おかしなふたり 連載961〜980

第961回(2006年07月12日(水))
「あ、ああ」
 たまたま廊下から飛び出してきた聡(さとり)が階段の上から玄関にいる兄を認めて声を掛けたのだ。自宅ということもあって、キュロットスカート姿のカジュアルな格好である。
「お兄ちゃんこっち来なよ!きょーこちゃん来てるよ!」
 …予想通りに最悪の展開である。


第962回(2006年07月13日(木))
 歩(あゆみ)は玄関から二階の廊下に向けてひょいひょいと手招きをした。
「ん?何何?あゆみちゃんがこっち来るのよっ!」
 このドアホが!そんなこと大声で言うんじゃねえって!
 益々怒って強くぶんぶんと手を振る歩(あゆみ)。
 流石に聡(さとり)も気が付いてとことこ降りてくる。


第963回(2006年07月14日(金))
「あによもお。どしたの?」
 この妹は常に面白そうに話す。
「あのさあ、細かいこと決めてなかったろ?どうする?」
「ん?何のこと」
「だからさあ…」
 話し合わなくてはならないことがややこしくて込み入っているにも関わらず、大声で話すと聞かれかねないというジレンマ。
「いいからちょっと来い!」
 そういうしかなかった。


第964回(2006年07月15日(土))
 そんなこんなで一階にある台所にまで妹を引っ張っていく。
「あのさあ、恭子ちゃんが来るってことになると、あの話を決めとかないと駄目だよな?」
 とりあえずこういう風に切り出す。
「…ああ、女の子の「あゆみちゃん」のことね」
 やっと分かってもらえた。
 そうなのである。
 この小さい頃の幼馴染にして、最近引っ越してきた「長沢恭子」は、事情を知らない「その他大勢」とも全てを知っている「めぐさん」とも全く違うややこしい状況なのである。


第965回(2006年07月16日(日))
 まず、恭子ちゃんはこの城嶋兄妹の「特殊事情」は知らない。これが「条件その1」である。
 「特殊事情」とは勿論「念じるだけでお互いを性転換&異性装することが出来る」ということだ。よく考えれば「余程意識していないと『勝手に相手を性転換&異性装させることもある』」と付け加える必要もあるかもしれない。


第966回(2006年07月17日(月))
 ここに「条件その2」が加わる。
 それは、歩(あゆみ)の「変身後」である状態を「別人格」であると認識してしまっていることである。
 これは物凄くややこしい状態である。
 しかも、その人間(女の状態の歩(あゆみ))と個人的に知り合ったと思っている。
 電車の中でウェディングドレス姿で困り果てているところを救い出す(?)という奇妙奇天烈極まりない状況でである。その時には、窮地を凌ぐ為とはいえ、一万円札まで出させてしまっているのだ。


第967回(2006年07月18日(火))
 更にその後、カラオケボックスで再開し、完全にばれているのだ。
 つまり、「あの時の花嫁衣裳の美女(…自分のことだけど一応ね)はどこの誰かしら?」状態ではないのだ。
 「ああ、また会ったわね」状態なのである。
 どれも単独ならばどうにかなる事象なのだが、全部が結びついてしまった。
 仮にこの後恭子ちゃんと色々話していても「ところであのあゆみちゃんと会いたいんだけど」と言われたりするとかなり困ったことになる。


第968回(2006年07月19日(水))
 何しろ恭子の中では別人格になっている「歩(あゆみ)」と「あゆみ」は本当は同一人物なので「同時に存在する」ことが出来ない。それこそ「ウ○トラマン」とか「仮面ラ○ダー」といった「変身ヒーロー」みたいなもんである。
 …これはどうにかしてはぐらかさないといけない。
 恭子ちゃんを余り待たせる訳にもいかないので、ものの数分で泥縄式に打ち合わせて城嶋兄妹は恭子の待つ妹の部屋に行くことになる。


第969回(2006年07月20日(木))
「おまたせー、恭子ちゃん」
 飛び込む様にして自室に先導していく聡(さとり)。
「あ、うん」
「おにーちゃんもいるよ」
「…どーも」
 間抜けな挨拶だ。


第970回(2006年07月21日(金))
 恭子は制服のままだった。
 あの電車内で見た時には二十歳を越えた凛々しい美少女に見えたのだが、こうしてみるとやっぱり年相応の女子高生である。
「おっす。あゆみちゃん。どーだった今日?」
 恭子は正座から脚を左右に広げてそこにお尻を落とし込むという「女の子座り」をしていた。
 今の制服みたいな短いスカートでは正座以外だとこういう風に座らないと下着が見えてしまうからね。


第971回(2006年07月22日(土))
「うーん、イマイチかな」
 これはテストの内容についての感想。今の状況についても言いたいが。
「明日は何だっけ」
「えーとね。数学と…って駄目だよ歩(あゆみ)ちゃん。教科も把握してないんじゃ」
「あはは…」
「ところでさあ、聴きたいんだけど」


第972回(2006年07月23日(日))
「この間のカラオケでだけど」
 兄妹の動きが止まった。
「無茶苦茶歌が上手い女の子がいたのね」
 …ピンポイントだった。
「さっちゃんはあの子のこと知ってるんでしょ?」


第973回(2006年07月24日(月))
「うん。知ってるよ」
 淀みなく答える聡(さとり)。
「誰なの?」
「知り合い」
 こちらは下に落下用ネットではなくてナイフが物凄く突き立ってる上で綱渡りをしているのを見ている様だ。
 いつ落下するか分からない。しかも落下すれば大怪我だ。
「どんな知り合い?」
「友達」
 考え込んでいる恭子。


第974回(2006年07月25日(火))
「これって言っていいのかなあ」
 慎重に言葉を選ぶ恭子。
「実はある所で彼女に会ったことがあるのね」
 どきどき。
「どこで会ったの?」
 平気で訊く聡(さとり)。
「…本人との約束だからこれ以上は言えない。でも困ってるみたいだったからちょっと手助けしたのよ」
 義理堅い子だ。本当に助かる。
 …まあ、ここにいる人間は被害者と加害者なので問題が無いといえば無い訳だが。


第975回(2006年07月26日(水))
「ん〜、ここには本人がいないから言いにくいんだけど…」
 その心遣いが胸に痛い。
「彼女って…いじめられてない?」
「へ!?何で?」
 本気で驚いている聡(さとり)。天然か。
「いやその…凄く困ってるみたいだったから」


第976回(2006年07月27日(木))
 そういえば耳元で「罰ゲームなの?」と囁かれた気がする。
 確かに普通に考えれば電車の中で花嫁衣裳の女という状況はシュールだ。しかも焦りまくってひたすら人目を憚って逃げ回っていたのである。明らかに狙ってではない。本人の意思に反してに決まっている。
「いや…そんなことは無いと思うよ」
「ふ〜ん…」
 考え込んでいる恭子。どうしてもごく普通の女子高生(推定)が電車の中で花嫁衣裳を着せられている状況が想像できないのだろう。


第977回(2006年07月28日(金))
 確かにそんな格好で乗り込んでくるというのも凄いが、慌てて逃げて行くというのも理解できない。「辻褄が合わない」という奴である。
「じゃー本人に訊いて見れば?」
 口に含みかけていた紅茶を噴出しそうになる歩(あゆみ)。


第978回(2006年07月29日(土))
「…本人に会えるの?」
 目を丸くしている恭子。余りにも意外な展開に面食らっているらしい。
 頭がくらくらしてきた。
「…大丈夫?歩(あゆみ)ちゃん。顔が青いよ」
「あ…ああ…」
 実際には「青い」を通り越して「白」くなりかけている。


第979回(2006年07月30日(日))
「聡(さとり)さあ…俺、暑さに当てられたみたいなんで部屋で寝てていいかな」
「大丈夫お兄ちゃん?」
 お前のせいで大丈夫じゃねーよ!
 もうこいつの暴走は止められそうにない。


第980回(2006年07月31日(月))
「歩(あゆみ)ちゃん大丈夫?」
「あ…うん」
「いーよ。寝ときなよ。さっちゃんと話すから」
「分かった。ごめんね」
 もうこうなったら『異性人』…じゃなくて『異星人』の聡(さとり)に任せた方がいいのかも知れない。