おかしなふたり 連載1461〜1480

第1461回(2008年02月12日(火))
 衝撃的な報告だった。
「馬鹿な!じゃあ…」
 下手なことを言うとまた変わってしまう。
『お兄ちゃん、何でも良いから衣装の名前というかそういうの言って見て』
「それじゃあ「サムライ」とかどうだ!」
 …変化なし。
 歩(あゆみ)は美しいブルーのドレスのままだった。


第1462回(2008年02月13日(水))
『男の格好じゃ駄目だよ。あたしの能力はお兄ちゃんを女の子にして女の子の格好をさせることと戻す事だけで、男の格好をさせることは出来ないんだから』
 全く、“最高”の能力もあったもんだ。
『じゃあ、あたしが口に出してみるね』
「ちょ…まっ!」
 心の準備が出来ていない。
『そいじゃ…セーラー服!』

第1463回(2008年02月14日(木))
 また歩(あゆみ)は反射的に目をつぶった。
『…どう?変わった?』
 歩(あゆみ)はしばらく動けなかった。
 この、身体を少し動かしてみて今の自分の状態を確認する瞬間というのは何ともいえないものがある。楽しみな様であり、恐ろしいようであり。
 ひやりと脚に冷気が感じられた。


第1464回(2008年02月15日(金))
「…」
 いや、「冷気」というのはあくまでも比較問題だ。先ほどに比べれば熱のこもっていない空気が直接素脚を撫でている。
 もう動かすまでも無い。
 …が、動かしてみる。
 素脚の内股を直接接してこすり合わせてみた。
「っ!!」
 ずぞぞっ!という何ともいえない官能が走り抜けた。
 間違いなくストッキング無しでスカートを履いていた。


第1465回(2008年02月16日(土))
 ふと指を動かしてみると、すっきりとして動きを束縛しない素の手の感覚が戻っていた。
 これまではつるつるはしているが、案外分厚い素材だったあの光沢を放つブルーの手袋に覆われていて、何とも息苦しかったのだが今は開放感に満たされている。
 そういえば…耳たぶを引っ張っていたイヤリングも消滅しているし、髪の毛は長くて首の後ろに熱気を溜め込んではいるが、顔を覆っていたもったり感はなくなっている。
 メイクも消失したのだろう。


第1466回(2008年02月17日(日))
『どお?セーラー服姿になったんじゃない?』
「…ああ」
 何となく悔しくてゆっくりと答える歩(あゆみ)。


イラスト:おおゆきさん

 客観的に見れば黒い襟に三本ライン、真っ赤なスカーフと漆黒の膝下スカート…完全にセーラー服の女子高生である。それも夏服。
 仕方が無いとはいえどうしてこんな格好ばかりさせられるのか。
 最低でも自分の意思で変身できればともかく、妹の思うが侭(まま)である。


第1467回(2008年02月18日(月))
 何となく落ち着かないので、またスカートの中の脚同士をすりすりとこすり合わせる。
 むう…何じゃこの中途半端な感じは…。
 歩(あゆみ)は17年間男の子で通して来たのでスカート…というかここまで頭のてっぺんから足の先まで女の子のスタイルで外出した事など無い。
 パンツ一丁で歩き回ったことくらいはそりゃあるが、そういう時はお風呂に入る前と後、せいぜい暑いんでパジャマではなくてシャツとパンツで寝る時くらいのものである。


第1468回(2008年02月19日(火))
 なので歩(あゆみ)にとってはこれほどまでに脚を空気に晒す場合はそのまんま寝ちゃうとか、風呂に入るとかそういう「途中経過」の状態なのである。
 なので、どっちかに落ち着いてくれないと非常に居心地が悪い。
 しかし、スカートの制服ではこれが「完成」状態だ。


第1469回(2008年02月20日(水))
 だから、脚の部分はむき出しなのに、足首から先はぎっちりと靴下に巻きつかれ、靴に足首を突っ込んでいる。
 その「足首から先」と「脚全体」のアンバランスさがとにかく落ち着かない。どっちかにしてほしい。
 …っつっても「どっちか」ということになればズボンで脚全体を覆ってしまうか、或いは裸足ということになるのでどっちにしろ無理なのだが。


第1470回(2008年02月21日(木))
 それに第一、何かスカートって可愛い。少なくとも見た目は。
 一体どういう経緯で成立した衣類なんだか知らないが、確かに女子の制服がズボンだったら如何(いか)にも味気ない。というか「何かあったんですか?」という気になってしまうだろう。
 なので、とりあえずそれはそれでいい。ただ、自分で着るのは御免だ。


第1471回(2008年02月22日(金))
『出来たらリアルタイムで見ながら確認したいけど…それは無理なんであゆみちゃんに実況して欲しいんだけど…多分あたしがこの部屋にいたらそうなるんだと思う』
「…何だって?」
 意外な答えが飛び出してきて、セーラー服少女は身を乗り出した。
 腰まである漆黒の黒髪がふわりと揺れる。


第1472回(2008年02月23日(土))
『この間もそうだったじゃん。あたしがこの部屋でウェディングドレスの雑誌を読んでたら』
「うわわっ!」


イラスト:おおゆきさん

 聡(さとり)の口から「ウェディングドレス」の言葉を言い終わった瞬間には変化は終了していた。
 真っ黒なスカートは一瞬で真っ白になり、床一面を覆い尽くす様に広がった。
 歩(あゆみ)に目視出来たのはそこまでで、ふと気が付くとまた胴回りを締め付けられ、手袋からメイクからアクセサリー、そしてウェディングヴェールまで付けられた純白の花嫁と化していたのだ。


第1473回(2008年02月24日(日))
『…ごめん。口走っちゃったね』
「すごく分かりやすかったよ」
 流石に多少の嫌味を言う花嫁。
 もうどうでもよかったがこのお世辞にも清潔とは言えない床にドレスの裾が押し付けられている。
 きっと一部は和式便器の中に溜まった水に浸されてしまっていることだろう。
 ま、こちらが戻ってしまえばそれっきりなんだがね。


第1474回(2008年02月25日(月))
「ちなみに今どこだ?」
『あたしの部屋』
「…まさかとは思うが、今までの会話を全部聞かれてるってことは無いよな?」
『流石にそれはない』
「みんなはどこに行った?」
『勉強の休憩ってことで居間でお菓子食べてるよ』
 勉強しろよ…とツッコミたくなったが、まあこの会話を聞かれるよりはマシだろう。


第1475回(2008年02月26日(火))
「お前の予測だと、その部屋だと軽く口走ったり考えただけで変化が起きてしまうってことだな」
『わかんないけど多分そう』
「だったら寝てる間とかにもしょっちゅうそういうことは起こってるんじゃないのか?」
『…かもしんない。あたしたち殆ど寝るのも起きるのも一緒じゃん?寝てる時に変わってるのかも』
 何しろ能力が発動してまだ3週間ほどなのでテストケースと言えるものもそれほど多くない。


第1476回(2008年02月27日(水))
 これまで「朝起きたら女子の制服を着せられていた」ことなんかはあったが、あれは意図的なものだと思っていた。
 不随意に発動ということになると…これは相当に厄介だ。
「じゃあ、とりあえずもう少し動きやすい格好にするな」
『あ、ごめんごめん』


第1477回(2008年02月28日(木))
 あちらにはこちらが見えていないので、ドレスのスカートの海に上半身だけ生えている形の花嫁姿なんぞ思いもよるまい。
 それにしても…生涯二度目の花嫁姿がこんなんとは…いや、別に教会でこんな格好したいなんて思わないけど、公衆トイレの中にキラキラと光沢を放つ純白のウェディングドレスってのはミスマッチも極まれりという構図である。


第1478回(2008年02月29日(金))
『どうする?自分で選びたい?』
「何を?」
『どんな格好がいいか』
「そうか…」
 もしも「聡(さとり)が聡(さとり)の部屋にいる状態だと、特に歩(あゆみ)を変身させようとしなくても、耳から聞いたり目で見たりしたものになってしまう」という予想が当たっているのであれば、受話器に向かっているこの状態で何らかの衣装名を口走れば即座にその格好に「変身」出来ることになる。


第1479回(2008年03月01日(土))
 かなり変則的ではあるが、やっと「自分の意思で変身」出来る形になる。
 ただ、聡(さとり)の耳を通さなくてはならないのでやっぱり「自由に」とは言い難い。
 まるで「こんな格好がしたいですよ」と告白しているみたいではないか。
『大丈夫だよお兄ちゃん。別に変態とか思わないから』
「そりゃどうも」
 肉体もおべべも純白の花嫁姿の兄に向かって言う言葉かどうかはともかく、一応気は遣ってくれているらしい。


第1480回(2008年03月02日(日))
「じゃあ…そうだな」
 少し考えた。とにかく動きやすい方がいい。
 出来たらスカートは嫌だ。
 あれを自分の中で許容出来るのは部屋着までだ。
 …それが許容出来るってのはまるで普段着でスカート履いてるみたいだが、そういうことではなくてとにかくぎっちり靴を履いた状態で外出しながら脚を露出するのは受け入れ難いって話だ。
 寝巻きならばいいよ。まだ。

  



本家:「真城の城」 http://kayochan.com


ブログ「真城の居間
http://white.ap.teacup.com/mashiroyuh/