「真説・浦島太郎」
作・真城 悠
雑多な小説トップに戻る
「お水の中なのに苦しくないの?」 「これがねえ、不思議なことに苦しくないのよ」 「へーえ」 老婆の話は尽きることなく続いた。 「そしてね、帰ってみると三百年が過ぎていて、知っている人は誰もいなくなっていたの。がっかりした浦島太郎は」 「知ってる!」 「あらあら知ってるの?」 「知ってるよ。玉手箱を開けておじいさんになっちゃうんでしょ?」 老婆は静かな笑みをたたえて首を振った。
「なんてこった…」 浦島太郎は落胆していた。 海辺に腰を下ろして波を眺めている。 思わぬ自分の運命に何も考えられなかった。 もう生きていても仕方が無いな。 覚悟が決まったのか、勝手に笑みが浮かんでくる。 そうだ、そういえば何か土産をくれてたっけ。 太郎はその箱を取り出した。 「決して開けるな」とか言ってたけど、そんなもの渡すなってんだ。そもそも「開けてくれ」って意味なんだろ? 太郎は思いきって蓋を開けた。 同時にもうもうと煙りが噴き出してくる。 「うわっ!」 たまらず咳き込みながら必死に煙を払う。 かなり続いて、やっとそれは収まった。 「全く…何何だよ…?」 何だこの声は…?自分の声では無い様な… 煙が完全に晴れる。 「…ん?」 異変はそれに留まらなかった。 自分の見ているその手はとても現実とは信じられなかった。見たことも無いほど美しい、可憐な腕だった。しばし心を奪われる。 「…あ、…ああ…」 箱のそばに立ち尽くしていた美しい娘が、ぺたんと砂浜に座り込んだ。
「えー、浦島太郎って女の子になっちゃったの?」 子供が驚いている。 「そうなの。おじいちゃんになって、その後鶴になったって話が世の中に伝わってるけど、あれは嘘なのよ」 「そうだったんだ…で?」 「ん?「で?」って?」 「それから、女の子になっちゃった浦島太郎はどうなったの?」 「そうねえ…」 老婆は遠い目をして言った。 「きっと、幸せな結婚をして幸せに暮らしたんじゃないのかねえ」 その目には涙が浮かんでいるようだった。 |