなのである。


第832回(2006年02月28日(火))
 幸い、恵(めぐみ)は立派な社会人であり、秘密は守ってもらえそうである。
 その点だけは幸運だった。これがお調子者の同級生とか、まあありえないとは思うが風俗ライターとかだったら大変である。
 その上この聡(さとり)をタレントとして引き抜こうというのだ。つまり、こうした情報は隠蔽してくれる側の人間なのである。もしもこれからも恵(めぐみ)を接触を持ち続け、人の目に触れなくてはならない状態で活動するとなると、城嶋兄妹と恵(めぐみ)との間でこんな致命的な秘密が隠されたままというのは非常に都合が悪い。


第833回(2006年03月01日(水))
 だが、マネージャーである恵(めぐみ)がそれを知っていれば「どうすればバレないか」というところまで含めて一緒に悪知恵を練ることが出来るのだ。
「結局どういうところまで決まったんだ?」
「いや、特に確たるところはないけど…まあ、何とかなるんじゃない」
 これだ。いつもこんな調子だ。
 歩(あゆみ)としては自分の方が普通だと思っているのだが、聡(さとり)に比べるとどうしても心配性で「こういう場合にはこうする」ときっちり決めておきたいところがある。
「詳しく聞いてないけど、あたし個人が多分どーにかしてくれるんだと思うわ。でもってお兄ちゃんはあゆと友達になっといてよ。勿論、女の子のままで」
「そこなんだよなあ…」


第834回(2006年03月02日(木))
 言うまでもなくそれが大問題だった。こちとら本当は(?)男なので常に男として電話に出ることなど出来ない。
 本当はゆきずりの少女ファンとして出会っただけで、いい思い出としてそれっきりのはずだったのだが、なりゆきから深く関わることになってしまい、あゆの方はこちらを刎頚の友くらいに思い込んでいて、何度もメールを打ってくるのである。
 本当に生まれつき女だったら天にも昇るみたいな気持ちで、実際そうなんだけどこちらの事情があまりにも特殊なので正に「痛し痒し」なのだ。


第835回(2006年03月03日(金))
 今日みたいに常に隣に聡(さとり)がいて、しかも姿を変えても大丈夫な密室でばかり電話が掛かってくればいいんだけど、勿論そういう訳にもいかない。
「電話だったらいいんだよ。出なきゃ」
「だってお前…」
「今ならメールがあるじゃん。これなら男の子の時に打っても大丈夫だよ」


836回(2006年03月04日(土))
「でも、直接掛かってきた電話にメールで返事するってのはどうなんだ」
「わかんないけど、あゆだって社会人なんだから、高校生が常に自由業に返事出来る訳ない位は分かるよ。多分」
 確かに自分があゆの立場だったら、市井の一般人に対して恋人みたいに常に迅速なレスポンスを返すことは期待しないだろう。

 しかし…そこはそれ、向こうはたった一人で日本で何番目かに大きな会社の株価をも動かそうと言う『お姫様』なのである。週刊誌に載っている様なわがままぶりを全て信じる訳ではないけど、多少「常識に外れた」ところはあるかもしれないし、別にそれはそれで構わないと思う。言うだけの権利があるのだ。
 ただし、それを平凡な一男子高校生であるこちらが受け止められるとは限らない。


第837回(2006年03月05日(日))
「あたしも一日に四〜五十通はメールするけど、電話した後にメールしたり、メールした後に電話したりするもん」
「電話する時にはお前が一緒にいないとまずいからなあ。メールが基本かな」
「あたしにメールとか電話とか貰えばすぐに変えてあげるよ」
 この能力は「遠隔操作」が可能だから、確かに電話一本で可能ではある。
「無理だよ。スーパーマンじゃあるまいし」
 とはいえ、見かけが完全に変わってしまうので周囲の人の目があるところでは無理だ。歩(あゆみ)の側は「中身」だけを変えることが出来るので(聡(さとり)は服を先に変えなくては中身を変えられない)、一応最低限見かけを変えるだけでいい。


第838回(2006年03月06日(月))
 しかし、それでも目立つのは間違いないから、トイレに入ったりすることになるだろう。
 いくら電車を使うことが多い都会とはいえ、メールが来る度にトイレに入るというのも不自然だ。それではまるで変身するたびに電話ボックスに飛び込むスーパーマンみたいである。
「ん?ちょっと待って」
 なにやら思いついたらしい聡(さとり)。
 …嫌な予感がする。


第839回(2006年03月07日(火))
「パーツだけ女の子になるのは一応可能だって分かったし、パーツ女装は無理ってのは分かったけど、声だけ女の子に出来ないかな?」
「……!?…え?」
「そうと決まればさっそくやってみましょー!」
 また特に必要でもないのに「魔女っ子」みたいな振り付けを行う聡(さとり)。
「わわっ!」
 こちらも何故か咄嗟に身構えて手で顔を覆ったりしてしまう。


第840回(2006年03月08日(水))
 しばし無音。
「…どうかな?あゆみちゃん喋ってみて」
 この妹は兄を「お兄ちゃん」とも呼ぶが「あゆみちゃん」と名前でも呼ぶのだ。物心ついた時からこうだからもう違和感ないけど。
「…あー、あー」
 定番の声を出して見る。
「高いね。間違いないや」
「…そうかな」
 だが間違いなかった。躊躇(ためら)いながら喋っているので、「鈴が鳴るような」とまではいかないのだが、間違いなく女の子の声である。