「アシスタント」 作・真城 悠 これから話す事はとても信じてもらえないかも知れない。 自分自身、夢だったのではないかと思っているのだから聞いているあんたがそう思うのは自然なことだ。 だが、確かにあったことなのだ。間違いなく。 じゃあ、なるべく起こった順に話してみよう。 おれは漫画家のアシスタントとしてそのスタジオに雇われた。 おれの名前は亜欄角士。 物凄く読みにくいだろうが、「あらん・すみし」と読む。まあ、名前なんかどうでもいい。 そこに雇われる様になった経緯は…ややこしくはあるが別に珍しいものではない。 インターネット上にブログを持ってイラストを勝手に発表したり、即売会で同人誌を売ったりするちょっと絵の上手いアマチュアだった。 絵を描くのは決して嫌いじゃなかったからそればかりやっていた。 あ、都内のごく普通の私大に通う大学生だ。別にマン研に所属している訳じゃない。 そもそも今の時代、そうやってリアルに群れなくても仲間なんて幾らでも見つかる。 でもって、ある時メールが届いた。 雑誌の編集者からのもので、もしかして原稿依頼か?と思ったが別にそんなことは無くとある先生のアシスタントをして欲しいというものだった。 正直乗り気はしなかった。 こちとら小遣い稼ぎとして、好きな時にやって好きな時にやらないからこそ趣味で描いていられると思っている。 そもそも二次創作のイラストなんかがせいぜいでまとまった形で漫画原稿にしたことなど無い。 だが、あちらは臨時のアシスタントだからそれでも構わないという。 何でも、「漫画家」の技能と「アシスタント」の技能は似て非なるものであり、アシスタントが全員漫画家となる訳ではないというのだ。 分かったような分からないような話だが、こちらは別に失うものは無い。 報酬の額もそれほど悪くない。よくも無いけど、コンビニや牛丼屋でバイトするよりも幾分かクリエイティブな気がした。 それに、この時点では自分ももしかしたら編集者の目に止まって商業誌デビューしたり出来るかも?というスケベ心もあったのだ。 何か騙されている様な気がしたが、ともかく指定された時間にそのビルに行ってみた。 特に何の変哲も無い建物だった。 いかにもサラリーマン然とした「編集者」を名乗る男が出てきた。 名刺を渡されたのだが、この人と会ったのはこれっきりなので名前も覚えていない。 一応履歴書は持ってきたけど、かばんから出すことは無かった。 その時その部屋にいたのは「チーフアシスタント」を名乗る男性だった。 一番お世話になった神埼サトシさんだ。多分年齢は三十歳くらい。 モデルと言っても通用する端正な顔立ちの美男子である。身長は百七十四センチくらいで自分とほぼ同じくらい。 言われたとおりに持ってきた同人誌や課題を手渡した。 神崎さんは自分のホームページなどもチェックしてくれていたらしく、持ってきた原稿はそれほど熱心にチェックしなかった。 ただ、アシスタントには技量は勿論のこと、ある程度の効率が求められるのでこの場で何か描いてみて欲しいという。 流石に漫画雑誌の編集部だけのことはあって、別室には機材一色が揃っていた。 いい意味でリラックスしていたおれは与えられた時間を余らせて手渡した。 神崎さんは原稿を確認すると、採用するからスタジオに来る様にと言った。 突然そんなことを言われても困るが、この手の勧誘に慣れているのか立て板に水で説明してくれる。 スタジオは基本は朝の九時から夕方の五時までの勤務。 それ以降は残業扱いとなってきちんと時間外手当も出る。残業が夜の9時に及ぶ場合は食事代が出る。 徹夜は滅多に無いが、たまにある。その場合もきちんと深夜割り増しが出る。 臨時扱いなので、各種の保険やら年金は加入しないという。 正直、その辺りを言われても良く分からない。 給料は銀行振り込みだから、所定の用紙に口座名を書いて来いといって書式を渡されたことから、結構ちゃんとしてるんだろうと思った。 その先生の名前? それは守秘義務があるので言えない。 というか言ってもあんたは知らないだろう。 まあ、マイナーな先生だ。 何しろ今の時代は漫画雑誌だけでとんでもない数がある。 漫画家の先生なんて何人いるんだか分からないし、しょっちゅう名前を変えては正体をはぐらかす先生もいる。 滅多に正体を現さない…というと格好良いけど、別にメディアに漫画家本人が露出する必要も無いので誰も興味が無いと言うほうが適切だ。 それこそ年齢を感じさせない美女だとかでもない限りはね。 この頃は男女不詳の名前が多いし、意図的なミスリーティングを狙って「自画像」が女の子のおっさん漫画家なんて手法はもう二十年前から珍しくも無い。 結局一度も「先生」本人には出会わないままそのスタジオに行くことになった。 臨時で雇われたくらいなので忙しい状態なのだろう。 駅からそれほど遠くない場所にあるスタジオに神崎さん手書きの地図を元にどうにか辿りついた。 神崎さんはチーフアシスタントだけに絵がメチャ上手いので、地図もこれだけで売り物になるんじゃないか?というほど見事なものだった。 ともあれ、おれは呼び鈴を押して中に入った。時間は朝の八時半。 九時からの勤務なんだけど、初日から遅刻というのもみっともない。 服装はラフで構わないということだったので、何の変哲も無いジーンズにスニーカー、Tシャツの上に長袖のシャツと言う格好だった。 玄関先に出てきた神崎さんに出迎えられてスタジオに入った。 その中には八畳ほどのフローリングに整然と並べられた机があり、奥の方にはテーブルがある。 スタッフの数はおれを入れて八人。 神崎さんは軽く皆に紹介をした。 みんな軽く会釈する程度で特に大きなリアクションは無い。 スタジオ内は無音で、空調だか冷蔵庫だかの低音が響いている。 よくよく見るとスタッフはみんな耳にイヤホンを嵌めてそれぞれ好きな音を聴いているではないか。 なるほどこれでは有線放送などを室内に流す訳にもいかない…というかその必要が無いのだね。 そんな準備はしてこなかった俺だが、初日からそこまでリラックスするのは流石に躊躇われた。 その日の午前中はひたすら説明を聞くだけに終始。 午後になって一部の仕事を任された。 といっても仕上げ行程くらい。 どうやら今では漫画製作でもコンピュータが導入されているらしく、最終的な仕上げはディスプレイ上の作業になる。 といっても、いかにもなコンピュータ・グラフィックスの様になる訳ではなく、見た目はごく普通の漫画でも、細かい作業などをコンピュータで行うということだ。 確かにその方が楽な面もある。実際このお陰で「消耗品」であるスクリーントーンなどを使わなくて済むこともあったりするし、その他様々なメリットがある。 初日はまだ「修羅場」ではないらしく、レクチャーのみで返されることになった。 そして…問題は二日目からである。 昼食はみんな出歩かないらしく、弁当持参だったりコンビニで買ってきた菓子パンみたいなのを頬張っている人もいる。特に大きな会話があるわけではなくて淡々としている。 おれはまだ雰囲気に馴染めないので駅前の牛丼屋で腹を満たした。 二日目で言うのも何だが、どうやらペースというか何をどうすればいいのかも見えてきた。そう思ったところで夕方になった。 神埼チーフがオレを呼び止めた。 「今日は残業してもらうからこの後残りなよ」 「はい。いいですよ」 大学生ではあるが、この日は終日何も無い。毎日帰ることの出来るこの職場は案外居心地が良いのかもしれない。先輩たちは就職難で困っているみたいだが、身に着けていたスキルを活かしてのこんな生活も悪くないのかもな…などと気の早いことを考えていた。 夜の七時になる頃、計ったようにピザ屋が到着し、でかいピザを三枚置いて行った。 スタジオの面々が奥のテーブルに三々五々集まってくる。 「では、みんな新人に自己紹介してくれ」 何故か何人かはニヤニヤしていた様にみえた。 「まあ、オレがチーフアシスタントということになっている神崎サトシ。よろしく」 「はい」 オレは頷いた。神崎さんとは何度も会っているし、このスタジオでもこの二日間付きっ切りに近いのでもう「頼れる兄貴」というところだ。 長いテーブルは高さが膝くらいまでしかない。 周囲のソファに座ったメンバーが膝の上から全部見える格好だ。 何人かは待たずにピザをパクつき、炭酸飲料で流し込んでいる。余り健康的でない風景である。 周囲の面々はそれほど不健康でもなく、不衛生でもなかった。 世間一般が持つ「漫画のアシスタント」というステレオタイプは一人もいなかったと言っていいだろう。 年齢は多分神崎さんが一番年上。他のみんなは二十代の中盤くらい。二十歳の自分が最年少じゃないかと思う。 二人目。 中でも一番たくましく、スポーツマンに見えるのは相川リョウさん。 Tシャツからはプロレスラーみたいに太い腕が見えている。こう見えても美少女担当で、繊細な場面ならお手の物らしい。あんな太い指で細かい線とか引けるのか?と思ってしまうが。 三人目。 ネクタイを締めればごく普通のサラリーマンで通りそうなのが加山タカシさん。メガネが知的な印象だ。唯一、長い髪を首の高さで結んで背中に垂らしているのが“業界人”っぽいところだろう。 四人目。 中村マスオさんは何とも表現の仕様が無い。 本当に特徴の無い人で、淡々と作業をこなす職人だ。 五人目。 矢島ワイチロウさんは唯一オタクっぽい風貌でぽっちゃりしていた。 だが、ダブダブに太っているというほどでもなく、特に運動をしない中年程度の体型。特別小汚い訳では無いが、不精である印象は受けた。 六人目。 安藤カツノリさんは細い。とにかく細い。何を食ってるのか心配になるほど細い人だった。そして色白である。 七人目。 斉藤タイシさんはかなり元気が良さそうで、この中では神崎さんについで喋りそうなムードメーカーっぽい人だった。s そして八人目がオレだ。 「そっちのくれよ」 斉藤タイシさんが楽しそうに言う。 「ふざけんな。お前が注文したのそっちにあるだろうが」 神崎さんが楽しそうに返す。 まだこのスタジオの人間の力関係が分からないので、とりあえず全員に敬語で丁寧に接するしかあるまい。 「あー亜欄くん、遠慮することないからね。夕食はスタジオ持ちだから」 「あの…いつもピザなんですか?」 「いや…別にいつもじゃないよ。出前の定食だったり、ラーメン屋も弁当屋もそば屋もあるよ?今日はたまたまピザなんだ」 「ボクはピザ好きだけどね」 一番のぽっちゃり型である矢島ワイチロウさんが狙っているかのような発言をする。 「皆さんどちらかに食べに行ったりはしないんですか?」 一瞬だが、沈黙があった。 細い細い安藤カツノリさんが割にはっきりした声で言った。 「ウチのスタジオは残業の時の夕食はスタジオ内でみんなで一緒に食べることになってるんだ」 「…そう…ですか」 この時は特に違和感は無かった。いや、全く無い訳ではなかったが、「まあ、そういうもんなんだろう」と思っていた。 確かにみんなで一緒に食べれば話に花が咲くこともあるだろう。テーブル周りにはテレビも何も無いが、これで食事の時の「間」とか持つんだろうか…などと余計な心配をしていた時のことだった。 「…んっ!?」 ガタン!と神崎さんが立ち上がった。顔面が蒼白になっている。 「…!?」 急な出来事に、咀嚼(そしゃく)途中のピザの動きを止めざるを得ない。 神崎さんはがばり!と両腕で自分の胸を抱きしめる様な格好になったかと思うと、またどすん!と腰を落とし、そしてソファの上にのけぞる様な格好になった。 「わああ…あああっ!!」 「…!!!」 この緊急事態に慌てておれも立ち上がらずにはおれない。 「か、神崎さん!」 「ああああああああっ!!」 上半身をのけぞらせる様にして、びくびく震えている神崎。 「きゅ、救急車!救急車呼ばないと!」 駆け出そうとするおれの手を相川リョウさんが掴んだ。 この中でも一番のマッチョガイに思い切り捕まれては痛いだけで身動きが取れない。 「離して下さいよ!誰か呼ばないと!」 「いいから!見るんだ!」 今にして思えば、実に奇妙な台詞である。 そもそも自分自身がパニックになっていたので当時は分からなかったが、自分以外のメンバーがこんなに落ち着いているのはどう考えてもおかしい。 目の前でスタッフの一人がもがき苦しみ始めたのだから、多少は取り乱してもよさそうなものだ。 すると、目の前で信じられない出来事が起こった。 見たものをそのまま書くので、どうかイメージしてみて欲しい。 書いていても信じられないのだが、努めてそのまま書く。 神崎さんはその日割合ぴっちりした前開きのシャツを着ていた。色は白で薄くて細い縦じまは入っていた気がする。 ズボンはこれまた何の変哲も無い長ズボンだ。それくらいしか印象に残っていない。 神崎さんの胸の部分…はっきり言うと乳首の部分がむくむくと盛り上がり始めていた。 それはぴっちりしたシャツを内側から押し上げ、その形を嫌でも印象付けていた。 「…っ!!!」 同時にその下…要はアンダーバストは細くなっていき、結果としてまるで胸に二つのテントが形成された様な形だった。間の生地は二つの山頂に渡されたロープウェイのように張っていた。 お尻は明らか大きく、丸みを帯びた形に変わって行き、その脚は膝の部分が接近して行き、そしてひっついた。「内股」になったのだ。 ごく普通の髪型だったそれは、別の生き物の様にぐんぐん伸びて肩まで伸び、そして背中の中腹にまで達した。 単に伸びただけに留まらず、つややかな光沢を放つ美しい黒髪は毎日手入れが行き届いているかのようである。ずっしりと重く見えるその髪はまるで綺麗に切りそろえられたかの様に「ストレートロング」の髪型を形成していた。 「神崎…さん?」 「あ…あ…」 身体を襲う苦痛から開放されたのか、のけぞっていた姿勢から前のめりになり、そして立ち上がる神崎。 その姿はもう完全に変貌してしまっている。 そこにはモデルでも通用しそうな端正な美男子はおらず、その美しい顔立ちのまま性別だけを女性に変えた美女が、ぶかぶかの男性物の洋服に身を包んで立っていたのだ。 そして周囲の人間は、立ち上がってこそいたが、この驚愕の光景を見ても取り乱したり叫んだりする素振りも無い。余りのことに石の様に硬直してしまっているのだろうか。 「亜欄…くん?」 鈴の鳴る様な美しい声だった。 おれはその可憐なまなざしと、不安げな表情だけで心臓がドキリと跳ね上がってしまった。 な、何を考えているんだ!この人はさっきまで男だったじゃないか! だが、変化はそれに留まらなかった。 「うっ!」 また両腕で胸を抱え込む神崎さん。 「あああっ!」 何が起こっているのかサッパリ分からないが、悩ましい表情で身をよじっている。 だが、すぐに見た目に分かりやすい変化が訪れた。 白いダブダブのシャツは、瞬時に漆黒へと染まり、サイズも適切なものに変わったのだ。 まるでコンピュータグラフィックスのショーでも観ているかのようだ。 物が別の物にぐにゃぐにゃと変化する。色まで変わる。 その目に痛いほどの真っ黒な素材は両腕の手首までを覆いつくし、そして手首の周りを真っ白な三本のラインで留めた。 その白いラインは肩幅から胸元に向かっても走る。 そして、その大きな襟の下に、毒々しいほどの真っ赤なスカーフがしゅるりと結ばれる。 「あああっ!」 おれの耳にすら“しゅるり”というスカーフが触れ合う音が聞こえたのだから、本人にはさぞかしショックだろう。 ことここに至って、何が起こっているのかは明確だった。 信じる信じないの問題ではない。現実に目の前に起こっているのだから信じるしかない。 もしかして…。 脳内で言葉にするのは一瞬のことだった。 さっき自分の胸を抱きしめていたのは…その…服の中に「ブラジャー」が出現して、自分の胸を締め付けたからなんじゃあ…。 そう思った瞬間だった。 特徴の無いズボンが瞬時に漆黒に染め上がり、ベルトも何もかも消滅して平板になったかと思うと、そこに無数の折り目が入り、そしてすとん!と一気に繋がった。 立ち上がっていた神崎の素脚がその下に見える。 いつの間にか白いソックスと、室内なのにローファーの革靴までが履かされていた。 ズボンがスカートになった瞬間だった。 「…っ!!!!!」 おれは何の言葉も発することが出来なかった。 一瞬にして成人男性が性転換し、のみならず着ている服までが漆黒のセーラー服に変貌を遂げてしまったのだ! 「……」 当の美少女自信は、物珍しそうに自らの身体を見下ろしている。 両手を少し広げた形でじろじろと眺め、少し身体をひねって、スカートをふわりと広げたりしている。 「あ…あの…」 何を言って良いのかわからない。 だが、この時、既に神埼が苦痛とかショックの状態出ないことに気付いていれば…特に何も変わらなかったかもしれないが。 「あーあー」 声の調子を確かめる様に、目をつぶってその白魚のような手を胸にあてて発生してみるセーラー服美少女となった神埼。 「あー本日は晴天なり本日は晴天なり」 実に可愛らしい声である。 だが、口調は神崎のものであった。 「は、今日は口調はそのままと」 その瞬間、信じられないことが起こった。周囲からブーイングが起こったのだ。 「はぁ!?」 それに言葉を続けたかったが余りのことに脳がパニックを起こしていてスムースに出てこない。 次の瞬間だった。 「むおお…」 今度は相川リョウさんが苦しみ始めたのだ! プロレスラーみたいな見事な肉体が無残にしぼんで行き、神崎さんに負けず劣らずの可憐な美少女になってしまう。 そして薄着のTシャツは神崎さんとおそろいのセーラー服に変わり果てるまで時間は掛からなかった。 「あ…あ…」 目の前で続けざまに2人の男性がセーラー服姿の美少女になって平静でいられる人間がいるだろうか。まるで悪夢である。 「どうだい?似合うだろ亜欄くん?」 神崎の口調そのままで美少女が可憐な声を掛けてくる。 それどころか、軽く「しな」を作って小首をかしげ、両手でスカートを掴んで持ち上げてみせる。 お姫様のドレスのスカートの様に広がる訳では無いが、プリーツ(ひだ)の入ったスカートはかなり横方向の伸縮性があり、無理なく大きく広げることが出来るのだ。 「なっ!」 ぽん、と後ろから肩に手を置かれ、飛び上がるほど驚いた。 振り向くとそこには、ショートカットのこれまた美少女がやはりセーラー服に身を包んで立っている。 「おれだよ。おれ」 やっぱり声質は完全に女の子だ。 どこかの演劇部の女の子を連れてきて無理やりお芝居をさせているんじゃないか?と思うほどに。 「おれだって!斉藤だよ」 先ほどまでピザを頬張っていたムードメーカーの斉藤さんまでがこんな姿に…!? しかも、それを全く気にしている素振りが無いのか? 「いや〜、セーラーはちょっと久しぶりだから嬉しいんだよ。そーれっ!」 そう言うと、セーラー服美少女となっている斉藤はその場でくるくると回転し始めた。 スカートが「ぶわあ!」と広がり、腰の周辺以外はプリーツの限界まで遠心力で広がって、まるで「釣鐘」みたいな形状となる。 ぴたりと止まると、「ふぁさ…」とスカートが舞い降りる。 健康的なショートカットと屈託の無い笑顔に、膝下まである長いスカートで落ち着いた色合いのセーラー服が微妙にミスマッチで、それが何とも言えない魅力となっていた。 「あ…あの…皆さん…!?」 間抜けな感想を漏らす頃には、事態は緊急を要する段階に差し掛かっていた。 なんと、自分以外の七人全員が既に性転換し、セーラー服に身を包んでいたのだ! 周囲にはどことなくシャンプーみたいないい香りが漂い、思春期の少女特有の華やいだ雰囲気が満ちてくる。 既に加山タカシさんや中村マスオさんはお互いにいちゃいちゃし始めている。 その後、何がどうなったかは賢明な読者の皆さんならもうお分かりだろう。 そう、最後に残されたおれもまた、身体が見る見る女のものに性転換し、着ていた服はブラジャーにパンティに至るまで全て女物へと変形したのだ。 え?その辺りの描写が淡々としすぎてる? まあ、そうだな。おれもそう思う。 だがまあ、そこは察してくれ。こちとら女装趣味がある訳じゃない。 子供の頃から女が周囲にそれほど豊富にいたわけでもなく、モテ男という訳でもないから女の服の内側まで「観察」…というか「接触」したことなんてこれが初めてだったんだ。 感想云々というよりパニックだったよ。 あの場から逃げ出そうと考えなかった訳じゃないけど、何故かそれは無駄だと思った。 そして、その餌食となったのだ。 何と言うかあの…スリップとかシュミーズとかいうつるつるですべすべの女物の下着…というか肌着か…あれまで着たのは当然初めてだった。まあ、身体は女になっていたから女装には当たらない…という訳にはいかないか。 ともかく、混乱ばかりする内に気が付いたら下半身が矢鱈(やたら)に寂しい。 これがスカートの感触だったんだな。 「スカートの感触」というのも語義矛盾みたいなもので、実際にはスカートには「感触」そのものが無い。 何しろ下半身のどこにも接触していないのだから。雲を掴むみたいな哲学的な話なのだ「スカートの感触」ってのは。 と、言いつつも実は全く無い訳じゃない。 パンツ…パンティ一丁で放り出された形の下半身にスカートは動いたり歩いたりする度にちらちらと擦(こす)れるのでくすぐったいったらありゃしない。 しかも、スカートの内側では剥きたての卵みたいな素脚の内側が始終するすると接触するのでこれまたこそばゆい。 まあ、この辺りの感想は後にしよう。 かくして部屋の中の男どもは一人残らず美少女と成り果て、そして漆黒のセーラー服へと身を包んだ女子高生となってしまったのだ。 一人だけならばともかく、八人も全く同じ制服姿で集団でいると何とも複雑な感情が湧いてくる。 しかも、自分もその一員なのだからなおさらだ。 後にこの状態できゃいきゃい言うシチュエーションにも出くわすのだが、ともかくはしゃいでいる八人娘の内何人かが隣の部屋から全身鏡を運んできた。 そして、おれの目の前に置き、正面に立たせた。 おれはこの時のことを一生忘れないだろう。 目の前にいるのが本当に誰だか分からなかった。 髪型はランダム(無作為)で決まるのか、ショートカットとストレートロングと三つ編みまで混ざってそれだけは千差万別だった。加山タカシさんに至ってはごていねいにメガネがそのままになっている。メガネっ娘だ。 自分はどうやら「ストレート派」(?)だったらしく、目の前には下ろしたてにしか見えない、ホコリ一つつかず、皺(しわ)も寄っていない新品の…そして本物のセーラー服を着た十七歳くらいの美少女がいたのである。 人間は鏡がないと自分の姿を客観的に見ることが出来ない。 いくら見下ろしたその先に女体があろうと、女物を着ていようと、自分が男であるという自意識はそう簡単に揺れ動くものではありえない。 ところが、客観的に今の自分はこの様に見えるのだ!という事実を突きつけられた私は思わず後ずさり掛けた。 室内にもかかわらず履かされている女子高生仕様の革靴が少し重い音をフローリングの床に響かせた瞬間、下半身に猛烈な風が吹き込んだ。 「ぶわあ!」とおれのスカートがめくられたのだ! 「おれのスカート」とか書くといかにも何だが、事実なのだから仕方が無い。 「きゃああっ!」 思わず嬌声を発していた。 ああいう時には無意識に声が出てしまうのだろうか。女体に引きずられたのか、明らかに「発声法」から違う「女の声」でスカートを押さえてしまっていた。 本来は男なのだから、スカートをめくられようと勝手にしていればいいのだが、何故か本能的に「隠そう」と身体が動いてしまったのか。 その後、周囲のセーラー服たちがその手を伸ばしてお尻をつるりと撫で上げたり、おっぱいを揉んだりと散々な目に遭った。 もう何が何だか分からない。 ある程度事態が進んだところで、もう腹に据えかねて神崎さん…だった女子高生のスカートを目一杯めくり返した。 「きゃああああっ!!」 やっぱり女性の発声で咄嗟にスカートを押さえる神崎さん。 と、ショートカット美少女の斉藤タイシさんが肩を組んできた。 気持ちのいい香りの口が目の前にあり、肩口におっぱいが押し付けられている。 「いいぞ亜欄くん。これは通過儀礼なんだよ」 「通過儀礼?」 自分の声も美少女のそれになっていることに違和感を覚えるが、今は目の前の事態だ。 と、目の前に背中までの長い髪をなびかせる息を呑むほどの美少女が歩み寄ってくる。先ほどの神崎さんだ。 「そう。ウチのスタジオに入ったら最初はお互いのスカートをめくりあうところから始まるんだよ」 「はあぁ!?!?」 余りにも常識を外れていて何が何だか分からない。 いや、理論上はそりゃ可能には違いないが、普通の職場でそんな義務が課せられていたんでは男性は勿論、女性だって寄り付かないだろう。 「結論から言うとですね」 メガネの加山タカシさんが言う。いかにも委員長みたいな真面目な美少女っぽくなってしまっている加山さんはご丁寧に三つ編みになっている。 時代錯誤にも見える真っ黒かつ真っ白にして真っ赤な毒々しいほどの色合いに、膝下まで脚を覆い隠すその制服が実に似合っている。 「ウチの先生は特殊能力を持っているんですよ」 「…」 もうそろそろ何を言われても驚かないつもりだったが、思わず絶句してしまう。 「残業の頃になると退屈なんでアシスタントを女の子にして余興をするんです」 「…はあ」 「今も部屋でこの様子をご覧になってますよ」 そういわれて周囲を見渡すが、監視カメラの様なものは見当たらない。余りにもカメラ然としたものがあってはリラックス出来ないので巧妙に隠されているのだろう。 これで分かった。 相川さんみたいなマッチョや、神崎さんみたいな美男子でも身長がそれほど高くないのは、女の子にしたときのことを考えていたんだな。 それで納得出来るかどうかはともかく、自分としては納得することにした。 「じゃあその…今から皆さんの…めくらないといけないんですか?」 女の子の声で喋るのが恥ずかしいのと、なるべく言葉を短くしたいので「スカート」という単語を省略した。意味は分かるはずだ。 「基本的にはそうだけど…まあ、とりあえず君のは全員にめくられてるからとりあえずOKってことで」 何が“とりあえず”何だか分からないが、「通過儀礼」を通過することは出来たらしいのでそれでいいのだろう。 それにしても…、こうも女の子だらけの狭い部屋というのは慣れない身には本当に落ち着かない。 何しろ「女子率100%」である。 なるほど…確かにこれならば全員が「女子率100%」を味わうことが出来る。まあ、自分自身も女の子になってしまっているという欠点はあるが。全員が主観視点で「女子率100%」体験って訳だ。 しかも、「制服」の持つ強烈な記号性が後押しをしている。全く同じ服装の美少女たちが群を成す光景は乳房とブラジャーに覆われた心臓をドキドキさせるに余りある。 「はい!じゃあ仕事の続きやるよ〜!」 完全に女の子の声で神崎さんがパンパン!と手を叩く。 「えええっ!?このままでやるんですか!?」 「そりゃそうだろ。今は残業前の夕食休憩だよ?忘れたの?」 完全に男性の時と同じイントネーションで喋る神埼の違和感たるや強烈なものがある。まるでそこには男性的なパーソナリティの美少女がいるかのようだ。いや、それで合ってるのか。とにかく現実感に乏しいほどだ。 すると、ピザを綺麗に食べ終わっていたスタジオのメンバーはすごすごと自分の机に帰っていく。 すっかりこの状態で仕事をすることに慣れているとしか思えない。 「ということで亜欄くん、初めてのことで大変だと思うけど今夜はあと2時間だから頑張って」 ぽん、とセーラーの襟に白魚のような手を置かれてしまう。 最初の内は強烈な違和感があったけど、確かに徐々に慣れてくると、外見こそ美少女だけど中身は男性だから女性に対するような遠慮はいらないという考え方も出来る。中身があの神崎さんだと思えば例え外見が美少女でも気楽に話しかけられるのだ。 「今日は初めてだから、まあスカートの座り方を簡単にね」 「へ?」 その日の夜、おれは生まれて初めて「スカートを履いている時の椅子の座り方」をレクチャーされる破目になった。 何しろ不定形に近い衣類なので、ズボンみたいに適当に扱っていると「しわ」になってしまうのだ。 だからまず、お尻のラインに沿って撫で付けるように押しつけて身体とスカートの間の隙間をなくしてから座るのが基本。 スカートの長さにもよるけど、お尻の部分に生地を取られるので、膝の方には生地があるけども、据わっていてふくらはぎ部分がむき出しになって寒いこともあるけど、それはスカートという衣類の形状から仕方が無いので諦めて欲しいとのこと。 確かに適当に座ってもいいことはいいけど、きちんと脚を締めてお尻を撫で付けてスカートの生地を最大限揃える座り方を覚えないと、短いスカートなんかだと丸見えになってしまうということだった。 ここで先ほどの表現を撤回する。 「スカートは下半身のどこにも接触しない」というあれだ。 当然だが、突っ立ったままだったら確かにそうなんだが、実際にはスカートで椅子に座ることもある。 その場合、むき出しのパンティでつるつるすべすべのスカートの内側の下着で形成された大地に腰を下ろす様な形になる訳だ。 もう、何だか嫌がらせみたいな感触のつるべ打ちである。 少し身体を動かすとお尻の下の部分は勿論、胴回りをぴっちり包み込んでいる肌着ごと身体をしゅるりと撫でる様な形になって、背筋がぞわりとなる。 まあ、その内下着にも肌の体温が伝染し、何の違和感も感じなくなったところでこの日の仕事はお開きとなった。 どの様に戻ったのか全く分からないまま、みんなは元の服装に戻っており、当然ながらその身体も紛れも無い男のそれに帰還していた。 これが初日の顛末である。 どうかな?信じられたかな? まあ、「白昼夢でも見たのだろう」「クスリでもやってたんじゃないか?」という感想が相場だろう。 おれ自身が他人からこんな話を訊かされたって間違いなくそう返す。 だが、事実なんだから仕方が無い。 重大すぎる秘密を抱えているスタジオにしては特に口止めもされなかった。 まあ、他人に話したところで一笑に付されるのが関の山だし、下手すると単に女装仲間も集会をカモフラージュしているのではないかと思われるだろう。 その日から残業は暫(しばら)くなかった。 なるほどこのスタジオでの「残業」の位置づけが徐々に分かって来た。 それほど多くない「イベント」という訳なんだな。 おれは神崎さん以外にも一人ずつ話しかけてそれなりに人間関係を構築していった。 だが、「あの日の夜」のことはどうしても口に出せなかった。 全員がノリノリというか「ごく当たり前のこと」として楽しんでいたので、今さら言うのも野暮ったい気がしていたのだ。 それに、もしかしたら単なる幻想だった可能性だって…。 その後、三年生なので就職活動を一応してみたりしつつ、講義が忙しかったりもして一ヶ月ほどスタジオに疎遠な日々が続いた。 元々臨時のアルバイトだったのでこんなものかな、と思っていたがある日呼び出しが掛かった。 そして、翌日残業にもなりそうなんで人手不足だから来てくれと。 この時のおれの気持ちを想像してみて欲しい。 かなり悩みはしたが、結局行くことにした。 朝から働き、昼をバラバラに取ったあと、愈々夜の七時になった。 この日は近所の牛丼屋への買出しだった。 めいめい大盛りだの、カルビ定食だのを食べている。 「あれ」が来る前に腹を膨らませて体型に問題は無いのかな?とか思いつつ、なるべく少ない量のものを食べた。 どうせ緊張してロクに食えやしないだろうと思っていたのだ。 果たしてその機会は訪れた。 今度は加山タカシさんが最初に苦しみ始めた。 どうやら順番はランダムらしい。 そして、苦しむといっても最初の神崎さんほどの苦痛は無い。どうやらあれは新人をからかって遊んでいたみたいだ。 何故かこの日コンタクトにしてきていた加山さんの狙いは痛いほど分かった。 「変身」後にメガネを伴うのを嫌ったのだろう。 この状況でどの程度合理的な判断が通用するのか良く分からないが、ある程度は「法則」めいたものは存在するらしい。 そして…数十秒後、そこにいたのはいかにも「今風」の女子高生だった。 膝上どころかパンツが見えそうな丈のチェック柄のミニスカートに、クリーム色のベスト、トラッド調のブレザー。赤いリボンが可愛らしい。 ちゃんと身体を「女」にすることも忘れていない証拠という訳でもないだろうが、その乳房は小柄な身体には不釣合いなほど豊かである。 「お〜」 という声が周囲から上がる。 一人の変身が完了した瞬間、「今夜は何を着せられるのか」が決定するに等しい訳だ。 加山さん…といっても、面影は僅かしかなく、今は頬を赤らめたいかにも可愛らしい女子高生なのだが…はこみ上げる笑みを押さえきれないように立ち上がって、やはりくるりとその場で一回転した。 短いスカートがふわりと広がって、思わず「見えそう」になってしまう。 その仕草もすっかり年頃の「女の子」である。 街で歩いていたら芸能界にスカウトされそうなほど「華」がある。 そうこうする内にまた全員が「変身」を遂げていた。 おれ? …まあ、そうだよ。うん。女子高生の制服姿の女子高生になってたよ。表現がくどいけども。 何しろわざわざめくらなくてもちょっと激しい動きをするだけで「見えそう」な丈のスカートなもんで、今度はめくるのは簡単だった。 前回逃していた人のスカートを残らず捲(めく)ることに成功したおれは、その倍の回数めくり返されていた。 きゃいきゃいいいながらじゃれあう八人の女子高生は本当に華やかである。 「亜欄ちゃん、しゃべってみて」 多分神崎さんであろう女子高生がこちらを見据えて言う。 女子高生に間近で正面から見つめられながら会話をするのは大学生のこちらは気後れするものがあるが、今はこっちも女子高生なので…多分これは慣れるためだな。うん。 「しゃべるって…何を?」 何となく自分の声に違和感がある。 というか、今、何か変だった? 「そうねえ…あなたの名前とか」 神崎さんもどこかおかしい。 この間は声質こそは完全に十七歳くらいの女の子ではあったが、その「口調」は神崎さんそのもので、その強烈なギャップが印象的だったのに、今は余りにも「自然」な喋りなのだ。 「あたしの名前は…」 おれはびっくりして自分の口をふさいだ。 周囲の女子高生たちが一斉に腹を抱えて大爆笑している。 同性(?)ばかりの気楽さか、多少スカートの中が見えようと構わないといった勢いである。 「どう?思ってた通りしゃべれる?」 「どういう…意味ですか?」 「そのまんまの意味よ。あーもーじれったいなあ。つまり、今のあたしみたいな感じ?分かる?」 仕草というか、喋り口調はもう完全に女子高生…いや、「コギャル」だ。そのまま渋谷の街を歩いていても違和感が無い。男性が無理して演じている様にはとても見えない。中身は男性のはずなのに。 「あの…あなた、神崎さんよね?」 またびっくりしておれは口を塞ぐ。 そして周囲では大爆笑。 「ま、つまりそういうことよ。今夜に関して言えばあたしたちは仕草から口調まで女の子になっちゃってるわけよ」 またショートカットの斉藤タイシさんが説明してくれる。 「そんな…ところまで決まるの?」 「そーそー。この間は口調やら仕草は男のまんまだったけど、そんな調子じゃ白けることもあるでしょ?だから、たまにそこまで変えられちゃうのよ」 「…」 おれは絶句した。 確かに脳内では普通に喋っているのに、口に出してしまうとそれが「女言葉」に勝手に変換されてしまうのである。 「ま、あなたの心配も分かるわ。この調子だと男としてのアイデンティティが揺らぎそうだとか思ってるんでしょ?」 神崎さんらしい美少女が追加の説明をしてくれる。 しかし、見た目どころか仕草から何から完全に変わってしまっているので別人にしか見えない。 「大丈夫よぉ!心配いらないって。たまになんだし、この調子が続くことなんて残業の間くらいなんだから。ほりゃっ!むにむに!」 といってすかさずこちらのおっぱいを揉んでくる。 「あっ!」 「駄目駄目!そんなに本気で嫌がっちゃ駄目よ。周囲が引いちゃうでしょ?そういう時はおっぱい揉み返すとかスカートめくって対抗するとかしないと」 な、何だぁ?何なんだこの論理の狂った世界は? この間のレクチャーの時、「短いスカートを履いた時」の説明があった時に気が付くべきだったのだ。衣装はセーラー服だけではないのだと。 その後すぐに「変身会」めいたものはお開きとなり、それぞれのメンバーは自分の机に散っていった。 仕方がないのでおれも自分の机で作画作業を再開する。 目の前にちらちらする「ミニスカートから伸びる脚線美」が目にはいるが、何しろそれが自分自身のものだけに何とも言えない。 それに、胸が重い。ブラジャーがキツい。 性転換されて毎日この生活というならともかく、たまにでしかも気を使う作業となると困ったものだ。周囲のスタッフは慣れたもので、素脚が殆(ほとん)どむき出しの女子高生スタイルでありながらすいすいと仕事をこなしていく。 背後から眺めるとまるで「学校」みたいで違和感バリバリだ。 「落ち着かない時は何か膝に掛けるといいわよ」 矢島ワイチロウさんである。 今まで余り話したことの無いぽっちゃりオタクみたいな人だったが、何と言うかビスクドールみたいな物凄い美少女になっている。 はっきり言って趣味が出ているのだろう。…と思ったがどういう基準で変身しているのか全く分からないのでそれも推測に過ぎない。 「あ、ありがと…」 余り滅多なことを喋るとまたあの違和感を感じることになるのでなるべく手短になるように言葉を選ぶ。 「気にしないで。寒い時期に短いスカートになった時はみんなひざ掛けしたりしてるから」 まるで消え入りそうな声で棒読みみたいな喋り方である。どっかのアニメで見たなこれ…。なりきり…と言いたいところだが、今は肉体も仕草も口調も「本当になって」いるので少なくとも外見は「痛い」と言うことは無い。 それだけ言うと矢島ワイチロウさんは去っていった。 この日は何だかんだと追い込みだったのかやはり背中の真ん中くらいまでの美しい黒髪の神崎さんは余りこちらにフォローには来なかった。 そして、残業定時の9時を少し過ぎた辺りでおれは帰ることになった。 駅にたどり着いた頃には夢見心地で、まだ脚にはスカートの涼しい感触を思い出したりしたのだが、見下ろして動かしてみると間違いなく男の脚であり、ズボンを履いている。 ここからは頻繁に呼び出されることになった。 一応こちらが学生であることは考慮してくれてはいる様だが、どうやら戦力になると看做してもらえたらしく次第に割り振られる仕事の難易度も上がっていった。 そして三度目の残業。 この日はそば屋だった。 夜の残業というのは、少しでもパワーが付きそうなものが欲しいので牛丼とか、うまくて安くてガツガツ食えるものがいいのでは…とおれなんかは思うのだが、そばといっても冷たいザルそばとかではなくて、熱々のキツネそばとか肉そばだったので大いに腹を膨らませることが出来た。 結論から言うとこの日はチャイナドレスだった。 これまでに無い妖艶な衣装である。 今にして思えば、チャイナドレスなんだからこの日はラーメンとか中華の出前でもいいんじゃないかと思ったりするが、まあいいだろう。 テーブルの周囲をぐるりと取り囲んでソファに座るチャイナドレスの美女軍団。 スリットから覗く脚線美は自らも性転換してチャイナドレスに身を包んでいながらもよだれが出そうだった。 この日は衣装がら、初めて「メイク」に「アクセサリー」も付けることになった。 ぬるりとした口紅やらマスカラの感じがなんとも厚ぼったい上に、耳にぷらぷらぶら下がるイヤリングがくすぐったい。 …こう書くといかにも女装に慣れきっているみたいだけど、これは仕方が無いんだよ。このスタジオで残業する時には「先生」の気まぐれでこうなっちゃうんだから。 そして、自らの顔に塗りたくられたそれから漂う化粧の甘い香りはこれから何度も体験することになる。 そして「ハイヒール」も初めてだった。 何しろ口調から仕草まで勝手に変換することが出来るのだから、ハイヒールも違和感は最小限ですいすい歩くことが出来た。 これは実に妙なもので、明らかに違和感を感じていながらも歩くのには支障がない。一体どういうからくりなのか。まあ、慣れぬハイヒールで痛い思いを自覚し続けるよりはずっといいが。 素脚に靴なんて子供の頃以来の気がするが、確かにこのハイヒールに靴下でもあるまい。感触はともかく、見た目のインパクトが強烈なので自分の足は努めて見ない様にした。 ハイヒールの形状の余りのセクシーさに心臓がドキリとしてしまうのだ。 スカートが邪魔なので座らないと見えにくいんだが。 スリットは太ももの脇の部分までせりあがっているのに、ワンピースのチャイナドレスのスカートの裾は床を引きずりそうなほど長い。 そんなものを着て歩けば、別に大股で歩かなくてもスリットが開いてちらちらと素脚を見せ付けることになってしまう。 この日ばかりは普段は割りとバラバラの髪型もチャイナドレスに合わせた「お団子ヘア」で統一されていた。 また、メイクもどうしても似てくるのでお互いの識別が難しかったのだが、そこは気を利かせてくれたのか全員のチャイナドレスが違う色となっていた。 ちなみに神崎さんは定番の赤、斉藤さんは黒。おれは…青を割り振られた。 後で知ったのだが、チャイナドレスというのは実は「女装」の定番衣装の一つで、女性的な体型をとことん強調することが出来るのだそうだ。 一見するとワンピースなのだからずん胴っぽく見えるのかと思いきやさにあらず。 筒型の衣装ながら、乳房の大きさからウェストの細さから半ばオーダーメイドのようにぴっちり作ればごまかしが一切効かないほど体型が出るし、「作り方」によって逆に「ごまかす」ことも可能なんだそうだ。 確かに、鏡で正面から自分を見ると、そのウェストの細さ、そして女性的な余りにも見事な体型に戦慄が走り抜けたもんだ。 決して濃すぎない「メイク」で決めた「大人の女」たちの集団は見ているだけで雰囲気に酔ってしまいそうだった。無論、自分もその一人なのだが。 これが平凡な作画スタジオではなくて、せめて装飾がごってりついたホテルの宴会場とかだったら…などと思わないことも無いのだが、まあメインはあくまでも仕事をする際に気分を変えることなので仕方が無い。 ふと手を見ると、羽根をあしらったゴージャスな扇子を持っており、それで顔を隠して笑うという、いかにもチャイナドレス美女がやっていそうなことが簡単に出来た。というか、今実際に「チャイナドレス美女」だし、周囲の「ベテラン」たちはとっくにやっていた。 この間の女子高生になった時は身体の年齢も十七歳くらいになっていたと思うが、今回は皆妙齢の美女であるように見える。 少なくとも「若すぎて貧相」には間違いなく見えない。 みんな艶かしく、色っぽい。 そして口調も仕草もそれっぽくなっており、ある意味「なりきり」には最適だった。 無理するのではなく、自然に行動すれば身体の方が勝手にやってくれるのだ。 ふと手を見ると、爪が真っ赤だった。 所謂(いわゆる)「マニキュア」だ。 ただ、「付け爪」で長くしてあることは無い。あくまでも作画作業がメインなので、作業のしにくい装飾はご法度と言うわけだ。 その辺りのこだわりが何ともおかしい。 そしてそのすらりと長い白魚のような手はため息が出るほど美しく、環境が許せば自分の手を眺めるだけで何時間でも過ごせそうだった。 この辺りになると、徐々にこのスタジオの「しきたり」めいたものが分かって来た。 みんなは「残業の夜」以外に「残業の夜」のことについて発言することが無い。 「あの時の衣装は良かった」とか「あのメイクは綺麗だった」とか話し合ったりは絶対にしないのだ。 それも何となく分かる。 不可抗力で、しかも身体ごと変わってしまっているから「男が女装する」形にこそなっていないものの、どこか背徳的な行為であるという意識はあるのだ。 だから、「共犯意識」が最大限に働く「残業の夜」当日以外は口に出しにくい。 それにしても、漫画家のスタジオなのにスケジュール管理がかなり良く出来ていると思うよ。残業は必ずと言って良いほど9時には終わるし。 徹夜徹夜みたいなイメージがあるけど、結局のところ徹夜は「瞬発力」はあるけど、持久力が無い。長い目で見ると決して得をしないので徹夜は推奨されていないのだ。 この頃の漫画家のスタジオってのは随分と近代化されているみたいだ。 ちなみに、おれがどうしていつどんな衣装を着せられたかが分かるかと言うと、その都度記録していたからだ。 余りにも不思議なのでせめて記憶だけはしっかり取ろうと思ったのである。 その次はメイドの衣装だった。 エプロンドレスというらしい。確かにエプロンでドレスだ。 確かドレスには単に「衣装」という意味の一般名詞的な意味もあったはず。まあ、偏見として「ドレス」と言うからにはゴージャスな衣装であって欲しいとは思うけどね。 この日は流石にカラフルという訳にはいかず、全員が黒いワンピースに白いエプロン、そして装飾が綺麗なヘッドドレスという髪飾りで統一された。 調べるまでも無く、「コスプレ」衣装ではショッキングピンクだとかカラフルなメイド衣装も存在するが、そうしたものは採用されていなかった。 質素だが何とも可愛らしい雰囲気にまたお互いが酔った。 何でも仮にも「作業着」なのでスカートの下は動きやすいズボン状のものを履きこむものらしいのだが、「先生」の趣味なのか、明らかに薄着であるパンティはそのままだった。 そして、おれはこの日、膝上丈とはいえ生まれて初めて「ストッキング」を身に付けることになった。ついでに言うとガーターベルトもだ。 どうも書いていて嫌になってくるが、事実なのだから仕方が無い。 ただ、身体は女だからな。決して男の時に女物を着たりはしていない。 まあ、身体が女になっていようと着ていることには変わりないと言われればそれまでだが…。 流石にこの日は動きやすかった。 ぞろっとしたスカートは動きにくいかと思ったが、そうでもなかった。ただ、思いのほか生地が分厚くて重いのである。これは意外だった。 作業着であるからにはある程度の丈夫さが求められるということなのだろう。 そしてみんな何とも大人しく「お帰りなさいませ。ご主人様」と言いそうなキャラクターにされていた。 こんな調子で行く都度色々な格好をさせられた。 メモを見ると段々と記述がぞんざいになって行き、遂には衣装の名前だけを書き付けたものやら、衣装の説明だけをする簡単なになっていく。 チアガールのユニフォームに着物…いわゆる「晴れ着」って奴だ。「振り袖」だね。 これは流石に手の下に大きく袖が垂れ下がるので邪魔だった。 ボレロと呼ばれるやっぱり女子高生の制服。どうもこれは品のいいお嬢様学校御用達の制服らしく、みんなの仕草もどことなく上流階級っぽくなっていた。 一部のスタッフは隠れて「百合ごっこ」をやっていたらしいが、いかにもである。 隅っこに連れ込まれて「あら、タイが曲がっていてよ」「お姉さま…」なんて会話も聞こえてくる。む〜ん。 OLの制服もあった。 みんなでピンク色の制服姿だとまるで会社にいるみたいで何ともおかしい。 こんな綺麗なOLばかり沢山いる職場になんぞ通ったこと無いけど。思わず「給湯室で愚痴をこぼすOLごっこ」をしてみたりする。こんな「遊び」が出来るのもウチのスタジオしかあるまい。 ちなみに、パンティ部分まで完全に多い尽くすストッキングを履いたのはこの日が最初。スカート独特のあの下半身が全部空気に晒されている感じが全くしないのが特徴だ。 ゴスロリと呼ばれる黒を基調とした衣装もあったし、果てはファーストフード店のアルバイト女性の制服まであった。 ゴスロリはともかく、アルバイト店員の衣装とかだと、見た目の華やかさは全く無い。 「中身」が飛び切りの美少女ぞろいなのでかなり映(は)えるが、やはり地味だ。 この日の店員の衣装は一応スカートだったけど、以前はパンツルックだったこともあるそうだ。 ちなみに、女体になっているのは悪いことばかりではなく、女性モデルを使わないと描けなさそうなポーズやらディティールを観察するのにも重宝する。 おれは余りやったことが無いが、他のスタッフはそういう有効利用も結構しているらしい。 その時ばかりは、ウチの先生がエロ劇画の作家でなくて良かったと思うよ。 ちなみに、制服系ばかりではなく、「普段着」まであった。 いかにも年頃の女の子たちが制服を脱ぎ捨てて休日に繁華街に繰り出しそうな可愛らしくてオシャレな格好である。 この時の全員の姿を描写することは出来ない。ただ、スカートもあればパンツルックもあり、そして全員が飛び切り可愛らしかったことだけは書いておこう。 え?おれ? む〜ん、少なくともその「先生」とやらがおれに対するイメージとして、かなり清楚な印象を持っているらしいことだけは分かったよ。 ちなみに「普段着」は記録によると三回あるが、どれも傾向が違うのだから芸が細かい。 一回目は女子高生みたいなティーンの若い女の子向け。「可愛い」感じ。 二度目は女子大生か若いOLみたいなファッション。「綺麗」な感じ。 三度目が水商売の女性のデートみたいなちと濃い目のスタイルだった。「セクシー」な感じ。 「リクルートスーツ」みたいなそれもあったし、よく分からんけど整備スタッフみたいなのもあった。 こういう言い草は何だけど、やっぱりパンツルックは面白くない。折角女になるのだから最低でもスカートは履きたいよね。って何だこの感想。 でも、全員がキャバクラ嬢みたいな露出度の高い衣装を着せられた時は皆口には出さないが明らかに不満そうだった。 どうやら「好み」に明らかに一致していないのだ。スカートならいいってもんじゃない。 そして、ゴスロリではなく純粋にロリータファッションになったこともあるがこちらは好評だった。そして定期的に差し挟まれる女子高生の制服…どうやらこの先生は本当に学生の制服が好きらしい。 確かに定番だがとても落ち着く。派手すぎず地味すぎず、動きやすく、それでいて「女の子」の醍醐味を存分に味わえる。 ただ、「スカート万歳」の意見を撤回せざるを得ないこともあった。 ある時、全員が体操服にブルマ姿になったことがあった。 今や形状がパンティと変わらず、過度に露出度が高いブルマは敬遠されているというが、何とも古典的なブルマスタイル。 しかも体操服の裾をブルマに入れないものだから、あたかも「超ミニ」みたいな形状になって、その下からブルマの黒い色がちらちら見える形になっている。 毎度お互いの女姿を観察しまくっているメンツであるが、それにしてもこれは強烈で、仕事さえなければそのままどうにかなってしまったかも知れない。 ここまで書くと疑問に思うかも知れない。 噂の「先生」とやらは部屋に出てこないのか?と。 おれも入って半年は顔を見ることも無かった。 だが、結論から言うとちゃんといる。 その日の衣装は…今度はなんとバニーガールだった。 全員の女体は、女子高生の制服に身を包む日より明らかに肉感的でグラマーになっており、口調も洗練されたものになっていた。 個人的にはイヤリングが…余り回数が多くないこともあって…落ち着かない。 長時間していると明らかに耳たぶが痛くなってくるのだ。 ちなみに作業効率第一なので、イヤリングが痛い時には遠慮なく外していいことになっている。 といってもそれほどイヤリングを伴う衣装自体が無いのだが。 OLの時とも違う濃い目のメイクに顔面が厚ぼったい感覚と、鼻腔をくすぐるお化粧の甘い香りが蘇ってきた。 お互いが順番に女体化し、そして女装させられるシークエンスは毎度のことながらドキドキする。順番が毎回違うのも刺激を追及しているのだろう。 実はパンツルック以外の「非スカート」は体操服にブルマ以外だと初めてだった。 ハイレグ水着みたいなその形状は、体型をモロに見せるのみならず、網タイツによってその艶かしさを嫌と言うほど強調している。 股間の平板さの「かたち」なども薄い素材でくっきり強調されており、間違いなくこんな格好では表を歩けない。確かにスカートだと腰部分の形は分からんよね。どんなにミニでも。何しろ腰の部分の輪郭をぼかしているのだから。 わざとはちきれそうにワンサイズ小さめのバニースーツはおっぱいの谷間と、はみ出た部分を嫌と言うほど強調させている。 実は水着かレオタードの素材みたいに見えるバニースーツは堅い骨組みによって支えられており、場所によっては結構痛いのだ。 あとで調べたところによると、初期のバニーガールさんたちはこの苦痛とも戦っていたらしい。時代が下るにつれて体型補正をより無理なく行うことが出来る様になったという。 神崎さんがトップバッターとして俗に「裸より恥ずかしい」とも称される挑発的な女性の衣装に変えられ、すぐに全員がバニーガール姿の女性へと変貌する。勿論、おれ含めてだ。 実は露出度だけで言うとそれほど高くない。腕と肩から上はむき出しだが、その下は網タイツ含めて完全に覆われている。 それでもこんなにいやらしいのは、一重にあちこちにちりばめられた「男の愛玩動物としての女性」を強調する記号によるものなのだろう。 下半身の下腹部部分など、スカートを履く前提の衣装でスカートだけ履いていなくてパンティがむき出しになっている状態みたいな生々しさである。 その、ある意味これ以上無いほど女性的な衣装を男であるおれたちが着せられているのだから…。 フローリングの床に八人分の重いハイヒールがゴトゴトと鳴り、いつもにも増してお互いを恥ずかしそうに見詰め合う。見た目はバニーガールたちの控え室といったところだが、その中身は全員が男である。 妙な話だが、もしもここに生まれつきの女性が一人でも混ざっていたらこの「純粋な空気」が濁ってしまっていたことだろう。「男のみ」の空間が大事なのだよ。 仮にその紅一点が男性にされてハーレム状態になったり、女同士ではなくて男として女のこちらを扱ってくれても、やはり「精神が女」の人格は邪魔だろう。 何でもバニーガールの衣装はその色によって順列があるらしく、髪型も千差万別で比較的見分けが付けやすいにもかかわらず、全員の色が違っていた。 一番位が高いバニーガールにのみ着用を許されているという黒は当然神崎さんが見に纏(まと)い、自分は赤だった。 そしてその日に遂に「先生」が光臨した。 「先生」は意外なほど普通の人だった。 サラリーマンとは違うオーラというか雰囲気を漂わせてはいるが、せいぜい雑誌編集者くらいで、「業界人」ぽい感じもしないし、ラフすぎていかにも自由業という感じでもない。 この日の作業はこの時点でほぼ終わっていたので、どうして残業を命じられたのか分からなかったが、先生を「接待」するためだったと分かった。 いつもならばお互いにあれこれ言いながらアホな話をしたりするのだが、一応「接客業」の衣装ということで、おれたちバニーガールズは全員立ったまま、ソファに座る「先生」を下にもおかないもてなしをすることになった。 神崎さんがお酒をテーブルに載せて持ってくる。 「先生」はそれをごく自然に取って飲み、手を横に伸ばす。 すると斉藤さんが真紅のマニキュアが乗った白魚のような指でその手を揉みほごす。 他のバニーたちも両手を身体の前で揃えて姿勢よく立ち、先生がお酒を飲み干す度にお変わりを注いできたりと「接客業」としてのバニーガールをまっとうすることになった。 今は元に戻っているので冷静に語ることが出来るが、不思議なものであの空気に染まってしまうと、誰かに奉仕することにこの上ない喜びを感じてしまう。 「先生」に手招きされたおれは、隣に座らされ、酒の相手をさせられた。 特に何かしたわけでは無いが、恥ずかしさも極まれりのバニーガール姿をハイヒールに包まれたつま先から頭のうさみみ型をしたバニーカチューシャまのてっぺんまで舐めるように眺め回され、顔から火が出そうだった。 思わず内股になって身体が縮こまってしまう。 いい年こいた男が、その身体を女のものに性転換させられ、よりにもよってバニーガールの衣装を着せられて男に接客させられているなんて…とてもじゃないが給料に見合った仕事だとは思えない。 ただ、いつかはこんなこともあることは両手に余るほど同じような目に遭っていて想像できない訳が無い。 つまり、のうのうとこんなところに来る自分が悪いのだ。それは分かってる。 先生は寡黙な人らしくほとんど喋らなかった。 一回だけ肩を抱き寄せられたこともあったけど、それ以上のことは無かった。 その後、神崎さんはもとより全員に同じようなスキンシップをして華麗に去っていった。 いつもはお互いにスカートめくりあったり、おっぱいをもみ合ったりしているメンバーだ。いつもは、自然に女言葉すら演じることが出来る。が、「あられもないバニーガール姿で男に抱き寄せられて「…あっ…」とか言っている姿」をお互いに見せ付けられる形になってしまったこの日の夜は、気が付けば時間も夜の9時となっており、そのまま帰宅することになった。 本当に「先生の接待」だけが残業の実態だったみたいだ。 この日の残業代もきちんと振り込まれていたこともそれを裏付けている。 それにしてもこの「先生」は一体何を考えているどんな人なんだろうか? あれだけのメンバーを揃えて、全員を性転換&女装させておきながら、軽いスキンシップだけで満足しているのだろうか。 まさか押し倒されるとは思っていないが、最悪の事態も心の中でどこか覚悟していたおれからすると拍子抜けだった。 ただ、気分はいいだろうな。 あれだけの美女に囲まれてみんながかしずいてくれるのだから、仮にその立場をある種の「特殊能力」で手に入れていたとしても、悪い気はしないだろう。 自分だったら舞い上がっちゃうな。 それにしても、だったらどうして男ばかりアシスタントとして集め、それを全員女にしてハーレムを演出するなどという回りくどいことをするのだろうか。 それなりにお金を持っているだろうから、キャバクラに行けば疑似体験も出来ようし、本物の女の子のアシスタントを最初から準備すればいいだけのことだ。 ともあれ、「先生」の光臨はこれが最初で、次はまたかなりの間が開いた。 その間も残業はしょっちゅう行われ、同じ衣装は一度としてなかった。 看護婦さんの白衣も経験したし、有名なファミリーレストランのウェイトレスさんも経験した。 夏まっさかりになってくると、キャミソールワンピースという露出度の高い服にもしてもらえた。 空調は完備していてその点不自由したことは無いが、ありがたいことには代わりが無い。一応外のトレンドにはあわせているみたいだ。 そして、空調も効き難いほどの暑い日には遂に全員が水着姿となった。 殆(ほとん)ど裸同然の女体を引っさげてお互いを見詰め合った気持ちはまたなんともいえないものがある。 相川さん以外はみなアウトドア派ではないから全く日焼けせずに白いはずなのだが、何故か皆健康的な色に日焼けしたように見えた。 よく考えれば男を女に出来る特殊能力である。多少日焼けさせる程度は朝飯前なのだろう。 ちなみに、夏の間に水着は二回あり、ビキニタイプとワンピースタイプとあった。 やはり「競泳用水着」とか「スクール水着」とかは無かったみたいだ。 流石にみんな二十代も半ばの肉体を持つものが大半なので、競泳用ならばともかくスクール水着では別の感慨になってしまう。 巫女服とか、浴衣も経験した。 何しろ「中の人」の素材がいいので本当に魅力的ではあるのだが、衣装としての面白みには若干欠ける感じだ。 そんなこんなで秋口になったある日のこと、珍しく「打ち入り」ということで呼び出された。 「打ち上げ」の反対で、「これからやるぞ!」ということで酒を飲んで盛り上がるのだ。 当然ながらこの日は残業と同じスタイルで集合はするが実際の仕事はしない。 そして…この日は二度目の先生の光臨の日だった。 いつものようにテーブルの周囲に集合したメンバーの内、安藤カツノリさんの身体に異変が起こり始め、小枝みたいに細いその身体が性転換して女性のものになると、その服装は純白に染まっていき、ほどなくそこには夢の国から舞い降りたような現実感の薄い衣装へと変貌を遂げていた。 まん丸に広がるスカートを真横に広げ、胸から上を露出させた「バレリーナ」のチュチュ姿になっていたのである。 元々細い安藤カツノリさんにはぴったり似合う衣装だった。 ま、ものの数分もしない内に全員…もちろんおれ含めて…が「バレリーナ」となっていたんだけどね。 少し歩くだけでふわふわと上下に揺れるスカートが目に入る。 そしてそれは他の全員が同じ挙動の衣装に身を包んでいるということでもあった。 普通に立っているだけでめくれ上がっているみたいな形状のスカートの下にはパンツ部分が横から見えてしまっている。 下手をすれば「ふざけてるのか?」とも思える何ともユーモラスなこの衣装は、純白の光沢と装飾から「下着」然とした雰囲気をもかもし出しており、肩や背中が露出しているのに、スカートの下の脚線美が白いバレエタイツに完全に覆われているというアンバランスさで見る者に非常に複雑な感情を喚起せしめる。 そして…着ている…というか着せられている人間からすると、本当に妙な衣装である。 肩まで露出する衣装って案外着て無いのだけど、キャミソールとかバニーガールとかな。水着は別格として、とにかく寒い。いや、気候は暑いからそういう意味じゃなくて、何となく落ち着かない。まるで下着姿みたいな、服を途中までしか着ていないみたいな気分になるのだ。 この「肩が露出した」衣装ってのは俺にとってはある意味スカートよりも落ち着かない。 男の服で他はばっちり着ているのに胸から上が腕まで全露出している服なんぞあるわけが無いからな。 話を戻す。 誰言うとでもなく、テーブルとソファが部屋の脇にどかされ、バレリーナたちは全員が輪になってとことこと踊り始めた。 この時「身体が勝手に動い」ていたのかは記憶にない。 「踊りたい」と思ったのは間違いないのだろう。 気が付くと一心不乱に舞い踊っていた。しかも、全員の動きが綺麗にシンクロしている。 ふわりと舞い上がって着地するタイミングも揃う。 スカートが風に押されて変形し、ジャンプの頂点から風を受けて舞い上がりながら落下するタイミングまで一緒だ。 目の前には誰なのかわからない背中が見えている。 体型はもとよりその衣装によって、清潔感がありそうに見えつつも同時に艶(なまめ)かしい。 まるで八人はクローンのようだった。 全く同じ衣装に全く同じメイク。体型も完全に一緒では無いがほとんどそっくり同じに細身で筋肉質、それでいて透き通るように白い肌。 先日の水着の時は日焼け気味だったし、バニーの時はもっと肉感的だった。 「先生」はちゃんとその辺りは使い分けているらしい。 これまでは同じ女子高生の制服でも髪型などで変化を付けたり、同じ衣装でも色そのものをバリエーション豊かにしたりして、「見分けを付けやすく」していたが、今回は意図的に全員を全く同じ様に演出していた。 フローリングの床が、先端が固いトゥシューズの落下を受けてバタン!バタン!と大きな音を立てる。 恐らくみんなの細身の肉体を見ると、五十キロを上回る人間は誰もいなさそうな感じだが、それでも結構大きく響くものだ。 そして、この大勢のバレリーナの中の一人になって一心不乱に踊っていると、大きな全体のパーツの一つに組み込まれた様な気分になって自分自身が溶けてしまいそうだった。 どのくらい踊っていたのか分からないが、いつの間にか「先生」がそこにいた。 先生は普段着のままで、男性バレエダンサーの衣装を着ているわけではなかった。 だが、汗ばんでいるバレリーナたちの中央に分け入ると、その内の一人…見かけがそっくりで誰なのか分からない…の腰に手を当てて引き寄せた。 「あっ…」 急なことに思わず恍惚の表情で抱き寄せられるバレリーナ。 やはり八人の美女に囲まれたハーレムの主である先生は、特にバレエの素地がある訳でもなさそうだったが、適当にバレリーナたちの身体を支えたり腰を持ったりして「相手役」を存分に勤めた。 何しろみんな小枝の様に軽いので、「リフト」といって持ち上げたりもされた。 おれ?…ああ、勿論一緒に踊ったよ。バレリーナとして。 というか身体が勝手に動いて踊っていたんだ。こちとらバレエなんて習ったことも無いし、習っていてもバレリーナの踊りなんて出来るようになるわけが無い。 そもそもあの「つま先立ち」だって出来る様になるまで何年も掛かるという代物だというじゃないか。それをいきなり身体が勝手にやっているんだから…。 かなりの運動量になったので、ひとしきり踊ったあとはみんなへとへとになって床に倒れこんでしまった。普段の運動不足が効いた…のかどうかは分からない。 何しろ肉体が普段の自分とはかけ離れているので比較できるのかどうかも全く分からないのだ。 休憩と言うわけでもないのだが、「接客」を求められないおれたちが三々五々「先生」は去った部屋でへたり込んでいた。 ふと冷やかしで、この格好で仕事が出来るかを試してみたのだが、真横に広がったスカートが邪魔で机に座ることが出来ない。 なるほどなるほど、これは「打ち入り用衣装」ってことなんだろう。 妙なところで納得したのだった。 この日の先生もある意味「接待用」のおもてなしをすることが出来たのかもしれない。 その後も季節は秋から冬に差し掛かり、「残業」ともなると女になってお揃いの衣装に身を包んで作業を続ける生活が続いた。 もう女になることも女装することも慣れっこになっていた。 恐らくそんな境遇を聞かされると、スカートめくりあったりするだけでその先は無いのか?という疑問を抱くかも知れない。 しかし、実際に体験してみれば分かるが、一日たった二時間のそれで、しかもやるべき仕事が山積みになっているとそんなことばかり言ってもいられない。 というか、そんな気には全くならないのだ。 仕事を伴わない「残業」の日というのはその多くが先生の接待なので自分が楽しむ余裕は全く無い。というか「楽しむ」なんて周囲の目があるから出来ないのだ。 この頃、あの細い細い安藤カツノリさんが事務所を退所した。 送別会ということで「残業」に参加したけど、全員が性転換の上、「イブニングドレス」を着せられた。 さまざまな種類があるらしいのだが、おれが着せられたのは背中が殆(ほとん)ど全部露出して、上半身では胸までの前側しか隠していないみたいなドレスだった。 髪の毛はアップにまとめられており、うなじがむき出しになっている。うなじどころかそのまま背中が丸見えで、腰部分まで見えそうな勢いである。 勿論、メイクもアクセサリーもバッチリ決まっていて、要するに「パーティ用の正装」というところだ。 問題はこれがいつものスタジオ内であることと、おれが男なのに女物の正装を着せられていることくらいか。 この日一日で普通の男性の一生分の「衣擦れ」の音を聴いたと思う。 周囲がドレスだらけということもあるし、何しろ自分自身が歩いたり動いたりするつどスカートが衣擦れの音を立てるのだ。 主賓である安藤さんも別人のように綺麗にしてもらっていて、正に主役だった。 この日はお酒が入り、きらびやかに着飾った八人の美女たちがくんずほぐれつの楽しい宴会となった。 自分の背中を確かめることは出来なかったが、神崎さんのせなかを「つつー」と撫でて「ああんっ!」と言わせたり、やり返されたりしてそんなことも楽しかった。 そして…これは今でも夢だったんじゃないかと疑っているんだけど、安藤さんは全員とキスをした。 唇と唇で。 軽くちょん、と触るものではなくて結構強めに押し付けるものだった。 見た目は綺麗な女性同士なので、ある種美しい光景ではあるが実際の内実を考えると余り笑えない。 付き合いが長かったらしい神崎さんなどは、熱い抱擁でお互いの乳房を押し付けあう格好になっており、思わずおれは目を逸らした。 お互いに口紅を厚く塗った唇でのキスは触れた瞬間にぬるりという感触が先に立ち、変なところに触れて化粧が崩れないかが反射的に心配になってしまった。 当然ながら暫(しばら)く七人で作業をすることになったが、神崎さんはすぐに次の新人を見つけてきた。 そして、しばらくして「通過儀礼」が行われた。 毎度繰り返されているらしい、神崎さんの大袈裟な苦悶からの性転換が披露される。 ああ、春に自分が体験したそれだ。 あの苦しみ方や動揺のしかたが演技で、新人をからかう目的なのはもう説明するまでもないだろう。 新人の名塚ハルオくんはかなり取り乱していたが、すぐに全員が漆黒のセーラー服姿になった。 因(ちな)みに同じ衣装は一度も無かったといったが、この時はスカーフの色が真っ白だったのだ。…一応“違う”ってことになるよね? もちろん、おれは新人の名塚ハルオくんの初々しいスカートをめくり、内側のスリップまで確認した挙句おっぱいを揉んだりして存分に歓迎した。 ああ、勿論おどおどしてる彼…つーかこの時は彼女か…の手を取ってスカートをめくらせたりもした。 新人を迎えても「残業」は相変わらずのペースで繰り返された。 一応夏には水着にしてくれたりと周囲の環境も考えてはくれる。クリスマスにはサンタドレスだったし。 しかし、相変わらず好きらしい制服系もコツコツ続いていた。 一度として同じもののない女子高生の制服だが、真冬にはミニスカートでもちゃんとタイツありのものにしてくれたし、「通学ルック」なのか厚手のコートにマフラーまであったりする。む〜ん。 そんなある日、遂に「スチュワーデスの制服」を着る日がやってきた。 黒に近い紺色のピンストライプのスーツ。青いスカーフに黒光りするストッキングが素脚よりも格段にいやらしい。デザイナーが何を主張しようが、真昼間に活躍するフォーマルな制服としては余りにもセックスアピールが強い。 とはいえ、素脚にしたり普通の肌色ストッキングでは台無しなのでやはり、半ば肌色の透けた黒のストッキングでなくてはならない。 みんなモデルみたいにすらりと細いプロポーションの女性の身体に「補正」されているから、この凛々しい制服が反則的なほどに似合っている。 自然と脚も揃える様にされ、八人でテーブルを囲んで談笑していると、その凛々しい空気に思わず頬が緩む。ま、自分自身もスチュワーデスとしてそこに参加しているんだけどね。 新人君は口には出さなかったが、明らかにこの制服に憧れがあったらしく、いつもとは全く違うリアクションになっていた。 その後、洗面所で上着を脱いでいるところが発見されたが、それ以上にはなっていない…と思う。 方々で顔をひっつけんばかりにしてじゃれあうスチュワーデスたちは、そのクールないでたちとのギャップもあってやはり強烈な印象だ。 その瞬間、ふとももを「ざらぁり!」という感触が這い登った。 「きゃああっ!!」 思わずすっ飛んでしまう。 すると、そばには斉藤さん…勿論スチュワーデス姿の美女となった…がいるではないか。 「こらこら!忘れてるよ。今の君自身もそうなんだからね」 後で斉藤さんと別の格好をしている時に話したんだけど、ここに来た当所は周囲の変身振りにばかり目が行ってしまうので、自分自身がそうであることが意識から飛びがちになるという。 ある種それも醍醐味だけど、斉藤さんはそれでは勿体無いから無理やりにでも意識せざるを得ない様なちょっかいが大好きなのだそうだ。 斉藤さんはスカートの下に除く黒光りするストッキングに包まれた脚をこちらの脚にこすり付けてきたのである。 「ストッキングの上から触られる感触って独特だよね。なんか妙にくすぐったいって言うかさ。体験させてあげるよ。うりゃりゃっ!」 クールな美女を絵に描いたような制服であるスチュワーデスがまるでいたずらっ子みたいに自分の足元にしゃがみこんで脚をこちょこちょするのは本当にシュールである。そして、「ストッキングの上から脚を触られる感触」をこの日は目一杯体験させられた。 余りの独特のくすぐったさにのけぞったり暴れたりもう大変だったものだ。 斉藤さんはその後上着を脱いでエプロンをして台所仕事をした。当然おれも付き合わされた。 この「スチュワーデスの制服で上着を脱いでエプロン」というのは実際の飛行機の中でも見られる姿で、通はそういうところまで再現してこそなんだとか。そんなマニアだとは知らなかった。 まあ、ある意味これ以上スチュワーデスを越える体験をしようと思ったら本当にこのまま飛行機に乗って働くくらいしかない再現度だろう。 制服までは揃えることが適っても、肉体まで一時的な性転換で準備出来るのは世界広しと言えどもウチのスタジオのみだ。 その後、お正月には袴姿となり、その他にも沢山着せられた。 似たような衣装は多いが、まるきり同じというのは多分一度も無い。 鬼のような種類のあった女子高生の制服の中に同じものが混ざっていたかも知れないがそれについては責任はもてない。 ちなみに、最後の先生への接待はまだ肌寒い季節だった。 その日の夜も仕事はなしだが残業はするということで集まった。 おれのこれまでの経験だと、仕事を伴わない残業の日の衣装は逆に言えば「仕事など出来ない」格好であることが大半だ。 果たしてその日もその通りだった。 元になる衣装の方は相変わらず代わり映えしないが、この日は自分がトップバッターで変えられた。 全身が真っ白になり、物凄い分量の生地に全身を抱きしめられる。 気が付くと目の前の視界が白くぼやけていた。 耳にはイヤリングの感触があり、メイクをしているのが分かる。 すぐに視界不良の原因が分かった。 これはウェディングヴェールだ。 そう、おれは純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁になっていたのだ。 間髪いれずに全員が花嫁姿へと「変身」していく。 毎度美女ぶりを見せ付ける神崎さんは勿論のこと、全員が輝くような美しさだった。 え?おれ? ま、感想は書かないから想像してくれ。自分で自分を褒めるのはどうもね。 接待の時いつもそうであるように、全員ウェディングドレス姿で部屋に横並びで立っていた。 今回はどのドレスも微妙にデザインが違う。 腕が殆(ほとん)ど露出している人もいるし、イブニングドレスみたいに上半身の露出度が非常に高い人もおり、そして自分や神崎さんみたいに両腕が殆(ほとん)ど露出していないタイプもいる。 なるほどこのスカートの分量では机にまともに座ることなど出来ない。これまた後付の知識なんだけど、どうやらスカートを膨らませる目的の「パニエ」という補強がスカートの下に仕込まれていたらしく、それが座るときに邪魔になるのだ。 そりゃそうだよな。あんなにスカートが大きく広がるには何かあると思ってたんだ。 で、…実際に着てみて分かったが、この衣装に身を包んでいるとどうしてもテンションが上がらないのだ。 何と言うか…大人しく女性らしく、楚々としてしまうのである。 どうも書いていて気恥ずかしいがそうなんだから仕方が無い。 いつものようにお互いを見詰め合うおれたちだったが、今回はまあ特別だった。 女子高生の制服やらスチュワーデスの制服ってのは元々集団でいる人たち専用のものだから、その格好の女が大量に同じ場所にいることは不自然でもなんでもない。寧(むし)ろそうでないと困るくらいの話だ。 だが、ウェディングドレスは基本的に単独で着る衣装である。 同じ場所に花嫁が二人いることはまずありえない。 それが八人も一度に揃い踏みというのは現実にはありえそうも無い光景だった。 全員が床を覆い隠さんばかりの大きなスカートを広げ、背中側には河みたいなトレーンを引きずり、美麗な刺繍のスカートの裾も大きく広がっている。 自分を見下ろさなくても目の前には七人の花嫁がいる。 花嫁さんなんて一人いれば周囲の空気をがらりと変えてしまう存在だが、それが部屋中に溢れ帰っているのだから凄い光景だ。 床なんて見える面積の方が狭いんじゃないかというほど厚手のスカートだらけ。 それこそウェディングドレスのファッションショーでもない限りこんな花嫁さんばかりの部屋なんてありえない。 それが少し広いだけの民家と言ってもいいフローリングに集合ともなると全くありえない。 物理的に再現しようとしてもちと難しいだろう。 八着もの巨大なドレスの物理的搬入、メイクアップ担当者がそれぞれに総がかりになってもこれだけ見事な花嫁を仕上げるには一時間では済むまい。 その場の空気を掻き分ける様に先生が入場してきた。 正に黒一点、可憐な花そのものの花嫁たちと唯一異なる存在だった。 先生は流石にこの日ばかりはそれなりに正装っぽい服装だった。 アシスタントたちは、先生が来る時はいつもそうであるように恥ずかしさに身を固め、俯いている。 お互いはみんな共犯者であり被害者なのだが、先生は違う。 この場を取り仕切る王であり、生殺与奪の権利を握っているのだ。 先生は、顔を真っ赤にして羞恥に身を固めている一人一人の正面に立ち、ヴェールをたくし上げてその顔を触り、首筋を軽くくすぐる。 「あ…」 たまらず声を出してしまう神崎さん。 思えばこの人が男同士で先生と一緒にいるところを観たことが無い。 先生は一人ずつ花嫁と軽いスキンシップを楽しんだ。 おれは…先生の左手に右手を絡ませて隣に立つ栄誉を賜った。 腕の部分の薄いドレスの生地を通して先生の体温が伝わってくる。 自分の主観になってしまうと、単に男がそばにいるだけだが、その光景を客観的に眺めれば正に新郎新婦である。 先生は花嫁の顔を触ったり、腰に手を回して引き寄せたり、抱きしめたりはするが決してそれ以上はしなかった。 恐らく最古参であろう神崎さんにすらキスすらもしなかった。 新人の名塚ハルオくんはやはりその中でも初々しい花嫁ぶりだった。 先生の趣味なのか、年齢設定をかなり低めにされているらしく、どうみても女子高生がウェディングドレスを着せてもらい、背伸びしてメイクまでされている…という風情である。下手すると女子中学生にすら見える。正に「幼な妻」だ。 先生が去った後もどこかお互い遠慮しあったまま花嫁たちはスキンシップを取った。 少し動く度にざざあっ!とドレスのスカートが衣擦れを起こし、イヤリングに引っ張られている耳をくすぐる。 ウェディングヴェールで視界が悪く、手にはヴーケが握られっぱなしなのでお互いに触りあうのも中々うまく行かない。 本当に女性を可憐に演出する為に考え抜かれた衣装らしく、柔らかいラインの背中に薄く透けるヴェールの光景は夢のようにうっとりするほど美しい。 名塚ハルオくんは明らかに「目の保養」になるので人気だった。いや〜やっぱ可愛いからねえ。 とはいえ、自分もその輪の中から抜け出して、全身鏡のところまで行ってみた。 …その時の感想は省略しよう。勝手に想像しておいて欲しい。名塚くんに次いでモテるなあ、とかみんな自分がそんなに綺麗な花嫁なのになんでこっちばっかりそんなに構うのかなあとか思ったけど…まあ、これなら無理も無い。 自分で自分を鏡で見てさえ思わず抱きしめたくなるほどだった。 何でも中村マスオさんは余りにも興奮した上、コルセットの締め付けがきつすぎて気分が悪くなって倒れてしまったらしい。 まるで血圧の低い新妻である。 この日も仕事にならなかった。 一応机に座ってみたが…まあ何とか座ることは不可能ではない。 不可能では無いが、おれは手袋を指先までするタイプだったので細かい作業が全く出来ない状態だった。 それに、いくら先生の能力でどこからか湧いてくるとはいえ、この衣装を汚すかも知れない作業なんて出来たもんじゃなかった。 ドレスのスカートの大海に向かって真っ黒なインクが入ったビンを倒したりしたら…。 とにかくまあ、この日は数ある残業の日の中でも忘れ難いインパクトを残したのは間違いない。 その後も先生は定期的にふらりと現れてはアシスタントの男どもが女集団となって接待する関係は続いた。 衣装のバリエーションは果てることが無く、学生や職場の制服あれば、民族衣装もあり、普段着もある。礼服もあるし、水着などの特殊衣装もあってその意味では飽きることが無かった。 え?どうしてその職場を辞めることにしたかって? 別にどうしてといわれても困る。ただ、何となくだ。 おれは結局就職できないまま卒業し、スタジオに通いつめることになっていた。 同級の会社勤めの連中に比べても遜色ない給料を取り、そして「おまけ」も付いて来る。 ただ、自分の漫画を描いて投稿…とかは確かにしなかったな。うん。 日常生活が忙しすぎてそんなことを考えている余裕が無いのだ。 アシスタントは全員いずれは自分のところを巣立って漫画家になるという前提で送り出すためのカリキュラムみたいなのを組んでくれる先生もいるらしいんだが、ウチの先生はあの通り何事にも無頓着で、直接話したことも数えるほどしかない。 話したったってこちらはバニーガールでおどおどしてるところを肩を抱かれて「あっ」と言うくらいだからは話した内に入るものやら怪しいもんだ。 ともあれ、「このままでいいのかな」と言う気がしてきて、何の保証もなかったけどある日突然辞めた。 というか辞めることを伝えた。 約一年強だった。 神崎さんは慰留してくれたけど、新人が抜けていくのは宿命だと諦めているのかそれほど強く引き止めなかった。 そして、また「お別れ会」が挙行された。 今度は貴族のお嬢様が着ていそうな露出度の低いごってりしたドレス姿だった。 鏡も見たけど、まるで映画の中のマリー・アントワネットにでもなった気分である。 普通はこういう主役級のドレスはチーフの神崎さんが着るものだと思うけど、今回はおれの送別会なので着せてもらった形である。 まるでカーテンを引きずるみたいなドレスは、もう完全に「重い」と言い切れる仕様だったが、途中から現れた先生にエスコートされて社交ダンスみたいなのを全員が踊ってお開きになった。 最後までこんな具合だった。 それから先は3ヶ月くらいは何もしないで毎日ゴロゴロしてた。 ちゃんと保険をかけていてくれたのか、失業保険が毎月入ってきていたし、蓄えもあったのでいい加減な就職活動をやっては家に帰ってゴロゴロ…という生活だ。 急に自分の身体が重くなったかと思うと、ドレスの感触が蘇ったり、風呂上りにパンツ一丁で歩いていると、スカートの感触が蘇ったりしたが、その後女物の服なんぞには丸っきり縁のない生活である。 他のメンバーは知らないが、少なくとも自分はその辺は引きずらなかった。こっそり女物を買ったり、ましてや女物を万引きしたりなんかしてないし、女装クラブに入り浸ったりもしていない。大体どこにあるか分からんし、調べる気も無い。 そもそも、真の意味で(?)の女装なんぞ一回もしたことは無い。全部女になってからである。 というか、裸の状態から女物を一枚一枚身に着けた経験そのものが無いのだ。全部服が勝手に変形するので何もする必要が無い。 だから、どういう順番で身に着ければいいのかも分からない。多分ブラジャーなんて何十回と付けた…というか付けられた…けど、未だに一人では付けられないぞ。付ける気も無いけど。 だから何度も思ったよ。あれは夢なんじゃないかと。 不思議なことに、あのスタジオに通っていた頃には毎号読んでいた雑誌は辞めた途端に廃刊となり、あれだけ頑張った連載も単行本化される気配も無い。 神崎さんは無理でもあの担当者にだけでも話を聞こうかと思って出版社に電話してみたが、既に退社したらしく行方が分からない。 どうやら知る人ぞ知る作家だったらしく、名前はその連載が途切れた後にはとんと聞かなくなった。 推測なんだけど、あの「先生」はハーレム願望があった人なんだと思う。 ただ、それを欲望のまま実現してしまったのでは現実世界では犯罪者にしかならない。 それに近い世界が広がっているキャバクラあたりはお金が掛かって仕方が無い。 それこそ雇った女子社員にコスプレを強要すれば訴えられて世間からは「変態」の烙印を押されて抹殺されるだろう。 無理やりさらうなども論外。 となると、方法論はタダ一つ。 男ばかりを雇って、そいつらを女にしてセクハラすればいいのだ。 すぐに戻せば「証拠」は残らない。 何しろ男が女になるなどありえないので、その足で警察に言って被害を訴えても「夢でも見たんだろう」と相手にされないに違いない。 「女子社員へのセクハラはご法度だが男子社員へのセクハラならOK」というのも何とも狂った話だが、確かに現実的にはそうかも知れない。 無論、女が男にやるセクハラも男が男にやるセクハラも法律上は違法だ。 この場合、「男が男に」やるセクハラ…ということに一応はなるんだろうが、間に「女にして女装させて」というのが入ると途端に現実味が吹き飛んでしまう。 先生が生まれつきそういう能力を持っていたのかどうか知らないが、周囲に思い通りになる美女をはべらせてハーレムを満喫したいが、実際の女性に強要するのは問題がある。それなら男を女にしてハーレムにすれば問題ない…。 最後の部分が突然、異次元に論理飛躍するのだが、まあ、現実的にはそうなってしまうのが何と言うか…。 そういえば先生は、我々のお尻を触ったり肩を抱き寄せたりはしたけど、それ以上は決してしようとしなかった。 もしかして、先生が味わいたかったのは「ハーレム気分」なのであって、女性との肉体的関係とかそれ以上のことは「本物の」女性で行いたいということなのではないか…。 ということは本当におれたちは、決して訴えられないことを利用した女性の代用品でしかないというのか…実際にそうなのだろう。 思えば賢いやりかたで、あの「能力」を持ちながらも、それに従って欲望を満たしつつ社会とうまく折り合いを付けていくにはこれしかないのかもしれない。 仮に本物の女子社員に強要するにしても、普通のOLの制服程度ならばギリギリ許されても、女子高生の制服なんて完全にセクハラだろうし、ウェディングドレスやら振り袖にしたって拒否されるに決まっている。 ましてや本物の女性にバニーガールやバレリーナの格好、水着の着用を強制した日には逮捕されるだろう。 その点、男ならば問題ない…というのも皮肉といえば皮肉だが。 そしてこちらもこちらで、どうせ客観的に眺める程度以上のことはしないのだから「仕事」だと割り切ってしっかりやり続ければよかった。 だから俺も君の話を信じるよ。うん。 この頃は物騒だからねえ。女性職員って本当に気を遣うし、この頃はすぐに訴えてくるから始末に終えない。 男女平等も結構だけども、実際には如何(いか)に男を粗末に扱うのかを研究してるんじゃないかと言いたくなるよ。 あの「先生」が手広く商売してるとは思えないけど、もしかしたらぼちぼちそういう人材が各地で芽生えてるのかもね。 風の噂で聞いたところによると、何でも先生は実は妻帯者で、同時に恐妻家なのだという。 売れっ子漫画家ともなれば誘惑も多い。 とりわけ嫉妬深い先生の奥さんは、パーティの席であろうとも先生に若い女が近づくのが許せなかったというのだ。 先生は見かけは平凡だが、それなりにお金も持っており、現代人の女性は別に漫画を見下したりはしていないから場合によってはそりゃモテることもあるだろう。 勿論、嫉妬深い奥さんはそれも許さない。 だから、「若い女」ではなくて「中身は若い男で、肉体だけ若い女」という存在ならば許している…というのである。 何か間違っている気がするが、それなら「浮気」じゃないってことなんだろう。 よく出来た噂だが、何の証拠も無い。 だが、男を女にする能力を持っているのは実は奥さんの方で、旦那は浮気を疑われてはしょっちゅう性転換されてオモチャにされているとも言われている。 ある意味、奥さんによる旦那へのDVじゃないかとも思うがこれまた何の証拠も無い。 まあ、とにかく辞めちまった以上「残業」を体験することももう無い訳だ。 その意味では惜しいことをしたといえなくも無い。 冗談抜きにその辺の女性よりはずっと沢山の女物の衣装を着た体験を持つぜ。いやホントに。 あんたの同級生の女の子は都内全域の女子高生の制服を数十種類着たことあるか? モデルでもないのにゴージャスなドレスをとっかえひっかえしたり、ウェディングドレス着たり、バレリーナやらバニーガールになったことあるか? ある訳無いよな。普通は無理だよ。 ま、信じるか信じないかはあんたの勝手だけど、実際の話さ。 もしかしたらこれからはセクハラ訴訟対策ってことで女を雇うよりも男を雇って性転換させて女として働かせるのが流行するかもしれないな。 というか、接客業とかではもうなってるかもしれないぜ。ぶっちゃけおれはあの夜以降、スチュワーデスさんを信じられなくなっちまったよ。 大体おれの方がずっと美人だったしさ。 空港内をカートを転がしつつ誇らしげに闊歩するスレンダーな美女軍団がもしかしら控え室で性転換して着替えてきたおっさんかもしれないってね。 男なら少々酷使しても問題ないからね。女性を酷使したりすると「男女差別だ!」とすぐに問題になるけど中が男ならいいと。すぐに戻っちゃうから生理休暇も出産育児休暇も無いし。企業の側からすると理想的だよ。うん。 まあ、そんなこんなでおれの話を信じるか信じないかはあんた次第さ。でもさあ、一つだけ…というか一種類だけ言ってない体験があるんだ。 それは「精神も完全に別人の女にされる」体験。 これは自覚症状が無くて気が付くと完全に終わっているからどうしようもないんだよ。 その間に何をしてたのかの記録も記憶も無い。 あ、そうそうこの頃流行のアイドルグループあるじゃんか。あの何人いるんだか分からない集団の。 あれって実は…。 あ、すまんお客みたいだ。ということで今夜はこれまで。続きがあればまたしてやるから。それじゃ! (完) |