メイドさん!?」 「少年少女ギャラリー」さま宛小説群トップに戻る |
「それでは決議します」 議長の声が会場に響き渡った。 くい、と眼鏡を押し上げる井口栄一。その表情が妖しく光る。 「井口さんの委員長就任に賛成の方の起立を求めます」 井口の目に現委員長、阿川の表情が映る。 それを見帰す井口。
「おめでとう井口くん」 「有難うございます。元・委員長」 「元」を強調して言う井口。 「しかし…馬鹿なことをしたわね」 「…」 す…と、その長い髪を掻き揚げる阿川。癖なのか、彼女はよくこの仕草をする。自分の「女」を見せつけているのか?井口は邪推した。 「愚痴なら聞きませんよ」 「別にあたしはそんな役職に未練は無いわ。でも…」 「でも…何です?」 「貴方…兄弟は?」 「いますよ」 「誰?」 「弟が一人」 「女の兄弟はいないの?」 「女の…「兄弟」ですか?」 少しからかうような口調で言う井口。 ふ…と軽く口元に笑みを浮かべる阿川。 「そうね…習慣にしたがって発言したんだけど、公正を欠いたわね。質問を変えるわ。女の「姉妹」はいないの?」 「意地悪だなあ。ま、いませんけどね…どうしてです?」 「…」 少し考えている風の阿川。 「いえ…別に…」 この影のあるところが彼女の魅力なのだろう。その妖しい魅力には異性は勿論、同姓からの支持も厚い。貰ったラブレターの数の男女比はそう変わらないとも言われている。一説には校内にファンクラブまであるという。 「ともあれ、これからは僕に任せて下さい」 一方の井口も、眉目秀麗、頭脳明晰で通っている。この二人による校内の成績のトップ争いは入学以来デッドヒートを続けていた。 「私には弟がいるのね」 「はあ…」 彼女は一体何が言いたいのだろう?井口はその発言の意図が分からなかった。 「小さい頃もそうだったけど、特に中学の頃なんかよく私の制服を着せて遊んだもんだわ」 「へえ…そうなんですか」 これは本当に少し意外だった。堅物だと思っていた彼女にもそんなお茶目な一面があったとは。 「従姉妹のお兄ちゃんもよく女装させられていたそうよ。まあ、物心付く前だけど」 「いや…その話はその話で非常に興味深いんですけど、それとさっきまでの話の関連は?」 「…そうだったわね。…一つ聞いていいかしら」 「これが最後ならね」 少しからかって見た。 「貴方が委員長の座を狙ったのは内申書の点数稼ぎの為?」 「否定はしません」 「だったらこの時期の委員長が伝統的に女の場合が多い理由とか考えたことは無いのね」 「ふ…何を言うかと思ったら…そんなのただの迷信ですよ。馬鹿馬鹿しい」 「だったらいいんだけどね…。私もショートにするの嫌だったし」 最後の言葉だけは意味が分からなかった。
派手な飾り付けの看板。 そこには「第13回押友学園学園祭」と書かれている。 高校の文化祭にも関わらず校内には露天が並び、活況を呈している。 各教室間を走り周り、忙しく立ち働いている運営委員会の面々。そこには井口、阿川の顔も見える。 一般の入場者も多く、その対応にてんてこ舞いになる運営委員たち。
生徒会室。 座りこんでいる井口。他には誰もいない。 ガラガラ、と戸を開けて阿川が入って来る。 「お疲れさーん」 「お疲れ様」 阿川はその美しいロングヘアを動きやすくまとめていた。 「なかなか似合うね」 「え?」 「その髪型」 「ああ、これね…痛むからやなんだけど…。まあ、仕方が無いわ」 さらりと流す…か。ほんのり顔を赤らめる様な反応を期待していた井口は肩透かしを食わされた。この程度の褒め言葉なら聞きなれてるってか。 と、その手に弁当と共に握られている紙袋に目が行く井口。 「…何だいそれ?」 「それよりどうよ。経過の方は」 「うん…まあ総練習通りかな」 「ふーん」 「やっぱり美術部の似顔絵は盛況だったよ」 「「女装コンテスト」とか見た?」 苦笑する井口。 「興味無いね」 「あたしも」 しばし沈黙。何とも言えない雰囲気。 「午後から仮装行列よ」 「うん…あれが山場だな」 「2組だったっけ?“白鳥の湖”やるとか言ってたのは」 「気持ち悪いな。まあ、仮装行列なんてそんなもんだが」 「でも色物ばかりじゃないわよ。縫製部の女子なんかはここぞとばかりに自慢のドレスを披露するって」 「へー」 「そういう訳で頼むわ」 「…は?」 すっくと立ち上がって紙袋を手にすたすた歩み寄ってくる阿川。 「実はね…もう話してもいい頃だと思うんだけど…この学校の伝統でね…「委員長はメイドさん」と決まっているのよ」 「何だって?」 今、妙な言葉を聞いたような気がする。 「だから、「委員長はメイドさん」なの」 さっぱり分からない。 「何それ?」 「理由は無いの。そう決まってるのよ」 「それは…文化祭のイベントで…ってこと?」 「さあ。でもそうらしいわよ。この運命から逃れることは出来ないわ」 そういえば…去年の仮装行列でメイド娘の扮装をした委員長が喝采を浴びている光景が井口の脳裏にフラッシュバックした。 「で、よろしく」 淡々と、行事の予定でも伝えるが如くの口調で言う阿川。そして紙袋の中から何やら取り出してくる。 「あ…」 それは可愛らしいエプロンドレスであった。 「あと…はいこれ」 次々に色々なものが出てくる。髪飾りや靴下、靴。更にはブラジャーやスリップ、パンティー、果てはガーターベルトにストッキングまで出てくる。 「…何だいこれ?」 「見ての通りよ」 「まさかこれ着ろっての?」 「まあ…そういうことかしら」 「冗談だろ?」 思わず噴出しながら言ってしまう。そりゃそうだ。こんなの冗談意外の何者でもない。 「理由は無いわ。ただ決まっているだけ」 「何だよ「理由」って?」 「さっき言ったじゃない「委員長はメイドさん」って」 「…それが理由?」 「うん」 「何だよそれ。理由になっていない」 「決まっていることだから仕方が無いじゃない」 「委員長がメイドになることがかい?」 「うん」 「誰が決めたんだそんなこと?」 「さあね。とにかく着てもらうわよ」 「嫌だったら嫌だ!」 立ち上がる井口。 「これは逃れられない運命なの」 エプロンドレスを手に、じりじりとにじり寄ってくる阿川。 入り口のドアに張りつく井口。さっきまで楽に開いていた引き戸が溶接したかの様にびくともしない。 「な、何だ?」 「あんまり手間掛けさせないでよね」 「何言ってんだよ!おかしいだろうが!」 「だから歴代のこの時期の委員長は女生徒がやってたの」 「でも今は男なんだから別の仮装にすればいいだろ?」 「仮装?」 立ち止まる阿川。 「今、「仮装」って言ったの?」 「…そう…だけど…」 にっこりと笑顔を浮かべる阿川。しかしそれは天使のそれではなく、小悪魔のそれであった。 「女の子が女装しても「女装」とは言わないでしょ?」 「な、何を言って…」 その自分の声に戦慄する井口。 「あーら。可愛くなっちゃって…似合いそうね」 「え、えええええ?」 ゆっくりと迫ってくる阿川。 「い、いや…やめ…」 その後、「伝統」は守られることになった。 |