「ロッカールームのエトランゼ」 作・真城 悠 「少年少女ギャラリー」さま宛小説群トップに戻る |
マリはいらついていた。 控え室までわき目も振らずに突入する。 「くそっ!あんなところで負けてんじゃねえよ!」 どうも勝負ごとらしい。それにしても女性にあるまじき悪態だ。 ドカン!とドアを開ける。 全く!面白くない。今日はさっさと帰って寝るしかない。
「今度の相手はどんな奴なんだい?」 彼が聞いてきた。 あたしはその情報をかいつまんで説明する。 「ふーん、で、勝てそう?」 彼はあたしの趣味をよく理解してくれている。女には似合わない激しいゲームだからだ。 「まあね、今回は結構秘策があるのよ」 「それは相手が男でも通じるのかい?」 そう、今度の対戦相手は男なのだ。 しかし、この世界では特にハンデキャップ・マッチという訳ではない。あたしはそれを説明した。 「ふーん」 優しい彼だと思う。多分あたしの話の半分も分かっていないだろう。しかし、興味を持って聞いてくれている。こんな優しいところが好きなんだ。 あたしは彼の胸に飛び込んだ。優しく抱きとめてくれる。 「さっきの話だけどね」 「うん」 「相手が男だからこそ効果があるのよ」
控え室にドアを蹴破るようにして入ったあたしは驚いた。 そこには見目麗しい美少女がいたのだ。 いや、それだけでは特に驚くには当たらない。同業者にはモデルと見紛うばかりのなんてざらだ。しかし、彼女の場合はちょっと事情が違っていた。 あたしはさっきまでの自分への不甲斐なさから来る怒りもすっかり萎えて、言った。 「ちょっと…だれよあんた」 彼女は全裸だったのである。 その胸と、大事なところを両手で隠しているのみだ。 彼女は潤んだ目、幽かに紅潮した頬で何かを訴えてくる様にこちらを見つめてくる。 可愛いわね… 女のあたしでもそう思うくらいだから男ならこの保護欲を掻き立てるたたずまいはたまらないんじゃないかな。 まあ、いつまでも構っていられない。あたしは彼女を尻目にさっさと着替えを始めた。 「どうしたの?服着てくるの忘れた?」 ちょっときつい言い方だったかな、と思う。 しかし、幾ら更衣室でもずっと全裸で座っていられても困るんだ。あたしは女の裸には自分の以外は興味が無い。 それにしても…あたしは目の前のちょっとした「異常事態」を離れて、今日の試合に思いを馳せた。 確かに効いたはずなんだ…今日の相手はどうして何の動揺も見せなかったのだろう?ひょっとして失敗かな? あたしはロッカーに隠してある「秘密兵器」の装置を見てみた。 確かに発動した形跡がある。 「あ…あの…」 謎の少女が消え入りそうな声で話し掛けてくる。 「あーはいはい」 適当にやり過ごす。 …まさか…不発? 充分考えられる事だった。 「あ…あああ…」 うるさそうにあたしはその女の方を見る。 と、彼女は手にあたしの愛用のバンダナを持っている。 「何よそれ…どうしてあんたがそんなもん持ってんのよ」 あたしは怒りが込み上げてきた。これは今日、あたしが彼の家に置き忘れてきたそれだ。 反射的にあたしはその女の頬を張った。 被害妄想かも知れない。 しかし、あたしの頭の中はその瞬間から彼のことで一杯だった。 あの優しい彼のことだから、きっと届けてくれたんだろう。しかし、まさか男なのに女子更衣室に忍び込む訳にもいかない、それでこの女に…そう考えるとたまらなくなってきた。 あなたは頬を紅潮させたまま全裸の女からバンダナを奪い取ってカバンに入れる。そして更衣室を飛び出した。 「あ…あの…」 その女は、尚何かを言おうとしていたが、あたしは無視した。
玄関口であたしは彼を待った。ここに迎えに来てくれるはずなのに… あたしは彼の携帯電話を鳴らす。 反応は無かった。 むしゃくしゃしたあたしは、ますますさっきの全裸の女に対する憎悪が燃え上がってきた。ふつふつと、昔の不良時代のことが思い出される。 あたしは馴染みの番号を押していた。 「あ、もしもし?あたしだけども…うん。いい獲物があるよ…うん。好きにしちゃって…ええ。払いはあたしの口座で…はいはい。うん。じゃあね」 電話を切り、待ちつづける。 しかし、彼は現れなかった。 おかしい…絶対に時間に遅れたことなんてなかったのに…一回だけあったけどあの時は交通事故で昏睡状態だったし…もっとも怪我は無くってただ気絶してただけだけど… もう泣きっ面に蜂だった。 あたしはタクシーを拾って自宅に向かった。 車内でも考え続ける。携帯を見るとメッセージが入っている。 「仕事完了」 とある。 あたしはさっさと目を離してまた今日のことについて考えた。 おかしい。とにかく絶対におかしい。 仲間にはあの時間に絶対更衣室には入らない様に言ってある。そうしてあの装置は誤作動したのだろう? 誤作動…そう、間違い無く作動した形跡はあるのだ。今日のあたしの対戦相手…とにかくいい噂は聞かなかった…女性の対戦相手を力ずくで手篭めにし、その写真を使って八百長を持ちかけるだの、…だからあたしはこの程度はやってもいい…むしろいい薬だと思っていた。 その装置はあたしのロッカーの中に起爆装置を持ち、指定時間にドアを開けた人間…この場合は今日のあたしの対戦相手に対して行使される予定だった。 その装置はまだ非合法のものだが、一部ゲリラ戦にも使われている効果万点の代物だった。とは言っても命に別状があるわけではない。そのガスを浴びた人間は、たちまちの内に性転換してしまうというのである。 あたしは女だからよく分からないけど、男にとってはこれ以上無い衝撃、かつ屈辱だろう。あたしは内なる加虐趣味にほくそえんですらいたのだ。そんな状態でまともに試合など出来るはずもない。 …そうか…あいつは性転換なんかしていなかったんだ…だから今日の試合でもいつもと変わらない強さだったんだ… しかし、それじゃあその「誤作動」って?まあ、考えられる原因ったら一つしかないけど… そのとき、あたしの脳裏に彼の優しい顔がフラッシュバックした。そしてめくるめくイメージの洪水の中、あのロッカールームの全裸の女と重なる。どうしてあの女は彼の家に忘れてきたあたしのバンダナを…? 「ま…まさか!」 あたしは必死にある番号を押した。手が震えてまともに動かない。 「あ、もしもし!あたしだけども!さっきの女どうした!?」 「あ、あいつか?なかなかの上玉だったぜ。俺も楽しませてもらった」 「いいから!どうなったのよ!」 「どうしってんだよ。もうとっくに売り飛ばしちまったよ」 あたしは血の気が下がる音を初めて聞いた。 |