こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

 さて、今回のお客様は…。



華代ちゃんシリーズ
『月に咲く花』
作者:天爛

*「華代ちゃん」シリーズの詳細については
http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan00.htmlを参照して下さい




 宇宙飛行士。
 今日みたいに美しい満月の日になると思い出す子供の頃の夢。
 近くの土手に座り込み空を見上げる。哀愁が漂い我ながらいい雰囲気だ。
 ちょうど今頃の満月を中秋の名月というが、それを肴にぐびっと一杯。
 コンビニで買った団子をひとつ摘み、口に運ぶ。実にうまい。
 普段から甘い物を苦手とする俺だが、月を見ながら食べる団子は別物だ。
 この風情が団子を至高の食べ物へと昇華する。そう思えてやまない。

 ふと気付くといつの間にか俺の隣に少女が座っていて同じように月を見上げていた。
 白い幅広の帽子に同じく白いワンピースを着たその少女は月夜に映えた。
 俺はしばし、そのコントラストに見とれていた。
 少しの時が経ち、俺の視線に気付いた少女が俺に声を掛ける。
「きれいですね。」
「あ、う、うん、そうだね。」
 思わず上ずった返事になってしまった。
「お兄さんはここで何をしていたのですか?」
「月見、かな?」
 そう言って視線を空へ。すると少女もその視線を追って空を見上げる。
「きれいですね。」
「うん、きれいだ。」
 二人そろってしばしの沈黙。

「そういえば、君は?」
 こんな遅い時間にこんな場所にいるのかそう訊いたつもりだった。
「あっ、あたしこういうものです。」
 そう言いながら、脇に置いてあったポシェットか1枚の紙切れを取り出すと、それを俺に差し出した。
  『心と体の悩みお受けします。 セールスレディー  真城 華代』
 それは名刺だった。
「セールスレディー?」
「はい。心と体の悩みをお受けしてるんです。お兄さん、何かお悩み事はありますか?」
「う〜ん、今のところはないなぁ。あっ、華代ちゃんも食べる? 月見団子。」
「えと、じゃあ、ご相伴に預かります。」
 きちんとした受け答え。セールスレディーだというし、どう見ても子供だが、もしかしたらこう見えて立派に成人してるのかもしれないな。
 ふとそう思ったものの、月見団子をほお張る華代ちゃんのおいしそう横顔は、やっぱり子供だよな、そう思い直させるには十分なものだった。

「で、お悩み事はありますか?」
 団子を食べ終わった華代ちゃんが俺に問う。
 なんとも期待に満ち溢れた顔だ。これは無下に扱うわけにいけない、そう思った。
「悩みは特に無いけど……、夢、ならあるな。」
「夢、ですか?」
「そう夢。」
 物心ついた頃から持ち続け、叶わぬとわかった今でも持ち続けている生涯の夢。
「よければ教えてもらえませんか? 叶えて差し上げますよ?」
「あはは、無理だよ。」
「そんなことないです。任せてください。」
「いやいや。だって、俺の夢ってアレだよ?」
 そう言って俺は空を指差す。
「月、ですか?」
「そ、月。俺、小さい頃から月に行ってみたいと思っていたんだ。月にいるウサギと餅をついてそれを一緒に食ったりしてさ。」
 もちろん大人になった今、月にウサギなんておらず、そこが岩だけの世界と知っている。けど「月に行きたい」という根本的な夢は今も変わっていない。
 俺は華代ちゃんの反応を伺う。
「わかりました。問題ありません。」
「えっ?」
 予想外の反応である。
 俺はてっきり「素敵な夢ですね」と無邪気に返してくるか、「それはあたしでは無理です」と落ち込んでしまうものと思っていた。
 それが「わかりました。問題ありません。」だ。予想外にもほどがある。
「今日はちょうど満月ですし、すぐに行けますよ。」
 予想外すぎて華代ちゃんの言葉が耳に入らなかった。
 いったい華代ちゃんはいったいどうやって俺を月に行かせるつもりなんだ?
 はっ、もしかして彼女はこう見えてNASAの関係者で俺を宇宙飛行士としてスカウトするとかそういう奇跡が起こったのか?
「じゃ、いきますね。」

 ぞくっ。
 華代ちゃんが何かを言った後、急に寒気に、いや、寒気ではない、背中を何かが這っている、そんな感覚に襲われた。
 俺はとっさに振り返るが、そこにはなにもない。
 だが変わりに、振り返った時に違和感を感じた。なんかいつもと違う気がする。
 何気に首元へ手をやる。そこには糸のようなものがあった。それも一本や二本ではない。
 試しにそれを引っ張ってみと同時に、俺の頭皮も引っ張られ、その糸が俺の髪であることを証明した。
 髪を一束掴み、その目で確かめる。ぼさぼさで手入れなんかされていた俺の髪が、さらりとしたきれいな髪と化していた。
 長さにして胸辺り、いや、今現在もゆっくりだが伸びつつけている。最終的には腰辺り下手したら地面に付くまで伸びるのかもしれない。
 と、ちょっと待て。俺の手はこんなに細く白かったか? いやそんな筈はない。
 だが、確かに俺の手には髪を持つ感覚があり、白魚のようなその手は俺の意図した通りに動いている。
「い、いったい何が……」
 俺の口から聞き慣れない声が聞こえた。その声はとても澄んでおりまるで女のソレのような……。
 困惑した俺は、華代ちゃんの事が心配になりそちらへと視線を向けた。
 すると、華代ちゃんには何も起こっておらず、それどころかにこにこと満面の笑みで俺に起こりつつある異常を見ている。
 まるで。これから何が起こるのかわかっているかのように。
「か、華代ちゃん?」
 俺は更に困惑する。俺にいったい何が起こっているのか。この異常は本当に目の前の少女に拠るものなのか。
「あっ、そうですね。これどうぞ。」
 そう言って華代ちゃんは、ポシェットから1枚の手鏡を俺に差し出した。
 それがどういう意味なのか瞬時には思いつかなかったが、俺はある種の不安に駆られてその手鏡を覗きこんだ。 そこには何処かで見た顔が映っていた。だが、誰の顔か思い出せない。
 そしてすぐに気付いた。それが俺の顔である事に。
 だが、それはいつも見られたものではなく何処か女っぽい。
 そして俺は眼を丸くする。鏡の中で俺の顔がゆっくりだが確実に変化して続けているのだ。
 肌の色は段々と薄く白くなり、みずみずしくはりのある肌へと変わる。
 肌だけではない眼鼻や口、輪郭までのより女らしく変わっている。
 不思議なことにその辺かはなく、俺は思わずその変化に見とれてしまっていた。
 そして気付いたときには俺の面影はなく、女性の、和風美人と言うべき女性の顔が手鏡に映っていた。
「か、華代ちゃん?」
 俺は鏡像から目を離し、華代ちゃんへと目を向ける。
「わかってます。あとは服ですねっ。」
 そう言われ、俺は咄嗟に自分の服へと眼をやった。
 するとどうだろ。
 着ていたシャツはボリュームを増し、色を変え、形を変え、分裂してその数を増していく。
 俺はその度に服が重くなるのを感じながら、なすすべもなく呆然とするしかなかった。
 変化はシャツだけではなくズボンにも起こっていた。
 そして変化が終わった頃、俺の服はソレまで着ていた男物ではなく、まして現代的な物ですらなくなっていた。 いま、俺が着ているのは教科書や博物館でしか見たことのないような衣装。
 紫式部や清少納言なんかが着ていたと思われる着物。
 そう十二単になっていた。
「か、華代ちゃん?」
 三度目の問いかけ。
 すると華代ちゃんはそっと空を指差す。俺は促されるがまま、その指差す先を見た。
 そこには月があった。そして月から光の帯が伸びてきていた。
「やっぱりタイミングがよかったんですね。お出迎えが来てくれましたよ?」
 その非現実的な光景に俺は息を呑む。
 その光の帯は俺の目の前で止まったと思うと、今度はその帯の上を通り何かが近づいてくる。
 俺は目を凝らす。それは何かに動物のような物に引っ張られる箱のようなもの。
 十二単が重たく動けずにいる間にそれは近づいてくる。
 ある程度近づいた所で、その正体に気付く。それは牛車だった。
 牛車は俺の目の前にまで来るとそこで止まる。
 そして牛のたずなを握る、白いレオタードに赤い蝶ネクタイを結び、黒いタキシードを纏ったバニーガールがこう言ったのだった。
「お出向えに上がりました。お嬢様。そのようなご洋服ではさぞや動きづらいでしょ。お屋敷には今私が着ているようなものを始め、現代風の様々な服をご用意してあります。さあ、一緒に帰りましょう。」



 今回の依頼は実に簡単でした。
 かぐや姫さんにさえしてあげれば、あとは月の使者さんが迎えに来てくれるので本当に楽チンでした。
 特に今夜は綺麗な満月でしたからすぐにお出迎えが来てくれましたし。
 あっ、そうそう。
 月にはウサギさんだけではなく、カニさんやライオンさん、本を読むおばあさんやバケツを運ぶ女の子、薪をかつぐ男の方にいつも横向きの女の人、水をかつぐ男の人と女の人なんかがいるそうですよ。
 かぐや姫のお姉ちゃんが皆さんにあたしの事宣伝してくれていたら嬉しいなぁ。

 それではまたどこかでお会いできるときを楽しみにしてます。