「天罰覿面」

作・真城 悠

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 あたりをきょろきょろと見回している江藤。その手にはずっしりと重そうな、破れかけのコンビニの袋が握られている。

 走ってきたのか、江藤はぜえぜえと息を切らしている。

 自動販売機の前で立ち止まる江藤。

 握り締めていたコンビニの袋を開く。

 そこにはびっしりと小銭が詰まっている。その殆どが十円玉と五円玉である。まれに五十円玉。ごくまれに百円玉がある。不思議と1円玉は無い。

 この様子では全額足してもたいした金額にはなるまい。

 江藤は十円玉を選んで自動販売機に投入していく。

「君、ちょっといいかね」

 振り向くとそこには人相の悪い男が二人組みで立っている。彼らは間髪入れずに「警察」と書いてある手帳を付きつけてきた。

 

 

 

 絶え間無い怒号と叱責、激痛。

 薄れ行く意識の中、江藤は昔読んだ小説の一場面を思い出していた。

「この燭台は盗まれたものですね」

「いいえ違います」

「は?」

「これはこの方にあげたものなんですよ」

 自分は確かに盗んだというのに…はらはらと涙を流す主人公。

 

 

「と、言うわけで頑として認め様としないんですよ」

「そうですか…」

 刑事の足元にうづくまっている江藤。

「こんな小銭ばかり持ち歩いているなんておかしいと思ったんですよ」

「う…」

「しかしまあ…随分派手にやられましたなあ」

 既に人相が分からないほど腫れ上がり、青あざがところどころに出来ている江藤の顔。

「こりゃやりすぎと言うもんですな」

「しかし神主さん。賽銭泥棒ですぞ」

「それは誤解ですね」

「え?」

「これは私がお貸ししたものです」

「…賽銭を…ですか?」

「我々も霞を食って生きている訳ではありませんよ。ちょっとお使いを頼んだんです。タバコでも…と思いましてな」

「しかしこいつが買っていたのはジュースで…」

「おつりは自由に使ってもらおうと思っておりました」

「しかし」

 食い下がる刑事。

 そのやり取りを呆然と見ている江藤。

 

 

 

 二人残される江藤と神主。

「どういうつもりだよ…」

 怒気を孕んだ江藤の声。

「俺はこんな…こんな偽善で更正したりなんかしねえぞ!」

「偽善ねえ…」

 歯を食いしばって必死に耐えている江藤。しかし、こらえきれず涙がこぼれてくる。

「世の中不公平じゃねえか!何が神だ!今すぐこいつをここに連れて来い!」

 江藤は自分の不幸な生い立ちをとうとうと話し始めた。その話からは、本当にやむにやまれぬ事情から賽銭に手を出したことが伺われた。

「惜しいのお…」

 神主は言った。

「な、何がだよ…」

 妙な反応に当惑する江藤。

「お主は来るところを間違えた」

「けっ!教会にでも行けってかよ」

「そうだな。それでもいい。或いは寺とかな。それこそ寺なら価値ある仏像かなんか手渡して「ああ無情」とかやれたんじゃが…賽銭ドロはまずい」

「…じゃあなんでおまわりから助けたんだ!?」

「いや…実はわが神社もここのところの不景気でな。観光収入が落ち込んどるんじゃよ」

「そういう魂胆かよ…この生臭坊主が!」

「「坊主」じゃない。神主じゃ」

「どうでもいいじゃねーかそんなこと!」

「うむ。確かにどうでもいい。しかし、賽銭というのは人人の願いが込められておる。額面は少なくとも、それ以上に重いものがあるのじゃよ。粗末に扱うと天罰があるぞ」

「うるせえ!何が天罰だ!笑わせるな!」

「ま、ともかく着替えてくれたようじゃし…しっかり働いてもらうからの。衣食住は世話してやろう」

「ん?…え、ええええええー!?」

 は…と自然に口に当てられるその手。江藤はその仕草に違和感を覚えなかった。

 そして江藤は自分の身体に驚愕する。

 そこには清楚な白と鮮やかな朱色の巫女装束があったのだ。

「あ…こ、これ…は?」

「女でありながらその不幸な身の上には同情するがの。まあ、ともかく立派に働くがよい」

 何時の間にか美しい巫女となってしまっていた江藤は、その場にへなへなと座り込んでしまう。

 天罰…その言葉が脳裏を駆け巡っていた。