「悪魔でも天使」

作・真城 悠
イラスト・夜空

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 けたたましい音がした。
 ベランダが破壊されたのかと思った。
 その音で僕は…確かに目が覚めた…様な気がする。記憶が曖昧なのは、どうせ夢だと思ってすぐにまた寝てしまったからだ。
「…ん!?うわっ!な、なんだこれえええ!?」
 その声はベランダの方からした。なかなか騒々しい夢だ。
 それからまたドタバタあって、がらりとガラス戸が開いた。
 そこから先は本当に記憶が無い。でも妙に気持ちのいい夢を見た気がする。



「ん…んー」
 目が覚めた。
 何やら偉く疲れた夜だな…とにかく起き上がらないと…とベッドに手をついて、
 むにゅ。
 …なんだこの感触は。
 むにゅむにゅ。
 思わずもんでしまう。
「あ…」
 人の声だ。そちらを見る。
 ビックリした。
 滅茶苦茶ビックリした。
 その、確かに自分のベッドには、見たことも無い他人が一緒に寝ていたのである。それもとびきり可愛らしい女の子だ。

 はっ!とその胸から手をどける。
「うーん。むにゃむにゃ」
 寝ぼけているらしい。ショートカットの髪を乱しながらかるい寝返りをうつ。
 その無防備な寝相はまさしく天使のようだった。
「あ…あの…」
 話しかけても仕方が無いのだが、思わず声が出てしまう。
 「あなたは誰ですか?」と聞くのも間抜けだよな…
 思わずまじまじとその女の子を観察してしまう。
 その服装もまた可愛らしさに拍車をかけていた。
 柔らかい素材のブラウスの下には弾けそうな豊かなバストをたたえている。異様に短いミニスカートから、健康的な双脚が伸びる。
 その娘が、罪のない寝顔ですやすや寝ているのである。
「う、うーん…」
 いかん!目が覚めたらしい!
 健太はあたふたした。別になんらやましいことはしていない。むしろ住居不法侵入なのは彼女の方だ。しかし、やはり平静ではいられない。
 彼女は上半身を起こし、「女の子座り」でベッドに落ち着く。ぶるん!と頭を振って、むにゃむにゃ言いながら目をこすっている。…か、可愛い…。

「…ん…?んんんんん!?な、なんだこりゃああ!」
 突然叫び出した美麗な来訪者にまた、驚く。
「あ、ああああ…」
 情けない声を出しながら全身をまさぐっている。そして自分の胸を強く握り締め、
「あっ…」
 とか言って、途端に赤面したりしている。
「なんてこった…やられた…」
「あ…あの…」
「…?ああ!お前!柏木健太だな!」
 突然その可愛らしい声に似合わない男みたいな口調で名前を言われてビックリする。
「動くな!予定通り魂を貰いうける!」
「…は?」
 新手のドッキリカメラか何かなのだろうか。
「動くな!」
「え…その…誰?」
「オレか?
オレは悪魔だ
 混乱した。
 朝起きたら見も知らない可愛い女の子が一緒に寝ていて、しかもそのかわいい声で自分は「悪魔だ」。という。まあ、ある意味悪魔みたいなもんだが
「…あの…話が見えないんだけど…」
「ん?そうか?…よし、説明してやろう」
 本当に悪魔だとしたら随分良心的な悪魔だな、と思った。
「えーとな…ちょっと待て…」
 と言って全身を探っている。何かを探しているのであろうか。
「それにしてもよくお前ら人間はこんな不安な服平気で着てるな」
「いや…それは女子の服だし」
「ない!」
「へ?」
「ない!ない!ないぞお!」
「な、何が無いの?」
「契約書だよ契約書!」
「契約書?」
「さてはお前…」
 なにやらこちらに迫ってくる少女。
「寝てる間にオレに何か変なことしただろ」
「何言ってるんだ!そりゃこっちの台詞だよ!」
「くそ…あいつにまたやられたか…」
「で、その契約書が何なの?」
「ん?…まあ、話すくらいならいいだろう」
 ベッドにあぐらをかいて座りこむ。当然、大胆なミニスカートからはあられもなく下着が空気にさらされる。
「あ、あの…」
「ん?何だ?お前も座れよ」
「いやその…ちょっと目のやり場が」

「は?…」
 慌ててぴょん、と跳ねる様にベッドの脇にちゃんと座る少女。
「…す、すまん…」
「いや…別にいいんだけどさ…」
 な、何何だこの甘酸っぱい雰囲気は…
「とにかくだ!オレはお前の魂をいただきに来た」
「それだよ。どうしてそうなるのさ。こっちは悪魔に魂を売った記憶なんてないよ」
 シュールな会話だ。が、まあ確かにそういう記憶は無いのだからそう言うしかない。
「お前はそうだろう。しかしお前のじいさんがそう契約したんだ」
「じいさん?おじいちゃんが?」
「ああそうだ。一度お前のじいさんが死にかけてな。多分あのままだと死んでただろうな。その時にたまたまオレが通りかかったんだ」
「悪魔が?」
別に道歩いてたわけじゃない。オレたちは常に悪魔に導かれそうな人間を探してるんだ。それに引っかかったんだな」
「それで…僕の魂を?」
「そういうことだ。オレは命は助けてやるから魂を寄越せ、と言った。ま、営業の基本だ
「え、営業?」
「悪魔の営業だよ。話の腰を折るな。そしたらじいさん言ったよ。自分のは嫌だが、孫の魂ならやるってな」
「ヒドイ!そんなのってないよ!」
「かなりの遊び人だったみたいだな」
「…まあ、聞いたことはあるけど…」
「孫どころか子供も作る気はなかったみてーだぜ。だからそういうことを言ったんだろ」
「そんな…」
 なんか本当に西洋に伝わる昔話みたいになってきた。でも、そういう話って大抵最後に悪魔が退治されて終わるんだよな…。
「とりあえず少し待ってやる。せいぜい現世を楽しむんだな」
「待つ…って?」
「オレたち悪魔は何も非道なことばかりしてる訳じゃない。厳密に契約書通りにしかことを進められないんだ。だからこそ天使の連中も契約後の魂の奪取には手が出せないのさ」
 なるほど…
 それにしても…
 なんとなく彼女の身体に目が行ってしまう。
 こんな可愛い女の子が悪魔だって?
「…今お前やらしいこと考えてただろ」
「か、考えてないよ!そんなこと」
「言っとくがな!」
 そう言って立ちあがる少女。
「これはオレの本当の姿なんかじゃないからな!本当は…その…もっと格好いいんだ!」
 そんなにもじもじしながら言われても困る。
「そ、そうなの?てっきり変身してるのかと…」
「ちげーよ!あいつにやられたんだ…待てよ…近くにいる可能性はあるな…あぶない!」
「うわっ!」
 突然飛びかかってくる少女。
 ばふん、とベッドの上に押し倒されてしまう健太。その胸が押し付けられ、柔らかい少女の身体の重さがなんとも複雑な感情を喚起する。
「あ、あの…」
 直後、ベランダのガラスが粉々に粉砕され、耳をつんざく轟音が響き渡る。
「う、うわあああー!」
 健太はパニックに陥った。
 永遠とも思われる長い時間…実際には数十秒だっただろう…その轟音と破壊は続いた。
 収まってからしばらくも耳鳴りがしていた。
 ばらばらに飛び散ったガラスの破片をみしっと踏みしめてそこに人の気配が降臨する。
「柏木健太!どこにいる!」
 過激派に恨みを買った覚えは無い。何何だ一体?
「てめえ!ジェリエル!」
 少女が自分の身体を足場にして起きあがりながら言う。
「おやおやサイファじゃないの。可愛くなっちゃってもお」
「お前がやったんだろうが!」
 そこにはまたも美少女がいた。それも迷彩服に鉢巻、手には銃器を持った美少女が、である。
「あ、あの…」
「ん?これ?まあ、どれにしようか色々悩んだんだけどスコーピオンにしたわ。サブマシンガンの傑作よ」
「いや…そうじゃなくて…」
「あ、そうそう。あたしはジェリエル。天使なの。よろしく」
 よろしく、とか言われても困る。
「てめえ!よくもオレをこんな身体にしやがったな!」
 つかみかかる「サイファ」と呼ばれた方の少女。
「その程度で済んで幸福と思いなさい」
 直後、サイファは壁に吹っ飛ばされる。
 ドカン!と叩きつけられるサイファの身体。
「ぎゃあ!」
「ひ、ひどい!なんてことするんだ!」
「は?何言ってんの?あたしゃあんたを助けに来たんだよ」
「助けに?」
「そーよ。そこの悪魔に聞いたでしょ?こいつはあんたの魂狙って来てるんだから」
「いや…確かにそう聞いたけど…」
「だーからあたしが相当しに来たのよ。デビル・バスターって奴ね」
「…しかし…」
「何よ?あたしの言うことが信用できないの?」
出来るか!大体さっきの掃射は何だ!下手すりゃ蜂の巣だ!
「細かいことは気にしない」
「あんたはしなくても俺はするんだよ!」
「ま、とにかくこの悪魔は退治させてもらうわ。ハイこれ」
 と言って、そのサブマシンガンを手渡してくる。
「…何だよこれ…」
「連中はいまいましいけど契約に従ってことを進めるからね、あんまり無茶なこと出来ないの」
「……それ…で?」
「自分の魂は自分で守れってこと」
「…?」
 事情が掴めていない健太をよそに、激突のダメージでうんうん言っているサイファに同じく銃を蹴って渡す。
「ほら!使えよ」
 悔しさに唇を噛んで耐えているサイファ。
「どういうこと?」
「にぶいなあ。直接対決で倒せって言ってんの」
 銃を握って立ちあがるサイファ。
 その可愛らしい容姿は、やつれ、乱れてぼろぼろになっていた。
「仕方がねえな。やろうぜ」

「そんな…」
 人を撃ったことなんて無い。悪魔だかなんだか知らないが見た目は自分と同年代の少女なのである。
「…できないよ」
「ん?スコーピオンじゃ不服なの?じゃあアサルト・ライフルにする?」
「そうじゃなくて!」
「…ひょっとして気にしてんの?こんなののこと」
 さも汚いものを見るような目つきでサイファを見るジェリエル。
「あのさあ…素朴な疑問なんだけど」
「何よ」
「おたく…天使なんだよね?」
「まあね」
「なんかさあ…むちゃくちゃ性格悪く無いか?」
「…るっさいわねえ!天使は細かい事は気にしないのよ!総統閣下もそうおっしゃってるわ!」
「誰だよ!「総統閣下」って!」
「とにかああく!」
 大声で無理やり場を制圧するジェリエル。
「折角やりやすくしたんだからさ」
「…?それはどういう意味だい?」
「詳しい説明省くけど、あたしらはこっちの世界に来るときに一瞬スキが出来るのね。そこを狙ってああいう風にしてあげたのよ」
 と言って壁際のサイファを指差す。そこには華奢な美少女が12口径のハンドガンを握り締めて立っている。
「そうだったのか…」
「スキを衝けた分、あたしの方が有利って訳よ。ついでに魔力も封印させて貰ったわ。今なら単なる人間よ。
さっさと殺っちゃってよね。早く帰りたいんだから」
「…それって「天使」の台詞か?」
「いいのよ。
相手は悪魔なんだから何しても
「…「十字軍」って知ってる?」
 ドン!と床を踏み鳴らす音がする。
「健太!」
 びくっとしてサイファの方を見る。
「無駄だよ。こいつに何言っても」
 その表情は何かが吹っ切れたかのようにどこか清清しさを感じさせた。
「オレも随分長いこと生きてきたからな…ここいらで人生の幕を引くのも悪くないかも知れん…」
「悪魔のくせに語ってくれるじゃないよ」

「だがな…最後は戦って死ぬぜ」
 銃口を健太に向ける。
「銃を取れよ。ここで形式的にオレが勝てばもう手出しは出来ん。お前の魂はオレのもんだ。それはそこの性悪天使も承知さ」
「…そうなの?」
「…まあね。でもねサイファ」
「…何だよ」
「これは温情なんだからね。せめて「戦って破れた」ことにしてあげてるだけだから、間違っても勝てるとか思わないようにね」
「お前の性格から分かってるさ」
「ちょ、ちょっと!二人で勝手に話進めないでくれよ!」
 突然胸倉を捕まれる健太。
「あんたねえ!掛かってんのはあんたの魂なんだよ!人事みたいなこと言ってんじゃねえよ!」
「そんな!…いきなりそんなこと言われても…」
「始めるぜ健太。お前が撃たねえんならオレが先に撃つ。…銃を取れ」
「だ…だって…」
「大丈夫よ。向こうは十二口径よ。急所に当たったって死なないような代物なんだから」
「だからあ!そういう問題じゃないんだって!」
「撃つぞおらああ!」
「うわあああああ!!」
 静寂。
「………?」
「…?生き…てる?」
「おい!ジェリ公!弾丸が出ねえぞ!」
ちっ、気がついたか
「反則じゃないか!卑怯だよ!」
「やかましわ!
正義のためなら何してもいいのよ!
 二人の白い視線がじいーっつとジェリエルに突き刺さる。
「…し、仕方ないなあ。じゃあ一発だけ装填してあげるわ」
 ちょい、と指を動かすそぶりをするジェリエル。
「よし!」
 と構え様とするサイファ。思わず身を硬くする健太。
 しかし
サイファの腹にジェリエルの蹴りがクリーンヒットする
「ぐはあ!」
 たまらず、うずくまるサイファ。
「それ今だ!撃て!」
 相変わらず卑劣なジェリエル。
 床に叩きつけられるスコーピオン。
「もう嫌だ!」

 静まり返る部屋。
「…あんたねえ…装弾してある銃はもっと丁寧に」
「うるさい!」
 流石に黙り込むジェリエル。
「もう嫌だよ。あんたは天使とか言ってるけど、
詐欺と騙まし討ちばかりじゃないか。やってることは女の子いじめてるだけだ!」
「…」
 ジェリエルばかりか、サイファまで呆然と健太を見ている。
「お前…」
 ぼりぼり頭を掻きながらジェリエルが言う。
「あのさあ…あたしの天使としての面子をどうしてくれるワケ?
「お前も!」
 びくっとするジェリエル。
「ふざけてるんだか何だか知らないけど、そんな態度よせよ」
「別に…あたしはふざけてなんか…」
「そんなのが「天使」だなんて幻滅しちゃうよ」
「…」
 バツが悪そうにうつむいているジェリエル。人間に諌められるのは初めてだったのだろうか。
「とにかく…俺には撃てない」
「へっ!」
 サイファが口火を切る。
「フラれてやんの。いい気味だ」
 ジェリエルがふう、とため息をつく。
「じゃあ「真面目に」話すけど。どうすんの?」
「どうする、って?」
「このままだとこいつはあんたの魂を奪っちゃうんだよ?」
「…やっぱりそうなの?」
「…」
 答えないサイファ。
「はっきり言うけどね、もしもあんたが自主的に魂を差し出そうって言ったとしてもそれは許さないからね」
「俺にはそんなことも自分で決める権利は無いのか?」
「あのさあ…人間世界のおまわりさんだって犯罪を看過しないでしょ?それと同じよ」
「…」
 考えている健太。
「俺は…」
 注目するサイファとジェリエル。
「俺は…魂を渡すのは嫌だ」
 ふふん、と不敵な笑みを浮かべ、勝ち誇るようにサイファを見るジェリエル。
「でも…彼女を殺したくは無い」
 意外な顔をする二人。
「殺したく…ないんだ」
「……ふーん。それでいいんだ」
「あんたそれでも天使なんだろ?万事解決する方法って無いのかよ!」
「「それでも」とは随分じゃないよ。…てゆーかこいつ男だし」
「そういう問題じゃなくて!」
 はあはあと息を切らしている健太。かなり興奮している。
 やれやれ、とばかりに首を振っているジェリエル。
「あんたにゃ負けたわ」
「…え?…それじゃあ…」
「あたしらはこのまま帰るから」
「え…その…」
「心配しなくてももう何もしないよ。あたしら二人はそのまま元いた世界に帰る。それだけよ」
「…そうか…」
「しかあし!」
 ジェリエルが凄む。
「あんた自分のしたことが分かってるんでしょうね?こいつは倒されること無く、もしかしたらまたあんたの魂を狙うかも知れないんだからね。その時のことまで面倒見ないよ…いい?」
 間近に迫ったジェリエルに向かって、全く視線を逸らさず、力強く頷く健太。
「だってさ!行こうや」
 ぷい!と振りかえるジェリエル。
「あんたみたいなお人よしの人間初めてだわ」
「…そうなの?」
「ええ。言いたかないけど、自分の手で悪魔を殺せると分かった途端に…そりゃもう残酷な方法で殺すのもいてね…それこそどっちが悪魔だかわからないのもいたわ。…あたしはデビル・バスターとしてそういうのを随分見てきたからね…」
 全く振り向かずに言うジェリエル。
「まあ、人間にもまだマシなのがいたってことね」
「ジェリエル…」
「サイファ!行くよ!」
 渋々、と行った風に付き従うサイファ。すれ違いざまに、言う。
「あの…まあその…あ、ありがと」
 照れて言い憎そうだ。
「いや…別に僕は…」
「じゃあな…また会う事もあるだろ」
 悪魔にそう言われても素直に喜べない。
 ベランダに出る二人娘。
「心配しなくてもこの壊れた部屋もどうにかしてあげるから」
「そりゃ助かる」
「これからベッドに入って寝な!そうすれば次に起きたときは何事も無かったことになってまたこの朝が来るから」
「分かった!色々有難う!」
「…な、何をお礼言ってんのよ!馬鹿じゃないの」
「照れるな。手前にゃ似合わねえ」
 赤面するジェリエルをサイファが茶化す。
「うるさい!さあ行くよ!」
 そこで意識が途切れた。



「ん、んー」
 目が覚めた。
 何やら偉く疲れた夜だな。
 思わずベッドに手をついた。
 はっ!としてそこを見る。
 しかし、そこには乱れた布団があるのみである。
 辺りを見渡してみる。
 部屋の中は、何事も無かったかの様に整然としていた。マシンガンの掃射で壊れた後も無ければ、自分のことを「オレ」とか言う騒々しい女の子もいない。
 ふう、とため息をつく。
 何か…何もかも夢だったみたいだ…いや、実際夢だったのかもしれない。
 健太の脳裏に言いにくそうに「あ、ありがと…」と言っているサイファの表情がフラッシュバックする。
 何故か自然と表情がほころぶ。
 あいつ、高名な悪魔とか言ってたけど、まるきりただの女の子だったじゃないか…
 夢だとしても悪くなかったな。



「おはよー」
 誰とも無く言い、テーブルについてパンを齧る。
 これからまた一日が始まるのか。
「おっす。遅かったな」
 口を付けていた牛乳を思いっきり噴射してしまう。
「あ…あ…あうあうあ…」
 そこにはあの「サイファ」と呼ばれていた少女がいたのである。しかも、純白のブラウス、その胸の真っ赤なリボン、そしてチェックのミニスカート…まるきり女子高生、といういでたちだ。
「ん?これか?どうだ?似合うか?」
 と言ってリボンとスカートをちょい、とつまんで言う。
「いやその…ど、どうして…」
「それがなー、どうも帰り方忘れちまってさあ…そんな訳だからしばらくお前んとこに世話になることにしたから。一つ宜しく頼むわ」
「え、えええ!?」
「心配するなって。オレはお前の従姉妹ってことになってるから。お前の両親やら近所の人もそう思ってるから」
「…」
「あ、オレの本名ってル・サイファって言うんだけどそれじゃ流石に辛いから、井上昌呼(まこ)にしたから。昌を呼ぶと書いて「まこ」いい名前だろ?」
「い、従姉妹?」
「うん」
 けろっとして言う。
「いいから早く食えよ。遅刻するぞ」
「だ、だってさあ…」
 ショートカットが良く似合っている。どこから見ても女子高生だ。こんなのが男…というか悪魔だなんて…。
 構わず健太の横にちょこん、と座るサイファ。いや昌呼。
 余りに唐突な展開に頭を混乱させている健太。
「それにしても…」
「な、何だい?」
「汚ねえなあ…ちゃんと拭けよ」
 隣に座った昌呼が、こちらに身を乗り出して口を拭いてくれる。
 その柔らかい身体が触れている。そしてその手が、布きん越しとは言え、自分の顔を優しく撫でてくれている。
「いたた」
「黙ってろよ」
 どうしてそんな行動を取ったのか分からなかった。しかし、反射的に彼女の両肩を掴んでいた。
「あ…」
 布きんが床に落ちる。
 健太の心臓は高鳴り、爆発しそうだった。
 柔らかい…
 力をこめると潰れてしまいそうな、それでいてはちきれそうな弾力を秘めた健康的な身体だった。
 昌呼は頬を朱に染め、恥ずかしそうに視線をそらして俯いている。
「よ、よせよ…オレ…男…っていうか悪魔…だぜ」
「…」

 健太は答えなかった。
 徐々にこちらに視線を戻す昌呼。
 その憂いを秘めた瞳から目が離せない。
 自然と、少しずつその距離が縮まって行く。
 徐々に閉じて行く昌呼の瞼。
「おはよー」
 そのやる気の無い声に反射的に離れる二人。
 健太は勢い余って床におかずをぶちまける。
「お!お、お前はああああ!」
「あによ。朝から騒々しいわね」
 そこにはミリタリールックではなく、パジャマに身を包んだジェリエルがいたのだった。
「あ、あたしもそいつと同じであんたのクラスに転校することになったんでよろしく」
「はあ?」
「仕方ないでしょうが!
神様に「やり過ぎだ」って怒られちゃったんだから。あ、あたしは「天野樹里(じゅり)」って名乗ることにしたからその辺も宜しく」
「そんな!勝手に!」
 そこに母親が入ってくる。
「あらあら、健ちゃん、何してるのよ。あ、樹里ちゃんに昌呼ちゃんおはよう」
「おはようございまーす」
 営業用なのかさわやかな声がハモる。
 こうして俺の天使と悪魔に両手の華を占拠された、奇妙な学園生活が始まったのだった…。
(続く)


 てゆーか続いていません(爆)。
 現在(2002年7月21日)現在、あちこちの小説ファイルを読みやすくリニューアルしているのですが、その時に自分でも忘れていたこんな小説を見つけてしまいました。
 一応全5話構想で色々あったみたいです。
 まあ典型的な「押しかけ女房」ものです。違うのはそこにTSが絡んでいるというところでしょうか。
 自分でも読んでいて結構笑ってしまいました(オイ)。

 いかにも続きそうですが、こういうのは1話で敢えて終わるのがいいのかも知れません。